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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
村の復興と噂の毒編
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1

 アロテアに非常召集と言う形で広まったキイア村における盗賊騒ぎも、アロテア冒険者ギルドから知らせられる情報で収束が伝えられこの数日は平常通りの雰囲気に街全体が戻りつつあった。結果として、キイア村の自警団が盗賊を討伐し、その話題の中にはハント達騎獣部隊やタモトの活躍を語る内容は一切公開される事なくギルドの上層部の面々しか知らない事となった。

 しかし、今そのアロテアのとある商会の一室で、数人の男女や老人が集まり会議を行っていた。


「ですから!先程から言っているとおり、このままで良いんですか!」

「サヒロス商会さん、もう少し落ち着きなさい」

「君の言いたいことも分かる、確かにこの1週間近くで固定客が減ってきていると報告を受けている」

「アロテア冒険者ギルドが始めた競争取引契約法!あれは我々商会にとって自由商売の妨げとなり、ましてや商会組合の全く知らせの無いまま開始された!アロテアギルドの言うままに商売をしていけば我々は食いつぶされますよ!?」

「サヒロス商会さん、いや、ルッツ君。言いたい事も分かる、しかし、我々の方には物資の安定供給の兆しと無駄な在庫が無くなったとの報告もあるのだよ」


 ルッツと呼ばれた青年を、40歳代のこの会議の進行役である男性が諭すように言う。つい1週間あまり前に薬草取引から開始されたアロテア独自の競争取引法は、瞬く間にアロテアの需要者の間へ浸透し連日契約の依頼にギルドカウンターを訪れる人達が増えて来ていた。それは、アロテアギルドが1週間という短い期間に薬草だけに留まらず、需要の高い主要商品である皮素材や食肉へも契約項目への対応を広げた故の結果だった。

 しかし、それによって損益を被った商店や商会も少なくなかった。ルッツ始め少数しかない在庫や一定の仕入れ価格から競争価格に値下げが出来ず負け続けている商売人が多く出てきたのだ。在庫を確保し一定の専門契約販売にこぎつけた商店は、期限付きではあるが安定した収入を得られ文字通り無駄な在庫を一掃できたのである。


「何も競争価格取引を撤廃させるつもりは有りません!導入前であれば反対の意見も出せたでしょう。確かにおっしゃる通り、一部では商会の有益な面もあると聞きます。しかし、突然に商会への知らせ無しに参入を開始されたのではたまったものではない!アロテアギルドには契約商品追加に自重してもらうよう抗議すべきです」

「商品追加を止めるのは、需要者である客の抗議があるんじゃないか?」

「何も特定の商品だけに限るわけではありません、ギルドはあまりにも性急すぎる。少なくとも契約商品について開示から一定の期日は設けるべきです」

「ふむ、確かにな。ルッツ君、君がアロテアギルドへの意見書としてまとめたまえ」

「わかりました」

「それでは、今回の話し合いは以上だ」


 会議の終了が言い渡されると同時に、各々の商会の経営者は扉から出ていく。この集まりは、アロテアで商売を行う個人経営から商会と言われる大規模商店の経営者の集まりであった。1週間に1回開かれ、互いの情報交換と共に売買の効率化を行うのを目的にしていた。

 それぞれ店を持つ者たちは一定の組合費用を収めれば自由に参加でき、今までは得られた情報による在庫の仕入れや特定の商会との契約の場と活用されていた。


「ようルッツ。偉く熱が入ってたな?」

「マンテロ、皆新しい契約法で収益を得た商会ばかりだからな」

「そうだな。お前が発言するたびに、両隣の面々が苦い表情に変わっていくのは面白かったぞ」

「ふん、ギルドとの契約が破棄にされるとでも心配したんだろうよ」

「だろうな」


 話しかけてきたマンテロという青年も、ルッツと同い年の幼馴染だった。共にアロテアにある商会の跡取りの2代目であり、ルッツが皮素材をあつかう商会に対してマンテロは食材全般を商売にしていた。


