5
ドンドンドン!
「誰か居ないか?」
雨が降り続く二日目の朝、キイア村に降る雨は激しいまま降り続けていた。まだ太陽がそれほど登り始めていない朝、玄関を叩く訪問者がいた。その時丁度朝の食事で食卓に居た俺達3人は、その訪問にユキアが扉を開け出迎えた。
「タモト君、ユキア君の二人はいるか?」
「あ、おはようございますオニボさん」
「ああ、おはようユキア君」
俺は、どこかで見た事の有る人だと不思議に思っていると、ユリアが「自警団長さんよ」と教えてくれる。そう言われれば、こちらの世界に初めて来た時にそれらしい男性に挨拶された事を思い出す。今は防水の為か爬虫類の様な革製のマントを着ていた。その格好の為にすぐに気がつかなった。
「タモトさんも居ますけれど、どうかしたんですか?」
「タモト君の体調が戻っているなら、朝早くに申し訳ないが自警団の仕事を手伝ってはもらえないだろうか?今、村をかすめる川が増水しても大丈夫なように、柵と土嚢を積んでいるんだが人手が足りないんだ」
話によると自警団の中でも、体力のある男性といっても40人程しかおらず、雨の振る中の作業が進んでいないという。今は村にいる旅人の手でも借りたいという状況らしかった。力の弱いユキアにも、川周辺にすむ人を村の中央にある宿屋へ避難誘導して欲しいと仕事を頼みたいという話だ。
「もうだいぶ良くなったと思います。自分にできるなら手伝いますよ」
俺は確認をする上でも、ユリアに目配せを送ったが、大丈夫という事だろう笑顔で頷いてくれる。
「そうか。そう言ってくれると頼む方としては助かる」
オニボの表情からして、かなり切迫している状況なのだろう。雨降りに外の作業なんて元の世界でもやったことは無かったが、何かしらの助けてもらった恩を返したいと思い、早く村の人に受け入れてもらえるためには手伝っておきたいと思っていた。
「私も大丈夫です」
ユキアも手伝うことになれば、「朝のお祈りは出来なくなるかな?」とユリアに告げていた。自警団からはお祈りの護衛も今朝は難しいと伝えられ、お祈りは中止という事になったみたいだ。
「二人共助かる。金銭的なお礼は私が保証は出来ないが、手伝ってもらった分は村長からお礼を考えて出してもらうように掛け合おう」
「でも、なんでまたまだ雨は降り始めたばかりなのに、そんなに対応を急ぐんです?」
ユリアは気になったのだろう、確かに、俺もまだ降り始めて2日目の雨にそれほどの警戒が必要なのかと思ってしまう。この世界にも梅雨みたいな長く降る期間があるのだろうか?それならば、二日目に対策を考えることにも納得を感じた。
「昨晩はどうも集中的に雨が降る時間が長かったからな、それをどうも村長も少し気になったらしい。まあ、何事も無いのが良いんだが」
再度、礼はするからと約束しながら、オニボは息つく暇もなく俺たちに集合場所を告げて去っていく。おそらく、まだ他の村人に応援をお願いしに行ったのだろう。自警団長自ら頼みに回るのも大変だなと思ってしまう。
「昨日みたいに一晩中雨が降り続ける様子だったから、あらかじめ手遅れにならない様に対策を用意したいのかしらね」
ユリアも納得した様子で、村をかすめる川について事情を説明してくれた。キイア村の近くを流れる川は名前も無く村の北東から村東をかすめ南東へ流れる[く]の字をしているという。ちょうど曲がるところに、川の流れを村に引き込み生活用水としており、今までも何度か許容範囲を超え増水した事があるそうだ。
そして、何度が川が氾濫することがあり畑や幾つかの家が倒壊した事もあり、その都度に用水路の修理と対策を行ってきたそうだ。今では河川の地面の保水力と自然の地固めのため川に沿って木々を植えているが、今回の雨に効果があるかわからないのだと言う。
「じゃあ私はいったん宿屋に行って来るね。タカさんは川に行くんでしたっけ?まだ氾濫していないと言っても、怪我に気をつけてくださいね」
「あぁ、わかった。ミレイは雨の中、大丈夫か?」
「おにぃちゃん、仮にも水の精霊なんだから任せてよ」
俺のポケットの中が定位置になってしまったミレイは、力こぶを作り雨が降ってようが関係なさそうだ。「それも、そっか」と相槌をうち俺達は出かける用意を始める。
