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「あんた、何ニヤけてんの?気持ち悪い」
「え?何、そんな顔してた?」
まずい、きっと歩きながらタモトさんの喜ぶ姿を妄想していたからだろう。つい今まで頭の中は、既にキイア村に居たのだ。
『ありがとう、僕の為にあんな立派な建築士を連れてきてくれて』
『そんな、村の人のためならって……』
『アイナがこんなに優しくて、それに可愛いなんて気がつかなかったよ』
互いに異常に近い距離で見つめ合いを続け。妄想の中、二人の後ろで連れてきた建築士が『次は貴方達の家ですか?やれやれ』等と言っていたりしたのだ。
二人の後方の荷物の木箱の影には恨めしそうな村の女性を思い浮かべるが、タモトさんに特定の付き合っている人が居ることを私は知らない。
「グフッ、グフフフッ」
「だっ大丈夫、あんた?今日も休んだほうが良くない?」
思い出しただけでも崩れていく表情に、同期の同僚は同情した目と引きつった笑みで聞いてくる。
今私達は、アロテアの仕事依頼先へ外回りを回っている所だった。隣を進む同僚は、同期でアロテアギルドへ入社し仲の良い女の子である。
早速、キイア村への依頼先として建築士を訪ねようと思っていた矢先に今から外回りに向かう彼女とはち会い、途中までならと路を同じく歩いていたのだ。
「大丈夫、大丈夫」
「本当に?なんなら依頼先まで付き添おうか?」
「ほんと、大丈夫だって。そっちも忙しいんだから頑張ってね」
「ほんとよ!貴方達が始めた新しい契約方法のおかげで、再依頼の確認だけじゃなくて取引先の商会にまで行く事が増えて大変なんだから」
同僚は前に私が外回りしていた時の倍くらいの紙の束を脇に抱えている。
「ほんと忙しそうね」
きっとこの量だと、全ての依頼先を巡るのに夕方まで掛かりそうな程だった。
「まっ!それってカウンター嬢の余裕ってやつ?もう!さっさとキイア村に行って、どうせ暇だろうしカウンターに根でも張ってなさいよ。そして、下腹にムダ肉をつけると最高だと思うわ!私なんて最近3Kgも体重が減ったんだからね?」
彼女は元々痩せている方である、それが3Kgも減ったとすれば余分な肉が落ちるとすればお腹では無く女性には大事なその上の部分だろう。
涙目で見下ろす彼女の様子を見るとあながち私の予想は外れていないようだった。
「ハハハ、ごめんごめん、ほんとお疲れ様です。出発前には食事を奢るから機嫌直して?」
「ほんと?なら許す!おっし、そうと聞いたらやる気出てきた!」
何とか機嫌を戻してくれた彼女が私に別れを告げ走って依頼先へ路を曲がって向かっていく。既に少し先から振り返り手を振って走っていった。
「いや、まてよ。走って外回りするから体重減るんじゃ……」
彼女の体重減量の理由が彼女の外回りの仕方量だけじゃなく、廻る方法にあるんじゃないかとふと思ってしまう。アロテアの街はそれほど狭くはない。最短で取引先に向かうとしてもぐるっと1周する事も多い。
それを走って訪ねるとさすがに体重も落ちていくだろうと思う。
「まあ、いっか」
彼女の外回りのスタイルをどうこう言うつもりはない。私へトバッチリが来そうな時には相談に乗ってあげようと思ったのだった。
そして、1時間もしない内に私は途方にくれそうになっていた。依頼先としてあげられた建築士の名簿6人中5人には既に横線で消されている紙をもち、最後の候補であるカルマン建築と言うお店へ向かっていたのだ。
「んもう!半年後なら空いてるが……って。何でそんなに繁盛してるのよ!ちょっとは融通聞かせてくれても良いじゃない!せめてひと月後位にしてもらったら主任も説得するのに!」
街の中でも良く聞く有名な建築士から訪問した先々で断られる内容の多くが、現状で仕事の依頼が多くスケジュールが空かないという事だった。
何でも、王族の一人が避暑地の為に邸宅を作っているらしい。それらしい建物が街に見られないため、恐らく街の外に建てようとしているかは分からないが。ギルドの調査部には本当にもっと調べてリストを作って欲しいものだ。
「それにしても、カルマン建築なんてあまり聞かないんだけど?」
もし街の他の人に聞かれて居たらギルドの信頼を落とすような事を言いながら、街中を進んでいく。平気に取引先の感想を言えるのは周囲に誰もいるような路地ではなかった為だ。
通りは薄暗く左右の3階建ての建物が日を遮っている。本当にこんな所に建築士が店を出しているのだろうか?
