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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
33/137

14

 翌日、俺とアイナの二人はギルド業務の一つである外回りと言われる仕事に来ていた。ある一定の募集期日が過ぎた案件について、依頼主を訪れ契約の継続か一時撤回かを判断してもらうのだ。

 内容としては、材料の収集などが多くそのほとんどが他の都市の名産品であったり、この近くでは手に入り難い食材や材料であるらしい。


「あーぁ。せっかくカウンター業務をできると思ったのにっ。何ぁにが、『いつも慣れている仕事からタモト君に教えてもらって良いかな?』っよ!主任、空気読んでよねっ、もう」

「すまないね、でも、街に慣れてない俺には助かるよ」

「別に、タモトさんが悪いわけじゃないですから。でも、この前ほとんど回っちゃってそんなに残っている取引先って無いんですよねぇ」


 俺達は、ギルドから中央の広場を抜け依頼主の店に歩いているところだ。まだ、早朝で店の準備が済んでいない所も多く、ほとんどが開店の準備をしている店が多い。


「ふあぁぁ、昨日は念願のカウンターの仕事が覚えれるって楽しみで寝れなかったのにぃー」

「ははは、俺も実は緊張してね」

「そうですか?あの仮眠室あまり良いベッドでも無いですから余計に寝難いですよね?」

「そうなんだ、お金がかからない俺にとっては凄く助かってるよ。思いがけず、ご飯も出たのが嬉しかったけれどね」


 昨晩は、明日から研修とはいえ仕事だと思うと、緊張して寝れなかったのだ。仮眠室といってもベッドと机だけのある簡素な個室だった。同じような個室が数部屋あり職員が交代で休憩をしている様子だった。

 トイレや水場は共有で部屋の外の別の場所にあり、夜に水を貰いに起きた時にはギルドが本当に24時間で受付をしているのに驚いたものだった。


「へえー、私も泊めてもらえたら、もう少し寝てられるんですけどねえ」

「ハハハ、そう思ってたら結構ヤバかったよ」

「おにぃちゃん、今日寝坊しそうになったもんね!ひゃはは」

「えっ?何か言いました?」

『ミレイ……静かにっ』

『ちぇっ、つまんないなぁ』


 ミレイには、街中では目立たないようにするため、小声で話をしようと約束していた。しかし、お気楽な精霊にとっては、大きな声で会話したくて仕方が無いらしい。

 この数日、街中を見てみても精霊の姿や連れた人も見かけないため、自分の存在がどれほど特異なのかは薄々気づき始めていた。


「ぁ、あそこですよ。一軒目は鍛冶屋のファージさんの所ですね」

「了解」


 鍛冶屋と言われても、申し訳程度に陳列してある商品棚、主に包丁や鍋が置いてある脇を抜けて、誰もいないカウンターまでたどり着く。


「ごめんくださーい、ギルドから来ましたアイナですー。依頼の件の確認にきましたー!」

「あーい、ちょっと待ってくれなぁー」


 姿は見えないが、奥のほうで太い声の男性の返答が聞こえる。少しして、のしっと言う感じで40歳代の男性が奥の扉から現れた。一番目に付くのは二の腕の筋肉であり、鍛冶屋と言うのも納得できる風体だった。

 ズボンはつなぎの様な作業着で、半袖のシャツが似合うオヤジである。次に言うミレイの言葉が明確にその男性を表現していた。


『あー、ハゲた親父オヤジだぁ』

「ぶっ!!……ごほっ!ごほっ」


 ミレイの的確な表現に思わず吹き出してしまう。怪訝そうにアイナとファージという主人には見られてしまうが、何んとかごまかせたか?ミレイの小声は聞こえていない様子だった。