ユキアに聞いてみるとレインコートなど無く、オニボ団長の着ていた様な、爬虫類系の皮を縫い合わせた全身のコートを渡されて羽織る。ユリアが言うにはこれで水を弾くらしい、中が濡れてしまったら凄くジメジメしそうな感じだ。見た目は長年の汚れで薄く汚れていたが、綺麗に洗って干してあったためか生臭さは無かった。
「「行ってきます!」」
「気をつけてね。戻る頃には湯を沸かしておくわ」
「ありがとうございます」
行ってきますとユリアに伝え出かけていく。ユキアと共に家を出た俺は、思ったほど雨が染み込んだり服が濡れない事に驚いた。昔の日本でも、箕や傘を使っていた人達はこんな感じだったんだろうか。途中、ユキアは宿屋に行く方角だからと道で別れ自分は村を東へ向かって歩いていった。
「この雨まだまだ続きそう。今の時期はいつもこうだよ?急に降ったと思ったら3・4日は続くから」
「へえ、梅雨みたいなもんか」
「つーゆ?」
「雨が振り続ける日がある事かな」
「そうそう、そんな感じつーゆ!」
ミレイが教えてくれる。梅雨みたいなものかと想像し、それはあらかじめ避難や対策をしておきたい訳だと思った。次第に、川が近くになってきたのだろうか?オニボ団長の言っていた通り、女性の自警団員に連れられた村人が避難をしているの人達とすれ違う。まったく面識の無い人だったので会釈をすると、同じく会釈を返されいそいそと歩いて行った。恐らく宿屋に向かう人たちなんだろう。
避難する人とすれ違ってからしばらくして、遠くに同じ様な爬虫類コートを着た数十人の男性が作業しているのが見える。徐々に近くに行き、見知った人はいないかと見渡すがコートを羽織っている様子では見つけるのは難しかった。
作業中の合間を進みながら、作業の監督をしている人は誰だろうと探しながら川の近くに行くと、川幅は30m程であり申し訳程度の土手が斜面になった緑の地面があった。日ごろは澄んだ水が流れていそうな風景だが、今は先日からの雨による土砂の混じった茶色の水が流れている。水面は明らかに上昇している様子だった。
「君!今来たのかい?」
川を眺め周囲をキョロキョロ探していた様子に気づいたのだろう、作業の監督をしている自警団員らしき青年が話しかけてきた。
「すみません、自警団長のオニボさんから頼まれて手伝いに来たんですが、何をすればいいですか?」
「あぁー団長戻ってこないと思ったら、村にいる旅人にも手伝ってもらえないか声をかけるっていってたな。じゃあ、すまないが……土嚢を運ぶのは辛そうだな。杭を打つのはどうだ?道具も使うし大丈夫だと思うが?」
作業を簡単に説明される。確かに力仕事には自分は向いていないだろう。だが、この場で力仕事以外の役割はなさそうだけれども。その中で道具を使った仕事に割り振られる。
それから説明を受けたが、主に行っている作業は氾濫用に植えられた木々に伐採された丸太を横に積み上げ、地固め用の防災林に自然を利用した柵を作るように丸太で挟むように固定するらしい。柵が出来たあとは、その外側に土嚢を積み上げ水が漏れるのを防ぐとのことだった。
これを川の上流から中腹までの湾曲した河川へ行うという。結果、何とか流れの早くなる村側の水流からあふれる土砂や雨水を食い止めようということらしい。そして、見渡すとその工程は半分を終えるかどうかという程だった。
俺は渡された槌を肩に持ち上げ、持ち場として割り振られた場所へ移動している時に丸太から余計な枝を切り落とし加工している人の中に、先日の木こりのサオンさんを見つた。
向こうも視線を感じたのか笑顔で挨拶され、俺もお辞儀を返すと、わりとその近くに持ち場がある事に気付き、その後は与えられた仕事を黙々と杭を打ちつけていた。1刻の時間も必要も無く作業にもある一定の手順を覚えてからは慣れてしまい周囲の人たちと話す余裕が出てきた頃に、ふとした疑問を胸ポケットから顔を覗かせるミレイに聞いてみる。
「なあ、ミレイ?水の精霊って水を操れるんだよね?その力で、川の氾濫を抑えれないの?」
「おにぃちゃん、ウチは大魔法使いでもなんでもないよ。そんなの無理、無理。だって、そだなーウチにできるのは手洗い用の水を出すくらい?川の水を動かすなんてウチ達が3000人くらい必要なんじゃないかなっ?」
「そんなにか!でも手洗い用の水って言うのも考えると便利だな」
「ヒャハハ、その時は言ってねっ」
