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後ろで燃え盛り始めた元民家だった建物は炎を照り返しサニーさんの背中を映し出していた。今は、ガールと言われた巨体の盗賊の首領と睨み合い間合いを測っている。幾度となく振りかぶられる拳を、サニーさんは体をひねり時には相手の腕力に逆らわず受け流し舞うように避けていた。
オニボ団長でさえ剣で受けきれない1擊を何度も避けながら、反撃の機会を伺っている様子だったが、サニーさんの表情には余裕さを全く感じる事ができない。次の瞬間には、当たってしまうんではないかと視線で追わずにはおれなかった。
すでに私は何度目かの治癒魔法を作り、ケガをした自警団員の傷を治していく。先程まで私を背に守ってくれていたロイドさんは、ガールと呼ばれた盗賊の後ろにサオ姉の声が聞こえたとたん、手助けするために駆けていった。ロイドさんと交代するように、私を守ってくれているのはオニボ団長と自警団の面々である。
「ありがとう」
「ごめんなさい。こんなことしかできなくて」
何度言われたかも分からない感謝の言葉を言われ、再び立ち上がって行く。盗賊が1人2人と切り倒されていく事で盗賊達も気がつき始めていた様子だった。
治癒士の私が居る分だけ力の拮抗している中での戦力差が少しづつ変化してきたのだ。そして、盗賊の一番の戦力と思われるガールは、サニーさんが釘付けにしていたのだ。そのため、今の盗賊達の狙いは私をターゲットに睨んでくる視線を感じていた。
「彼女は大丈夫なのか」
「サニーさんも頑張ってくれています。私たちも頑張らないと」
「ああ、しかし長くは耐えれそうにないぞ」
オニボ団長の言うとおり、サニーさんの表情には避け続けた疲労の色が見え始めていた。周囲を見渡すと、1対1をやりあう二人を境目に自警団と私やハントさんを囲む盗賊達が11人、後方には、うっすらと3人程の盗賊とロイドさんと恐らくサオ姉がいるはずだ。と言うのも、遥か先まで盗賊達の姿越しには確認しようも無いからだった。
「ユキアさん、魔力は大丈夫ですか!?」
「ハントさん!大丈夫です」
ハントさんに問われドキッとしてしまう。この状況と皆の前で「もう無理です」とは言えなかった。正直、私の人生の内で一日に治癒魔法を行った回数をすでに超えていたからだ。視界は夜とは違う暗さを感じ、微かに霞んで見えていた。限界が近いのはサニーさんだけでは無く、私もあと何回治癒が行えるかという感じだった。
「わかった。無理をしない方がいい。オニボさん、ユキアさんを少し休ませたほうがいい」
「そうだな。わかったな皆!」
「「「おう!」」」
皆、何も言わずとも疲労が蓄積してきていたのを知っていたのだろう。それ故の感謝の言葉だったのかもしれない。皆の気遣いに、私は心の中で皆に「ごめんなさい」と自分の力のなさを謝った。
「ユキア!」
「サオ姉!」
不意に隊形の側面で拮抗していた盗賊の一人を後ろからロイドさんが切り伏せ、サオ姉と共に走ってくる。ロイドさんの腕にはダルが抱きかかえられグッタリしているのが見えた。
「ダル君!」
ロイドさんに抱えられていたのは、盗賊に人質になっていたはずのサオ姉の弟のダル君だった。私はその小さい姿を見て息を飲む。ダリアに似た面影の男の子は、顔や目は腫れており一方的な暴力を振るわれたのを想像させる。
「ユキア!ダルを何度呼んでも目を開けないんだ!お願い!ユキアっ!」
私でさえ、今のダルの姿にジンワリと目頭が熱くなる。実の姉であるサオにとっては、身が引き裂かれる思いだろう。
「オニボ団長」
私が見上げオニボ団長に問う。ダル君のために魔法を使って良いか?と、いや、使わせて欲しいのだと。ここで戦っている皆に声に出さず訴えた。
「ダルを頼む……」
剣を構える背中越しに団長が答える。自警団の面々も盗賊達を相手にしながら頷き返す者、ハントさんでさえ頷いて了承してくれた。皆、何も言わず理解しているはずだった。ダル君のために全力で私が治癒魔法を使えば、私の魔力が底を尽き倒れてしまうだろうと言う事を。
私が思うのは倒れてしまう恐怖ではない。ダル君の状態が分からない以上、魔法を使っても助ける事が出来ないかもしれない恐怖がわずかに心の底にあった。
「ロイドさん、ここへ寝かせてください」
「分かった」
私は両手を横たわったダル君の体にかざし、魔力の銀糸を織り始める。いつ魔力が底尽きるか分からない。視界が意識の暗闇に霞みながら、いつもよりゆっくりと確実に魔陣を作っていく。
『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの眼でこの者の病を知らん』
見慣れた輝きが横たわる体を照らし、ダル君の体を包む。
「酷い……」
思わず声に出てしまう程の状況だった。魔法によって流れ込んでくる情報に手と脚の骨折は軽い方だと感じる。腹部内に漏れ出た出血も何とか増えてはいない。しかし、一番酷いと感じるのは、頭の骨折とその衝撃からだろう頭の中に血が貯まってしまっていた。
詳細な情報がまだ分からない私にとっても、頭と腹部の出血が命の危機にある事を直感的に教えてくれる。意識が戻らないのも、頭の中に貯まった血のせいだと分かった。
「ユキア」
サオ姉は、私のふらつく体を支えてくれる。サオ姉も魔力の限界が近い事に気付いたのだ。それでも、サオは涙しながら「ユキア、お願い」という言葉を飲み込んだ様な気がした。
「サオ姉、後はお願い」
「……うん」
もちろん、お願いしたいことは意識を失った後の事だった。今でさえ戦闘の攻防が均衡している只中である。私が倒れた後、もし私達が負けるような事があれば盗賊達にどんな辱めを受けるかは想像するまでもない。そうなる前に、もしもの時はサオに私の命をお願いと言いたかったのだ。そうサオ姉には伝わっていると信じ、私は両手を再度持ち上げた。
『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの水をこの者に与えたまえ』
何度と無く使った治癒の魔法が光り輝くと同時に、自分の魔力と意識が奪われていくのがわかる。「まだ!もっと!」と繰り返し念じ、ダルの頭部へと魔陣をかざし続ける。
「きゃっ!」
サニーの思わぬ声と共に、ガールの一撃に後方に居た自分達の所まで吹き飛ばされる。意識を暗闇に奪われまいとつなぎとめる中、サニーさんにも限界が来たことを知った。
「サニー!」
遠くなった聴覚に、サオ姉の声が聞こえる。
「ちっ!ちょこまかと、時間を食ったぞ」
ガールは腕にサニーが一矢報いた短剣を抜き、地面へ投げ捨てる。
「ュ、ギアおねえ……じゃん」
私は霞む視界の中、うっすらと目を開けるダル君の顔があった。
「ダル!」
「良かった……ダルくん……」
「ほお、まだそのガキ死んでなかったか……ん?どしたお前ら」
ガールは周囲を見渡すと、遥後ろで何か走ってくる音が聞こえてくる。そのため、盗賊の数人が後方を振り返っていた事にガールも不思議そうに後方を見つめる。私には、意識を失う寸前だったが暗闇の中ハッキリとその姿を見たのだ。白い獣に跨る男性の姿を。
「あぁ、タカさん……」
待ち望んだ人の姿を見つけ、私は意識を失った。




