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助言を受けた雑貨屋の店主の表情は、何か喉のつかえでも取れたように晴れやかになっていた。今も両隣に座っている他店の店主達と周囲を気にせず話すようになっていた。
しかし、自分の心の内にはまだ霞が掛かったように腑に落ちていなかった。
「しかし、冒険者ギルドに全てを任せてしまって本当に良いんですか?情報が違いました。もしくは古い情報で先に売買されました。では、商売を逃して損をする商店はやってはいけませんよ」
さすがにギルド職員やギルドマスターのいる前で、信用できないとは言い切れず遠まわしに質問する。
しかし、その質問に対しても初めから考えていたのかタモトという青年は落ち着いたままだった。
「ええ、いくら情報を集めてもその時点で古い情報には変わりありません。鵜呑みにして売買に行かれると言われた通りの結果にしかなりません」
「それならば、むやみに混乱させるような情報なんていらないんじゃないか!」
「しかし、今までも各商店の方々は、独自の判断で仕入れを行い売買しながら営業されていたと思います。今までおそらく材料にされていたのはほとんどが古い情報ばかりだったんじゃないですか?」
「古い情報?」
「情報源はどこからでも構いませんが、冒険者の噂話や同じ商店からの世間話等を元に売買に行かれてたんではないですか?」
「まあ、そうだな」
俺とタモトのやり取りに、気が付くと周囲は黙り真剣に聞き耳を立てていた。先ほど緩ませた表情をしていた道具屋の主人は、明らかにタモトの一言一句聞き逃すまいと視線を送っている。
大手老舗の商店の主人は、腕を組み目を閉じてはいるが話を聞き逃さないように集中していると見えなくもなかった。
「これからは、未来の情報を判断の材料にして頂きたいと思っているんです」
「未来って……そんな事が分るわけないじゃないか!」
「そうだ!そんな絵空事を言って信じてもらえると思っているのか!」
さも当たり前の様に、タモトに未来が分るように言われ、説明の途中にも関わらず怒声にも近い質問が掛けられる。たぶん、期待をしていた分の反発が声掛けられ説明をしようとしていたタモトも説明を一時中断するしか無かったようだ。
「……まだ、説明の途中なんじゃがの?」
先程まで閉眼していた老舗の店主の呟きによって、場内の喧騒は一気に静まった。それ程大きい声だった訳では無い。良く浸透する声で絶妙のタイミングで言われた発言だった。
「あっ、ありがとうございます。すみません司会の方、これも配ってもらっていいですか?はい、配るのはこれで最後なので大丈夫です」
また、変なグラフとかいう落書きが回ってくるかと思いきや、次に配られた物は文字が多い。しかし、今度は『~』の様な土中に居る虫の様な線が有るだけだ。
このタモトと言う男の頭の中は、虫でも住んでいるんじゃないかと半分思う事にする。
「未来の情報と言って分り難かったですね。言い方を変えるなら、これから数カ月の内に起こる可能性の高い商品変動の情報?と言えば良いのかな」
「は?」
「じゃあ、配った資料を見てください。代表的な食肉と薬草、皮素材の3つの情報が分りやすかったので今回まとめてきました」
「簡単な所は、食肉を見てください。肉と言っても幾つか種類が有ったので一般的に食べられているらしい物と自分もこの前知りましたアンキオ鳥の情報にしました。アンキオ鳥は野生の鳥を冒険者や狩人が持ち込むらしいですね。肉を取引されている方はいますか?」
「ああ、扱っている。うちの店にも在庫が有るが」
「うちもだ」
横に居たマンテロが手を挙げて伝える。他、数店の店主が同じようにする。
「ならば、近いうちに少し原価が上がりそうですね」
「はぁ?」
「何でわかる」
このタモトと言う男、口調的にあまりにも簡単に結果を言うので出まかせを聞いているとしか思えない。
「皆さんにお渡ししたのと同じ物(資料)から思った感想です。分る訳では無いんです。可能性が有る事が分ったんです」
「そうだとしても、なんでだ?」
「まずは、アロテアギルドに持ち込まれたアンキオ鳥の買取りの在庫が無い事が書いてありますね。それだけでは無く、例年通りだとこれから数月後に寒くなってくると暖かい時に比べ買取数が減っていることが分ります」
「例年通りって?何のことだ」
「この情報は、アロテアギルドの収し……取引記録から、寒い時期が近づくと商品記録に変化のある物が分かたんです」
「ハハ、こんな事を調べていたのか」
話しながらチラッとタモトはルワンナの表情を見て言い直す。それに対して、椅子に座りながらギルドマスターのルワンナは苦笑していた。隣のガイスは苦虫を噛んだように無言のままだ。
「ガイス、気付いていたか?」
「ええ、まあそれらしい感じは聞かれればですが」
