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「早くしろ!」
宿屋の入り口で待つ盗賊3人は次第に苛立ちが増している様子だった。それも、その筈で、わざと私とサオは、大袈裟に村人と別れを演技していたのだ。しかし、事情を知らない村の年寄り達にとっては、涙を流して別れを惜しむ人達もいる。
私達が故意に長く別れを言うのには理由がある。
「治療師は治療の為に眠る魔法も勉強するそうですね。ユキアさんは、盗賊たちを眠らせる事はできませんか?」
「ごめんなさい。まだ学んでいなくて使えないんです」
「そうですか、外に居る見張りにばれないと良いんですが、しょうがありません。まずは、3人をどうにかしないと。オニボさん、と自分でやります。ロイドさんやサニーさんでは近づくだけでも警戒されるでしょうし」
「そうかもしれないですね」
「わかりました」
そして、決められた私達の役割は、入り口から盗賊達を中へ引き込むのが第一の目標となった。その為に私達が盗賊達の視線を集める役目をすることになったのだ。「すみません、皆に別れをさせてください」と諦めた表情で尋ねた私達に、「まあ、いいだろう」と言った反面、盗賊達は待たされることになり、すでに宿屋に私達を呼びに来て30分程が経っていたのだ。
「いい加減にしろ!!」
「まあ、まあ旦那、カリカリしないでくださいな。逃げやしませんから、どうです?せっかく待つなら一杯やっても損ではないでしょう?」
宿屋の女将さんがタイミングを見て、お酒を切り出す。凄い演技とは思えないタイミングだった。この駆け引きも、先ほどハントさんが女将さんへお願いしたことだった。当初から、切り出しても盗賊たちは心動かされないはずだと考え、少し待ったのだから、まあ一杯どうぞとカウンターへ3杯並べたのだ。
「ちっ、飲み終わったら行くからな」
「おい、良いのか?頭にバレたらどうする」
「お前が黙ってれば良いだけじゃねえか、ここで少しくらい羽目を外さねえとやってられねえよ」
3人はカウンターの椅子に腰かける。この瞬間を待っていたのだ。食堂の中には老人や子供しかいないと思い込んだのだろう。私達が後ろで大袈裟に別れをしているもの、見ないでも何をしているか分かると油断を生んだのだと思う。まさか、カウンターの近くの床にあらかじめハント達が身をかがめ盗賊が食堂に入った時点で隙を伺っていたのだ。
「今だ!!」
「ブッ!何だ!」
「ウグッ!」
「てめっ!」
今盗賊3人を後ろから抑え込んでいるのは、ハントとオニボさんだけではない。息を合わせた数人の青年達が、後ろから頸部を絞め声を上げることを塞ぐことを第一にする。いきなりの取り組み合いに悲鳴を上げそうになる老人や子供達を私達は「大丈夫だから」と安心させ。事情を知らず一瞬呆然と見つめた他の自警団員も加勢に加わり、盗賊はもう暴れることさえ出来なくなる。
「何とか大丈夫そうね」
「サニーさん」
盗賊達を警戒しないためとは言っても、気になったのだろう。盗賊達が頸動脈を絞められ一時的に意識を失い始めた頃には、サニーさんやロイドさんはすでに食堂の入り口に立って加勢するかどうかを見つめていた。
「ごめんなさい」
「何がだい?」
「いえ、サニーさんにとっては昔とはいっても、仲間だった人達にこんな事をして」
「あぁ、気にしないで。皆(盗賊達)の中にあった思いに、気付くことが出来無かった私の責任だから、本当は私がしなくちゃいけない事、だから……」
「お嬢だけのせいではありません。親方が亡くなった後に、ガールを抑え皆をまとめられなかった俺達の責任です」
「でも、間違って罪を起こしてしまった今は、早く反省してやり直して欲しい。その為に、私が出来ることは何でもやるわ」
サニーさんの瞳には、悲しさの輝きを湛えながら、その中に私は決心した思いの強さを感じる事が出来た。私達三人が話している間にも、盗賊はまた一人と意識を失い装備を外されていく。そして、手足は結ばれ猿轡を結ばれた後は、宿屋の2階へ数人係で運ばれていった。さすがに、このまま老人や子供のいる食堂に置いたままにはできないのだろう。
「大丈夫そうだな。少しは時間稼ぎにはなっただろうが、これ以上長引かせると相手も不思議に思い出すかもしれんな」
「オニボ団長、あの3人の装備からは何とかこれだけ手に入りました」
サオは、私と違い自警団員達と共に盗賊を抑え込んでいた一人だった。今、その腕の中には、長剣2本と短剣1本を抱えている。
「やはり、あの人達も笛を持っていました。外の見張りも何らかの伝達手段を持っていると思っていいと思います」
「そうだな。よし、そうだな、サオ……その、長剣を一つ私が使おう、もう一つはハントさんで良いですか?」
「はい、私の装備は数件隣の裏に隠してあるので、それまで使わせて貰います」
「分った。短剣は、ロイドさんで大丈夫ですか?」
「わかりました」
「団長、私には?」
「サオ、君にはもう少し危険な役をお願いすることになる。サニーさんも良いですか?」
「もちろん。出来る事があるなら何でも言ってください」
すでに、数人の自警団員が自分達を取り囲み話を聞いていた。いよいよ盗賊達への抵抗する雰囲気に意気揚々としている者。不安そうな表情の者と様々である。私でさえも、今の表情は不安で一杯だ。先ほどまでの演技でさえ村人の前だったから頑張れたのだと思う。そして、本当に最後の別れになるかも知れないと思っていたのだ。
「それで、二人には外の盗賊達を、何んとかここ(宿屋の前)より離れる様に誘導してほしい。一番良いのは、宿屋に連れてくるんだ」
「どうしても、動かない場合はどうしましょう?」
「無理に頑張らなくて良い、戻ってくるんだ」
了承した二人は、さっそく宿屋の玄関である扉の所へ行き、他の団員達もすぐに援護出来るように入り口に屈む者、食堂の窓から外を伺い盗賊達を警戒する者と行動は素早かった。外は雨が降っていると言っても、向かいの家の軒下にいる盗賊達とは30m程は離れている。一斉に襲い掛かるとしても、距離があり過ぎた。
「行くよサオ」
「分ったわサニー」
サニーから手が差し出され、それを躊躇なく握り返すサオ姉。そして、二人は扉を開けて雨の中に歩を進めていった。すぐ前には盗賊達が居るはずだが、少しだけ私は二人の仲の良さを羨ましく思ってしまったのだ。




