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会議が行われた部屋からは一人二人と商店の店主達が退出していく。結局は、多数決が行われた後、話し合う内容も無くなり直ぐに解散となった。
盗賊の襲撃の件まで説明を覚悟していた俺は、妙な緊張のまま椅子に腰を下ろした。
「ご苦労だった」
座ると同時にガイス主任が声を掛ける。ルワンナさんは商業組合ギルドの代表に挨拶に行ったそうだ。どうも、老舗の店主である一人齢をとった老人が代表らしかった。
「何とか終わりました。ちゃんと伝わったでしょうか?」
「あぁ、間違いなく伝わったろうな。何より急ぐように可決を取って足早に帰っていった店主達がいる時点で成果は出ている」
「良かった」
自分にとって資料のプレゼンテーションなんて医療看護学会で演台に一度立ったことが有るくらいである。しかも、それは事例の発表報告であり、今回の様に説明と理解をもらわなくてはいけないような雰囲気ではなかった。
「なんだ?緊張していたのか。そうは見えなかったが」
「説明だけとは言っても、理解されなければどうしようとか受け入れられなかったらどうしようとか考えません?」
「ああ、タモト君は色々結果を考えるんだな?私の場合は話すことは決まっている。結果はどうなろうともやれる事は変わらないと思うがね」
「はぁ」
ガイス主任は肩をすくめて聞き流す。今日の説明などは、本当に後付の理由なのだ。アロテアの治療院に薬草の取引を助言した時に、アロテアの経済の事など考えてもいなかったのだから。ただ、値段を下げたいと言うのなら納得のいく取引方法を助言しただけなのだから、それの説明をしてくれと言われたら、小学校で習った需要と供給を思い出すしかなかった。後は、聞きかじった社会科と経済の話を折入れたに過ぎなかった。
「しかし、大変になるぞ。今の仕組みでは対応に無理があるな。帰ったら人員を選別せねばならんか」
「俺は何をすればいいですか?」
「マスターと話あって人員を選別する。その者達にグラフ?だったか、その作り方を教え込んでくれ。そうだな、一つ刻程は選別にかかるだろう。気疲れしただろうから休んでもいいし出かけても良いと思うが?」
「そうですか、じゃあお言葉に甘えて休むことにします」
「マスターを待ってても良いが、何時になるかわからんな。先に帰っているか?」
「そうですね。そうします」
ガイス主任はマスターを待ち一緒に帰ってくるつもりの様だった。確かに言われた通り今すぐ報告する事も無く、先に帰って休憩させてもらうのも悪くない。
「それじゃあ、お先に戻っています」
「ああ、休憩が終わったら声を掛けてくれ」
それではと挨拶をすると、特に荷物という荷物も無く部屋を出ていく。部屋の中に残っている者達は、世間話をしているのだろうか帰る気配もなく立ち話をしていた。
商品が並べられている横を通り抜け、入り口に立ち止っている2人の横をすり抜け出て行こうとする。
「おぃ、ルッツ」
「待て!」
「ん?」
呼び止められたのは、店を出ようとしていた時だった。出口で話し合っていた商人の一人だった。店先を出た時に丁度呼び止められる形となった。その後ろに居る男性も友人なのか表情は心配していた。
「あーあなたは……」
「サヒロイだ」
話し合いの場で質問をしてきた男性だった。年齢は同じ歳位に見えるが、理由は分らないが威圧的な視線を向けてくる。確か、競争取引方法に良い印象を持っていない様子だったのを思い出す。
「サヒロイさん、何か御用でしたか?」
「そうだ。一応決まった役割だからな、ギルドで決まった事が有ればすぐに伝えてもらいたいんだが?」
「あーそうですね。ルワンナさんと話をしないといけませんから、決まったら伝えに行った方が良いですかね?」
「ああ、こっちも暇じゃないんでね。そうしてくれると良いんだが」
「ルッツ、お前なんでそんなに不機嫌なんだ?半ば無理やり決まったからか?」
「ふん!」
「それでは、何かあればご連絡します」
「あ、はい!ほらルッツお前も挨拶しなくていいのか」
結局はルッツの態度は終始変わらず、後ろに居た男性のみが別れを告げる。正直、不機嫌な態度を向けられて良い気分ではないが、俺が助けれることは特段に無いと思う。
日を経て、上手くいくか悪影響となるかは時間を経たないとわからないのだと思う事にする。それにしても、思うよりも緊張したため早くギルドに戻って休みたいと思い、ジワリと疲労感を湧いてくるのを感じて来ていた。
「ミレイ?」
「なぁに?何かあった?」
目を擦りながら左胸のポケットから顔を覗かせる。最近忙しかった事もあり、ゆっくり話すのも久しぶりの様に思う。
「寝てた?」
「うんー最近眠くて、眠くて。何かあったの?」
「いや、ひと仕事終わったからそろそろキイア村に帰れるんじゃないかと思ってね」
「あーそうなんだぁ。ふぁぁあ」
本当に眠そうにあくびと目を擦るミレイ。最近自分も夜更かしする事が多かったせいだろうか?特に今は魔宝石も無いのでミレイ自体疲労する理由に思いつかなかった。
「ごめん、寝てていいよ?」
「うんー少しは大丈夫ぅ」
