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村にある診療所の一室でダオは2日目の朝を迎えた。体に掛かっていた毛布をはがし、その時の動作の違和感で自分は右腕を失ったことを実感する。自分がここに運び込まれたのが3日前の朝ということを両親から聞いていたが、自分が木こりをしていたはずの時間からその後足を滑らせて体を打ち付けてからの記憶が曖昧だった。
「たぶん、怪我をしたときの激痛と興奮状態からその時の記憶を忘れてしまったんでしょう」
村で唯一のヒーラーであるユリア先生に両親と自分へ説明され、昨日行ってもらった治癒魔法と解熱の薬で右腕以外は健康な時の様に体調も戻っていた。それから、不自由な右腕の変わりに診療所の手伝いをしているというタモトという青年が食事を運んでくれたり体を拭いて着替えさせてくれたりした。
コンコン
「どうぞ」
「おはようございます。ダンさん朝食が出来てますが、もう運んできてもいいですか?」
「あ、タモト君おはよう。ああ、お願いします」
自分より10歳ほど若い青年が扉を少し開けて聞いてくる。あと、今日家に帰るんでしたっけ?と確認して聞いてくる。だいぶ体調が回復してきたので、昨日の時点で今日にでも自宅に帰っていいと許可が出ていたのだ。出来るなら自宅で一息つきたいと思い、早速午前中に両親が迎えに来てから共に帰る予定になっている。
「もう、木こりの仕事は無理か?」
自分の右肘から先の喪失感をしみじみ思う。今後仕事を続けれるかは、親友のサオンに相談しようと決めていた。あと残っているのは自分の体力だけだなと苦笑する。
考えが落ち込むのは、きっと天気のせいだろうとベッドの背元にある木窓を開く。食事が届くまで早く雨が上がって晴れて欲しいと思いながら外を眺めていた。
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「サオちゃんありがとうねー、もうすぐご飯ができるから。」
宿の女将は、カウンターで待っていた私に声をかける。
「いえ、女将さん、避難先として提供してもらってる上に人数分の食事を用意してもらっているのに手伝わないわけにはいきません。」
「サオちゃんみたいな元気な娘こが自警団員をしてるなんてねぇ、この村にもっと仕事があればいいんだけどねえ。私に息子がいたら、サオちゃんを嫁に貰いたいくらいだよ。」
「そんな・・・、私は自警団の仕事が好きですし村の皆を守れるなら一生懸命頑張ります。」
「ウチの娘にも聞かせたいねえ、最近は妙に着飾っちゃって。」
宿屋にある食堂のカウンターからチラッと自分の娘を見る女将さん、それに対して料理を作っていた娘は「お母さん!もぅ」とブツブツ言いながら、鍋を煮込む手を休めていない。
その母娘のやり取りに微笑みながら、避難している人たちへの食事を待っていった。
「お待たせ、じゃあ私達も配る方にまわるかね」
出来たばかりのご飯を、お盆に載せながら宿屋の一階にある食堂兼酒場のテーブルに並べていく。今、配膳を手伝っているのは同じく川の周辺に家を持つ自警団員でありその家族も2階に宿泊しているのだ。
「サオおねえちゃん、おはよう。」
「ねえちゃん、おはよ。」
自分がテーブルに配膳していると、双子の弟妹達が階段を下りてきた所だった。まだ眠いのか目を擦りながら手には手ぬぐいを持っている顔を洗いに来たのだろう。
「おはよう、ダリア、ダル、洗面は向こうだよ。食事ももうすぐだから手をしっかり洗ってきな」
