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何?この人達!?これが私の第一印象だった。刃物を持った男性が終劇間際に騒ぎ出しても、近くには近衛騎士のココ達が居たため慌てる事は無かった。人質になった女性は可哀想だが、大事にだけは成らないだろうと少しだけ安心していたのだ。
しかし、先程すれ違った劇団の女の子や舞台で演技していた人達の振舞いは私以上に落ち着いていた様に見えた。わずかな隙をついての反抗といってもあれほど迅速にタイミングを合わせて行動できるだろうか?いや、寧ろこういった状況に慣れているんじゃないかとさえ思えて来ていた。
「お姉さま……」
「アリシア、もう大丈夫よ。皆無事だから」
「はい」
先ほどから、衣服の裾をぎゅっと握っている妹の手を握って手を引く。そうすると、握り返してきて、わずかに表情の緊張が解けた様に見えた。
「ねぇココ?ここの人達って何なの?」
「マリーナ様……、少し落ち着ける場所を用意できればいいのですが」
「そうね」
ココは質問に対して言いかけ、周囲の劇団員を気にしてか言葉を濁した。それに、通路の途中でもあってか何かの言い難い理由が有るのだと感じる。
それに、アリシアの様子が気になる。直接的に向けられた訳では無いにしても他者への害意と暴力を見たのだ。爺では無いが、素直な妹にはきつかったのでは無いかと思ってしまう。
「どうぞ、こちらを使ってください」
「わかった」
通路に案内された先は、舞台袖の木版の床から室内の様な木造の通路に変わっていた。劇団のテントは外観から見ても、高い家屋の屋根を利用し梁を通して組み上げて有った事に気付く。
ココの先を歩いていた劇団員が、通路では無くすでに家の廊下を歩いていきどこかの家の居間へと案内した。
「どうぞ、アリシア様」
「ありがとうございます。お姉様も」
「うん」
妹に促されるように椅子へ腰かける。前世の記憶がある自分には、座れば居間が見回せる狭さはかえって懐かしく思える。もちろん、家具等は中世時代の様で古い農家の様な印象を受けてしまう。それでも、周囲を見てしまうのは、自分も16年間と城に住んできたがゆえの興味だった。
「お茶でも持ってくればよかったわね」
「調達するよりも、城へ戻る方が早いでしょう。もう暫く我慢なさってください」
好きなお茶でも飲めれば、妹の緊張が少しでも和らぐかと思ったのだが、空き家を劇団員が利用しているのか、食材など何もないように見える。
「あっ」
突然、横手から声があがり、その方を向くと廊下を通っていた人物と目が合ってしまう。
「さっきの、劇団員さん」
「どうも、さっきはありがとうございました」
私の声に頷くと、その少女は私からココまで3人が居る事を確認すると一礼して挨拶をする。居間に入ろうとして躊躇う様にココの表情を伺う様子をみると、私達が一般人では無い事は奥に案内されている段階で気付いていると思えた。
「どうぞ、私はマリです。こっちが妹のアリア」
「あっ、私はキアです。劇団長の娘です」
「そうなんですね」
「あ!飛竜に乗っていた人ですね!」
ココに私達と劇団員との互いの状況がどこまで伝わっているか確認もできていない今、本名を言って良いものかと一瞬悩んでしまう。一応、社会見学という特別状況の為に事前に決めておいた名前を伝える事は、もし事情を知っていた相手でも失礼にはならないだろうと思えた。それに、妹は名前の事よりも、劇中の彼女の話題に気が向いたようだった。
「キアさんは、飛竜に乗って怖くないんですの?」
「怖いって事は無いかなぁ。小さい頃から乗ってたし。アルクって、あっアルクは私のパートナーの飛竜の名前で、おとなしい子でむしろ寂しがりなんですよ」
「へえー意外ね」
「もちろん、アルクも小さい頃から一緒に生活してきましたし。兄貴が乗るカインは、気難しくって兄貴以外は乗せませんし」
アリシアの様子も次第に緊張が解けて来ている様子だった。今は、キアと言う少女に話し相手をしてもらうだけでも十分に思える。ココも、キアが話す事を止めようともしないので必要だと感じているのだろう。
「今日は無理でも、今度時間が有ればアルクを紹介出来るとおもうけど……?」
「本当ですの!?」
「アリ・ア様、しばらくは難しいかと」
「うぅ、残念ですわ」
「そうなんだ。残念だね」
アリシアとキアは本当に残念そうに話をしている。キアは見かけ12歳前後で少し話し方も大人びている印象が有る。アリシアが幼く見える分、余計に差が浮き出ている感じがした。
「皆様、お待たせいたしました。ここに居たのかキア?」
「お父さん。私探してたの?」
「いや、そういう訳では無いが。私はこちらの客人と大事な話がある。キアも疲れただろう?少し休みなさい」
「そうなんだ。それじゃあしょうがない。お邪魔しました」
「いいえ、楽しいお話をありがとうございました」
アリシアが即答して返事をする。キアはまたねとでも言いそうに手を振り部屋を出ていった。アリシア自身がいつもの様子に戻った事で私も少し気が楽になる。キア自身が特別な事をした訳では無い、齢の近い話し相手が居ると言う雰囲気に私も少し懐かしさを感じていた 。
「隊長、城への帰路の安全を確保いたしました」
「ご苦労」
キアと入れ替わるように、親衛隊の騎士が入ってくる。ココとは違い騎士甲冑の装備を身に着けているのは、騒ぎ後に急ぎ増援された為だと気付く。自分たちの警護をしている者は皆市民の服装をしていると聞いていたからだ。突然に現れた騎士にも劇団の団長は驚いた雰囲気も無く様子を伺っていた。
「先に戻られるようにご案内いたします」
「でも?ココは?」
「私の方は、所要を済ませてから戻りますので、ご心配なく。この者が案内をさせて頂きます」
「さあ、どうぞこちらへ」
団長に挨拶も無く騎士に促されるまま席を立つ。アリシアも困惑気味に急がされるままに私の後ろへとやってくる。私も劇の感想などを言いたいと団長の様子を伺うも、すでにココへと状況を話していた様子だった。感想や聞きたい事のタイミングを失い促されるまま入ってきた扉をくぐる。
「申し……、しかし、偶然にして……か?」
「そうです……、やはり……」
あーもう、聞こえない。アリシアが手を握ってくるので立ち止って聞き耳をたてる事も出来ない。何にしてもココが戻って来たら絶対に聞き出してやるんだと決意する。いったい何なの?この劇団、襲ってきたチンピラよりも劇団員の方が明らかに行動がおかしい。いくら世間を知らない生活をしてきたからと言って、この周囲の状況はおかしい。それに冷静になるにつれて、なぜ騒動が収まった帰路の安全を確認する必要があるのだろう。
「気にし過ぎかな?」
「どうしたのですか?お姉さま」
「ううん、残念ねもう帰らないといけないみたい」
「私は十分楽しめましたわ。残念と言えば、キアさんともっとお話をしたかったですわ」
そうね、と私は妹の頭を撫でる。本当にそう思う。アリシアにとって初めて身近に来た同世代の女の子だ。友達とまではいかないまでも、ひと時でも話をする時間が有って欲しいと願ってしまう。
「さっ、こちらの馬車へ」
「はい」
建物の裏口から出た私達は、そばに止められた馬車へ乗り城への帰路に着いたのだった。