「しかし、今回の契約法を考えた奴は、誰なんだ?良い迷惑だ」

「さあね、ギルドの誰かって話だろうが、組合の盲点だったのは確かだ」

「俺も始め凄いとは思ったさ、だがな、今回のギルドの失態を聞いたか?」

「何の話だ?」

「キイア村の盗賊騒動の件さ、証拠は無いらしいがどうも契約確認時盗賊達をギルドが手引きしたって噂があるんだ」

「本当か?」

「詳しくは分からないが、盗賊達が労働者としての契約にギルドが関わったらしい」

「何でそんなことに?」

「さあ、俺も聞いただけだしな。身元確認が出来ていなかったか、盗賊の嘘が上手かったかだ」

「そうか」

「まあ、そんな手抜き契約しか出来ないギルドに商会を任せられるとは思えないんだがな」

「それでか、お前がいつになく噛み付いていたのは」

「皆、アロテアのギルドを信用しすぎだ」


 マンテロはルッツのその言葉に苦笑し後を追って会議室を出る。数日後、アロテア商業組合の連名の捺印が押された意見書がアロテアギルドへ提出される。その中には、それぞれ取引商品の事前通知や明確な期日成約などの要望の他に、競争取引契約法の考案者の名前を公表するように書いてあったのだ。



 同日、時間は午前へと戻る。アロテアのギルドマスターの執務室では、ギルドマスターであるルワンナとガイス主任が椅子に座り、向かいにはハントとキアの姿があった。


「ご苦労様でしたハント君。いやハント殿と言うべきか」

「いえ、お気になさらないでください。それで、お届けした手紙ですが」

「あぁ、村長からの無事を知らせる手紙だ。想像以上の結果だよ。もっと被害は悪いかと思っていたんだが」

「運だけでは無かったと思うのですが、自分にもまだよくまとまっていません」

「そうか、まあ何より被害が最小ならば良かったと言うしかあるまい。今回の件ではこちら側にも負い目があるからね」

「マスター?」


 ガイス主任のハント達へ話して良いのか?という視線を向けている。しかし、視線を向けられたルワンナは、気にした風でもなくハント達へ向き直った。


「黙っていても、本当の事だよ。それにハント君なら既に情報の一端を把握しているはずさ」

「わかりました」

「今回の事では、ギルドの弱点を突かれたと言っていい。盗賊達を契約案件としてこっちは村へ送り出したんだからね」

「聞いてもいいですか?」


 何でも聞いてくれと言わんばかりに、ルワンナは肩をすくめる。隠すことは何も無いと言う様にだった。


「どうして、そんな事に?」

「今までの契約の仕方に問題があったのさ。アロテアの街人ならある程度の認知度はある。しかし、他の街から職を探しに来たならどうだ?」

「書状やその人を信じるしか、身分証は無いんですか?」

「残念ながらね、紙製の書状も偽証しやすく今回の件でも偽証を見抜けなかった。それを一介の盗賊にやられたんだ、職員へも口外しないよう厳命はしているが、その真実が広まればアロテアギルドの信用は落ちるよ」

「今まで悪意でギルドを利用する人が少なかったのが、運が良かったとしか言えません」

「あぁ、そうだな」

「わかりました。ここで聞いた事は口外しない事を誓います。中央へ報告はしても?」

「構わない、むしろ早急に対応すべき事だ。すまないね」

「それで、キイア村への援助と言う話ですか?」

「そうだ、むしろ未然に防げなかったこちら側の非だからな。援助という名の賠償金だな、他に何か必要な物はあっただろうか?」

「必要な物というか、そうですね。宿屋を再建すると言ってましたから、建築士と人手でしょうか」

「なるほど人手か。わかった、可能な限り手を打とう」

「それでは、私は父にも報告しなくてはなりませんので」

「帰ってきたところ、忙しくさせてすまなかった」

「いえ、それでは」


 ハントは黙って聞いていたキアを連れて執務室を案内役の女性に連れられて出て行った。


「マスター、今回の件解決までにかなり早かったですね。私はあと数日は掛かると思っていましたが」

「あぁそうだな。まがりなりにも精鋭部隊という所か」

「惜しい人材です」

「ハハハ、引き抜きたくなったか?お前はギルドを諜報部隊にでもするつもりか?」

「いえ……情報は宝であり行動は力だと改めて気付かされました」

「そうだな」


 ルワンナは注がれたティーカップを持つと、開けられた窓から外の広場を眺める。アロテアの街は今日も平穏であり、人々は何事も無かったように街を歩いていた。


「さあガイス。私達も次の案件へ取り掛かろう」

「はい」


 その日に作成されたキイア村への援助内容は、後日ギルドの伝達役の使者によって必要な人材と共に出発することになる。その全てがアロテア側の支払いとなり、影で様々な噂を広める事になるがそれはまた別の話である。


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