うん、という返事と共にダルはフラフラとした足取りで歩いていく。ダリアも目を擦り擦りとぼとぼとした足取りだ、きっと寝慣れない場所で熟睡できなかったのだろう。
「ブルーニ、皆にも朝からすまないな」
「団長。おはようございます」
「今回は、村の北側の伐採の時期とかぶってしまったからな、避難の指示を早めに出してしまった。不自由をかけて申し訳ない」
「いえ、団長の判断は村の皆を思ってのことだと思っています。その上で、何事もおきないのが一番です」
団長はうなずき返事をすると、宿屋の女将に行き避難場所を提供して貰っていることを感謝している様子だった。
午後には、タカとユキア、ユリアの3人は午前中にダオの自宅への帰宅を見届けて、自宅の戸締りをした後に宿屋へ歩き移動していた。
慣れない避難の集団生活による体調不良者への対応の為であった。この判断は自警団からの依頼ではなく、ユリア自身が避難の指示が出されたときに即座に自警団長へ移動することを伝えていたのである。
伝えたのは昨日であったが、それぞれの自警団員が伝言や家族へ伝えたことで村人の大半の周知の事となっていた。
カラン カラン
宿屋の扉を開くと扉に付けられた来客用の鐘がなる。一階の酒場の様なスペースには自警団員の若者が集まってカードゲームをしている者。二人の10歳くらいの子供と一緒に座って遊んでいるサオの姿があった。
「サオ姉、ダル、ダリア、こんにちは」
「「こんにちは」」
「ユキア今来たのか?」
「うん、私達も今日からしばらくお世話になるわ」
俺は、サオに会釈して挨拶する。彼女だけは俺の事情を知っている数少ない人物だ。笑顔は無いが、うなずいて会釈を返された。
ユリアとも挨拶を交わしユキアはしばらく話をするとその場に残り、俺とユリアとで受付に行き部屋を案内してもらった。
俺は男性の自警団員との同じ部屋でユキアとユリアはもちろん同じ部屋ということらしい。俺は一階に戻ると一つのテーブルに腰掛けるユキアに手招きされ、隣の椅子に腰を下ろすと、向かいに座る双子の子供達がサオの弟妹であることを紹介された。
「タモト殿はユリアさんの診療所の手伝いをしているそうだな、ユキアだけでは人手が足りないからな。助かっているだろう」
「うん、やっぱり人が一人増えるだけで全然助かっちゃう。この前の怪我の人は熱が出ちゃって夜は大変だったから」
「ダオさんか、命は助かったそうだな、腕はどうしようもなかったのだろう命が無事なだけで良かったと思うしか……」
「うん」
怪我をしたのがダオだとユキアは言っていなかったが、狭い村の中である特に噂はすぐ広がっていたようだ。
見知られていない自分もすでに診療所の手伝いをしていると知られていそうだった。
「ねえお兄ちゃん、遊ぼ?」
双子の兄、ダルがダリアを連れて俺の袖を引っ張ってきた。今まで人形で遊んでいたらしいが飽きたらしい。俺はカードゲームを教えてくれないか?と言ったが、双子もよくルールを知らないという。
宿屋の娘さんにカードを借りてみて見ると、少しカードを選ぶだけでババ抜きが出来そうだと思う。
「じゃあ、お兄ちゃんの国のルールを教えてあげるか?」
ババ抜きのルールを教えていく。カードを配り、絵柄がそろったら捨てていく簡単なルールに双子も興味津々ですぐ覚えたという。途中、サオとユキアも加わりカードゲームというとポーカーのような役物のギャンブルしか見たことは無いと言う、皆新鮮さにワイワイと楽しむことが出来た。ちなみに俺にとっては絵柄が騎士や魔法使い、商人、ババとして魔女、図柄で水や炎の魔法の形など見てるだけで面白かった。
「おにぃちゃん、たのしそうだね。うちも混ぜてよ」
