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日差しも高くなり、少し汗ばむ時間になってきた執務室には昨日と同じ顔ぶれがそろっていた。しかし、椅子に座る俺以外の二人の視線はそれぞれに配られた紙に釘付けになっていた。
「タモト君、確かに知恵を貸して欲しいとは言ったが、この丸や線の記号は何なんだ?それにここに書いてある事を本気でやれるつもりかね?」
「まあ、ガイス落ち着きなさい。せっかく対策を考えてくれたんだ、話を聞こうじゃないか」
ルワンナさんもガイス主任も、昨日と変わらず今後の対策について方針案を決めなければと険しい表情で執務室へ集まった。その時に、俺は昨晩寝ずに集めた情報から4つの対策と資料を持参し驚かれた所だったのだ。
「相談もせずに勝手に調べてしまい申し訳ありません」
「いや気にしなくていい。アロテアの事を十分に知らないタモト君に案を出してくれと頼んだのはこちらだしな。それに、以前研修を受けて貰ってもいるし全くの他人でもなかろう?可能か不可能かはわからないが4つも案が有るならば熟考の余地はあると思う」
「それでは、まず説明させてもらいます」
「ああ、よろしく頼む」
ガイス主任も無言で頷く。それぞれの手元には俺の手書きの紙が数枚握られている。
「まずは、今回の依頼の減少の原因を推測ですが確定することから始めました」
「今回の盗賊の襲撃を見過ごしてしまった噂が原因では無いのか?」
「ええ、直接的な発端はそこだと思います。しかし、それだと商隊護衛の仕事が減少していない事が不自然です。商業ギルドからの不信感が強くなっているのは確かだと思いますが、明らかに何かの特徴があるのではないかと思ったんです」
「それで、わかったのか?いや、すまない。特徴が有ったのか?」
ガイス主任は普段見かけない程に落ち着きを隠しきれていなかった。
「もったいぶってしまい申し訳ありません、結論から言いますと特徴が有りました。今回、商業ギルドの一部、2枚目に挙げている商店名のグループが噂の発端と思われました」
「そんな、どこからそんな事がわかるんだ」
「あくまで予想の範囲では有るんですが、依頼が中止破棄されだしたのがこの二日の間に多くなってきたと言う話を聞きました。それで、破棄になった依頼の中から一番古い順に並べていったんです」
「は?何をしたと?」
「依頼破棄になったゴミの中から、商店関係の依頼を拾い集めて一番最初に破棄をお願いした商店を探そうとしたんです」
ギルドの不信感や盗賊襲撃の事について知っている商店が有れば、必ず連鎖の始まりとなる1店目の依頼破棄があるはずであると考えたのだ。それも、資料を読みあさりながら、倉庫の隅に集められていたゴミの麻袋を見つけ、倉庫の担当に聞いて気付いた事だった。
そして、見つけれる範囲で探し出せた始まりの数店が、今二人の手元に商店名が記載されていた。
「それで?この店名の根拠は?ただ単に破棄に来たのが早いだけかもしれないわよ?」
「はい、その挙げられた店名に何かしらの共通点があるかどうかも調べました。そしたら比較的に早く見つかりました」
「へえ、何だったのかしら?」
「ギルドがこの前から開始しだした独占取引契約方法で取引した中に、先ほどの商店名がまるまる無かったんです」
「そんな、偶然じゃないのか?」
「ええ、たまたま早く依頼を破棄しに来て独占取引契約が出来なかった商店かもしれない可能性もあります。ですが、今一階の掲示板に貼り残っているのは聞くところによると大手商店ばかりです。独占取引契約を出来た商店ばかりが残っているか、依頼を破棄した日付も割と新しいんです」
「ガイス!ギルド内のゴミを集めろ!そして、暇している職員で依頼が破棄された書類を見直すように言うんだ。もう一つ、外回りの連中を集めてこの紙に書かれた商店の様子を報告させろ。くれぐれもギルド制服で行かず私服で行けと言うんだぞ!」
「わかりました!」
急いで駆け出して執務室を出ていくガイス主任。まだ対策の1番目も言っておらず導入部分なのだが、ガイス主任が戻ってくるまで待ち時間となる。しかし、あらかた障害となる相手が分れば対策の説明や対応も考える方法はある。
