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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
49/137

30

 眼下を流れるように過ぎていく木々は、30mを超える木々が並んでいる。もうすぐ丘の頂点であり今はなだらかな勾配に対して騎獣である翼竜ワイバーンの姿勢をわずかに上げていた。晴れた日には見晴らしの良いだろう周囲の景色は、今は灰色の雲が青空を隠してしまっている。


「お兄ちゃん、そろそろかな!?」

「だと思うが!」


 先行して飛んでいる兄も、声を張り上げて返してくる。私も大きな声を出そうと、頑張って息を吸い込むだけで身体が冷やされてしまい言葉数が少なくなる。羽織ってきた外套に隙間を無くそうと再度きつく握り、風に当たる部分を少なくしようと前傾姿勢をとった。


「ごめんね、我慢して」

グルッ


 相棒である翼竜ワイバーンアルクに声をかけ、それが分かるのか微かに喉を鳴らし返事がある。そろそろ日が傾き、気温が下がってきたことで不快感と疲労を感じてきている様子だった。もし、日の登っている間に村を見つけることができなければ、変温動物である翼竜は飛べなくなる可能性も高く野営をしなくてはいけない事を覚悟する。


「キア!」


 先行していた兄が、丘の頂上を超え上空でホバリングし振り返る。それに遅れるように後に続いて丘を超えると、目の前が開け村の景色が広がっていた。間違いない、ここがタモトさんに聞いたキイア村だろう。


「ここがキイア村!?」

「そうだろう!」

「お兄ちゃん、あれ見て!」


 村の一角で明らかに、夕飯の支度とは異なる黒煙が上がっているのが見える。それも、一箇所だけではない。村の所々離れてはいるが別の場所でそれぞれ煙が上がっている。


「キア!ひとまず見つからない様に降りるぞ」

「うん!」


 自分たち二人は、初めから直接村に降りることは考えていなかった。タモトお兄ちゃんには、あらかじめ村から見えにくく目立たない所が無いかを聞いていたため、村の近くに降り立つ候補を選択していく。盗賊達に見つからない様に、村を素早く周回し場所を決めた後、村人から現状を聞かなくてはいけないとお兄ちゃんは言っていた。

 直ぐに候補の一箇所である、村の端に位置するの高台が見えてくる。お兄ちゃんは、声を出さず振り返り左手だけで降りる意思を伝えて来たが、それに対して私も了解の意味を込めて頷いたが見えただろうか。


 降り立つ所を上空から改めて見ると、少し離れた所に階段があり女性らしい石造りの像が立っているのが見える。高台から少し下がると池の様な湖がある様子だった。この場所は、当初からあらかじめ村の情報を聞いていた場所の一つだ。兄が先に降下し、問題が無いことを確認したのか手振りで私にも降りてこいと合図がある。


「ヨシ、何とか着いたが。状況は悪いかも知れない。キアはすぐ飛び立てるようにココに居るんだ」

「うん」


 お兄ちゃんは翼竜ワイバーンカインの手綱を木に結ぶと、装備を再確認している。私も使ったことは無いが小剣ショートソードの柄に無意識に触れ安心するように思うようにしていた。


「自分は村の人達の様子を見てくる。良いかい?騎乗して待ってるんだよ。四半時(30分)して戻ってこなければ、アロテアへの街道をもどりシスに知らせるんだ」

「お兄ちゃん、どうやって時間を測ればいいの?」

「荷物の中に、ランプを持たせただろう?」

「うん」


お兄ちゃんと同じ種類のランプを出発前に渡されたのだ。村が発見できない場合の照明の変わりだと思っていた。


「ここを見てごらん、ここに火をつけると、横に燃料の目盛があるのは分かるかい?」

「うん、よく似たのを使ってるから、無くなってくると油を付け足せるんだよね」

「そう、この線からこの線までが1刻(2時間)、満タンだと4時間で燃え尽きるのは分かるね?」

「うん」

「それで、四半時(30分)は、上からこれだけ(8分の1)減ったら時間が来たってこと」

「わかった」


お兄ちゃんが言うには、ランプ時計と言うらしい。明かりの大きさを不規則に増減しなければ一定の速度で燃焼する油の量で時間を見るらしい。てっきり今まで燃料が無くならない為の目安だと思っていたので、時間が測れるなんて賢くなった気分だ。しかし、今の居る状況を考えると喜びよりも任された待機の時間のために緊張が勝ってしまう。


