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暗幕を潜り、今まで微笑を振りまいていた表情を崩す。額にはジワリと汗が出てきてはいたが、不快ではなかった。この疲労感はいつものことだ、しかし、今日の演目の技のキレは納得のいく会心とは程遠かった。
「兄さん、どうかしたの?もしかして、体調でも悪い?」
「キア、即座にフォローしてくれてありがとう。助かったよ」
「びっくりしたよ、簡単に剣(模造)を落とすんだもん」
キアの言うとおり、演目の中でワイバーンに乗り必死にキアの剣激を防ぐシーンで、手に持つ剣をはじかれて落としてしまったのだ。キアが上手く戦意の無いような態度に嘆くような機転をきかせてアドリブでつないだ事で、不自然さは観客には伝わらなかったようだった。
「最近忙しいからさ、少し疲れてるんだよ。ちょうど、今日は午前だけの公演だし息抜きしなきゃ」
「そうだねキア」
「ハントさん、キアさん、もうすぐ終演です」
舞台裏で話していた自分達に、劇の進行を管理している仲間が教えてくれる。今、舞台の上では団長である父親が観客に最後の挨拶をしているのが、暗幕の隙間から見える。
「もうそろそろ、アロテアでの公演も最後なんだよね?」
「今日の午後と明日の休みを挟んで、後3日の予定だよ」
「そっか、次の公演はどこかって決まってるの?」
「父さんは、一度王都に戻るって言ってたかな」
「やった!少し休みがもらえるね」
俺の隣で、キアは嬉しそうにはしゃいでいた。キアにとって王都に戻ると言う意味は、また新しく演目を変える事を意味しており、その練習や次回の巡業への準備に休みのような状況になる。しかし、自分にとっては公演の練習の他にやる事が増える事を意味しており、各地での状況や報告をまとめる日々になるだろうと思うと溜息が出てしまう。
「ハントさん、どうぞ」
「ああ、わかった」
考えていた思考を戻し、観客用へのスマイルへ表情を変える。キアは、一足先に促され舞台の上に上がっていた。その表情は横目でも分かる、休みが増える事で先ほどの舞台上より、一層笑顔を振りまいて輝いていた。
公演が終わり、自分は父親である団長のクルガーの部屋に来ていた。互いに、まだ着替えておらず、自分は騎士の格好であり父親は派手な商人にしか見えないだろう。気遣う風でもなく、椅子を勧められ腰掛ける。
「今日はどうした?体調でも悪いのか」
キアと同じような事を聞く父親に苦笑しながら。本当の意味でこの事を聞くだけに呼ばれたのではないのだろうと言う事に気付く。
「いえ、少し集中が途切れてしまって。対応が遅れただけなので」
「なら良いが。別件の方が上手く進んでいないのか?」
「タモトさんの持ち込んだ宝石類について出元までは特定できたんですが」
「ほお、なら良いじゃないか。何を悩むことがある」
最近の自分の考えることは、数日前に買い取った宝石の素性の調査だった。出元がわかれば、解決したも同然では無いかという表情のクルガーを見ながら、自分の悩みを打ち明ける。
「それが、元々宝石を所有していた者は、北の街に住む下級貴族の物でした。盗難届けがアロテアと北の街の警護隊に出されているのを確認できたので、出元は簡単に分かったんですが」
「なんだ?何か問題でもあるのか」
「その盗んだと思われる。盗賊団の活動がぱったりと聞こえなくなっているのです」
「どういうことだ。活動拠点を別の街に変えたのか?」
「そうかもしれません。貴族にとってあまり高価な宝石ではなかったのか、建前の様にギルドに探索依頼が出されていましたが、継続はされていません。噂では、頭目が死んで仲間が散り散りになったや、それこそ活動拠点を移した等の内容で確定出来るようなものはありませんでした」
「そうか、そこまでわかれば十分だろう。持ち込んだタモト君やキイア君の事はどう思う?」
「盗賊の一味の可能性としては低いでしょう。この前の取引の裏付けで村長からの手紙をギルドに届けた様ですし。キイア村で素性を偽ってなければという事になりますが」
「うむ、やはりキイア村の途中で宝石を貰ったという商人の男達が一番怪しいか」
「はい、今はまだここまでしか分かっていません」
「いや、十分だ、ご苦労だった。活動が活発でないのなら私達が動くことはないだろう。数点の宝石で盗難届の出ている物については、王都に戻る際、元の所有者へ戻す事にする」
父親の言う、私達の出番は無いと言うのは、この見世物劇団のもう一つの顔である王都の独立遊撃騎獣部隊の事だ。二つの顔を持つ劇団員はそれぞれが部隊の隊員であり、それぞれの街で巡業をしながら情報収集を行っていく。演じられる演目も実戦を考えてある要所があるのは暗黙の理解になっていた。宝石の出元を調べるにしても、諜報の一部で部隊員が手分けして調べた事を自分がまとめた事だった。
「その盗賊団の名前は何という?」
「確か、サイオン盗賊団だったかと」
「わかった。そのまま、報告書としてまとめてくれ」
「了解しました」
育ての父親ではあるが、今の自分は副隊長であり、クルガーは部隊の隊長として立位敬礼する。
昼からの休憩時間は報告書の作成する時間になるだろうと思ってしまう。
「そうそう、昼からは休むんだぞ。お前の事だから、仕事をするつもりだろうが」
そう言う父親はニヤっと見透かした様に言い当て、得意げな表情だ。皆の前では気の抜けた振りをしているが、やはり表情に出たのだろうか。
「少し息抜きしないと、本当に体調を壊すぞ。キアとゆっくり遊んでこい」
「そうですかね。それじゃあ、昼から出かけてきます」
「おう、行ってこい行ってこい」
互いに気を緩めた態度で、先ほどまでのやり取りはもう終わっていた。今の自分は長男であり、目の前にいるのは父親である。それじゃあ、と挨拶しクルガーの部屋を後にし、キアを探しに向かうのだった。




