32
まだ日が高いにも関わらずランプを腰に結んでいた俺は、火の長さを調整して灯火を消した。妹と約束した時間は既に超えていたからだ。既にランプの燃料の残りは半分程に近づいていたため、恐らく丘の上で待っている妹は既にシス達の元へ向かったと思うほかない。身を隠している肩に、先程から雨粒が落ち始めた。雨が降る可能性は高いと思っていたが、本降り前の小雨といった所か。先ほどまでは、キアの元に戻るつもりでいたのだが、しかし、直ぐに村人から事情を聞けると思っていた俺は、予想を裏切られていた。高台下の家を訪れても、人一人見つけられなかったのだ。
「まさか、もうすでに盗賊達の手に」
考えたくは無い結果を、訪れる家々に誰もいない事を確認するうちに自然と言葉に出てしまっていた。そして、今、自分はタモトさんに聞いていた、村の中央にあるという宿屋を目指している所だ。もちろん、村人に事情を聞き状況を知るためだ。しかし、村人に会う前に盗賊達に見つかる訳にはいかない。大通りらしい道から脇道に入った木箱の横に身を屈め、状況を整理しようとしていた所だった。そして、いっそのこと、剣や防具一式を外し村人に扮して村人と合流した方が良いのでは無いかとも考えていたのだ。
「しかし、抵抗の跡や殺戮が行われた訳ではなさそうだな」
大通りを見ると、唯一の雑貨屋らしい店先には鍋や鉈などの商品が並べられたままになっており、店の主人や村人達だけが居ないだけだった。その状況を確認できただけでも、一番最悪な状況では無いことが考えつく。村人は何かの理由で片付ける間もなく家や店を出なくてはならなくなった状況だったからだ。
「くそ、シスに前々から習っておくべきだった」
団員の中で幼馴染として育ったシスは、あらゆる状況から物事を推測する技能に特化教育されていた。もちろん、力や剣の技能については自分にも自信がある。しかし、内部潜入や情報収集の面において団員の中でシス程の推理・推測力のあるものは居ないのだ。例えば、先ほど入った家にあった食材や食器の数から、おおよその家族構成や予想年収、村の食料事情までをも言い当てる事が出来ただろう。村の状況に至っては、上空から見た田畑の広さや店の数から村民の人口や宿屋の位置さえ把握できたかもしれない。それを思うとシスの能力は馬鹿に出来ないものがあったのだ。しかし、完璧に見えるシスにも弱点があり、極度の緊張や選択を迫られると思考がパニックに陥ってしまうのだ。父親がいつもその事を悔やむように呟いているのを聞いたことは少なくない。
「ひとまずは、夜を待つか」
焦る気持ちを落ち着かせるためか、自然と独り言が多くなる。どこからか人の悲鳴や喧騒が聞こえてきているなら対応は違ったが、あまりにも静かすぎる。良い方に考えれば、村人は皆避難したか。悪い方なら、生死はわからないが一箇所に集められているかだ。争った形跡が見当たらない事を考えると、前者だと希望的に考えてしまう。そこまで、ようやく周囲の状況から決断すると、今の時点で装備を外し村人に合流するのは、得策では無いと思えた。
そして、完全に日が暮れるまで、あと1刻以上あるだろう。俺は軒先に干してあった毛布を借り、木箱を踏み台にして屋根へと上がる。盗賊たちの中に小雨の中に屋根の上を散歩するような変人が居ない事を願うばかりだ。そして、家の中に隠れているうちに周囲を囲まれない為の対策でもある。俺は毛布をかぶり、体が冷えないように覆いかぶさる。これで、もし遠目に見ても屋根の上に人が伏せているなんて分り難いだろうと思いたい。そして、どうせ雨で濡ていただろう毛布の持ち主に感謝しつつ。夜になるのを待つのだった。
「おぉ、意外と暖かいな」
日が暮れたことで、分かった事が2つあった。1つは灯りから宿屋と思われる場所が分かった事と、もう1つはその場所に大人数の人がいるらしいと夕食の準備の煙でわかったのだ。そして、その灯りの元へ向かってみると、2階建ての宿屋とその周囲の建物に村人達が集められているのを見つけた。その様子からは、監禁されている様子は無く自由に家への出入りは出来ているみたいだが、明らかに家に出入りする村人達が、道に立つ数人の男達を怪訝そうに見つめているのがわかる。
「見張りか」
村人は軟禁状態にあると判断する。と言う事は、盗賊達の力が強いか村人が何らかのハンデを負っている可能性があった。何とかして村の代表者や村人の話を聞き状況を知らなくてはいけない。そんな軟禁状態の中に、自分が武装して宿屋へ近づく訳にもいかず、身につけていた装備を外し始める。長剣はもちろんの事、防具一式を借りた毛布に包み大通りとは逆の軒下へ置いておく。後ろで結んでいた髪を解き、ぬかるんだばかりの地面から泥をすくい服や頬を汚す。今の服装はあまりにも身綺麗すぎるのだ。
