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(ダル、無事でいてくれ)
私の心の中は、その思いで一杯だった。もちろん、私の昔の家族であり仲間だった盗賊達が村を襲ったことに、深く傷ついてもいた。しかし、本当の意味で村人を助けたいと思い笑顔を守りたいと思ったのは、あの二人の双子が居たからだ。
「ダルはきっと無事に取り返して見せる」
「うん」
今、私の横を歩く双子の姉であるサオの事を思う。彼女は、もう一人の私だと思えるようになった。私が、もし盗賊の娘でなかったら彼女の様に村人を守れる人になっていただろうか。それとも普通に兄弟がいただろうかと考える毎日だった。それは、キイア村で楽しく、日に日に双子達と関わる内に思いは強くなっていったのだ。
無鉄砲の様で、ダリアやサオの事をよく見て笑顔を支えているダル。父親の件で、塞ぎがちに言葉少なくなってしまったというダリアもまた、最近はタモトさんとの共通の話題には笑顔を見せるようになって来た事に、私も嬉しくなってきていた。
「大丈夫?」
「あ、あぁ、大丈夫だ」
ボーっとしていたらしい、今から私達は宿屋の外に居る盗賊達をおびき出すため宿屋の出口前に来ていた。振り返ると、心配そうにユキアが私達を見つめているのがわかる。
扉の陰に身を隠すように腰をかがめている自警団員の青年も無言で頷いてくれるのが、わずかばかりの安心感を持たせてくれた。
「行くよサオ」
私は左手を差し出す。今私達の腰には、盗賊達を警戒させないため武器などの装備は一切ない。最善は宿屋の中へおびき寄せる事、または近づける事を考える。
「わかったわサニー」
心地よく隣の彼女は右手を重ねてくれる。私達は頷き合うと、そっと扉を開き外に出た。
「ん?おい」
「なんだ手前ら、くっサニーお嬢・・・・サニーさん」
私達が宿屋から出ると、すぐに向かいの軒下に座っていた盗賊達が立ち上がる。誰が出てきたのか気づいたのか表情を歪めているのがわかる。警戒のためか腰の長剣へ手を伸ばす様子に、隣のサオが息を飲む気配が伝わってくる。
「雨の中、大変だな」
「裏切ったというのは、ホントなんですね」
盗賊の一人は、昔からの仲間であった盗賊である。自然と全身を見ると、腰に円筒状の物が見える。あれがおそらく打ち上げ式の手筒花火だろう。もう一人の方は、昔からガールに憧れていた男であったのを知っている。
「中に入った奴らは、貴方を迎えに来たと言ってたが?」
「ああ、別れを言う間、酒でも一杯勧められてたな」
「ちっ、アイツ達……」
無言だった盗賊が、舌打ちするように宿屋を見つめる。どうやら、出てくるのが遅い事を気にしていたらしい。
「で?何しに来たんです?話だけじゃないでしょう」
「そうだな、雨も降っているし。一緒に宿屋の中に入ってはどうだ?」
まさか、中に入った盗賊達の身柄が拘束されているとは、疑っていない様子だ。このまま、宿屋の中に連れ込むことが出来ないか誘ってみる。
「嬉しい申し出ですがね。ここを離れる訳にはいかねえ」
「だとよ。なぁ、姉ちゃんよぉ。それよりも俺と良い事しねえか?」
突然、もう一人の方の男がサオの手を掴み引き寄せる。
「いっ!」
突然手を掴まれたサオの視線の先には、盗賊の男の腰にある手筒へと注がれていた。拒否の言葉さえも、今は飲み込むしかない。サオは頑なに手を交差して抱き着かれる姿勢のまま耐えるしかない。
「待ってくれ!」
私は無意識に抱き着く盗賊の腕を掴みサオへの拘束を阻止する。
「あん?この手は何すか?」
「待ってくれ。私達はガールに来るように言われているんだ。その前に、乱暴にされるのはガールも望んではいないだろう」
ガールの名前を出したことで、少しだけ男の表情に躊躇いが見える。しかし、次の瞬間サニーの少し安心した表情を見た途端、男の嗜虐性が湧き上がったのか目つきが変わる。
「知ったことか!ふざけるな舐めやがって。こっちへ来い!」
「おい、落ち着け」
先ほどまで話していた盗賊の男も、歯止めが利かなくなった仲間の男を止めようと声を掛けるが聞こえていない様子だ。その間、男はサオの手を引き腰かけていた軒下から家の奥の中へ引きずっていく。