「それで、現在街の中に有るアンキオ鳥の消費と供給を考えてみました。それぞれのお店に在庫がどの位かはわかりませんが、生モノだと保存がし難いので必要とされる需要が高まって値段(原価)が上がると考えれるんです」
「おお、そういう事か私にも理解できるぞ」
「本当だ、この線だとアウ牛は年間の変動がほとんど無いのか。それにしても何故アンキオ鳥なんだ?」
「自分が食べて美味しかったので覚えていたのも有りますけど、飼育されている様な商品では無く、それなりに需要が有ってギルドも関わっていた特徴商品だったので比較出来ると思ったんです」
だんだんと配られた資料の見方が理解できるようになると、それぞれの店主は自分の店で取り扱っている商品の項目を見つける様にページを捲っていく。
「他には商品目は無いのか?」
「すみません、説明用にわかりやすく準備した物なので。最小限にしか載せていません。それに時間も二日でわかった分だけを載せただけなので」
「たった二日でこれほど分るのか!」
「ええ、まあそうですが?」
タモトは何を驚かれているのかと不思議な表情で返答する。この虫が載っている様な絵を書くにしても、この男の考え方が我々と全く違っている事に改めて気付かされる。
すでに大半の小商店の店主にとって、競争取引方法への批判などどうでも良くなっていた。多量の在庫を利益を維持しながら確保が出来ないのならば、無駄な張り合いはしない事にした方が良いとここに居る大半の店主が気付いていたのだ。
しかし、自分にとっても興味がある事だけにこのタモトと言う男とアロテア冒険者のギルドを信じて良いのか判断がつかないでいた。
「知りたい商品が有れば調べてもらえるのか?」
「えーと……ルワンナさん?」
「あぁ、商業組合と話し合わないといけないだろうが、分る項目で有れば調べれるだろう」
「「オオオッ!」」
「タモト君が言っていたように、今後は商品についての情報も取り扱おうと思っている。今回の競争取引方法の様に誤解が広がらない様に、今後は密に商業組合の方とも話し合いを持っていきたいのだが」
ルワンナの視線がチラッと自分を見たようだが気のせいだろうか。そして、今回の反省も含めギルド側は商業ギルドとの繋がりを持ちたい事を言ってきた。
おそらく、今回の競争取引方法の説明や盗賊の襲撃結果の説明が本命では無く、ギルド側の要請を言ってきたのに気付いた。
「おおー、それは願っても無い事ですな」
「そうですね。これからも色々と話を聞ける機会が有れば安心できますしね」
席場が一気に騒々しさを取り戻す。基本的に商業組合での決定には多数決が用いられるが、それを執り行おうとする司会の声さえ掻き消されてしまっている。
「待ってくれ!ギルドが関わった盗賊の襲撃の話もまだだろう!?」
話がうまく丸め込まれ可決の流れにだけは防ぎたく、皆に冷静な判断をして欲しく騒々しい中声をあげて注意を戻そうとした。
「盗賊の件なんて終わった事は良いじゃないか!それよりも明日からの商売だぞ!」
「ギルドも騙されたんだろう?悪いのはすべて盗賊だってことだろう?」
「そうだとしても、ギルド側の確認の不手際でキイア村が損害を被ったんだぞ?矛先が俺達になっても同じことが言えるのか!?」
俺が言う以外の意見は、ほとんどがギルドを援護する意見になっていた。以前に同意見だと連盟で意見書を出した店主も眉間に皺をよせ無言のまま、目線を合わせようとしなかった。
「ギルドも今回の事で勉強になったんだろう?確実100%は無いってな!それを責めてどうする?一回目はしょうがない厳しい勉強だったとして二回目を起きないよう努力すればいいんだ」
「そうだが……」
「そこまでギルドと商業組合の事が心配ならば、ルッツ君が予防対策に力を貸してあげたらどうかね?」
「え!?」
その一言で再び席場は騒々しくなる。「それは良い」と賛同する席隣りの者達と話し始める。
「皆さん!それじゃあ一応組合の決まりとして多数決を取ります!」
「ちょ、ちょっと……」
「商業組合とアロテア冒険者組合は今後定期的に会議を行う事に賛成の者は挙手をお願いします」
挙手をと促され、止めようと上げた手を慌てて下げる。別に反対では無いが、自分以外にも適任者は居るはずだと皆に言いたいのだ。
しかし、隣に座っているマンテロでさえ話し合いの進行を止めようとはしない。誰も彼も見渡すと商売の事で頭がいっぱいで面倒事は嫌という表情が浮かんでいる。
「それでは、商業組合からの代表としてギルドに助力する人材としてルッツ君の他に推薦する人はいますか?」
なっ!俺の選任は、すでに決定しているかのように挙手を求める司会者。明らかに推薦者を選ぶと聞き方を変えたことがその口元の笑みが物語っていた。
今の面々で誰かを指名する訳がない!誰の挙手も無いまま俺だけがギルドと商業組合との間で連絡を取り合う役割が決定事項となった瞬間だった。




