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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
村の復興と噂の毒編
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6

 目の前にそびえるアロテアの門は開かれ、数組の商人達の馬車が止まっていた。門番は槍を持ってはいるが警戒心も無く笑顔で入場していく商人達の身元を確認していた。

 視界の端に見えていた太陽も既に木々の合間に隠れ、空の隅まで茜色に染めている。もう少しすれば完全に陽は落ち一気に暗くなる時間だった。俺達は門より少し離れた場所で道を歩んでいる足を止めた。


「ありがとうスノウ。予想以上に早く着いたよ」

「ホントホント、早かったぁ」


 ポケットからミレイもすっきりした表情で目をキラキラさせていた。さっきまで、スノウの頭の上の特等席ではしゃいでいたのだ。


『フン、我ノ足ヲ以ッテスレバ造作モ無イ。シカシ、コウイウ事ハモット早クニ言エ』

「あぁ、ごめん。折角村に来たのに急がせてしまって」

『折角時間ガ空イタトイウノニ、ユックリデキルト思ッタノダガナ』


 全くだと言う様に銀狼のスノウは苦笑するように口角を上げる。村の大人からは恐怖を煽る笑みだが、段々とスノウの表情が分かるようになっていた。

 今回も、村に訪れたスノウに頼みアロテアまで送ってくれないかと頼んだ事で、それならばとスノウに騎乗し陽の登っているうちにと疾走してくれたのだ。


「ほんと、村の子供達には悪いことをしたな」

『騒々シイ子供ノ相手ヲシナイデイイダケ、気ガ楽ダガナ』

「本当ぉ?満更でもないでしょー。スノーちゃ……スノウお兄ぃ……さん」

『フン!』


 ミレイがスノウの事をからかい、「スノーちゃん」と呼びかけ。スノウからの威圧の視線に怯え服をキュッと握る。

 ミレイの言う通り、スノウは村の子供達に絶大の人気を誇っていた。男の子からすれば隻眼の銀狼「かっけー」、女の子達は輝く銀毛に「綺麗ぃ」と撫でられまくりなのだ。

 迷惑そうに言うスノウも、満更ではないのか子供から逃げたり威嚇する事はない。逆に不敵な笑みを見せたり、子供を乗せている姿を見かけたのは1度や2度ではなかった。


『ジャア、ココイラ辺デ戻ルゾ』

「うん、助かったよ」

「またねー」

『戻ル時ハ自分デ何トカシロ』

「アロテアのギルドに相談してみるよ」

『マァ気ガ向イタラ寄ッテヤル』


 スノウの様子からソワソワと早く村に帰りたい様子なのが分かる。それほど、子供達が好きならば村に住めば良いと思うのだが、大人達の怯える目も少なくなったとは言え律儀に今まで行っていた街道の見回りを続けている。

 別れを告げると、来た時と同じ様に疾走していく。しかし、帰りは街道を走っていく訳ではなさそうだ。途中木々の間に駆け込んでいき直ぐに姿が見えなくなってしまった。


「おにぃちゃん、まずはギルドに行くの?」

「そうするか。まだルワンナさんは居るかな?ガイス主任でも良いから来たことを伝えておかないとね。この時間だとギリギリ帰ってないといいけど」


 見上げる空は暗くなり始め、アロテアに入る門には篝火かがりびが焚かれはじめる。俺は商人達の列の後ろに並び入場の順番を待つことにした。



 久しぶりに立ったアロテアのギルドの前には出入りする人の姿が見受けられなかった。丁度日が沈む今の時間は、依頼を終えた冒険者や商人達が報告の為に入っていく姿が多いはずの時間だ。しかし、アロテアの中央広場を眺めながらギルドへ向かう道すがら混雑していたギルド入口が閑散としている事に不自然さを感じた。


「ん?なんで人が少ないんだ?今日に限って依頼の報告数が少ないとか?」


 俺は勝手知ったるロビーの入口を抜けカウンターへ向かう。建物の中に少しばかりは人が居るかと思ったが、中にも指で数えれるほどの冒険者しかいなかった。


「あ!タモトさん!」


 カウンターで座っている女性から驚きの声があがる。


「こんにちはジーンさん」

「こんにちはタモトさん、今日はまたどうしたんですか?」


特にカウンターの仕事をしていた訳ではなさそうだ。ロビをーカウンターの方へ歩いてくる俺を見て直ぐに気づいた様子だった。


「いや、先日の盗賊の件で報告と今後について相談しようと思ってね」

「そうなんですね。そう言えば盗賊の件では災難でしたね」


 相槌を打ちながら、ジーンさんは先日の一件で盗賊を斡旋してしまった事実を知らない様子に気付く。確かに、あの時には盗賊討伐に冒険者の緊急収集が行われたが、その理由までは発表されていなかった。