日頃は人の多いところでは姿を出して出てこないミレイも、楽しそうな雰囲気に負けたのか声をかけて来て。テーブルに急に出てきた精霊にサオは驚き目を見開いた。
「わぁあああ、可愛ぃ」
「すげえ、かっこいぃ」
双子は目を輝かせた反応だった。ユキアは興奮する双子に「シーッ」と周囲に目立たないように注意しするのに大変そうだ。
途中、ミレイが双子の味方をして俺にババを抜かせたりと、白熱した遊びは夕食が配られるまで続き、夕食後俺は食べ終わった食器をカウンターへ戻しているときにその知らせは来た。
「大変だ!川の水かさが減っている。途中の上流まで見に行ったが、流れが変わった訳じゃなくどうも昨日のがけ崩れで川をせき止めたらしい」
「団長をすぐ呼んできてくれ」
カラン カラン
呼び鈴が鳴り慌しくなる食堂内。自警団員は一箇所に集まり状況を把握しているようだった。
「おにぃちゃん、何でがけ崩れがあったことを皆騒いでるの?」
「たぶん、崩れた土砂で川がせき止められたから。それが決壊すれば、土砂と水が一気に押し寄せる可能性があるからじゃないか?」
そっか、とミレイは納得して考えた表情をする。昨日から雨もやんでおらず、このまま降り続けると決壊することは避けられないだろう。しかし、昨日のうちに避難が済んでいたことに安心してしまった。
下膳をカウンターへ戻し、テーブルへ戻るとサオとユキアとユリアが複雑な表情をしている。
「参ったわね、今度の雨は被害が大きくなりそうだわ、家は建て直せるけれど、怪我人が出ないと良いけれど」
ふと、サオおとダルが慌てて駆け寄ってくる。
「サオお姉ちゃん、ダリアが本をとりに行くって、止めたんだ!でも、土砂が崩れると家が流されるって自警団のお兄ちゃん達が言っているのを聞いて」
「そんな!こんな雨の中、しかもいつ土砂が崩れるかもわからないのに!!」
サオは立ち上がり悲鳴のような狼狽を見せる。
「ダル君、ダリアちゃんはさっき出て行ったのね?タカさんもしかしたらまだ間に合うかも」
「私は、サオさんのお母さんに状況を伝えてくるわ」
うなづくダル。そして、ユキアはサオの母親のところに行ってくれた。
昨日は川まで歩きでもそう掛からなかった。案内があれば家まで走れば10分も掛からないはずだと思う。
「サオさん家まで案内してください。探しましょう!」
ユキアとサオと俺は防水コートも着らずに、宿屋をどび出し東の川の方へ走り出した。
村の北東に出来た土砂のダムは、隙間から雨水が横殴りに煽られ吹き出ており、もう決壊する寸前の状態みたいだった。
「「ダリアちゃんー!?」」
「ダリアー!」
俺とユキアとサオの3人は、サオの家に向かいながら声を張り上げるが、雨音にかき消されるようで誰の返事もなかった。
「おにぃちゃん、川の土砂が崩れる!!」
突然、ミレイが叫び教えてくる。ミレイは水の流れを感じたのだろうか、それを聞いたサオとユキアも振り返り、走るのをやめる。その時、遠くから不気味な音が響いてくるのを聞いた。
「うそっ!?」
「急ごう!」
ユキアの呟きに、サオの表情は真っ青で言葉も無い。ゴォォと地響きを起こし聞こえてくる音は、徐々に大きくなり止まる事はなかった。
「くそっ!」
ボー然とするサオの腕を引き、ユキアの案内で家まで走る。
「あそこ!ダリアちゃーん!」
まだ距離は離れているが、見下ろす坂のユキアの指差す先に子供らしい人影が家に入る姿が見える。
「ダメ、昨日作った防波堤では止まらない。」
ミレイは水の流れを感じているのだろう、だとするともうすぐそこまで濁流が来ている事になる。急いで俺達3人はダリアの入った家に近づこうと走った。
ゴオオォォォォォォォオオオオ!!