簡易の水筒だなとか、そんな冗談話をしながらミレイと笑いながら作業していた。確かに川の水を変化させるのに3000人以上の精霊となると、凄い光景だろうなと思ってしまう。皆が皆ミレイの様な精霊ばかりでは無いとは思うが騒々しいだろうと想像する。そして、ミレイの言う手洗い用の水という事だと1~2Lリットル位かなと考えた。
太陽が雲で隠される中、時間も午後になったのか分からない時間程に昼が近くになった頃、木の下で雨宿りをしながら配布された昼食を食べ終わり、工程の3分の2を終えようとした。
「皆逃げろぉ!山が崩れるぞぉ!!」
その時、急に誰かが叫ぶ声が周囲に聞こえる。
「兄ちゃん、あっちだ!」
俺がどこから注意を促す声が聞こえているのか周囲を見渡すと、木こり人のサオンが指を差して教えてくれる。その先を見ると、今まさに地響きを立てながら、川の上流に当たる山肌が崩れていくのが見えるた。テレビニュースなどでは時々放送されるような情景が、今まさに目の前で起き、僅かばかりにも地面も微かに揺れていた。
崩れた場所は自分達の居た木々の中から500m程離れていただろうか、しかし、山の麓で斜面を見上げていた自分には今にもこちらに崩れた土砂が来そうな感じがしてしまった。
「うへぇ、凄いな」
「本当だな」
考えてみれば、災害のための予防準備や土嚢や木の柵を作るなんてやった事がない。今、山が崩れる様子を見ると、自分がどれほど危ない場所で作業しているかを実感する事ができた。
「もう収まったみたいだ、大丈夫だ。皆もうすぐ終わるから、最後頑張るぞ!」
「「「おお!」」」
作業の監督をしていた自警団員は鼓舞する様に声を張り上げる。うわあ、あれを見て頑張るとか、しばらく様子を見るとかしないのは皆逞しいと思ってしまう。いや、もしかすれば危険と恐怖に余計な怪我をしないように故意に声を上げたのかもしれないと思いつく。
だんだんと、危ない現場だからこそ早く終わらせたかったのかと思い、俺もその後は無心で槌を打ち付けていた。
*********************
タカが土木作業を手伝っている時、私は幼馴染であるサオ・ブルーニの実家を訪れていた。もちろん遊びに来たわけではなく、オニボ団長に言われた集合場所として指定された宿屋へ一度向かったのだが、避難誘導組へ行かされたのだ。
幼馴染であるサオの家に幾度と無く訪れたことのあるけれど、今回ばかりは少しばかり緊張感を抱きながら訪れていた。
「ブルーニおばさん、このまま雨が降り続けると川の氾濫が起きる可能性があるそうです。男手の知り合いもいま氾濫を抑えるように作業をしていますし、川の周辺の人は宿屋に避難するように言われています。まだ時間に余裕はあるので避難の準備が出来そうですか?」
「えぇ、わかったわユキアちゃん、サオも呼ばれて行っちゃったし。でも、この子達はまだ川の恐ろしさを経験したことが無いから。ほら、ダル!ダリア用意しなさい!」
今も私が訪問したのを8歳の双子は遊びに来たと勘違いしているんだろうか、「遊んでー」と男の子のダルが言ってくる。ダリアも無言ながら私の手を握って離そうとしなかった。こういう時、姉のサオが呼びに来たほうが一番良かったのだろうが、生憎と自警団の役割で忙しくサオ自身が誘導に来れる余裕が無かった。
双子の妹の方ダリアは落ち着き避難する事がわかっているのだろうか、母親からの言われた事に手にリスの様なヌイグルミと絵本を抱えていた。
「ダリア、お父さんの絵本は置いていきなさい。雨で汚れちゃうわ」
「ィヤッ!」
サオの母親の指摘に、私の背中へ隠れるように逃げるダリア。腕には絵本を抱えたままだった。
この絵本の事は、私も知っている。サオの父親がダリアの為に買ってあげたものだ。しかし、そのサオと双子の父親は4年前に他界している。
隣町からキイア村への戻る移動中に日頃出会わないと言われる獣に襲われ命を落としていたのだ。亡くなる寸前その腕には、ダリアの好きな物語の絵本が握られており、プレゼントに買って帰る約束をしていたそうだ。それ故に4年が経ち、8歳の年齢になっても絵本を手放さないダリアの心の傷となっていた。
「ダリアちゃん?川のお水が増えても本棚の高いところに直して置くと良いわ。雨がやめばすぐ帰ってこれると思うから。ネッ?」
「ぅん・・・・・・」
外は激しい雨であり本を汚したくない思いもあったのだろう。はじめは手放したくなかった迷いも、母親と私からの説得に促されしぶしぶ本棚に戻すダリア。双子の兄のダルは母親に怒られながらも、袋に着替えを入れていた。