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ギルドへ戻ってきても、時間が時間だけに依頼の報告に来る人が増えている訳は無かった。食事に出かけた時と同様に掲示板を眺めては帰っていく人。報告をしてすぐに宿へと戻っていく人がいるだけだ。
「あ、タモトさんお帰りなさい。食事はどうでした?」
「ただいま、アイナもお疲れ様。慣れない雰囲気で緊張したけれど、美味しかったよ」
カウンターには誰も並んでおらず、アイナともう一人の深夜担当の男性職員がいる。アイナが伝えていたのか、おかえりと簡単に挨拶をされる。
「アイナ、これお土産なんだけれど」
カウンターに料理店で渡された包みを置く。帰ってくるのにそんなに時間も掛かっていなかった為、まだほんのりと暖かい。
「あ、買ってきてくれたんですね。ありがとうございます!」
「結構多いらしいから、他の人も食べてください」
「悪いね、タモト君。気を遣わなくていいのに」
「いえ、前の研修の時に挨拶もできずに帰ってしまったので、遅くなりましたけれどそのお礼もかねて」
「そうかい?ありがたく頂くよ」
「先輩、今食べますか?」
「アイナ、暇だがさすがにカウンターが誰もいなくなると困るだろう。先に休憩してくると良い」
「あ、ありがとうございます。それじゃあ、お先します」
アイナは包みを両手で抱え、事務机の奥にあるパーテーションで遮られた木製のテーブルの並ぶ休憩室スペースに座る。俺も、アイナと会うのは久しぶりでもあり自然と後を付いていった。渡した後、仮眠室へ行っても良かったのだが、アイナの最近の話も聞きたかったのだ。
「皆の分もありますかねえ」
夜のギルドと言っても、ほとんどの職員は帰宅している。カウンターに2人、倉庫受付に1人、冒険者用休憩所に1人と合計4人が居るだけである。
「一応人数分は頼んだから大丈夫とは思うけど」
「あ、バケットと焼き鳥ですね。鶏肉ってニーナ先輩の一押しですからねえ。この量なら他の先輩の分も十分にありますね」
お土産の値段としても高価な物でも無かった。焼き鳥が1串2銅貨でバケットと合わせて1銀とちょっとで済んだ。さっそくアイナは、鶏肉を挟みサンドイッチの様に食べている。
「んーおいひぃでふね。んぐんぐ……これ、先輩達の分じゃなかったら全部食べちゃいそうです」
「もっと買ってくればよかったかな」
「はむ……んぐんぐ、ほんほ、こんな時間に食べたら太りますね」
「アイナはまだ育ちざかりだから良いんじゃない?」
「そうですか?」
アイナが食べ終わるまでそんなに時間も掛からず、自分でお茶を入れ俺の分も注いでくれる。お土産に満足してくれたのか、少しばかり表情が和らいだ様子だった。
「やっぱり、交代しても依頼を報告に来る人はそんなに変わらなかったみたいだね」
「そうですね。冒険者の人からは何でこんなに依頼が少ないのかって聞かれたくらいです」
「今ならまだ冒険者側に伝播していないと考えて良いけれど、早めに対策を練らないと」
「何の事ですか?」
「うん、ガイス主任に相談されていることがあってね」
「はぁ、また何かしてるんですね」
アロテアギルドマスターのルワンナやガイス主任は、まだ職員のジーンやニーナも含めアイナなどのスタッフにもまだ今回の依頼の減少した経緯の詳細は話していないのだと気付く。しかし、ジーン達一部のスタッフも薄々は噂を聞き知ってはいたが、上司のガイス達が何も説明せず話し合いをしていることに様子を伺っている状況だった。
「ふぅ、ごちそうさまでした。タモトさんはもう休むんですか?」
「そうだなあ、調べ物をしたいけれど、アイナはアロテアの商業ギルドの構成店舗とかまとめてある書簡の場所ってわかる?あぁ!そうすると色々知りたいことが多いな」
「そう言うのは、倉庫の先輩が保管してる場所を知っていると思うんですけど。店舗となるとうろ覚えでしか私も知らなくて。先輩に聞いてみましょうか?」
「そっか。自分から声を掛けてみるよ」
「そうですか?んーそれじゃあ、私仕事に戻りますね。何か手伝えることが有ったら言ってください」
「うん、ありがとう」
「あっ、そうそう。タモトさん私、キイア村にギルドが出来たら派遣として異動する人員に選ばれたんです。よろしくお願いしますね」
アイナは顔だけパーテーションから覗かせ、笑顔でそれだけ告げると仕事へ戻っていく。しかし、キイア村にギルドが出来るとなるとまだ先の話だが、アイナが派遣として来るとは初耳だった。昼間のルワンナやガイス主任の話にはその様な余裕さえ無かったからだった。ましてや、今はアロテアギルドの危機である。早く解決し、キイア村の復興へある程度の予定を立てたいと願っていた。
しかし、アイナが来るとなると俺はより一層賑やかになりそうなキイア村を想像し、村の雰囲気が明るくなるだろうなと思いながら、書簡を保管している倉庫の方へ向かうことにした。
すでに倉庫の中に案内されて4時間程になっていた。俺は結局一夜を倉庫の中にある記録机で過ごすことになりそうだ。図書室の様に並ぶ棚には丸められた書簡が三角形に積まれていた。明かりは記録台に備え付けの蝋燭台と探す時に必要なランタンの二つのみだった。
初めは倉庫の保管担当者に書簡の場所を聞き、自分で探し棚より取り出して読んでいた。しかし、倉庫へ入ってから一向に出てこない俺を心配した担当者が様子を見に来るようになり。次々に書簡の場所を聞きに来る俺に、とうとう暇だからと書簡を机の上に届けてくれるようになった。
「気にすんな、どうせ誰も倉庫の方には来ねえから。動いていた方が眠気覚ましに丁度いいさ。ベルも置いたし用事があれば鳴らしてくれる」
「ありがとうございます」
「それにしても、何を調べてるんだか。商業ギルド関係に最近の材木の値段?アロテアギルドの出納関係にゃあマスターの承認をもらってねえと見せれねえが、終わった分のひと月分の依頼内容とか、まったく何を知りたいんだか」
「あ、先月より前の分の終わった依頼は、どこの棚ですか?後で勝手に調べるので」
「はぁ、何かクレームとか問題でも有ったのかよ?ほら、先月より前のはこの棚だ」
俺は一枚一枚端を紐で括られた帳簿をめくっていく。ようやく自分のやるべき事がぼんやりとだが分ってきたのだ。今はそれでも手当たり次第に情報を集めるしかなかった。
しかし、情報収集を始めるとあまりにも時間が無い事に気付く。今はただ、一枚一枚の内容を理解するためにひたすらめくる音だけが倉庫の中に響いていた。




