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燃え盛る炎をすり抜け、その先に一歩を踏み出す。私が友人に呼ばれて向かった空間に広がっていたのは一面に広がる水面だった。波風もなく波紋も無い。見渡す限りにその光景は広がっている。その簡素な世界こそが友人の趣味を反映しており静かさそのものを好む友人だと改めて感じる事ができた。数歩先には、女性が一人白い真鍮の椅子に腰掛け宙に浮かぶ水球を眺めている。外見は20代の半ばであり蒼色の髪が真っ直ぐに背中へと垂れて、水と同じ色の瞳には、水球の情景を写し、一人の青年の姿を捉えていた。見間違える訳もない、これが私の友人だ。
「どうしたんだい?ユルキイア、最近元気がないじゃないか」
後ろに燃えた空間は何事も無かったかのように消え、水面広がる空間へと変わる。相反する水と炎だから嫌っているのだと皆は言う。しかし、私にとっては異なる性質だからこそ彼女を好きになったのだ。刺激しあえる、そして違う性格をもつ友人だからこそ長い年月の中で気付き認める事ができたのだ。
「フレイラ、夢を見たのよ」
「この前もそんな事を言ってなかったか?それで、ご執心の君をストーカー中って訳かい」
ユルキイアと呼んだ女性の肩に手を置き、私は肩までしかない緋色の髪をかき揚げ、同じく水球の映像を見つめた。私のからかう様な話し方にも気にしない彼女が、少しだけ微笑したのを私は見逃さない。
「今度は何をそんなに心配してるのかね。まあ、ユルキイアの先見る夢は特別だからねぇ」
「もう終わったと思っていたの、でも、終わってなかったわ」
「そうかい、でも、精霊も憑いているんだろう?何とかなるんじゃないか」
「そうだと良いんだけれど」
すっとユルキイアの指し示す映像のポケットに、私は確かに微力となった存在の力を感じる。
「あーぁ、これはまた、タイミングの悪い」
「燃える夢をみたのよ」
「それで、私を呼んだんだね。まあ、会うのも久しぶりだしさ声を掛けてくれて嬉しかったよ。どうする?私の眷属を無関係ですって装って助けに行かせようか?」
「それはヤメて。貴方の眷属は龍しかいないじゃない。大変なことになるわ」
「しょうがねえじゃねえか、ユルキイアは水の顕現の影響で動物も人も喜んで集まるだろうけどよ、私の火の顕現なんて周りにあるのは山とか海だぜ?影響で集まって来るって言ったら龍とか、爬虫類しかいねえもん、変温動物にはウケがいいのさ私はさ」
私は、微笑みながらそれでも良いじゃないかと思うのだ。龍だろうが何だろうが人々を助けて守り神として敬われでもしてもらった方が、ウチの眷属達も喜びそうなんだけどなと思ってしまう。運悪く村人に恐れられても、逃げればいいだけの話だ。まあ、少なくともウチの眷属(龍)達は少しばかり心に傷を負うだろうが。文字通り私が暖かく慰めれば良いだろう。
「それで?何が燃えるって」
「村よ。赤く染まる夢を見たの」
「それこそ、ユルキイアが消せるように何かしら手助けしたら良いんじゃない?」
「燃えるのはしょうがないのね・・・・・・」
あぁ、成程。物が燃える事に抵抗の無かった私は、燃やさない事へ考えが浮かぶはずもなかったわけだ。しかし、それほどあの村に執着する友人は、それほど無くしたくない大事な物が村にあるのだろうか。
「それほど大事なものがあの村にあるのかい?」
「形ではないの、大切な思い出があるのよ。それが無くなって欲しくないだけ」
「思い出ねえ。そういえば、私達が天界に来た当初は凄く落ち込んでたっけね。他のバカ神のトバッチリのせいで、地上に不干渉って方針が決まってから私も持って来たくても持ってこれない物ばかりで残念だったわ」
今思い出し上空を見渡せば、移動してきた直後のこの空間の様子を思い出す。今の澄み渡る青空ではなく、どんよりとした雲と梅雨のようなシトシトと雨が降り続いていたのだ。大事な村が無くなってしまえば、友人の悲しみがどれほどのこの空間に影響を与えるか、好奇心でさえ見たくもない。
「湿っぽくなったわね。でさ、この青年に助言はしたんでしょう?」
「タモトさんには、まだ、夢は夢でしかないの」
気分を変えようと振った話題に、分かる様で分からない答えで返してくる。それにしても、この青年を「さん」付けで呼んでいるらしい。まあ、「様」とか「殿」付けで無いだけ、私にとっては許容範囲だ。もし、そう言い出せば、不用意や冗談にも彼をバカにできないし、ご執心な彼女に睨まれそうになった時は早々に自分の空間へ帰ることにしようと決心した。
「あと、精霊は疲れて寝ちゃってるかぁ。ユルキイアに他に手伝ってくれる眷属は居ないの?」
私の龍達と同じような神痣を持つ者達をである。
「・・・・・・居る」
「なんだぁ居るんじゃない」
「でも」
彼女は手をかざし水球の映像を操ると、一匹の横たわり休む獣を映し出す。
「うわあ、これはまた。凄く濁ってるわね」
私が評価したのは、閉じている隻眼や醸し出す雰囲気ではない。見た目そのままの毛色を言ったのだ。
「何度も、話そうとしたけれど、聞いてくれない、聞こえてないの」
「そりゃあ、これだけ濁ればねえ」
「彼を傷つけてしまった。話したい。もう一度だけ名前を読んで欲しいだけなの」
私は無言のまま獣を見つめる。いくら神痣の絆があろうとも、傷ついた心や無意識の拒絶は彼女の声を受け入れてくれていないのだろう。気がつくと見上げる空間の空にドンヨリと薄雲がかかり暖かい日差しを遮り始めていた。それに気付いた私は、そっと彼女の肩にあてた手のひらに力を集中しながら、寒くなり始めた周囲を少しでも暖めようと思ったのだ。




