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「お待たせー、終わったよアー君」
「あぁ、お疲れ様」
「タカさぁーんー、終わりましたぁー」
女神像へ続く階段から降りてきて、ユキアが手を振って声をかけてくる。座っていたベンチから立ち上がりユキアたちの方へ歩いていく。胸ポケットの精霊は『又後でね』と言葉のイメージを送ってくると、スッーと姿を消す。姿を消すこともできるらしい便利なものだ。
「お疲れ様、ユキア」
「ハイ、終わりましたタカさん。アー君、じゃあ帰りましょう?」
ん?ユキアの言葉の様子にちょっと急かしている感じがするのは俺だけだろうか。別に、終わったら護衛の役割も終わりだから間違ってはいないのだろう。3人で来た階段道を降りていく。
精霊が女神像の範囲からははじめ離れられないと言っていたのを思い出し、きちんと憑いてきているかの不安があったが、きちんと胸のポケットにいると感じれるため問題ないのだろう。
「じゃあ、アー君はここでお別れだねっ」
「そうだな、自警団のほうへ一度報告に行かないといけないしな。ところで、これから何か予定があるのか?」
「タカさんに村を案内するんだよ」
「そっか、早めに家に帰れよ」
じゃあなとアロニスはユキアのみに挨拶して去っていく。ふいっとユキアがこちらを向き。
「もぅ、アー君てばタカさんに挨拶もしないでっ」
俺は苦笑でユキアに返答するしかなかった。ユキア自身もアロニスの態度がおかしい事には気がついていたみたいだ。そうそう、村を案内してもらう前に朝から思っていた疑問とお願いしたいことがあったんだった。
「ユキア、村の案内もだけど、ひとつお願いがあってさ、俺に魔法の事を教えてくれないかな?」
正直に、朝見た治癒魔法の衝撃と感動が強かった。俺も使えるのか・・不安はあったが、疑問に思っていたことだ。急に真剣な頼みごとをしてしまったのでユキアも真剣に考えてくれている。
「タカさん・・・、魔法を使うには人それぞれ向き不向きがあるから、教えれるかわかりません。でも、魔方陣の構造がわかるといっていたタカさんならもしかしたら使えちゃうかも、と思います」
「使えなくても全然かまわない。今までが魔法のないのが普通だったし、こちらの世界に来て、もしかしたらできるんじゃないかという思いが沸いてきたんだ。今日の朝のユリアさんやユキアを見て魔法を使ってみたいと思ったんだよ」
「わかりました、私のわかる範囲でなら教えてあげれます。でも、その代わり今日一日私に付き合ってくださいね?」
真剣な表情から一変、最後は笑顔で誘われる。
もともと、俺は相談をしたかったのもあり、魔法への興味もあって時間を作ってもらったのは嬉しかった。
「ああ、お願いするよ」
「タカさん、見せてあげたいものがあるんです。こっちへ・・・・・・」
「え?また戻るの?」
「秘密です。フフ」
今降りてきた山道を引き返すように、ユキアは俺の手を引く。はじめは意識せず手を引いていたが、ふと、手を握っていることにユキアは気づきあわてて手を離す。あまりの不自然さに笑いそうになったが、可哀想だろう。それに、今は魔法を使えるかもしれないというワクワクでいっぱいだったのだ。
「皆には内緒ですよ。そこで魔法を教えますね」
ようやく、先ほどまで居た中腹の広場まで戻ると「こっちです」と伝えながら先ほどお清めをすると降りていった階段へと足を運んで行く。階段を下りようとする時に「ここから進んでいいのか?」と聞きそうになったが、せっかく案内してくれているユキアの思いもあり何も言わないことにした
「ここです」
「へー綺麗な湖だね」
そこは湖だった。それほど大きくはない。学校のプールほど位と思うと25m前後だろう。水面には湧き水だろう循環し水面を押し上げるように波打っているのがいたるところに見える。水の流れは村へと流れているのだろうその先を森に阻まれて進み入ることはできそうにない。水は澄み切り、湖のそこがはっきりと見えている。あまりにも小さく生態系を作るのに適さないのか魚などの生き物は湖には見えなかった。
「すごい、綺麗だ・・・・・・」