「よし、後は……」
自分の服装を見直し、村人を演じる。外見からは、小金持ちの店屋の息子くらいか。今の見掛けで木こりだと言っても説得力は無いだろう。猫背にし、視線を節目がちにする。あまり、だらしなくしすぎても注目を集めてしまう。目立つと言えば、妹と同じな鮮やかな金髪くらいだ。これはどうしようも無い。夜の暗闇で目立たない事を願うしかない。もし、捕まった時には騒ぐしかないだろう。村人からは余所者にしか見えないはずだ。ユキアさんが気付いてくれるなら良いが、村人だと言い張れば、誰かしら辻褄の合わない事に不思議がるはずだ。そこまでを、考え意を決して家影から、宿屋へ向け一歩を踏み出した。
「おい、お前どこに行く?」
やはり夜になり人通りも少ない無い中、数件隣の宿屋に向かう人物は注目されるはずだ。見張りらしい男に呼び止められる。しかし、不審がられないようにやっと聞こえましたと言う風に振り返ると、やはりそうだニヤニヤと笑みを浮かべた30代くらいの男とその横にもう一人別の男がいる。
「あ、どうも」
「チッ、男か。で?どこに行く」
「すみません、宿屋の厠がいっぱいで借りてたんです。戻ろうとしたらついつい知り合いと話し込んでしまって」
「フラフラするな。それとも何か?俺達と遊びたいのか」
「滅相もない。すみません、すぐ戻りますから」
「おい、相手は男だぞ」
「へへ、俺は男でも構わねえよ」
「お前と一緒はゴメンだぜ、その時は一人でヤリな」
もう足早に宿屋に向かっても怪しまれないだろう。後ろでは好き勝手な話を続けている。髪を解いたのは間違いだったか、まさか女性と間違われるとは。シスに知られたら笑われそうだなと苦笑する。
そして、ようやく宿屋の扉を開け中に入る。まだ、気を緩める訳にはいかない。もしかすると、中にも盗賊の仲間がいるかもしれないからだ。俺は戸をくぐりながら、声をかける人を選ぶ。声を掛けるならば老人か子供を選ぶのが優先だ、若い村人に余計な警戒をされる訳にはいかない。その時、一人の女の子が水の入ったコップを老人へ配っているのか目の前を通りすぎた。
「お嬢ちゃん、ユキアさんを探してるんだけれど知ってる?」
「……誰?」
キアよりも少し年下だろうか、舞台慣れしているキアが大人びている反面、目の前の女の子は年相応に可愛らしいという言葉が似合っている。今はその視線も不信さが瞳に映し出されて自分を見つめていた。
「街で知り合った、ハントって伝えてもらうとわかると思うけれど」
「そう……ここに居て」
そう言うと、女の子は縫う様に座る人の間を抜け、奥にあるカウンターに居た女性に何かしら告げると、コップを載せた盆を置きトトトと2階への階段を上がっていく。周囲を見渡すと、ここは食堂だったのだろう、今はテーブルも椅子も横に立て掛けられ、村人が思い思いのグループで座りながら集まっている。寝ている者、不信そうに自分を見つめる者達だ。食堂にいる者は老人や女性や子供が多い。若い青年などは廊下や宿屋の入口で座っている者と自然とそうなった様子だった。
「ねえ、ダリア。ハンドさんって言ったの?その人」
「うん、言えばわかるって」
「誰かしら」
そう言う話し声が階段から聞こえると、見知った姿が2階から現れる。少しやつれただろうか、数日前には元気だったユキアさんの印象の面影は無かった。
「やあ。ユキアさん」
「えっ?ハントさん?なんで」
階段を下りながらびっくりした表情のユキアさんがいた。そして、伝言を頼んだ女の子は、名前が間違っていた事に気付き少し照れている様子だった。
「さっそくすみません、ここでは目立ちますのでゆっくり話が出来るところはありませんか?」
「え、ええ。どうぞ」
促されるまま、2階に案内される途中。何とか村の現状は最悪な局面で無かったことに胸を撫で下ろす。後は、ギルドとシス達の支援が到着するまで状況が変わらなければ良いと思うのだった。
通された部屋は、宿屋の一室だった。重要な話がありますとユキアに頼み、宿屋に居た自警団団長のオニボとロイドという男性が訪室し自己紹介する。
「初めに申し訳ありません、ユキアさんにもお伝えしていない事を説明させていただきます。まずは、私達の事情をお伝えします。その後に、村の現状を知りたいのですが良いでしょうか?」
「私は構わない」
自警団団長のオニボという人物が承諾してくれる。ユキアさんやロイドという人物は頷き返事の変わりとなった。
