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俺とユキア、そして自警団員の面々は燃え落ちる家屋を見つめているしかなかった。今まさに最悪な予想通り、舞う火の粉は次の家屋を狙うように舞い上がっていた。
「やっぱり、私がやります」
「ユキア、ダメだ!君に、いや俺達にもう魔力は残っていない」
立ち上がろうとするユキアの腕を掴み思いとどまらせる。意識さえ失わなかったが、ようやく呼吸も落ち着いてきたが俺にとって立ち上がる事が精一杯だった。
「でも!村が燃えちゃう!私達の村が!!」
「わかってる」
「ねえ、タモトさんどうしたら良いんですか!きっとこの情景を女神様も見てるんでしょう?何もしてくれないんですか!?私は何のために毎日祈っていたんですか!」
ユキアは感情を曝け出し、涙をこぼしながら腕にすがりついてくる。周囲に居る自警団の面々も無言のまま、苦い表情をしている者が多かった。
「落ち着いてユキア。女神も万能じゃないと思う。俺達と同じ様に嬉しくなり時には悲しんで涙を流すのを俺は知っている」
そう、今俺達に振り続ける雨はまさに女神の悲しみの様に思える。しかし、それはただの俺の勘違いかも知れない。この雨には魔宝石の炎を消す力は無いのだから。
「そうならない様に、俺をこの場所(世界)に導いたと思うしユキアと出会う事が出来た」
「え?タモトさん何を?」
言ってるんですか?と伏せる顔を上げユキアは見つめてくる。そう、俺には最後にやれる事があるはずだ。先程から、炎を見るたびにガールの最後の姿が思考の中に焼きついていた。そして、俺はさっきから、ズボンのポケットの中で握りしめていた袋を取り出す。
「まだ、これが有る」
「それは?」
ユキアに問われるまま、袋を開け1個の宝石を取り出す。周囲で俺達のやり取りを聞いていたオニボ団長や自警団員も息を飲む。
「魔宝石か!?」
蒼い輝きを灯らせる宝石に、ユキアは初めて見る輝きに不思議そうな表情をしていた。オニボ団長の問いかけに、一瞬思い出す様な間の後、魔宝石を使ったガールがどういう姿になったのかを思い出した様子だった。
「ダメ!ダメです!!タモトさん!」
俺の魔宝石を握る手にユキアはしがみつき必死な表情ですがりつく。そう、これは俺の最後の賭けだった。無くなった魔力を補うには、もう魔宝石に頼るしか無いと思えたのだ。
「ユキア、使わせてくれ」
「ダメです!いやぁ、だめ……」
ユキアの嗚咽が続く中、腕にしがみつくまま沈黙が周囲を占めた。その時、小さな溜息と共に俺の胸ポケットから淡く輝く光を散らしミレイが飛び出した。
「はぁ……おにぃちゃん、この宝石はミレイの物だったと思うんだけどなっ?」
「ミレイ」
「ミレイちゃん?」
話を聞いていたのか、腰に手を当てた状態で手のひらの上でミレイは腕を組み燃える炎を見上げていた。俺からは、ミレイの背中しか見えずどんな表情をしているのか分からない。話口調からはいつもの様に陽気にも聞こえるし、終わりの方には決心したような確かな思いが有るようにも聞こえる。
「もぅ、使う時はウチの許可を取ってくれなきゃ。それに、おにぃちゃんは頑張りすぎ!最近、全然頼ってくれないから、存在感無いんだからね?おにぃちゃん、もしかしてウチの事、忘れてたんじゃない?」
「いや、そんな事は無いけど」
確かにミレイの言うとおり、魔陣の事で相談することは全く無くなっていた様に思える。それにしても、最近は次々に色々な事が起きすぎてゆっくり話さえしていなかった。
「ふぅん、じゃあウチが今この宝石を使うって言っても止めないよね?」
「え?」
「ウチだって、ただポケットの中に居た訳じゃないんだよ?この宝石がどんな物かもわかったし。ユキアお姉ちゃんとおにぃちゃんが心配する事だって分かってるんだから」
「なら、止めるんだ。いくら魔宝石の魔力があったとしてもミレイが無事に済むとは思えない」
「ほら、だからおにぃちゃん忘れてるって言ったでしょ。前に言ったよね?ウチたち精霊はすぐ近くに居るんだよ?ただ、姿を見せてないだけ。ウチはさ女神様に存在の力と導く使命を貰ったから運が良かっただけ」