「うん、ですね。毎朝ここに来ていますけど、朝の太陽に輝く水面はもっと綺麗なんです。本当は、もっと早い時間に案内したかったんですが、今日はしょうが無いですね」
「ここは巫女しか入ってはだめだって聞いたんだけど、案内して大丈夫なの?」
「んーほんとは怒られちゃいます。でも、タカさんなら女神様も許してくれる、ってそう思うんです。それにタカさんから魔法を教えて欲しいと言われて。やっぱり、ここなら誰にも邪魔されずゆっくり教えれそうだから」
「そっか、ありがとう」
素直に感謝を伝える。
「タカさんこっちに来てください」
ユキアが湖に出っ張るようにしてはみ出ている岩に腰を下ろし、足を水面につけるくらいの高さだ。
促され俺も靴を脱ぎ、同じように岩に腰掛け足を水に浸す、岩をベンチのように二人腰掛けた。
「じゃあ、私たちの魔法について知っていることを教えますね。実際には、朝に魔法を使ってしまったので、私の魔力量が足りなくって今日はもう実際には見せれないですけど。・・・私たちの使う魔法は、タカさんもこの前から見たとおり、魔方陣と魔法を唱えます」
「魔法陣って、あの手から銀色の糸みたいな?」
「そうです、その糸自体が魔法を使う者の魔法力を消費して作り出されるものです」
両手をかざすユキアの手からは魔力の銀糸は出ないが前にかざしている。
「あとは魔法の言葉ですね。私が使っている言葉は、自己暗示の意味があるそうです。私が言う『我は癒しに仕える小さき人の子・・・』この文章が、私自身を強く意識させるためのものです。慣れると本当は必要無いんですが、魔力の糸を出せる成功率がかなり悪くなるんです。だから母さんからも面倒くさがらず、必ず成功させるためにと唱えなさいと教わりました」
確かに、ユキアとユリアさんとでは、わずかに魔法の言葉の始まりが違うことに気づいていたことだ。
「そうなんだ、魔法陣の形にも意味があって。言葉による自己暗示と続く言葉で魔法のイメージを作っているのかな?」
「イメージ・・・・・・?たぶんそうです。氷の魔法でもこの位の大きさとか調整は、言葉で言いながら考えていますからイメージで間違いないです」
なるほど、魔法を作る要素は、自身の体にある魔力量と操作による魔法陣の形成。魔法陣ができた後の、どのくらいの大きさにするなど微調整は、言葉による自己暗示+イメージで確実性を持たせているのだろう。
「タカさんの場合、まず自分の魔力を感じてもらう事から、そして、それを自分の手の用に動かせるように慣れれば、いいのですけど・・・」
わかった。と俺は返事をしながら、うながされて、両手を握られユキアに目を閉じてくださいと言われる。ユキアが言うには母親から自分もこうやって互いの魔力を感じるように、感覚を習ったという。
この場合、ユキア側から両手を通して魔力を流し、俺の魔力を引き出し促すそうだ。両手を握られしばらくすると、ユキアの両手が温かさから熱いと思えるほどに熱とは違う感覚が両手を包み込んでいく。そして、次第に上半身から全身へとその熱は伝わるように広がっていった。
「これが、魔力の感覚・・・?熱いくらいだ」
「ええ。それじゃあ、私の魔力を弱めていくので、タカさんは自分の中に残る暖かさをもっと熱く維持しようと意識を集中してみてください」
徐々に全身に廻った熱が引いていくのを実感する。その途中、自分にも数かな温かみが残る部位が下腹部にあることに気づき意識を集中するが、なかなか大きくなるような変化が起きなかった。
「タカさん、どうですか?」
「自分にも魔力がありそうだというのは、これかなって程度にわかったよ。でも、なかなか言われるようにできないかな」
「そうですか」
自覚できただけでも希望はありますと笑顔で言われ、何度か練習してみましょうと再度手をつなぐように促される。
「・・・・・・おにぃちゃんたち、何してるの~。もしかして、これが噂のイチャイチャって奴?」
「「っひ!」」
急に俺の胸ポケットから声があがる。ユキアとともにびっくりして見つめると、先ほど姿を消したと思っていた水の精霊が笑顔で見上げていた。
ビックリした。ここには二人しかいないと思っていたから、俺は完全に精霊の事を忘れていたのだ。不意に声が聞こえるのは、元の世界ならホラー級の驚きだ。夜でなかったのが、少しでも怖さを軽減させていたがほとんど気持ちの持ちようだろう。
