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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
45/137

26

『泣かないで』


 その細い声は、雨音でかき消される事はなく、直接頭に響いてくる。雨の中に朧げに見える女性も、反対側の木々が見え半透明な姿に息を飲んだ。獣を触れている手も透き通っているのが見える。しかし、その手でも獣には触れられているのが分かるのかそのままの姿勢で留まっていた。


「女神?」

「女神、さま?」


 俺とミレイの呟きに、その女性は、獣を見ていた顔を上げ俺を見つめる。警戒もなく不意に向けられた笑顔に胸の奥で熱くなるものがあった。同時に額の傷も僅かに暖かくなっているのに気付く。


『貴方達をずっと見ていました』

「なぜ?夢じゃ、ないはず」

『フフ、夢ではありません。でも、今この場の存在は夢よりも確かなものかもしれません。しかし所詮、雨で見ている光のまぼろし。この子には言葉が聞こえなかったとしても、近くに居ることを教えたかったのです。それも、ようやく貴方達がそばに居てくれたからこそ出来た事』

『ァァ……メガミサマ。キコエテイマス。ミエテイマス』


 先程までの獣の激情はすっかりと消え失せ、飼い犬の様に大人しく女性に寄り添っている。


「何故、また再び?」

『癒しを司ってきた私の力は、病に苦しむ人、心を病む人々が常に望む事を〈知る力〉を持ってきました。その上で、癒しを与えていたのです』

「ええ」

『しかし、ある日私の大事な場所が、災厄に襲われることを知りました。ですが、この世界に直接的な影響を与えてはならない私達は、自分の願いのために力を振るう事ができなかったのです』


 遥か前に神々達がこの世界から居なくなったことは、ユキアから聞いたこともありユキアの自宅にある絵本で読んだ事があった。


『本来であれば、この子にお願いするはずでしたが、私はこの子の思いを傷つけてしまい声を掛けることさえ出来なかったのです』

「それで、何故俺なんですか?」

『それは、貴方の心の奥に人を思い行動に移す力を見たからです』

「そんなものは、誰でも持っているものではないのですか?」


 そう、ずっと聞きたかったことだった。なぜ俺なのか……


『そう、本来は人は誰でも、人を思いやる心を持っているものです。でも、それを行動に移せる人は多くありません。タモトさん、貴方がこの場所に居る事さえその行動の力ゆえです』

「俺はただ、キイア村の皆が心配なだけで」


 そう、俺は心配だから村に向かおうとした。確かにキイア村の盗賊に対して解決方法だけを見れば、ギルドの冒険者やハント達へ任せておけば良いだけの話だ。しかし、アロテアの街で俺は待っている事は出来なかった。


『タモトさんを選んだのは、人を思いやれる。ただ、それだけ、そして私の一番望んだことです』

「……わかりました」

『グルルッ』


 ユルキイアに寄り添っていた獣は、メガミの話に渋々納得するような声を出す。女神はそれに気付いたのか微笑を浮かべて再び獣を撫でる。


『スノウも、長い間よくやってくれたわ、ありがとう』

『クルルッ』

『いつも見ていたわ、何度も声をかけようとしてダメだった。それに、あなたが苦しむ姿を見るのが、私も辛かったわ』

『ソレハ、メガミサマニ、キラワレタ、ミステラレタト、オモッタ、カラ』

『そんな事はない、ずっと忘れたことは無かったわ』


 その女神の告白に、スノウと呼ばれた獣は再び大粒の涙をこぼす。


『ユルキイア、そろそろ時間だ』


 不意に横から声が響き、俺は視線を移すと隣の木の幹から進み出る女性がいた。驚いたのは、その女性もまたユルキイアと同じく朧げに透き通っていたからだ。肩までの緋色の髪に、衣から見える肌の色は褐色のように見える。


『ありがとう、フレイラ。無理をさせてごめんなさい』

『いや、たまにはこんな雨の日も嫌いじゃないさ』


 さあ、とユルキイアを促すもう一人の女神フレイラは、二人並び立ち位置へ歩く。


『しばらくは、会えないと思うが良いんだね?』

『ええ、タモトさん、村をお願いします。スノウ、タモトさんを助けてあげてね。そして、ミレイちゃん?』

「ひゃぃ」


 まさか自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう、ミレイはポケットの縁を握りしめている。


『無理しないでタモトさんを導いてね』

「ハイ!」

『あっ、そうだ。タモト君?ちょっと来て』


 フレイラはユルキイアの隣で手招きする。ユルキイアは少しだけ疑いの目で、フレイラを見つめたが、ユルキイア自身彼女を信頼しているのか何も言わないため、俺は仕方なく立っていた木のそばから彼女たちへ近づいていく。


『いやね。せっかくだしさ、私が彼の傷を治してあげようと思ってね』

『あっ、それなら私が!』

『イイってイイって、今回の事でだいぶ力を使っただろ?』


 そう言われたユルキイアは、渋々フレイラのかざす手を無理に止めようとはしなかった。確かに、まだジワジワと俺の左肩の痛みは続いていた。血はさすがに止まったみたいだ。精霊に似た淡い光がフレイラの手先に集まり、俺の左肩を包む。大きさは精霊とは比べ物にならないくらい大きかった。


「暖かい」

『だろっ?』


 フレイラは笑顔を見せ、治癒には数秒かかった後、俺の左肩の痛みは無くなり、血の流れた跡だけが残り裂傷の痕だけになっていた。女神の治癒でさえも傷痕を消すことは出来ないんだなと思ってしまう。


『さあ、終わった。じゃあ、ユルキイア帰ろうか』

『ぇ、ええ』


 自分が治療できなかった為か、腑に落ちない表情をしたままユルキイアが促されフレイラと並びたつ。『それじゃあ』とユルキイアが言い姿が消える寸前。フレイラが『またね』と俺にウインクをする。それに対して、びっくりしたのは俺だけではなかった様だ、ユルキイアもギョッとフレイラを見ている。


『あなた、まさか!』

『ハハハッ、良いじゃねえかっ』


 最後まで聞こえず、二人のメガミの姿は雨の中に消えていった。

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