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あの時、あの後、気付くと体が浮いていた。いや、精神のみが浮いていたと言い直す。その為、手足に重さも感じず、ただ光の中を漂っていた。周囲を見回すと、同じように白く輝く大小の光が漂っているのが分る。
「お兄ちゃん?どこ?」
寝ちゃった私は、てっきり家に戻ってきたのだろうと一瞬勘違いしていた。しかし、有り得ない状況は浮いていて見回す限り光しかない。
「夢?かな」
寝ながら夢だとわかるやつだろうか?白昼夢なんて言葉は中学2年生で本もあまり読まない私の辞書の中には無かった。
「本当に夢?」
あまりにも、手足を思い通りに動かせるからだ。それに気づくと何も服を着ていない事に気付く。初めは、わずかに手で大事な部分を隠していたが、夢の中だし、浮いてるし、結局は誰も見てないし良いか!と割り切った。
「なにこれ?」
改めて自分の体を見てみると、わずかに肌に光を発しているのに気付く。全身を見ていくと、左の脇腹が一部おかしなことに事になっているのに気付いた。
「傷?」
脇腹の部分だけ、欠損していたのだ。光が無いのではない、左脇腹が20㎝に渡って切られたように体が無いのだ。
え?えっ?と困惑し、明らかに見かけは健康とは言えないんじゃないかと思ってしまう。それに明らかに、夢じゃないかと覚醒してから数分は過ぎていた。
「夢?なんだよね。目覚めるよね?」
自分に言い聞かせる様に呟く。そして、何も変わらない、ただ何処かへと流れていく光の流れの中、言い知れない恐怖だけがこみ上げてくる。
「お兄ちゃん、お母さん、お父さん……。怖いよ」
怖さのあまり膝を抱えうずくまるが、漂う体は関係なく光の中を進んでいく。夢の中では涙さえ流せないのか、体ではないせいか涙は伝うことなく光の粉となって目元から散っていく。
『……マ・リ……』
「え?」
『可愛そうな子、悲しいのは魂がもう大切な人と会えないのが分っているから』
顔をあげると、女性が横に立ち髪から背中を撫でていた。外見は若い女性。しかし、理解できない優しさと慈愛のまなざしに体が暖かくなっていくのを感じた。
『眠りの中で本来は思い出も溶け込んでいくはず、マリの魂はそれを拒んだのですね?』
私は、聞きたい事が沢山有ったが、今はただ綺麗な人の言葉を聞かなくてはいけないと本能が、いや、その人が言うならば魂が聞く時であると告げているようだった。
『お泣きなさい、別れは必ず訪れるのだから。そして、新しい出会いがマリを癒してくれますように……』
そう言うと、女性は私の脇腹の欠けた部分に手を当てる。そうすると彼女の手から光と共に暖かさが体中を満たしていくのが分った。
「ああぁぁ……」
あまりの暖かさに脇腹の欠けた部分が無くなっている事に気付く事さえ出来なかった。そして、自分は膝を抱いたまま徐々に体が小さくなっていき光の珠程の大きさに成る頃には意識さえもぼんやりとしていた事に気付かなかった。
そして、一つだけ分る事が有った。周囲で漂っていた光の玉は、全てが魂の光なのだと。私も同じく魂だけになったのだと。そう感じた瞬間……私は死んだ事を理解した。
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「マリーナ姫?今日はどうされたのです?いつもであれば質問攻めされているでしょうに。爺はちと拍子抜けしますぞ」
「え?あーごめん。ボーっとしてた」
「お姉さま、昨晩眠れなかったのですか?」
二人が心配するのも無理はない。ボーっとしていたのは本当だった。二人には寝不足に見えたのかもしれない。しかし、本当は有る事を思い出している内に考えに没頭してしまっただけだった。
「ううん、大丈夫。爺も気にしないで」
「そうでございますか?体調がすぐれない時は言われてくださいませ」
「うん、そうする」
爺ことママルは、父親が国王を務める国ラソルの宰相兼相談役みたいな人物だった。私もアリシアも10歳から国の歴史や周辺国の事情を学ばせてもらっている。
今日は特にアリシアの為の周辺諸国についての話だったと思う。私にとっては昔習ったことだったが、微かに覚えている日本の歴史の様に系統立てても無く記憶しやすかったのを覚えている。
「それで、隣国であるアブロニアス王国にはお二人の御爺様の妹君が嫁がれておいでです。その為、我が国の友好国として固い絆で結ばれております」
「政略結婚したって事?」
「あぁぁ、マリーナ様。あれほど純粋で目を輝かせて聞かれておられた女の子は、どこに行ってしまわれたのか……」
「目の前に居るじゃない……」
ママルの言うあの時は、新しい人生に覚えるのが嬉しかったのもある。10歳までは蝶よ妖精よと褒められ、知識に飢えていたのだ。
「お姉さま?政略って戦争をするんですの?もしかして戦略ですの?喧嘩して結婚するのかしら」
「おぉぉ、違いますぞ!アリシア様。恋愛結婚ですぞ!周りがうらやむほどの熱愛ですじゃ!」
髭爺は、ハァハァと必死に訂正する。爺が独り言の様に「この子だけは……純粋に」とブツブツ言っているのは聞こえなかった事にする。
「そうなんだー、面白くなーい」
「……政略結婚とは面白いのですか?」
「違いますじゃぁ!」
誰が恋愛しようが、結婚したなど済んでいる事はどうでも良かった。前世の記憶も精神の成長も14歳で終わったのだ。この新しい人生も精神が成熟するのに外見と矛盾しない様に徐々に前世の記憶も明確になってきた。一番の違和感が無くなったのは、2年前である。背格好、話し方が同じになり、髪や肌の色は違ったが覚えている前世の姿と完全に違和感が無くなったのだ。
それから何度となく前世の夢を見るたびに、寂しく泣いたのも少なくない。
「とにかく、結婚の話はまた次の機会に。唯一の友好国は隣のアブロニアス王国しかありません。北にある山岳地帯に蛮族の国ブルーブが有りますが海洋に面していない為、我が国も何度か侵攻を受けたことがございます」
「海の向こうには国は無いの?」
「火山列島がございますが、街や村という自治の規模と聞いております」
「へえーじゃあ、隣国の向こうには?」
「霊峰カントが有り、その向こうとの交流はありません。しかし、昔の文献には異種の種族の国々が有るとされています」
「異種族?」
「姫様はおとぎ話はお好きでしょうか?」
「一通り読んだと思うけれど?」
「ならば、その通りの異種族でございます」
物語に出てくるような、妖精やエルフやドワーフと言った種族だろうか。まあ、神様みたいな人に自分も16年前会っているのだから、今さらな気がしないでもない。
「本日は、お時間も有りませんし種族の話に付いては別の機会にしましょう」
そう締めくくると、爺は紅茶を入れてくれる。私達姉妹はこの爺が入れてくれる薬草の様な香りがするお茶が好きなのだ。わずかばかりに疲労した思考を和らいでくれる気がするからだった。
チリンチリン
「丁度良い頃合いでしたな。それでは、お昼からの見学を楽しんで来てくださいませ。もしよろしければ、こんど感想などを聞かせてもらえると爺は嬉しいですぞ」
「げげ、宿題?」
「ふふ、お姉さま。楽しみですね」
昼食の準備が出来たと、鈴を鳴らす音が響く。毎回授業の終わりはこの音で終わるのだ。