胸ポケットからヒョイと姿を出しながら女の子の姿をした精霊から質問が発せられていた。
「びっくりしたよ~、いきなり魔力がビビビって流れてくるし、あれは巫女ちゃんの魔力?」
「・・・・・・ええ。あの~あなたは?」
元気すぎるという印象で話し始める女の子を覗き込むようにユキアは質問をすると、水の精霊だという元気な返事が返っていた。まだなぜ精霊が俺の胸ポケットに入っているのか訳がわからないという表情のユキアだ。
俺は、先ほどお祈りをしている際に出会った事、女神様から依頼されて案内をするために憑いて行く事になったことを説明し、後々、紹介するつもりだった事を話した。
「そそ~、巫女ちゃんよろしくね、」
「そうだったんだ。・・・・・・そっか!タカさんは女神様から神痣の祝福をやっぱり受けたんですね!」
精霊が言ったことなので間違いないだろう。詳細なことはわからないままだが、事情が少しでもわかり安心する事ができる。
「でも、まだ俺は何をしなくてはいけないかも分からないんだけれどね」
先ほど頑張った、魔法を使えるかもしれない可能性はあるかもしれないが、俺自身は、まだ元の世界に返れるだろうかと思ってしまう程に未練がある。女神の祝福を受けた可能性があるという話も、実際に会えたり告げられた訳でもないので実感がわかないのだ。
「ねね、それでさっきから何をしていたの?魔力がビビビってやつ」
「精霊さん、タカさんに魔力を流し込んで、タカさん自身の魔力を引き出してたんですよ」
「あぁ、魔法を使えないかなと思ってね」
「なるほどー、それでかー、おにぃちゃんには確かに魔力はあるよ。だってウチが憑いていけてるくらいだから。たぶん、今まで使って無い分敏感にするには本当は時間がかかると思うけど手伝ってあげようか?」
「本当?ぜひお願い!」
俺が返事をする前に、ユキアが返事をしていた。俺にとっては、すぐ魔法が使えるなんて思ってなかったし修行らしい事をするのかと、逆に期待していたんだが、話はとんとん拍子に進んでいくようだった。
「じゃあ、さっきみたいに魔力を送ってみて。その間、ウチがおにぃちゃんの魔力を動きやすいようにほぐしてみる」
「うん、わかった」
「頼むよ」と俺とユキアは精霊に返事をして、両手を先ほどと同じようにつなぎ魔力を送っていく。先ほどと違うのは俺の肩の上に移動した精霊がいるくらいだ。
「いいよ~ゆっくり巫女ちゃん魔力を戻していって~」
「うん」
徐々に魔力を引いていく中、ユキアと俺は目を瞑っていたから見えなかったが、精霊は俺の額の位置に移動して両手を当てていた。
これが魔力の調整なのか・・・・・・先ほどと違って、ユキアが魔力を引いていくと同時に精霊が俺の額に両手を当ててユキアとは違った暖かさを俺の下腹部へ伝わっていく。一回目は大きくも熱くもならなかった自分の魔力が、徐々に大きく暖かくなっていくのがわかる。
「おにぃちゃんわかる?これがおにぃちゃんの魔力、すごい量だね。でもまだぬるめ?って感じかな。じゃあ巫女ちゃん一回引っ張ってみて」
「え?もういいの?」
何を驚いているのか、ユキアは確認するように精霊に聞いている。ウンウンと精霊は楽しそうだ。そうするとユキアは両手をつないだまま上に向けるように向きを直し。
「じゃあタカさん、自分の魔力が少し広がったのがわかりますか?私が手を離すので、自分の魔力を私を追いかけるように意識してみてください」
「わかった・・・・・・」
意識を集中していく。もう互いに目を開いても自分の中に広がった暖かい魔力は減ることは無い。そうするとユキアは、ソッっと両手を離していく。ユキアの魔力だろう、魔力の銀糸が俺とユキアとの互いの両手をつなぐように見える。俺はそれを追いかけるように魔力を意識して伸ばす。そして、ユキアの魔力の先端が見えるころに、それに絡まるようにもう一本の銀糸が自分の両手から伸びていくのがわかった。
「やったぁ!」
「やりました!」
精霊の歓喜の声があがり。ユキアはビックリしたような表情と笑顔で互いの両手を見つめている。俺は自分の両手から出ている魔力の糸に驚きながら、その糸の先端まで感覚が伸びているのを自覚する事ができた。絡み合っている魔力からユキアの温かみを知ることができた。