噂の毒は、誰かが撒いた物であり。その原因となる中心を解毒治療すれば、徐々にでも時間という治癒力で健康に自然となっていくものだからだ。
「全く、一日でここまで明確に相手が見えてくるとはね。もしゴミを燃やしていたら分らなかったんじゃない?」
「そうかも知れませんし、また、別の接点から分ったかも知れません。何より、まだ高い可能性というだけで的外れかも知れません」
「私は的を射ていると思うけれどね、まあ、それで思いついたのがこの4つの対策か……納得いったわ」
ルワンナさんはすっかり冷めたお茶を飲みながら、作った資料をめくっていく。しかし、最後まで数枚という所でめくる手を止め、ピクッと片眉が動いたのを俺は見過ごさなかった。
「すみません、お待たせしました」
「間に合った?」
ルワンナさんの問いは、まだゴミが廃棄されていなかったかを尋ねていた。その問いには、ガイス主任の表情が物語っていた。
「何とか大丈夫でした。ゴミが廃棄された分は分るだけ帳簿を確認するように言っています」
「そう、これで出来る事は今のところ無いかしら。さあ、座りなさいまだ途中よ」
「はい」
「ガイス、相手が見えてきたわねって話をしてたのよ。それで、貴方も今なら対策1と2の理由はわかるわよね?」
「そうですか……これは商業ギルドへの説明と援助ですか?依頼要請では無くて?」
「はい、援助は公には商業ギルド全体へという名目ですが、内容は先ほど上げた噂を広めた商店と思われる所を重点的に援助できる内容に選択した方が良いと思います」
「それはまた、噂を広められた相手なんだぞ?苦情を言っても良いくらいじゃないか」
「商店を追い詰めても良い事が無いと思うんです。それに独占取引方法がこのまま大手商店の独占という確約も無い事をきちんと説明する必要があるんです」
「どういうこと?」
「その次の紙を見てください、そう、それです丸い図と線の」
今日俺の相談したい事の半分は先程のやり取りで終わっていた。あと、残り半分が今から説明しようと思っていたことである。俺には今までやって来た事のある当たり前なこと、しかし、二人には恐らく初めて見る情報のはずだ。
「ここに書いてあるのは、季節を通じて薬草や食肉と皮素材のギルドでの買取数の推移を調べたものになります。線が横に行けば時期経過、縦は買取数です」
「これを、どうやって……いや、いい続けてくれ」
ガイス主任は恐らくどうやって調べたかを、途中で尋ねるのを止めてしまう。ガイス主任も倉庫に何が保管してあるかを十分に知っているからだろう。
「分りやすいな。ガイス薬草の線を見てみろ。丁度暖かくなる時期に量が増えているとか、これだといつから不足するかがわかりそうだな」
ルワンナの言う通り、わかりやすいと言われた棒グラフや円グラフは現代の某国の貿易統計を表すために発達した歴史を持つ。パソコンの世代でデーターを入れれば直ぐに作り出されるグラフ図形もまだ17世紀に開発されて300年程しか経っていないのだ。
とある冒険者が王様への報告書にグラフを使って報告し、「分りやすいね」の一言で世間一般に使われるようになったという嘘のような事実があった。
「ですが、すみません。なんせ急いで調べる数を制限したので全てという訳ではないんです。調べる量が多ければそれだけ正確だとは思うんですけど」
「そうか、ガイス!」
「わかりました。調べろと言うんですよね……」
ガイス主任は軽くため息をつくと理解したように頷く。しかし、まだ話は途中だったため先ほどみたいに急いで出ていく事は無かった。
「食肉も冬は減るか……感覚では分っていたがこれほどとはな。皮はどうだ?特に一定に推移しているみたいだが」
「そうなんです。実はアロテアには皮の素材が潜在的に在庫が有るんです。そして、これも偶然かも知れませんが、噂を広めた可能性のある商店のほとんどが皮の専門店らしくて」
「在庫は有るが、独占取引が導入されて売るに売れないでギルドに良い思いを抱いていないか」
「はい」
「皮か……」
「その皮の消費を援助するんです。皮製品の新しい開発、いえ新しい商品を」
そう言い切った俺へ二人は驚きの表情で見つめる。すでに執務室には昨日の様な重苦しい雰囲気さえ知らない内に消え去っていた。




