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その声に私は背筋が寒くなるのを感じた。怒り・疑い・失望・狂喜いくつもの感情がその一言に込められているように思えたからだ。問いかけられたロイドは無言のまま視線を合わせようとはせず。必死にサニーの傷を押さえている。
「そうかよ。そりゃあ、見つからねえ訳だ。お前が手助けしてたって事かよ」
「う、動くな!」
副団長の声は周囲で見ていた人の動きを止め。副団長とアロニスの二人はすでに剣を抜き、盗賊とサニー達の間に位置どる。止められたガールは、苦虫を噛んだように口の端を歪めると返事をするでも無く歩を止めた。
「んぁ?あーそうかよ、そうか……。もう分かってたみたいだな。どうりで村に来てから、目つきがおかしいと思ったぜ。オイッ!」
いま食堂に居る他の3人にガールは視線を向けると、その盗賊達は、軽くうなづき短剣を腰から引き抜く。私の横では数人の村人が息を飲む。あまりの事の展開に悲鳴さえあげれないのだろう。
「ユキアくん……、ユキア君!」
その対峙の中、副団長が私を呼ぶ。私もその緊迫感に動けないままに居た一人だった。ハッとして副団長の視線が何故、私に声を掛けたのかに気づく。
「ハイッ!」
直ぐに、サニーさんへ駆け寄ると傷の状況をひと目で確認し、治癒魔法を開始する。
『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの水をこの者へ与えたまえ』
私の両手から出現した魔力の銀糸は魔法陣を形成しながら、魔力の微光を発する。次第に、ロイドさんが圧迫しながらも止まることの無かった出血が、ゆっくりと止まり徐々に傷が端から塞がっていくのが見える。
「チッ、魔法使い(織り手)が居たのか」
「大人しくしろ!ここにはお前達だけだ!時期に自警団がお前達を包囲する。観念するんだ!」
副団長は通告しながら盗賊を牽制する。自体の飲み込めていなかった周囲で見ていた村人は、足早に逃げることを開始した。その中で、アロニスは剣の柄を握り直しながら緊張した表情で構えている。しかし、ガールと盗賊達の前に立ち、威圧感を受けながら剣先は、副団長の言葉とは逆にアロニスの心境を表すように小刻みに揺れている。
「ハハッ、ガキと一人で何が出来る!やってみろよ!!」
ガールは怒声と共に駆け出し、殴りかかる。ガールの獲物はアロニスだった。迎え撃ち振り下ろそうとするアロニスの剣を握り柄ごと殴り、剣先が逸らされる、さらに、空いた上半身の隙をガールの左手がアロニスの顔面を狙って放たれる。その結果、よろめいたアロニスに避ける動作は出来なかった。
バギッ!
アロニスはガールの一撃で吹き飛ばされ椅子にぶつかり崩れ落ちる。
「アロニス!」
副団長の声も虚しく、アロニスは一撃で意識を失う。副団長は盗賊3人を相手しており、短剣を払い裁き押し留めることしか出来ずにいた。
「けっ、この程度で自警団とか笑わせやがる」
その一瞬の出来事にダルを庇っていたサオがアロニスの剣を拾い、介抱するロイドの前に立ちはだかる。今この場でまともに戦うことができるのはサオだけだったからだ。無言で対峙するサオの瞳は静かに怒りで燃えていた。
「次は、女かよ……、そんな目で見るなよ。楽しくなっちまうじゃ、ねえ、かっ!」
ガールは腰に付けていた鋼鉄のナックルガードを、拳にガチャンと音を鳴らし装着する。体の大きさからは想像できない速さで前にステップを踏み込み、サオに殴りかかる。
「クッ!ツ」
ガキン!