「やったね、おにぃちゃん。この感覚を忘れないでね」
自分にも魔力を形作れた嬉しさと、魔力の感覚に驚いた。
「ありがとう」
と精霊とユキアにお礼を言ってユキアとの魔力のつながりを解く。そうすると、自分の感覚を緩めることで魔力の銀糸は、小さい粒状となって拡散して消えた。その後、何とか自分ひとりで魔力の銀糸を出すことができるようになったが、ユキアのように動かすにはまだ感覚に慣れていないのだと自覚した。
「タカさん、よかった。上手く行き過ぎて怖いくらいですね。じゃあそろそろお昼ご飯だし家に帰りましょう?」
とユキアと一緒に家に帰ることとなった。
俺の腹部では、まだ熱くなった魔力が燻っている様に熱をおびていた。
「かわいぃ~!精霊さんね」
家に帰ってくると、ユリアさんは俺の胸に入っている水の精霊を見つけると薬草らしき草をすり鉢で潰していた作業はそのまま投げやって駆け寄って来た。精霊はその勢いに恐怖したのか、胸の洋服にしがみつくようにキュッと握っている。(ユリアさん顔近いです。)
「ただいまお母さん、お母さん精霊さんが怖がってるよぉ。タカさんと今朝出会ったんだって」
「すみません、いろいろ案内したい言われ憑れてきたんですが迷惑じゃないですか?」
「全然歓迎するわよぉ、私も小さいころユキアと同じく巫女のお祈りの仕事中に見かけたことはあったけれど、まさかこんな近くで見れるとは思わなかったわぁ」
「よろしくお願いしますぅ・・・・・・」
まだ精霊はユリアさんが怖いのか午前中の湖で見せたような元気は無く、ようやく挨拶をする様子だった。
ユリアさんの話を聞くと、それほど村では頻繁に精霊を見ることは無いらしい。基本的に姿を消している事がほとんどでは無いかという噂しかないそうだ。また、人に憑いていくには魔力の寄りしろが必要なのではないかという話があるそうだ。
「途中ダオさんのご両親に会ったよ」
「ダオさんの容態はどうですか?」
俺は朝にあれだけ大掛かりな治癒魔法を行ったのだ、午前中とはいえ容態が安定しているか心配になる。確か、ご両親も来ていたはずだがと思い聞いてみると。
「落ち着いているけど、これから熱がでると思うから熱冷ましの薬を作っていたのよ」
作業に戻りながら、ユキアが「そろそろお昼ご飯作るね。」と台所へ入っていく。昼はユキアの担当なのだろう、たしか昨日も作っていたと思う。「ありがとう。」とユリアさんは返事をして薬草を擦る作業をしながら、時々チラッチラッと俺の胸のポケットにいる精霊を眺める。その度に精霊が俺の洋服をキュッと握るのを感じると、俺にとって楽しいようなすごい複雑な気分にさせた。
ユキアの作ったホットケーキとシフォンの混ざったようなパンの昼食を食べ終え。落ち着いて薬草のような渋みと甘さのあるお茶、食後にさっぱりと味直しのダミ茶というらしい、のを飲みながら一息をついていた。
「ところで、精霊さんにはお名前はあるの?」
ユリアさんが食事中もずーっと精霊のことが気になるキラキラした視線を向けていたが、名前を聞いてきて確かに精霊に名前を聞いていなかった事を思い出す。ふと、視線を精霊に向けてみると。
「ウチに名前は無いですよ、精霊は人とかかわるのは稀だから・・・」
「そうなんだぁー」
ユリアさんの話し方がどんどん幼くなっていく気がするが気のせいだろうか。もう目がキラキラしてて釘付けという状態みたいだ。精霊は怖いながらも返答している、妙な丁寧な言葉遣いになっているのはユリアさんの迫力のせいだろう。
「へえーじゃあ名前付けてあげるー。何が良いかなー」
聞いていたユキアは、ノリノリで会話に加わってくる。水の精霊さんだから・・ウンウンと椅子に腰掛けながら考え始める。
「水の精霊さんだから、ミ(ズのセイ)レイさんで、ミレイちゃんはどうかなっ?」
ふむふむ、俺は当たり障りのない無難な名前だと思う。ユリアさんは「エー!もっとかわいいのにしましょうー」とか反論しているが、思い浮かばないのか悔しそうだ。きっと自分が名前を付けたかったんだろう。
「ありがとー巫女ちゃん、ミレイ・・・素敵ですぅ」