「なら、どうするつもりなんだ?」
俺の質問に初めてミレイは振り返り、周囲を見渡す。雨が降る空、山、地面に貯まる水溜りまで。
「ほら、こんなにいっぱい居るんだよ?だから、ウチがお願いして宝石の魔力を皆で使うの。ただ、ウチは魔力を分けるのに精一杯になるから、使い方はおにぃちゃんが考えて?」
ミレイには見えているのかも知れないが、周囲を見渡す俺やユキア達には何も見えなかった。
「分かった、ミレイを信じるよ」
「うん、ありがと。おにぃちゃん」
そう言うと、ミレイは魔宝石を抱え俺の手の上に立つ。俺が両手を合わせるとミレイも魔宝石を掲げるように持ち上げた。
「大丈夫なのか。ユキア君」
「私は信じます。ミレイちゃんとタカさんを」
俺は無言のまま、ミレイを信じる。幾つもの場面で教えられ助けられてきた精霊の背中を。そして、次第に降る雨や地面の水玉から、淡く蒼い輝きが無数に集まっていく事に気づいた。
「おい!見てみろ!何だこの光は」
「凄い」
周囲の自警団員が騒ぐのも無理はなかった。その無数の輝きは、想像を遥かに超えていたのだ。時には雨樋に落ちる水滴から、地面に貯まった水面からと一つまた一つとミレイを囲むように集まって来る。
そして、俺達は知らなかったが、その光景が女神像の高台にある湖や木々に降る水滴からも集まり始め、それを避難の為残っていた村人達が驚きの声を上げていたという。
「お願いねっ」
ミレイは魔宝石を掲げたまま、集まる光に力を分けている様子だった。周囲で見ていたユキア達にはただの輝きとしか見えなかったかもしれない。しかし、俺の両手に集まって来る光達は、輝きの中に人型をした影を持ちどこかミレイに似ていた。
『さっ!おにぃちゃん、後はお願い!』
ミレイに集まって来た輝きは、両手から真っ直ぐに上空へと1本の光の筋となって上がっていく。突然思考の中に話しかけてきたミレイの声も、始めて会った時のミレイの声の様に高まった魔力が成している事だと理解できた。
『分かった』
『どうするの?』
『どうすればいい?』
『念じて、それを皆に届けるから』
分かったと思いを込めて、俺は一つの魔陣の形を念じる。そう、奇しくもこれは思い出の魔陣。しかし、今はこれしか魔宝石の炎を消すことは出来ないと分かっていた。
『ひゃははっ、さすがおにぃちゃん!』
俺の念じる形へ、上空へ上がった精霊達は魔力とともに魔陣を形作る。そう、何度も使ったあの魔陣だ。
「えっ?これって」
ユキアが呆然と上空に輝く魔陣を見上げていた。その大きさは、村を覆うほどに大きく、村のどこの場所からも見えた。
(水の魔陣、水滴、温水、時間は……制限なし:使い切る)
「よしっ行くぞ」
「やっちゃえ!おにぃちゃん!!」
『魔宝石よっ!ウォーターシャワー(レインバージョン)!』
願いと共に魔陣は輝く。そして、冷たい雨は徐々に暖かい雨へと変わっていった。
「おおお!見ろ!炎が!」
「消えていく」
「ふふ、ウチも行ってくるね」
ミレイは、輝きを失った宝石を俺の手に置き、上空へと上がっていく。あれ?俺から離れられないんじゃ無かったかと一瞬思ったが。
『だいじょうぶっ、これだけ魔力があふれてれば全然平気!』
俺の思考を聞いてか、ピューっと上空へと上がっていった。そして、降る雨は徐々に村の炎を消していく。しかし、ここまでは良かったのだ。誰が想像できるだろう上空に輝く魔陣の輝きが1週間も消えないなんて事を。
何度後悔する事になるだろう、時間の設定が制限なしにしたが為に、村の上空で輝く魔陣の文字を何度も見上げる事になるのだ。そして、3日目を過ぎたあたりで言われ始める事になる。
「よお、魔陣の雨っていつやむんだい?」
「あぁ、あんたかい。雨漏り原因の魔陣の織り手ってのは」
「新しくギルドのマスターになるんだってね。魔陣も使えるんだってね、そいつは凄いね。でも、物事には限度や制限も大事だからねぇ。まぁ頑張りな」
そう言う、村の人々が話すたびに空の魔陣を見上げるのだ。まあ、村人の誰彼にも認知度が上がった事は言うまでもなかった。そして、一週間後に雨が止んだ時には俺の胃に穴が開く一歩手前だったとユキアに言われたのだ。