「所で、言っては悪いけど今日は何故こんなに暇そうなの?」

「それがですね……大きな声では言えませんが、依頼のキャンセルが多くて。ほらあの掲示板を見てください」


 促されるまま眺めた掲示板、大人が二人程両手を広げる程の大きさには、主に商品取引や街中での仕事を斡旋する依頼を張り出していた掲示板である。しかし、そこには掲示の大きさに比べ数枚の依頼しか張り出されていなかった。


「うわ、すくなっ」

「ですよね。材料買取依頼もこんなに無くなった事は無かったんですけど、おかげで冒険者の方も商隊の護衛の依頼の方が割に合うみたいで、ほとんどアロテアから出払ってて」

「それで?冒険者の依頼報告に来る人も少ないんだ」

「そうなんです」


 どうしたんでしょう?とジーンさんは頬杖をカウンターにつきながら、眉間に皺を寄せていた。おそらく、暇だが依頼が来ないとも限らないのでカウンターに座って暇を持て余していたのだろう。


「あっ、マスタールワンナに用事でしたね?そうでした、タモトさんもギルドマスターへ成られたんでしたよね?マスタータモトって呼ぶべきでしょうか?」

「良いよ、名ばかりで何も出来ていないから。今までどおりタモトでお願い」


 まだ任命されたばかりの素人であり、ギルドというべき建物さえないのである。


「ふふ、わかりました。タモトさんちょっと待っててくださいね」


 ジーンさんは、後ろを振り返りキョロキョロと周囲を見渡し、同じくボーッと肘を付いていたカウンター受付嬢に一言伝えると2階へと上がっていった。

 本当に暇なギルド内職員を見ると、将来のキイア村に出来るギルドもこうならない様に頑張ろうと思えてくる。連日カウンターでボーッとしている自分が居そうな想像をしてしまった。しかし、忙しい時期のアロテアギルドを知っている俺は、一時的な事だろうと思っていた。たまたま依頼が少なくなったせいだと思ったのだ。



 案内された部屋は、つい先日訪れたアロテアのギルドマスターの執務室だった。陽の暮れた時間帯に帰宅しているかもと思っていたが、ジーンさんが言うにはガイス主任と重要な件について話を昼間からしていたそうだ。

 ジーンさんがノックをして案内した執務室は以前訪れた時のような華やかさを押し殺す雰囲気に包まれていた。


「ジーン、タモト君のお茶を頼む。私達の分は不要だ」

「わかりました」


 ルワンナさんは挨拶の前にジーンさんへお願いすると視線を俺へ向ける。


「タモト君、よく来てくれた。村が大変な時期だとは思うが来てくれたことに助かると言うか運が悪いと言うか」

「こんにちは……マスタールワンナさんガイス主任」


 一瞬二人を何と呼べば良いか躊躇するとルワンナの眉間に寄っていた皺が一気に緩む。


「はは、畏まらなくていい。聞くところキイア村のギルドマスターとして訪れてくれたのだろう?月に1度程に訪れてくれれば良いと言ってはいたがこんなに早くなるとはな」

「私の事もガイスで良いですよ?」

「はぁ」


 研修の期間から、ガイス主任とインプットされた自分にはガイスさんと呼ぶことに抵抗がある。しかし、本人がそう言うのならば慣れるしかない。


「積もる話もあるだろうが、ちと立て込んでいてね。タモト君にも関係する事だと思うから同席してもらいたいのだが」


ノックがしてジーンさんがティーカップを机の空いたスペースに置いていく。落ち着く花の匂いが鼻腔を刺激するが、直ぐに俺へと関係する事として再び緊張感が戻る。


「俺に関係することですか?」

「あぁ、タモト君自身では無いが直接はキイア村に関係する事だがね。その点で、連絡を取るつもりでいたんだが、丁度その時にタモト君が訪ねてくれたわけだ」

「それで助かると言ったんですね。でも、運が悪いと?」

「ガイス説明してくれ?」

「ハイ」


 ガイスは応接机に広げられた書類の中から2つの束を取り出す。


「今私達の取り組んでいる案件は大きく二つあります。一つはキイア村に関係した盗賊襲撃を結果的にギルドが斡旋してしまった問題。もう一つは盗賊達の使用した身分詐称を見落としてしまったアロテアギルドの特に商業ギルドからの信用低下の問題です」

「そうだ、あの一件以来具体的対策を打ち立てるまでは中央町長や商業ギルドへの報告を見送っていた事が裏目に出てしまった。特に商業ギルドからは他に幾つかの意見書も届いている。今回の件で不信感が爆発したという訳だ」


