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次の日、私とサオとアロニスの幼馴染の3人は副団長と共に女神像の有る高台まで来ていた。自分にとっては、これほど長い間お祈りの仕事をしなかった日は無い。最後にお祈りのために階段を登ったのはいつだったか、ハッキリと思い出せないくらいの前に感じていた。
「確かに、人数は十分入りそうだが、ここには本当に何も無いな。ユキア君、お年寄りは、体に悪くないか?」
「そうですね。何とか今日の夕方までには、防寒の毛布だけでも集めなきゃ」
副団長の言うとおり、高台には小屋さえ何もない。本来、村人が滞在する所ではなく信仰の祈りを捧げるための場所だったためで、必要性がなかったからだ。
「くそっ、たった盗賊は9人なんでしょう?自警団で一斉に襲えば良いじゃないですか!」
アロニスが、副団長と下見をしながら苛立つ声をあげる。ゴブリンの襲撃の時に傷を負った、幼馴染の彼は、怪我のせいで十分に活躍出来なかった事を最近不満に思う気持ちを言うことが多かった。
「アロニス、盗賊の一味が連れてきた連中は手練ぞろいだ。日頃から気を抜いているようで、身のこなしに隙がない。助かるのが、目立つ武器を所持していない事だけだが、ぼーっと、しているだけで次の瞬間、倒されているのは君だぞ?」
「むう」
上司である副団長に諫められ、アロニスは言葉を無くした様子だった。
「村の非常時だ、ユキア君向こうには何が有るんだい?」
「水が沸く、小さい湖があります」
木立の向こうに下っていく階段を指し副団長は、場所を確認していく。どれだけの村人を優先的に避難できるかを確認するのが今回の4人の役割だった。一通り、湖の水が汚れていないことや、階段を上った女神像の周囲に獣の来た後などが無いことを確認し終えるまで20分程の時間を必要とした。
「よし!サオ、早速食料の備蓄を他の自警団員と共にこっそりと運び入れよう」
「ハイ」
「アロニスは、この場で待機。運ばれてくる荷物を区分けして配置してくれ。あと、荷物が届き出すまで、年寄りのための場所が必要だな。落ち葉を1区画に集めて敷き詰めておいてくれ」
「わかりました」
「ユキア君は、私と共に誘導の準備だ。優先は女性と子供、年寄りの順だ」
それぞれの役割が割り振られ、高台より林道を降ろうとする時、向かい側の村の麓の方から女性が駆けてくるのが見える。
「はぁ……はぁ。サオちゃん!大変っ!!ダル君が宿屋の宿泊客に因縁を付けられているの!」
「レミさん、本当!?」
「どうした?」
副団長の質問に、切らした息を整え宿屋の一人娘であるレミさんは何とか答えようとする。
「昨日の夜のあの人達がまた、ダル君に絡んで来たの、今日は誰も止めれる人が居なくて!」
「マズイ!サオ、アロニス!急いで向かうぞ!」
自警団である3人は返事と共に駆けて行く、ユキアは急いで走ってきたと思われるレミを介抱し急ぎ足で宿屋へ向かう事にした。呼吸が落ち着きだしたレミが言うには、仕事の割り振りで自由時間になった盗賊(ユキアは知っている)の3人の男性が、昼食の準備をしていたレミにちょっかいを掛けてきたのだと言う。その場で準備を手伝っていた、ダルが辞めるように言った言葉が彼ら達の激情を煽った形になったとの事だった。
レミと宿屋に着いた時には、状況は最悪な方へと進んでいた。扉を入ると、まず目に飛び込んで来たのが、ぐったりとしたダルを抱きかかえるサオの姿だった。食堂にあった椅子やテーブルは散乱しており、誰かの血が微かに付いているのが見える。想像だけでも何が有ったのか分かる様相だった。
「こんのぉガキがぁ!!調子に乗るんじゃねえぞ!」
「お願いだもう止めてくれ!!」
盗賊の1人の男は、興奮しながらかばい続けるサオの背中を蹴り続けている。サオは何とかダルを守ろうと抱き続けるが、男の行動は止みそうになかった。アロニスは怒りのあまり剣に手を伸ばし今にも斬りかかる形相でいるのを副団長に後ろから羽交い絞めに止められている。
ダルとサオの母親も2階から駆けつけたのか、「ヤメて!」と止めに入ろうとするのを、他の村人が母親にも危害が加わらないようにと近づけない様に守っていた。
「やめてぇ……やめてよぉ!わあぁぁん!」
ダリアはダルとサオの横に立ちながら、棒立ちのまま泣き崩れていた。
パァン!
男の手の平によって打たれ、軽い身体が飛ぶ様に倒れこむダリア。
「うるせえ!!」
「「ダリアァ!!」」
「っ……、わあああぁぁぁん!!」
倒れ込んだ姿勢のまま、より一層鳴き声をあげるダリア。状況を見ていた人々は、男の雰囲気と表情が一変し無表情に変わった事に言葉を失う。
「ぁん?うるせえって言ってんだろっ!黙れや!!」
盗賊の男は腰から短剣を抜くと、逆手に持ちダリアへ振りかぶり、その光景がスローモーションの様に、周囲の人々やアロニス、副団長さえも止めに入ることが出来なかった。その時、ユキアの横を一陣の影が過ぎる。
「いやぁぁ!!」
誰の悲鳴だろう、もしかすれば自分自身の声だったのかもしれない。ダリアに振り下ろされた短剣が差し迫ろうとする時、人影がダリアへと覆いかぶさった。
「ダリア!」
誰の声だったのだろう、ダリアを呼ぶ声が響き。さすがの状況に副団長も、止めていたアロニスを解放し、解放されたアロニスは盗賊の男性に体当たりし剣を抜く。そして、盗賊の短剣を受けた人物は、背中を大きく切り裂かれダリアを抱えたまま倒れ込んでいるのが見えた。
「サニーさん!」
「くっ!」
サニーの背中に負った傷は肩から腰まで衣服を裂き、それと同じだけの傷を背中に負っている。今もその傷からはじわじわと衣服に血がにじみ出し。床へと広がり、早く手当しなければ手遅れになる事を心配させる程だ。
「なんだテメエ!」
体当りされた盗賊は、起き上がりながらもダリアを庇った人物へ激情を向ける。その時、ダリアを庇う背中には、鮮血と共に腰まである黒髪が背中の裂き目から舞いはだけ落ち、庇った人物がハラリと女性である事を知らしめる。
「「「なっ!」」」
「お嬢!」
絶句する短剣を持つ男と見ていた盗賊の2人。いつ来たのかロイドはサニーに駆け寄り、背中の傷から流れる出血を押さえる。その間、数秒だけ静寂となり。緊迫感だけが残った。その静寂を打ち破る一人の男の声が聞こえる。
「なんだ、うるせえな!ほぉ、誰かと思えば、こんな所で会えるとは思わなかったぜ?お嬢」
おそらく2階で休んでいたのだろう、一度聞いたら忘れるはずもない。盗賊のリーダーと言われているガールの声だった。
「で?……ロイドよぉ?お前、何してんだ?ア?」