「まずは、私の名前は先ほどお伝えしたとおりです。表向きは、ユキアさんもご存知の通りアロテアの街で見世物一座「アーク」の一員です。本来はお伝えするべきでは無いのですが、村の状況はそれを許さないため本当の事をお教えすると、私の本業は聖アブロニアス王国騎士団、独立遊撃騎獣部隊の副団長をしています」
「「は?」」
あまりの話の展開に、ユキアもオニボ団長も呆然とした表情である。
「すみません、上手に説明できれば良いのですが」
「い、いえ」
「アロテアの街ギルドへオニボさんの出された連絡はきちんと届きました。そして、恐らく盗賊討伐の非常召集が行われた為、近日中には出発するはずです」
「そうですか」
「しかし、状況を重く見たアロテアギルドは、偶然街に居た私達の部隊へ援助要請がありました。私は村の状況把握のために先行し、情報を収集するのが役目です。そして、他には仲間の部隊が街道をキイア村へ向かっているはずです」
「本当ですか。良かった」
しばらく黙って聞いていたユキアさんが、安心したように表情を緩める。
「それで、村の状況を教えて欲しいのですが?」
「あぁ、ギルドへの連絡が無駄ではなかったと思いホッとしている。しかし、あまり喜んでばかりはいられない状況です」
「ええ、見た所軟禁されている様子ですが」
「はい、村の子供が人質に捕まってしまって。そして、抵抗すれば村を燃やすと」
「成程、それで抵抗らしい事はしなかったんですね」
「そうです」
「わかりました。他に要求は何か?あったんですか」
「金銭の要求が、1000金初めは用意しろと。さすがにそれだけの金額は村には無いと伝えると、次は500金と言われ、その代わり女・子供を差し出せと」
「期限は?」
「明日の朝には準備しろと」
微妙な金額である。金額的には村が崩壊しない程度の出費である。世帯当たり数金の金額を払えば良いのだ。その為の軟禁状態なのだろう。しかし、後半の要求は村を燃やすという脅しが大きい、村人の表情が暗いのも誰かしら女性や子供を売るのと同じ意味だったからだろう。
「そうですか、とにかく時間を作ってください。そして、むやみに盗賊を刺激しないように」
「わかった。若い者の行動を慎むように言っておこう」
ドンドン
急に話している最中、部屋の扉がノックされる。出口近くにいたユキアさんが、扉を開けるとそこには先ほどの女の子と女性一人が立っていた。
「サオ姉!もう歩いて大丈夫なの?」
「ユキア大変だ!今下で、盗賊の手下がユキアを連れてこいって」
詳しく話を聞くと、盗賊の要求はユキアの他にサオとサニーを連れてこいと叫んでいるという。
「そんな、何故!」
「盗賊の頭が気に入ったと、今回はこの3人で許すとか言っているらしい」
「……わ、わかりました」
「ユキア君!」
先ほどまで安心して表情とは一転し、強ばらせた表情をしユキアさんは承諾する。
「ハント君、いや、ハントさん。援軍が向かっているならば抵抗しましょう。自警団の人数で押し切れるはずです」
「オニボさん、それは最後の手段です。少なからず死傷者がでますよ?」
「それは、皆覚悟をしています」
「ですが……」
「お願いします」
「わかりました。でも、老人や子供も同時に村から避難させます。良いですね?」
「でも、どこに逃がすんですか?村の入口は盗賊達に見張られていて」
自警団も抵抗する方針であると、決まってから心配そうな表情で見つめていたキイアさんが聞いてくる。
「事前に聞いていた、女神像の立つ丘に自分の乗ってきた飛竜がいます。あそこが見つかりにくいと思いますが」
「誰からその場所を?私たちも今朝までその場所に避難しようと計画していたんです」
「タモトさんですよ」
ユキアさんは予想外の名前を告げられ嬉しさ半分、悲しさ半分の表情する。
「避難場所はわかった。しかし、人質になっている子供はどうする?」
「それは、私(自分)が行きます」
体よくキイア達が連れてこられるのを盗賊達は待っているのだ。ユキアさん達には悪いが、自警団の人達と抵抗し奪い返す機会は今しかないだろう。
「私も加えてくれ」
「お嬢」
いつの間にか、扉の横にもう一人女性が来ている事に気づく。
「サニー……」
「サオ、黙っていてすまなかった」
「良いの、ありがとう、ダリアを助けてくれて」
複雑な表情のまま、見つめ合う二人。部屋の中の一同は、少し前の見慣れた二人に戻ったことに気づく。
「さあ、準備をしましょう」
まずは、外の見張りと宿屋に来た盗賊の手下を倒すのだ。