「でも、ランプばかり見て周囲に気を付けないといけないよ?」

「う、うん」


 兄が灯したランプをジーッと見つめていると、軽く注意されドキッとしてしまった。私の物と自分のランプとに火を灯した兄は早速村へ降りる道を下って行く。高台に一人残された私は、もっと寂しいかと思ったが思ったほどではなかった。近くに私の翼竜アルクも居るし、兄の翼竜カインも居るのだ。何よりまだ日も暮れていない内に村に到着出来た事が良かった。もし、これが夜中の暗闇だったらと考えると背中が寒くなってしまう。暗いのは苦手なのだ。


「あーあ、ほんと遊びに来てるんだったら良かったのに」


 アロテアで知り合ったユキアお姉さんも話しやすく好きだった。タモトお兄ちゃんと仲が良かったのを思い出す。今、私が村に居て翼竜で物々しく身構えている状況の方が夢のようだ。もちろん、遊びに来ているわけでは無く、こそこそと見つからないようにだ。


「私、どうなちゃうんだろ……」


 今まで、見世物一座の看板娘なんだと威張らず自負してきた。しかし、お兄ちゃんや父親からも本業は全く違うと教えられたのだ。親しかったシスお姉ちゃんまで、私に秘密にしていた家業(部隊?)だと言う。

フリフリした衣装を着てこれからも笑顔で舞台に立つんだと思っていた。しかし、今は冒険者の様な防具を着てこれからは部隊の一員としてやっていくのかと考えると、舞台ぶたい部隊ぶたいとの言葉遊びに「タハハ」と苦笑する。


グルル


 不意に翼竜のアルクは身震いし、背や首を震わせる。ん?それほど上空と比べ気温が冷えたとは思えないけれど。と不思議に思うと、以心伝心に「寒い冗談だな」とアルクの目が物語っているような気がしてならない。


「タハハッ」


 ほんと、笑えない冗談だよね。と思いながらアルクの首を撫でながら時間を潰していた。


「お兄ちゃん……」


 30分後、言われた通りキッチリと覚えた線までランプ時計の油の減りを確認したが、お兄ちゃんは高台へ戻ってこなかった。もしや、何かあったのでは?と不安になったが、あらかじめ約束していた内容を思い出す。それに、私が一人探しに行っても恐らく何も手伝い出来ないのだ。


「無事でいてね。お兄ちゃん」


 私はいち早く、シスお姉ちゃんにその事を知らせなくてはいけないと思い。アルクの手綱を再び握りなおす。そろそろ日が傾く時間のはずだ、アロテアへの街道を早く見つけなくては方向が分り難くなってしまう。もう一度だけ、お兄ちゃんの降りていった坂道を見つめたが、思いを振り切るように手綱に力を込め上空へ舞い上がる。


(お兄ちゃん、カイン、待っててね)




 私は焦っていた。まさか、タモトさんが振り落とされるとは思ってもいなかったのだ。いや、もしかしたらグレイウルフ達は狙って落としたのかもしれないと今は思う。


「シス、まずいぞ。これ以上離れるとタモト君の身が危ない」

「ええ」


 タモトさんが落ちてからグレイウルフ達の攻めはさらに激しくなったのだ。むしろ傷つく事さえ気にせず襲いかかってくる。必死に何かを邪魔されたくないようにだ。抵抗していた十字弓ロングボウボルトもすでに無くなっていたため。今は長剣ロングソードを振るうだけで牽制にしかなっていない。


「シス!」


 私の躊躇を見破る様に叱責が飛ぶ。指揮を任されてはいるが、このままではタモトさんの身にも危険が増す事や自分達の身も危ないのだ。


「でも……」


 そう、広場にさえ出れれば、隊員達との連携が取れるのだ。騎獣さえもただの乗り物ではない。暗闇と細い街道でさえ無ければという状況と、隊員達がどれほど離されて各個対応しているのか予想がつかないのだ。何か状況が変われば、と言う思いがどんどんと焦りを生む。何か……。


『おねええちゃあぁんん!!』



 空耳?風を切る疾走の音に少女の声が聞こえる。


「おねえちゃああぁん!」


 今度ははっきりと聞こえる。私はまさか!と思うのだ、もうすでに夜になっている。この暗闇の中を照らす物も限られている中、来るはずがない。ましてや疾走する私達を見つけ出すのは、よほどの集中力が必要だろう。