嘘だろう!もう視界に土砂の波が見える。力の限り走るが土砂の方が早い。3人の目の前で、家に襲い掛かるように土砂が打ち付けるのが見えた。
「いやぁぁぁぁ!」
「ダリアァァ!!」
「くそ!!」
二人が走るのをやめる中、坂を下りた先にある家に俺は玄関から入るのを諦め、空いた窓からぬかるんだ土砂を掻き分けるように進んだ。
「ダリア!どこだ!?」
本を取りに帰ったはずだ、だが見える視界には子供の姿は無い。まだ、土砂は緩やかに動き探すのを阻もうと意思を持つように動く。
「ダリアァ!!」
「おにぃちゃん、あそこ!」
ミレイには土砂も関係なく流れを感じるのだろう、俺だけでは見つけれなかったはずだ。部屋の隅を指差し、俺はそこをめがけて掻き分けていく。手探りで何かをつかめないかと探し手を泥の中に突っ込んだ。
いた!手先にやわらかいダリアと思える体が触れる。
「いた!」
両手で抱え込み、思いっきり引き上げる。体はぐったりしており、土砂で傷つけたのだろう顔や手足には擦り傷と皮膚が剥がれているところもある。意識はない。呼吸は確認している暇はなかった。
「くそっ、ミレイ出るぞ!」
「う、うん!」
まだ緩やかに流れる土砂をダリアを抱えながら戻り、サオとユキアの待つ坂へ戻る。
「ダリア!ダリア!」
「ダリアちゃん!」
サオは真っ青な表情で、俺の腕に抱えられたダリアに声をかける。
「ユキア、頼む。」
「う、うん」
何をと言わなくても、ユキアは何をお願いされたのか理解し魔陣を作る意識を集中させた。
俺は自分の出来ることをやる!ダリアの意識はすでに無い。
え、えーと、気道確保!確認だっけ。
「俺は出来ることをする。ミレイ、昨日使った温水の魔法を工夫して体を包める事ってできる?」
「ウン、やってみる」
呼吸を確認するため顔を近づけるが息はしていない。心臓の拍動を同時に確認するため頸部に指を当て脈を確認するが、拍動なし。フゥ、一息吐く。俗に言う心肺停止状態だ。このまま5分も続けば蘇生率が低下するはずだ。
『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの眼でこの者の病を知らん』
「ダメ、呼吸、心臓が止まってる。まさか死んじゃうの。」
「ダリア!」
「まだだ!まだやれることはある!」
俺は、息を吸い込むと、顎を上げたダリアの口をふさぎ息を吹き込む。すぐさま、心臓マッサージを開始した。まだだ、発見が早いはずだ!助けてみせる!!
「いち、に、さん、し、ご、ろく……」
フー!
俺は、ダリアの小さい体の横に位置取り、心臓マッサージと人工呼吸を続ける。
「タカさん!?何を?」
ユキアにとって、俺の取っている行動は意味があるのかと半信半疑だろう。魔法が主体の治療形態において、傷は治るものであり心臓や呼吸が止まったものは治癒魔法をかけ続け体自身の自己治癒の力に頼るのみである。
ミレイはすでに、昨日の温水の魔法を修正しダリアの全身を包んでいる。あとは、ダリアの脳へのダメージを止めないと。
治癒魔法でも無くなった腕が再生しないように、一度深刻なダメージが脳へと加わるとおそらく脳の機能を回復させることは出来ないはずだ。
再生魔法があったとしても、この村唯一のヒーラーであるマリアさんが使えないのだから、今の状況ではどうしようもない。呼吸が停止した人の多くは低酸素状態が続く脳神経へのダメージによるところが大きい。あと出来ることは、脳へのダメージを最小にするのはしないよりもましだと思いつく。
「ユキア、お願い、がっ、ある」
「なに!?何したら良い?」
「ダリア、の、脳への、障害を、防がなきゃ。治癒、魔法をっ」
「頭にでいいのね?」
「サオ、交代、して」