本人が気に入ったのならそれで良いのだろう。ユリアさんもしぶしぶ賛成みたいだ。俺は良かったなと声を掛け、もう俺の立場は本当の兄の気分だった。
「ぁ、ところでユリアさんとユキアに相談が・・・、朝まで使っていた部屋がダンさんの病室になってしまったので俺は宿屋にでも移ったほうが良いですか?」
「えー!!」
聞いた早々ユキアの驚きの声があがる。
「確かにそうね。でもタカさんは宿泊代も持っていないでしょう?村長さんに頼むにしても、慈善で泊まらせるほど村に蓄えも少ないはずだし」
「お母さん、タカさんはようやく体調が戻ったばかりだから、それに、朝みたいに手伝ってもらえる事もきっとあるよ!大助かりだよ!」
確かに俺は金銭的なものはまったく持っていない。荷物さえ肩に下げていたバックは前の世界に置いたままになっているだろう。そして、この世界の通貨自体をまだ見てないので、それで一人で暮らしにほうり出されるのはさすがに厳しく、慣れるのに時間がかかりそうだと思う。
「なら、こうしましょう。タカさんには夫の部屋の書斎を使ってもらえないかしら。そして、少し診療所の手伝いやダンさんの身の回りの世話をお願いして手伝ってもらって宿泊代の代わりにするのはどうかしら?」
なるほど、それなら俺も大変助かるし今までとそう変わらないだろう。でも、ユリアさんの旦那さんは、そういえば初日から見ないが事情があるのだろうか・・・・・・。
「それ良いね、お父さんは王都での仕事でしばらく帰ってこないし。手伝ってもらえるなら大助かり、それに、宿屋は遠いし・・・ごにょごにょ・・・」
最後のほうは聞こえなかったが、ユキアはひとりブツブツと呟いて考え事をしているようだ。
「ありがとうございます。手伝いで泊めてもらえるのなら、助かります。それで少しこの世界の常識を学んで慣れるまででもお願いしたいです」
「寝にくいのであれば私の部屋でも良いですよ?」
「お母さん!」
ユリアさんとユキアで、お父さんが可哀想などなど話しているが、冗談だと笑っている。ユリアさんは笑顔で承諾してくれた。これでしばらくの寝食は悩まなくてよさそうだ。あとはユキアに聞きながら村のことを教えてもらうことにする。元の世界に戻れる可能性があるのか分からないが、それまでは、お金を稼ぐ事も考えないといけない。
「じゃあ、さっそく書斎に案内するね、ちょうど魔法の本もあるし、お母さんタカさんが魔法を習いたいって言うんだけど本を見せても良いよね?」
「良いわよ、魔法の構成がわかると言っても、でも無理しちゃだめよ。ちゃんと基本からね?」
「はーい」
「わかりました、ありがとうございます」
ユキアに案内されて、父親の書斎という部屋へ案内される。書斎と言っても、窓際に机の置かれたその横に本棚のある部屋で、応接室も兼ねているのだろう長い皮張りの腰掛け椅子が一対あった。
「ベッドはごめんなさい。この部屋には入らなくて、この長いすをつなげて使ってください。もともと来客用のベッドにもなる作りなので、あまり寝にくくは無いと思いますよ」
「いや、全然助かるよ。床に寝ても良いと思っていたから」
「そうそうミレイちゃんは、どうやって眠るの?」
「ウチは綺麗な水があれば、安心して眠れるの。コップか桶に水を入れてくれるのを用意してくれれば嬉しいなぁ」
そっかわかったとユキアは返事をして、午後はどうします?と聞いてくる。
「時間があれば村の中を案内して欲しいけれど、買い物するところとか」
と言ってみるが、
「おにぃちゃん、出かけるのはやめたほうが良いかもぉ、雨が降りそうだって。・・・他の精霊が教えてくれてる」
「えぇー!!洗濯物入れなきゃ」
「じゃあ、しょうがないな。昼は部屋の中の本を少し読ませてもらうよ」
わかりました。とユキアが返事をして急いで洗濯物を取り込みに行ったようだ。ふと、開いていた木窓から外を見ると、遠くの山上に雨雲のような黒い雲が増えているような気がする。
「ひどく降らないと良いけれど」
「ウン」
独り言った呟きにミレイが返事をしてくれる、見かけは幼い精霊だがこれから長く付き合っていかないといけないだろう。
「あ!そっか、ミレイは天気予報にはかなり便利だな」
「へ?」
いや、なんでもないと自分一人が分かるツボにはまりながら、微笑しながら長いすに横になった。