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キイア村より北東の方角にある森の中には、自然に作られた山間の中に洞窟がある。洞窟の入り口は、人がようやく一人入れる程だが、一度入れば、中は天井も横幅も広がっており奥は所々鍾乳洞を形作っている。この洞窟から南東にある街アロテアからも行くのに1日ほどかかる程遠く、周囲にはモンスターの集落も無いことから盗賊のアジトとなっている場所だった。
所々に鍾乳洞の空間のある洞窟の中には、自然光は届かず所々松明が壁に備え付けられ、わずかながらにその内部を照らしている。洞窟の壁は、持ち込まれた木々で補強され、申し訳程度に人が住めるように整えられていた。
今、その一室から、女性の声が洞窟内に漏れ出ていた。
「お前達、やめな!お父ぅが生きていた時は、村を襲うなんて下劣な事は絶対させなかったろう!? 私達は一昔前には聖アブロニス王国に名をはせた義賊なんだぞ!」
「お嬢、おやっさんが亡くなった今、もう、貴族をゆすったり軍の輸送隊を狙うなんてリスクの高いのは命がいくつあっても足りねぇ。それよりも、簡単に金品や女の手に入る小せぇ村でも襲ってたほうが割りにあうんでさ」
「ガール!頭の右腕として一緒にやってきた仲なのに、一番お父ぅの意思を知っているお前がなぜその意思を継ごうとしない!? まだ若いけれど私とお前にお父ぅは『後は頼む』っと言ったじゃないか」
ガールと言われた男性は、苦さを噛み締めるように表情を変える。外見は30代の後半だが、身にまとう威圧感から盗賊団の中において若くても甘く見られることはない。大きな肩幅をもち腕や足に切り傷が残る。全身を筋肉で包んだような容姿をもち、盗賊のNo2 という立場でまとめ上げてきた男だった。
今まで活躍の場では、力に任せて済ませてしまう性格も多かったが、盗賊の手下達にとってはその力に憧れている者も多い。今は数人の部下を後ろに控えさせ椅子に腰掛けていた。
対して、互いに机を挟んで向き合いながら先程から説得しているのは、前盗賊(義賊)の頭の娘であり18歳の女性で、名前をサニーと言った。太ももまでしかないホットパンツを履きすらりと伸びた手足は白く、洞窟の中のわずかな明かりの中でも白く輝いていた。その腰には2本の短剣を携帯しており、上半身を皮の胸当てで包み、その間からも豊かな胸元が谷間を見せ押し上げているのが見える。黒髪を腰まで結い上げ、その効果が大人びた雰囲気をまとい10代という年齢を感じさせず、20代と言われても納得してしまうだろう。整った筋肉とスレンダーさから黒豹のイメージが浮かぶような女性だ。
「お嬢、綺麗事だけじゃあもう食っていけなくなってきたんでさ。もうすでに下っ端は抑えがきかねぇしよ。おやっさんがいた時なら、お嬢がもっと大人になって信頼されていたら話しも違ったかも知れないが」
「お前たちも同じ意見なのか!?」
「くっ」
「・・・・・・」
ガールの後ろに控える、No3とNo4だった手下を私は睨む。小さいころからガール共々よく世話を見てもらった人物達だ。質問と視線を向けると、何も言えず表情を曇らせたまま私からの視線をそらした。
「そんな!」
「お嬢、納得してくれとは言わない。もう決めたことなんだ。それでも反対するというのなら邪魔でしかないが?」
サニーは驚きを隠せなかった、父親が生きているときは将来にはガールのお嫁に行き、互いに盗賊団を継ぐのだと思っていた。しかし、ガールにとって自分は、ただ前のお頭の娘でしかなかったのである。お父ぅも盗賊団の存続を思っていたからこそ、私たち二人に後を頼むと伝えたのだと思っていた。しかし、私への大事な盗賊団の今後について方針の相談もなく、決まったことだと結果だけを伝えられる。
自分の非力さとまだ若いという仲間からの信望の無さに目頭に輝きが溜まる。
「ガール!待ってくれ!」
「おい!お嬢を部屋に案内して、すこし考える時間をあげてやれ!」
ガールが話は以上だと言わんばかりに、後ろの部下に伝えるのを聞いてサニーは驚愕する。体よく軟禁するということだろう。最悪な場合、名前だけ利用されることだってありえるのだ。そんな事は到底納得できなかった。
「さあ行きましょう、お嬢」
「ガール!お願い。考え直してっ!ガール!!」
顔を背けたガールにはサニーの声はもう届かなかった。サニーは促されるまま、部屋から出され部下2人に付き添われ、自室へと連れて行かれる中、何か止める手段は無いのかと考えていた。なぜこうなってしまったのか、村を襲うという選択肢がどういう結果をもたらすのか考え、不意に居ないはずの誰かの悲鳴を聞いた気がして背筋にわずかばかりの寒気を感じさせた。