「サ!サニー助けて!」
「サオ!」
「きゃっ!」
引きずられた勢いから床へ投げつけられるサオ。サオも自警団員をしているためある程度の抵抗は出来るが、何せその男との体格の差があり過ぎる。ガールに憧れるだけあり、180㎝程のがっしりとした男なのだ。
「やめろ!」
私も後を追い家の中に入る。今まさにサオに覆いかぶさろうとしている所だった。もうすでに、宿屋へ誘惑することは出来ない。逆にサオの身に危険が及んでいるのだ。
私はとっさに、その男の背後から右足蹴りを食らわせる。手ごたえから折ることは無理でもヒビくらいは入っただろうと思う。
「くそがああ!」
余程痛かったのかサオへの注意から私への憤怒の表情を向けてくる。私の後から部屋に入ってきた盗賊も長剣を抜き、明らかに敵意を向けられる。もうすでに、盗賊に連絡をされる事などどうでも良くなっていた。とにかく、サオを助けたいのだ。
「サオ、今のうちに!」
「うん!」
掴みかかろうとする盗賊をかわし、1撃、2撃と腹部へ殴りつける。3撃目の拳を振りかぶった時には、もう一人の盗賊の長剣が切り付けられ追撃に断念するしかなかった。すでに振り下ろされる剣先に躊躇いは無かった。
「危ない」
2振り目の剣先をかわした後、掴みかかられそうになった腕を絡めとりサオが180㎝の巨体を横投げにする。うまく腰に乗せた薙ぎ払いだった。曲がりなりにも自警団員といったところだ。
「くそっ」
剣を振るってくる盗賊の男に焦りが見えてくる。今、投げられた男は背に椅子がぶつかり起き上がるのに時間が掛かっていた。今も、サオは倒れた男の関節を固めようと片腕を取るのに掴みかかっていたが、体格差がそれを容易にはさせていない。
「こんな事をしてただでは済まないぞ!」
「覚悟の上だ!」
振り下ろされる長剣の柄を、私も握り互いの力が拮抗する。ここまま、近接で押し負ければただでは済まない分、ここで乗り切れば勝機が見えるため引けなかった。しかし、ゆっくりではあるが男女の力の差か剣刃が私の首元へ近づいていく。
「へっ、へへ、これで最後だな」
「くっ」
刃先が皮膚をプッと薄く切り一筋の血が流れ出す。まずい、サオの体勢も徐々に押し負けている。私も、もう押し返す余力は無かった。
「そこまでだ!」
私の首筋に当たっていた刃先がピタッと止まる。今まで必死の形相で剣を振るっていた男の後ろにもう一人、男が立っているのが見える。私は、ようやく柄を抑えていた視線からその男の顔を見ると、そこに居たのはダガーを盗賊の首後ろに突き付けたロイドだった。
「よかった。間に合いました」
ハントと言われた青年が続いて家の中に入ってくる。続いて自警団員達が組み合っていたサオたちの援護に回る。3・4人がそれぞれを取り囲み、盗賊達は戦意を失って武器を捨てた。
「急に引き込まれた時は、焦りました。一瞬、仲間が中に居るのか、周囲に居るのか警戒しましたが、ロイドさんの判断で素早く対応できて良かった」
「たすかりました」
「サニー!」
組み合っていた為、体力を使ったのかヨロヨロと駆け寄ってくるサニーに、私も駆け寄り体を支える。
「サオ、大丈夫?」
「うん、サニーこそ」
「私は大丈夫」
「でも、首から」
そう言われるまま、首に手を当てるとわずかな痛みが生じる。
「大したことはない。ごめん、サオに怖い思いをさせてしまった」
「大丈夫、見たでしょ?これでも鍛えてるんだから」
「ああ、凄かったな」
二人して微笑し合う。隣では、盗賊達が騒ぐ中紐で結ばれ身動き出来ないようにされていく。先ほどと同じく猿轡をされてからは、少しばかり静かになった。
「サオ姉!サニーさん!」
「ユキア!」
次に入ってきたのは、ユキアさんだった。さっきよりも顔を蒼白にして心配していたのがわかる。今も、私たちの無事を知ってもなお不安そうにしていた。
「よかった。二人とも」
「さあ、皆さん。休んでいられません。村人の避難を!団長さん、体勢を整えて作戦を考えましょう」
「ああ、そうだな。皆、安心するのはまだ早いぞ!ダルはまだ向こうの手にあるんだ。気を引き締めて行くぞ!」
「「「了解」」」
まだ、私達は数人の盗賊を抑え込んだに過ぎなかった。まだ、長い夜は始まったばかりだったのだ。