マッサージをしながら上手く話せないがやって欲しいことは伝わったようだ。ユキアにうなずき、サオはまだ横でボー然とダリアを見つめ手は震え両手で握り締めている。俺の声は聞こえてない様子だった。
「サオ!!できる?」
「あ、あぁ!」
ハッとして、顔だけ俺の方へ向けるサオ。視線を合わせると、心臓マッサージの方法を簡単に教える。次第にサオの緊張が緩んでいく様子が見え、俺は交代を準備する。もうすぐ開始して2分になるが体力的にきつくなってきたのだ。
「交代するぞ!」
「わ、わかった。」
俺はすぐに体の位置を変えて、人工呼吸を行う。その間にサオは自分の位置を決め俺の次に心臓マッサージを開始する。
「ダリア!……ダリア!!」
「サオ、もう少しペースを早く。」
その間、ユキアは魔方陣を形成するため頭側に移動し両手をかざしている。
「私、傷くらいしか直したこと無いけど」
「かまわない!やれることを全てするんだ」
うん、とユキアはうなずき。目を閉じ集中する。
『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの水をこの者に与えたまえ!』
ユキアの治癒魔法はダリアの頭を照らし、俺はダリアの顎を上向きへ支え気道を確保しながら、次の人工呼吸を待つ。
フー フー
2回の吹き込みの後。サオのマッサージが開始となる。まずい、もうすぐ3分経つ。救命率がどんどん低下していく焦りを感じる。たしか、4分経過で50%半々だったはずだ。
「タカさん、もう、私の魔力がっ……」
「何とかっ!もう少し!もう少しだけ!!」
先ほどの病識魔法と続き、治癒魔法を使い魔力の限界がユキアに近いようだ。俺は治癒魔法を使えない、今から魔方陣の形をまねても効果が起きるかも定かではないと一瞬迷うと。急にひらめくものがあった。
「ユキア、そのまま魔方陣をもう少し維持して!」
「何を?タカさん?」
説明している暇は無かった。俺はダリアの気道を確保する手のひらから、魔法の銀糸を伸ばしユキアの魔方陣に絡ませるように魔法陣をなぞって行く。草の蔦が絡まっていくように螺旋を描きながらである。しばらくすると、一段と太い輪郭を持つ魔法陣が形成される。
「タカさん、暖かい」
俺は返事も出来ず。ユキアに目で合図し魔法陣を維持するのに集中する。
『魔力よ!ダリア戻って!!』
すぐさま人工呼吸の息吹を吹き込む。ダリアの頭上では魔法陣が銀色ではなく光が強すぎて白に変化している。
フー フー
「……ゴホッ!、ゴホッツ!」
「ダリア!」
ダリアは腕を払いのけるように動作をすると、しきりに咳き込み肺の中の異物を出そうとする。
俺はそれを見届けると、一気に気を緩めるように息を吐き出した。
「ふぅ」
「ダリア!」
「ダリアちゃん!」
サオはしきりにダリアを抱きしめ。ユキアも反対側からダリアを覗き込む。目には雨ではない輝きが見える。
「おにぃちゃん!やったね」
「あぁ、ミレイもありがとう、助かった」
まだ降り続く、雨を見上げ俺は「良かった。」と一言呟いた。その後ろで。
「わぁ~ん!!おねえちぁーん!」
意識を取り戻したダリアが土砂に飲み込まれたときの恐怖を覚えていたのだろう、サオに抱きつきよりいっそう泣き声だけが周囲に響いていた。
「もう大丈夫だ」
うん、と言うミレイの返事と共に俺は3人に近づいていった。
俺達はダリアが意識を取り戻したのを喜んだ後、サオがダリアを抱きあげ、そして魔力を使い果たしたユキアを俺が肩を貸しながら、宿に戻ることに決めた。
結局、ダリアの取りに行った本は土砂に家が飲み込まれており危険だとの判断から先にダリアの容態をユリアさんに見せることを優先したのだ。
途中、土砂の流れる音で様子を見に来た自警団員とすれ違い、大丈夫だと伝えすれ違った。そしてようやく宿屋に戻ってくる事が出来た。玄関前では心配そうにサオとダリアの母親が出迎えてくれた。