ミレイはポケットの縁に手を出しボーっと周囲を見ている。そうするうちに、中央の広場と大通りに曲がりすぐ先にギルドの入り口が見える。
まだ、外から見る分には冒険者も商人も依頼に来ている様子は無かった。
「さすがに一気に依頼が増えるのは無いか」
しかし、ギルドの入り口を通った後、カウンターに珍しく2人の人が並んでいるのが見えた。俺は、仮眠室へ向かうためにもカウンター横の通し扉へと回り込もうとした。
「なあ、姉ちゃん。俺はキイア村の仕事があるって言われてたんだけどよ。いつ頃行く事になるんか知ってるか?」
「すみません、キイア村の件は直接上の方が対応していまして、もう少しお待ち頂ければ担当が帰ってくると思うんですが」
ん?キイア村の事を話しているのだろうか、直接仮眠室に向かおうとした足先も興味の為に自然とカウンターの方へ向かってしまう。すると、対応していたカウンターの女性がニーナだった事に気付く。
「ニーナさん、どうかしました?キイア村の事とか」
「あ、タモトさん。いえ、今度キイア村の復興に協力してもらえる大工をしている方が、いつ頃村に向かうのかと気にされてて」
「なんだぁ?兄ちゃんが担当って奴かよ?」
「いえ、キイア村でギルドマスターをさせてもらってますタモトです。詳細を知らないのでいつ出発するかはわかりませんけれど、よろしくお願いします」
「あぁ、そうかい!こっちこそよろしく頼まぁ。ところで今日はアイナの嬢ちゃんは居ないのか?」
「アイナは今日は確か夜の担当ですよ」
「ちぇ、そうか!約束も有ったからなその事も聞きたかったんだけどな」
「夜にまた来られますか?伝えておきますが」
「まあいいや、明日早くでももう一度来るわ。あ、待たせてすまないな」
そう言うと、後ろで並んで待っていた男性に挨拶して帰っていく。挨拶された方は、特に挨拶を返す様子もなくカウンターの前に進み出る。
俺は、仕事の邪魔になるだろうと思い仮眠室へ戻ろうと振り返る時だった。
「キイア村のギルドマスター?と聞こえたが」
「へ?はい。そうですが?」
先に質問され、挨拶を遮られたニーナは俺達二人のやり取りを眺めるしかなかった。
「キイア村の現状は大丈夫なのか?」
「ええ、一応。さっきの話では復興に大工の人も来てくれるみたいですし」
「ほお、村へ向かおうと思っていたが意外と早く済みそうだな。ところで聞いたところによると先日村で奇妙な光を見たと噂を聞いたのだが?」
「光ですか?」
噂になる光と聞いて思いつく事はそうなかった。
「知らないのか?この街でもキイア村からの避難者から聞いたが、魔陣の様な光が雨を降らせたと」
それを聞いてドキッとしてしまう。知っているも何も紛れもなく俺とミレイが作り出した魔陣の事だろう。まさか、噂話として広まっていたとは思わなかった。そして、目の前にいる男性の口振りには、噂話としても聴取して聞きまわっているのかも知れない。
「あー確かに(1週間も消えなかったら)、噂ひろまちゃいますよね」
「何か知っているのか?」
「あれねぇ、ウチ達とおにぃちゃんでやったんだよぉ、凄いでしょ?」
突然にポケットでぐったりとしていたミレイが呟く。その呟きを男性が見逃すはずは無かった。
「精霊か!それにお兄ちゃんとは?」
男性は今さらながら胸ポケットに居るミレイに気付く、そして、胸のポケットから視線をゆっくりと上げていき、顔を改めて見つめられる。そして、額の神痣を見つけると視線を眩しそうに細めた。
反対にその男性の瞳は力強い意思の輝きを秘めているようだった。外見は旅人や学者と言えなくもないだろう。決して戦士や冒険者には見えない。髪色はダークブラウンであり、付いている寝ぐせが余計に学生の雰囲気を強めていた。
「ほお……もしや、神「何かあったのか?」」
その男性の呟きを止めたのは、ギルドに戻ってきたルワンナの質問だった。その横には、話していた通りガイス主任も付き添っていた。
「マスター、実は……」
「私から説明しましょう。私の名はバオ・シールズ。アブロニアス王国学術院の院生で、ある噂を聞きキイア村を調査しに来た……というのは建前です」
バオと名乗った男性は懐から一枚の巻紙を取り出し広げる。それをまずはギルドマスターであるルワンナの方へ見える様に向けた。
「これは、宮廷魔導士筆頭の署名?」
「はい、キイア村に現れた光の原因調査と、それを作り出した物あるいは人物を確保と同行してもらう様にとの命令書です」
「光ね……」
ルワンナさんはチラッと俺の方を見るが、すみません、そのバオと言う男性には既にばれてます。
「そんな、大した事じゃないかもしれないわよ?」
「1週間も雨を降らせたと聞いてますが?それでも大したことではないと?」
「同行という命令って連行の間違いじゃないの?」
「あくまで、任意での同行と思ってもらいたいですが?もし、断った場合に上が気分を害されたならどんな影響があるか想像も付きませんね。アロテアだけでなくキイアも大変な時期なんでしょう?」
「報告しないって手は無いのね……」
「私も色々と興味有りますし、黙っている義理も無いですからね。諦めてください」
「だそうよタモト君?」
バオと言う男性は、何が何でも首都へ連れて行こうとするだろう。しかし、思い浮かぶ心配は、帰ると約束したユキア達の事だった。