「シス!この声は」

「ええ!」


 後ろを走っている隊員にも声が聞こえたのだろう。


「キアァ!」

「ッ、おねえちゃん!!」


 私達の上空を影が通り過ぎたかと思うと、目を閉じるほどの風圧が通りすぎる。


「シス、チャンスだ!グレイウルフが怯んだ!」

「わかったわ!」


 私は、手綱を急制動すると、地面へ飛び降り、一回転して衝撃を和らげると長剣ロングソードを構える。すぐ後ろを走っていた一人の隊員も同じく飛び降り切りつけながら一匹を仕留める。急に攻勢に出た私達に、一瞬襲いかかるのをためらい周囲に集まる狼達。再び、キアが旋回してきたのか私達の後ろに降り立ち。


「ぉ姉ぢゃーん!やっど、見つけだよぉ」


 ベソを掻いたような鼻声にビックリして振り返る。それほど、涙声にびっくりしたのだ。見るとキアは鼻水を垂らし涙で頬にスジを残しており、袖で拭いながら、私達を必死に探していた事がわかる。


「キア、そこに居て。アルク!キアをお願い」


グルルッ


 目の前にいるグレイウルフ達を翼竜は睨みながら、キアを守るように威嚇する。


「ナナ!行くよ」

ガアァ


 襲われるだけだった苛立ちも有ったのか、いつもより増してやる気十分な相棒を見つめる。咆哮に怯んだ瞬間が攻めるチャンスだ。先頭に駆け込むと横一線に剣を振るう。不意の隙に一匹を仕留め、横から噛み付こうとする狼をナナが後ろから援護して叩き落とす。後ろをナナに任せるのが私達のいつもの戦い方だ。


「ナナ!」


 私の後ろから前に抜け出し一頭に噛み付く。私はナナの背を駆け上がり狼の群れを前方宙返りしながら飛び越える。その間に、一番後ろにいた一匹を切りつけたが体重が載せれていない分、致命傷を与えれていない。


「凄い……」


 キアは呆然と呟いているが、戦闘中の私達には届いていなかった。ナナの後ろにいるキアは無防備ではあるが、ナナの防壁を狼達は超えることが出来ないでいる。もうすでに、仲間と合わせ10頭ほど仕留めているが、後続から来た群れにまだ20頭程が残っている。私達の仲間の他3人も一番後方に位置取り、すでに狼達を前方からと後方からとで挟み撃ちをしている状況になっていた。


「一気に行くよ」

「「「オオ」」」


 挟み込んだとはいえ、相手の数はまだ油断ができない。しかし、タモトさんの事を助けに行かなくてはいけないと考えると、素早く決着をつける必要があった。こういう時にこそ魔陣の織り手が居てくれれば簡単に済むのだろうが、ましてや、アルクに火でも吹けないかと期待するが、火炎袋の生体器を持っていない翼竜ワイバーンにはキアを守ってもらうだけで十分である。


「シス!無理するな」

「大丈夫!」


 今、群れの中央で私だけが剣を振り仕留めていた。挟み込まれたのを知った狼達は一番狙い易い私へ狙いを定める反面、他の隊員の負担が減っているのだ。今も、飛びかかる狼を半身すり抜けるように回避し撫でるように、その皮膚を剣で切りつけている。私の狙いは、倒すことではなく狼達の敵対心ヘイトを集める事で、隊員達の討伐効率を上げるのだ。そして、身軽に爪や牙をかわしながら一匹一匹とその数を減らしていく。

 そして、5分も立たない内に立っている狼は数頭のみとなり、その中に戦意は既になく森へと逃げていった。


「やった!凄いねお姉ちゃん」

「キア、怪我はない?」

「キア、助かったぞ」

「ん?私何もしてないけど?」


 先程まで泣きべそを書いていたキアは、まだ、頬に涙の跡が残ってはいたが既に笑顔を見せ始めていた。キアは隊員達に頭をクシャクシャに撫でられ、キア不思議そうな表情で会えた喜びからか、撫でられるがままになっていた。


「じっとしてられない。タモトさんを助けに行かないと」

「そうだな」

「え?お兄ちゃんがどうかしたの?」

「キア実は……」


 シスは額の汗を拭うと、長剣ロングソードをひとまず鞘に戻す。タモトさんを探しにキアを連れて行くことは危険じゃないだろうか。それよりも、先にあるという野営地の広場でアルクと待っていてもらったほうが安全ではないかと思う。そう、決心しながらキアへ話しかけようとすると、頬に水滴がポツッと当たり濡らす。徐々に、肩や髪にも雨粒は降り始める。


「降り始めたか」


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