「ダリア!サオ!」
彼女達の母親が駆け寄ってきて、疲労で寝てしまったダリアの服の汚れ具合や怪我を見て驚き、ユリアもそれに付き添って2階へ上がっていった。
「サオ、何があった?」
「団長……」
「まあ良い、少し向こうで落ち着いて話そう。タモト君も良いか?その前に、ユキア君を休ませた方がいいか?」
「お願いします」
団長に返事をし。俺はユキアに肩を貸して階段を上がっていく。他の避難している村人や残っている自警団員の視線も気になった。
ユキアをベッドに寝かせ、宿屋の娘さんに着替えをお願いし、俺自身も濡れた体を拭いた後着替えを済ませて団長の部屋の扉を叩いた。
サオと俺で団長に土砂の状況と、起きたことを報告し。ダリアを救った経過を話すとオニボ団長は言葉なく驚いていた様子だったが。
「そうか、危ないところだったな。おかげで悲惨な結果にならずに済んだか。ありがとうタモト君、そしてサオ」
「いえ、私は何も出来ませんでした。妹を助けてくれて本当にありがとう、タモト」
「俺は、ただ助けたかっただけです。力になれて良かった。」
うんうん、と団長は頷きながら俺たちに「ゆっくり休むといい」と言ってくれ部屋を退室した。そして、二人ダリアの容態を見に部屋へ向かう事にした。部屋を出た後、俺が先に歩きながらダリアの休む部屋に向かっていると。
「タモト、本当にありがとう。大事な妹まで居なくなってしまうかと思った時、私は何も出来なかった」
「気にしなくて良いよ、サオやユキアが居たから助けれたと思う。きっと俺一人だったら無理だったんじゃないかと」
「ウチもいたですよ?」
不意にミレイが胸のポケットから顔を出して笑顔を向けてくる。
「そうだな、ミレイも居たから助けれた皆の力のおかげだ」
「キャハハ」
「ありがとう……タカ君」
「ん?」
最後の方が聞き取れなかったが、サオには何でもないと言われ俺を追い越してダリアの休む部屋へと入っていった。遅れて入った部屋の中には、サオの母親とダル、そしてユリアさんが腰掛けていてダリアはまだ眠っていた。
「タモトさん、ダリアを助けていただいて。本当にありがとうございました。」
部屋に入って早々、サオの母親から頭を下げられる。サオが着替える際に事情を話していたのだろう。ユリアに視線を向ける。
「タカさん特別残る障害もなさそうです。擦り傷と胸の骨が何本か折れていましたが、治癒の魔法で治しました。簡単には何を行ったのかサオさんから聞きましたが、後で詳しく教えて下さいね?」
「わかりました」
ユリアさんから笑顔を見れてようやくほっとする気分になれた。俺は、ユキアの様子を見に行く事にして、サオは部屋に残るそうで、俺は皆に挨拶をして退室した。
コンコン
「どうぞ?」
部屋に入るとユキアはベッドに横になっていた。濡れた着替えはもう済ませているみたいだ。もう、外は夜になっており、閉ざされた部屋は蝋燭の明かりのみで薄暗い。顔色はわかりにくいが、表情が穏やかなのは見る事ができた。
「ユキア、大丈夫か?」
「うん、魔力を使いすぎただけだから疲れてるだけ、休んでれば大丈夫です」
「無理をさせてゴメン」
「そんな。タカさん私にも出来ることがあっただけで嬉しかったんです。ダリアちゃんの様子を見て凄く怖かったし、何かを無くしてしまいそうで。もうダメだって思ったとき、タカさんの魔力が熱いくらいに私を支えてくれて、無事にみんな帰ってきて凄く嬉しいんです」
俺はたどたどしく話すユキアの言葉を聞いていた。弱々しく話す言葉に少し無理をさせたんじゃないかと思い至り、暖かい飲み物をもらって来ると言って休むように言う。
ウン、とユキアの返事を聞きながら出て行く俺の背を、ユキアが見つめる視線に俺は気がつかなった。