「道間違えた?かな」
改めてリストに書かれた住所を確認するが、やはり間違いは無く近くに店が有るはずなのは間違い無いはずだった。
「おい!ドラ息子!また苦情が来てたぞ!宿屋の部屋になんで浴場を作らなかった!」
「うるせえなぁ。各部屋に作るなんて部屋も狭くなるし、部屋の木壁も痛むのが早まるじゃねえか!それに作らなかったんじゃねえ、ちゃんとデッケエのを作ったぞ!」
突然、2階の開けられた窓から男性二人の言い合う声が聞こえてくる。そして、私はやっと見つける事が出来た。その2階の窓枠の高さに『大工カルマン』と看板が出ていたのだ。
てっきり、私は1階にカウンターのある店を探していたのだ。まさか、2階だとは勘違いしていた。そして、2階へ上がれる階段を見つけ上がっていく。
「あのお、ごめんください!」
「俺達は依頼主の言う通りの物を作ってりゃ良いんだ。大工が好きな物を建ててどうする!」
「大工が皆同じもの作って何が楽しいんだよ!代わり映えしない宿屋や店に誰が好き好んで次も来ようと思うか気がしれないね!」
「そりゃあ……だがな、お前の評判のせいで、ウチは他の所と違って貴族の邸宅の建設の話から外されたんだぞ!?」
「あのお、すみませんー」
私は2回目の扉のノックをするが、中に居るだろう二人の話は白熱しており気づいてくれない。一応お店なのだからと扉を開け、身を乗り出して3度目を聞いてみることにした。
「ごめんくださいーギルドの者ですけれど?」
「「あん?」」
ようやく私の事に気がついてくれた様子だった。私を見つめる二人は身長170㎝程でありガタイもがっしりと筋肉に覆われている人物だった。親子だろうか似た顔立ちで、年をとった方の一人は頭部がかなり寂しい様子になっている。
「なんだ?お嬢さん」
「バカ野郎、お客だろうが!」
「ここ(店)にか!?」
「子供が冷やかしに覗きに来たとでも言うのか!」
父親らしい男性が驚く若い方を殴りながら、カウンターの上に有った何かの書類を急いで片付けている。少し変色した紙の色から、今やっていた仕事の内容ではなさそうだった。
「いらっしゃいませ!それで今日は何の御用でしょうか?」
年配の方の父親らしい方が聞いてくる。ようやく話が進めれそうで一安心だった。若い方の男性は、私をジロジロ見ている。1分程頭の先から足先までジーッと私を見ていたかと思うと、「はぁ」とガッカリした様子で既に興味はなくなっている様子だった。
「はぁ、なるほど。ギルドからの依頼でしたか。キイア村の建築の手助けですか。報酬料金も急ぎの仕事分として十分ですね」
一通りの依頼内容と報酬を説明し。期間も延長するかもしれないと伝えておく。先の他の建築士の店では、『あぁ、それじゃあ無理無理』と簡単に断られたからだ。
「どうですか?やっぱり無理ですよね?」
「いえ、大丈夫ですよ?」
「はあ、そうですか……へっ?」
私の頭の中は既に建築士が見つからなかったガイス主任への言い訳を考える事で頭が一杯だった。そのため、店主の大丈夫ですと言う言葉が耳を通り過ぎてしまった。
「幸い今受けている仕事も有りませんし、ただ、キイア村への出向ですからね。見ての通りこの店は息子と二人しかいませんから、行くとなればこちらの店を休業しないといけませんが」
「本当ですか!」
「ええ、1週間程、他の建築関係の方に挨拶もしないといけませんし。お待ち頂く事になると思いますが」
「はい!全然大丈夫です」
1週間であれば店の準備のためと主任に説明するには十分だと思った。
「ならよ。オヤジが店の準備をしている間。俺だけ先に、そのキイア村に行ってても良いぜ?オヤジは後から来れば良いだろ?」
「あ、息子のターナーです。この子も大工をやってます」
「そうなんですね。でも、仕事量が二人分出せるかどうか……」
「俺は構わないぜ?なあ、それよりもお嬢ちゃんはギルドの職員だろ?」
「ええ……それが?何か」
「ならよ、俺の報酬代金の代わりに、ギルド職員の女の子を紹介してくれねぇ?」
「はっ?」
「おい、バカ息子、何言ってるんだ!」
「良いじゃねえか。オヤジも早く孫が見たいって言ってたじゃねえか」
「それとこれとは話が違い過ぎるだろうが」
そりゃあ確かに、ギルドの職員にはカウンター業務から外回りと女性の職員は多い。確かに惚れられる職員も居るには居るが、紹介するだけなら出来そうだと思う。
「まあ、紹介も、出来なくはないと思いますけど」
「本当か!言ってみるもんだな。気に入ったら本当に俺の分の報酬っていらねえからよ。綺麗な姉ちゃんを頼むわ」
そう言うと座っていた椅子から立ち上がり店から出ていこうとする。
「あ、そうそう俺の名前はターナー・カルマン。宜しくな嬢ちゃん」
そう言うと、ターナーはワシっと私のお尻を掴んでいく。
「きゃっ!」
「ハハハ!胸もお尻も大きい娘っ子を頼むわ」
私は振り向きざま手のひらでパァン!と平手打ちを……しなかった。
代わりにグーで頬を殴っておいた。
「ぐぇ!」
それがターナーと私の初めての出会いだった。