 二人の説明を聞いてようやく1階に掲示された依頼の少ない理由に気付く。


「それで依頼があんなに少なくなったんですか」

「あぁ、あれを見たのか。そうだ、この数日で依頼のキャンセルが後を絶たない」

「でも、悪意の元に身分証の詐称書類が精巧に作られていたら見落としもありえますよね?」

「そう言い通せないのがギルドの責任なのよ。私達には信頼のおける依頼主から依頼を受け、適任な人材を紹介する義務がある」

「このまま具体的対策を見いだせなければ、商業ギルドも理解を得られないでしょう。最悪、ギルドの営業停止や関係職員の捕縛も起きる可能性もあります」


 もし業務停止の様な事になればアロテアの労働失業者が増えるばかりでなく、キイア村は盗賊襲撃後の復興への人材の依頼さえ滞る事になる。そう考えると事の重大さはルワンナやガイスの言う通りアロテアだけの問題では無かった。


「では、どうすれば……」

「そこなのよ、お願いタモト君も良い案を考えて欲しいの」

「今はどうやって身元の確認をしているんですか?」


 盗賊の使用した偽った身分証を受け取り眺める。上質とは言えないが紙が使われ、専門とする職種が記載され、その下にはどこか他の町長のだろうか名前と共に職業の認可印が押してある。

 

「こんな紙の様な形式が身分証ですか?」

「あぁ、商業取引は町長の認可制でもあるからな。冒険者はこの様なカードだ」


 冒険者のカード見本として渡されたのは、ギルド名と職別ランク分けが記載してある簡単な物だ。この程度であれば確かに裏稼業と言われる専門家が関われば容易に作れそうだと思ってしまう。この世界に裏稼業専門の職人が居ればの話だが。


「まぁこのカード見本はもっておいてくれて構わない。いきなりの相談で悪かった。すまないが知恵を絞ってくれると助かる」

「わかりました」


 個人で触れると文字が浮かぶなど魔法のカード生成機があれば大変助かるのだが、原理もわからない想像上の機械の構造など思いつかない。魔陣で工夫できないかと一瞬考えるが、活用できそうなアイディアが直ぐには思いつかなかった。


「今晩の宿は決まっているのかね?」

「いえ、さっき来たばかりで今から探そうと思っています」

「そうか、それは長話をしてしまって申し訳なかった。今回の件ではうちのギルドから賃金を出すのも難しい、もしタモト君さえよければ前と同じ様に仮眠室を使ってもらって構わないが?どうする」

「迷惑でなければ助かります」


 気がつくと執務室に案内され、キイア村の現状を追加して説明していると既に1時間以上が経っていた。外は既に暗くなり、今からアロテアの街を歩き宿を探すのも大変である。そして、数日分の宿泊代をもらってきていたが、無料で泊まれる仮眠室を使わせてもらえるのは助かった。

 執務室を出ながら、悩むべき案件を考えながら一昔前の研修時期の雰囲気を思い出していた。



次回予告的 訪問者


 ジーンはタモトを執務室に案内した後、再びカウンターに戻りボーッとロビーを眺めていた。いつになくマスタールワンナやガイス主任の表情が険しい事に気付いていた為、なかなか降りてこないタモトの事が気になっていたのだ。


「タモトさんが上司になるのかあ」


 つい先日伝えられたキイア村への出向の話を思い出していた。同じく一緒に行く事になっているアイナは妙に張り切っていたが、まだ自分としては実感が無かった。


「タモトさんにどんな村なのか聞いておかなきゃ」

「すまない」

「……」


 キイア村ってどんな所だろうと考え事をしていたため、カウンター越しに話しかけられているのが自分へと言うことに気付く事が出来なかった。


「ちょっといいか?」

「ぇ?あ、はい。申し訳ありません、ご用件をお伺いします」

「キイア村への道は物騒だと聞いたのだが、護衛依頼はココで良いのか?」

「はい、大丈夫です。護衛と言いますと旅行か何かでしょうか?」

「まぁ、そんなものだ」

「すみません身分を示せるものが有りますでしょうか?」


 返事をするとその男性は、首元から菱形の金属製プレートを外し見せる。そのプレートには竜が浮き彫りにされており竜の手にあたる部分には黄色の宝石がはめ込まれていた。この身分証はアロテアではあまり見ないが、中央都市にある学術院の紋章だった。


「拝見しますね。学術院の方でしたか。大丈夫です、それではお名前と護衛の人数はご希望がありますか?」

「名前はバオ・シールズ。報酬5金で受けてくれる適した護衛経験の有る冒険者グループならそれで構わない」


 恐らく中央から同じ様に冒険者の護衛を雇いアロテアまで来たのだろう、報酬や希望も簡単ではあるが聞きたい要件は他にはほとんど無かった。


「わかりました。金額も十分なので早く見つかると思いますよ。ご連絡先はどうしますか?」


 そう聞くと宿泊している宿の方に頼むと言われメモを取っていく。


「そうだ、ひとつ聞いていいか?」

「何でしょう?」


 書いていた筆を止め何の質問だろうと耳を傾ける。


「キイア村で空を覆う輝きを見たと聞いたが、何か聞いたことはないか?」

「さあ。私は聞いたことはありませんが」

「そうか」


 なぜそんな事を聞くんだろうと不思議に思い見上げると逆光に光るメガネが視線を隠しその男性の表情を隠していた。

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