「お嬢、・・・・・・逃げてください」
しばらく無言だった3人から、盗賊団のNo3だったロイドがつぶやく。
「ガールはお嬢を手篭めにして、盗賊団を統率するつもりでしょう。親父さんが生きていたなら、それに気づいたうえでも何とかやっていけただろうが、このままじゃ親父さんに受けた恩を仇で返しちまう」
「おぃ、ここでその話はやめておけ」
No4が続けようとするロイドを止める。サニーは歩を止め、振り返る。二人の瞳には涙が輝いていた。二人ともサニーが小さい頃から家族同然に面倒を見てもらった男達だ。少しでも不憫に思ってくれて手助けしたいと思ってくれているのだろうか。これほど嬉しく、そして悲しく感じる涙をサニーは見たことがなかった。
幸い他の盗賊の仲間とはすれ違う事無く、私の部屋まで送られる事になった。きっと3人とすれ違う者がいれば一様に表情の暗さに驚いたことだろう。
「鍵をかけ忘れたことにしておきます。どうか、逃げて幸せになってください」
「でも!皆が!皆をおいて私だけ逃げるなんて!」
二人の盗賊は、苦虫を噛んだように表情をしかめる。
「私たちの事を思ってくださってありがとうございます。でも、もともと俺達ははぐれ者の集まりで、嫁もいません、もちろん子供もいない者も多い、そんな中私たちにとってお嬢は、実の娘みたいに思っていました」
「私だって、お前たちを本当の家族の様に思っている」
「ガールの手下と、今の盗賊団を止めることは私達にはできません。ガールの意見も以前からあった話でもあるんです。お嬢には、せめて自由に生きて好きな人と幸せになってください」
「うぅっ 」
サニーは、先ほどから悔しさで貯めていた涙が、その言葉であふれ出る。一度決壊した涙を止めることは出来なかった。二人の思いが伝わるからこそ、何を言ったら良いのかも思い浮かばない。
「わかった・・・・・・、ありがとう、お前達も体に気をつけてね」
「なんとか村を襲うのを遅らせられるようにしてみます」
「無理しないでね」
立ち尽くす二人をそれぞれ抱き、別れを告げる。
「元気でね」
「「お嬢も体に気をつけて」」
そう言うと二人の部下は、部屋を出て行き一人残される。もう、家族と思っていた盗賊団の仲間達の中には、私の話をまともに聞いてくれる者は少ないのだろう。悲しさが胸を占める中、ゆっくり感傷に浸っている訳にはいかなかった。
最小限と思われる荷物を準備する。もし、追っ手が来たら大荷物は持っていくことはできない。全身を覆うローブ、父親の形見の短剣、わずかな着替えと携帯の食料。サニーは改めて自分の荷物を見るとバック1個で済んでしまう事に苦笑してしまう。
外は確か、雨が降り始めていたはずだった。先程用意したローブを羽織ると、サニーは170cmの長身からは男性か女性かはわかりにくい印象となる。準備したバックを肩に背負い無言のまま部屋を後にした。
まだ夕方前だった事もあり、洞窟の中に残っている盗賊の人数も少なく。見張り役をしていた盗賊には「用事があり出かける」と言う簡単な説明ですんなりと抜け出す事ができた。行動が早かったせいで、サニーへの見張りや事情を知る者が少なかった事が助かった理由だった。行動に疑問さえ持っていない様子がこれからの裏切る行為の重さを感じさせていた。
サニーは洞窟から南西の方角にあるキイア村へと走っていた。一度立ち止まり振り返って洞窟のある方角見る、しばし見つめるその顔には涙があふれて流れていた。小雨は降り続けその涙を隠すように降り止む気配は無かった。再度走り出したサニーの姿はもう2度と振り返ることはなかった。
しばらく時間がたち、ガールの下に部下が急ぎ足を装って連絡に来る男性の姿があった。逃亡を勧めたロイドだ。実はサニーが逃げ出したのを確認してからの報告である。
「お嬢が、部屋にいません!荷物も少しばかり無くなって、東の街アロテアに向かった姿を見たものがいます」
「くそ!逃げたか・・・。急いで追え!村の襲撃を告発されるならまだしも、街のギルドにこの場所をばらされたら、今後に響く。くそっ、裏切って金品を盗んで逃亡したと部下に伝えて捕まえろ!残りの女、子供には荷物をまとめさせろ念のため移動の準備をする!」
ハッと了解の意思を言い、ロイドは部屋を出て行く。
サニーに追う者の手は届かず、雨が降っていたことも逃亡を手助けすることとなった。
雨が降り出した2日目、雨はまだ降り始めたばかりで止む気配はない。