サオの剣さばきとガールのナックルとがぶつかり合い鈍い金属音を鳴らす。拳の重さは、剣だけでは捌ききれず、サオの姿勢が押し返される。それでも、逆にサオは相手の隙を作ろうと。剣先を突き込み、払いあげて前腕の保護の無い部分を狙ったりと、一件優勢の様に見えた。
「へえ、早ぇな。しかしよお」
「やぁあ!」
サオの愛用は元々槍である。それが剣さばきになったとしても、行動に突きや横払いの行動が多くなるのは癖と言うしかなかった。数回の攻防でその癖に気付いたのか、ガールの避ける行動が徐々に紙一重でかわすようになってくる。いつの間にか、優勢に見えていたサオの額に焦りの汗が見て取れる。
「もう疲れたってか。そんなんじゃあ、男の相手は出来ねえぜ」
ガールの下卑た笑い顔で、一気に嫌悪感が込み上げる。サオも同じだったらしく、先程までの冷静さは無くなり、行動が大振りになり振り下ろす。
「オラァ」
バキンッ!!
「なっ!!」
振り下ろされた剣は、ガールの拳によって半ばから折られていた。見ていた私もその時、何が起きたのか分からず。目を見開くと、ナックルの小指側に特徴的な突起があるのが見える。本来は、その部位で相手を刺し抜く事を目的に作られた突起だろう。しかし、ガールはその突起を利用して剣を固定し梃子の応用で拳で剣を叩き折った事が分かった。
「終わりにしようや」
サオが前傾姿勢のまま姿勢を立ちなおす前に、ガールは右足を蹴り上げサオの腹部を蹴り上げる。重く鈍い音と共に、サオはそのままぐったりとした姿勢のまま床へと倒れた。
「さて、よっと。次はロイドでも来るのか?いくら旧知の仲でも手加減しねえぞ」
サオの体が足で払われている中、サオが頑張ってくれたおかげで、サオがガールに倒されるのと、サニーへ治癒魔法を行い傷が完全に塞がるのはほぼ同時だった。ロイドさんもまた懐に隠していたのか短剣を取り出すと正面に構え腰を落とす。その時、宿屋の扉を勢いよく開けて入ってくる人達が居た。
「大人しくしろ。ここの周囲はすでに包囲している。他の仲間も縛り上げた。もう逃げ場はないぞ!」
オニボ団長が、すでに抜剣した状態で宿屋へと数人と入ってくる。それを聞いた私は少しだけ緊張が緩むのを感じた。しかし、窮地に置かれたガールは不敵な笑みを浮かべると、未だぐったりとしていたダルを脇に抱え宿屋の窓を殴り破壊する。
「てめえら、時間稼ぎしろ」
「「「うっす」」」
副団長と攻防していた3人の盗賊は明らかに、窓際へ移動しガールを背に位置する。周囲は、自警団で囲まれているはずだと言うのに何をする気だろうか。あっという間に、ガールはダルを脇に抱え窓から躍り出る。
「ダル!!」
「ダル君!」
追おうとする、自警団長と私の先を3人の盗賊が行く手を塞ぐ。窓の外からは怒号と剣戟の音が響いてくるが、音だけでは状況がわからなかった。
「へへっ、残念だったな。コレでお前らも終わりだ」
盗賊の一人が不敵な笑みを浮かべて呟く。それに対して、オニボ団長は質問などせず素早い剣さばきで盗賊の一人に切りつける。捕獲を優先にしていない行動の速さだった。
「まだ、周囲の見方には状況は知れてないはず。このまま、なら私達の勝ちだ」
「それはどうかな」
再度、不敵な笑みのまま切り伏せられる盗賊。しかし、その時には外からの音は止み。代わりに上空で弾ける異音が響き渡った。
ヒュー……ドン!ドドン!
「しまった!手筒花火か!」
オニボ団長は焦りの表情を浮かべ、私とロイドさんと共に宿屋の表へ駆け出す。外で待機していたのか自警団員の20名程は全員床に倒れ。立っているものはガールただ一人だけだった。
「さあ、楽しい夜にしようじゃないか!」
不敵に笑うガールの表情のまま、地面に倒れているダルを再び抱えると走り出す。
「待て!」
オニボ団長がガールを追おうとした時。
ドオン!
ドドォン!
幾つもの爆裂音が村中に響き渡る。その時、私は気付いてしまった。ガールが金品や人々を奪った村をどうしようと思っているのかを。