「ああ!依頼の確認か?もうそんなに日にち足っちまったか?」

「おはようございます。そうですね、1ヶ月の期日内って事だったので、今大丈夫ですか?」

「かまわねえよ。まだ、店も開けたばかりで砥ぎ仕事も急ぐ用件も無いからな」

「そうですか。それじゃあ、依頼については、ワニ鳥の皮の仕入れでしたね」


 アイナは持参した、依頼書をめくりながら話を進めていく。俺も、依頼の確認がどの様に行われるか横から見ていた。


「冒険者へは端数はすうと商人の方の依頼をお願いしたんですけれど、目標数までの特定契約した方はおられませんでしたので」

「そうか」

「少数であれば、冒険者が個別取引で持ち込んだ在庫がギルドにあるみたいで、それでよければお譲りできるそうですよ?それとも、同じ内容で継続しますか?」

「数にもよるが、ひとまずはそれに頼るしかねえかなぁ。どうしても、道具の持ち手がワニ鳥じゃなきゃってこだわる客も多いしよ」

「わかりました。じゃあ、ひとまずは依頼を終了しておきますね。後日、ギルドまで引き取りにお願いしますね」

「ああ、わかったよ。また、足りなくなったらその時はお願いするわ」

「はい!お願いしますねっ、お邪魔しました」


 ペコリとお辞儀をして、それじゃあ失礼しますと店を出て行こうとする。俺も同じくお辞儀をすると、フォージさんと初めて目が合い笑顔を返された。


「兄ちゃんは、外回りの勉強中かい?頑張りなよ。何か必要な時はぜひ来てくれな」

「ありがとうございます」

『バイバイー』


 再びお辞儀をして、店を後にする。


「フォージさんは良い人だよ。気さくでいつも難癖とかつけないから、道具を愛用している人が多いんだって」

「へえー確かに話しやすそうな人だったからなあ。それにしても、商品で並んでいるのが家事用品ばかりだった気がするけれど?もっと、こう武器です!ってのは無いんだね」

「鍛冶屋での武器って特注品が主みたいですよ。タモトさんも男性として、そういうのに興味あるんですか?」

「まあ、少しは期待してたって感じかな」

「女の子にとって洋服みたいに、生地屋さんに洋服が少ないみたいな感じですかね」

「そうかも」

「なるほど、なるほど。あ、次は、といっても次で最後なんですけれど、街の治療院ですね」

「治療院って、そっか診療所みたいな所かな?」

「そうですよ。今回は、治療に使う材料の依頼みたいです」


 アイナは先ほどとは違う依頼書をめくりながら、確認事項を再確認している様子だ。


「げぇ!この依頼かぁ。みんな外回りの子も、あそこには行きたくないってワザと残すんだもん。それに内容も内容だし」


 空いた片手で髪を掻き揚げながら、アイナは参ったなという表情をしている。


「そんなに変な依頼のなの?」

「いえ、そういう訳じゃあないんですけど、依頼側からはせめて材料を安く手に入れたいとか有るじゃないですか?材料だけでなく労働力もですけど」

「だろうね、安いだけ利益がでるだろうし」

「そこを、ほとんど安値で募集して、材料が期日内に揃わないってクレームを言われるんですよ」


 アイナは依頼書を確認し終えたのか、鞄にしまいこみ今度は中央広場の方へ戻りだす。


「それは、依頼する方が報酬を見直すしかないんじゃないかな」

「そうなんですよ!カウンター業務をする先輩方も勧めるらしいんですけどねえ、いつも、適正価格の下限ギリギリらしくって強く言えないみたいなんです」

「価格が変動する可能性もあるってわけか」

「後は、外回りの子が行きたがらないのは、ギルドの依頼書の告知の仕方が悪いとか、ギルドに依頼を頼んでも、まったく解決しないなどのクレームを言われるからなんですけどね」


 依頼内容と依頼主側にも問題があるタイプって訳だ。

 二人で向かった先は、中央広場につながる大通りに面した2階建ての建物だった。外壁は乳白色に統一され入り口は2枚扉で作られ、今は全開に開かれている。しかし、正に出入りしているような患者もおらず、周囲の店が朝の賑わいを見せる頃合だがすんなりと建物の中に入ることができた。


「ごめんください。ギルドから依頼の確認にきましたアイナといいます」


 アイナと共に、受付のカウンターに声をかける。


「でさー、彼氏がさ格好つけちゃって、そいつを殴りに行くとか言うわけよ。出来もしないのに、もー笑いを止めながら、心配する振りとか私頑張ったんだから」

「へえー」


 受付の女性は、同じくカウンターの同僚と話をしながらまったく聞こえて無い様子だった。


「あの?すみません。ギルドから依頼の確認に来たんですが?」

「あー何?先生に用事なら呼びますんで、そこに名前を書いて待ってください」

「あっ、はあ」


 決して受診するわけでは無かったが、記載を促されたのは一般の患者用受付と同じメモ紙だろう。しぶしぶ、アイナは記載しており、俺は改めて誰か待合室に患者がいるのだろうかと振り返って見てみたが、誰も待合室には人が居なかった。

 書き終わった名前をチラッと受付の女性は見た後、しぶしぶと言う様子で椅子から立ち上がり診察室と書かれてない、奥の部屋の扉を叩いていた。


「先生ー、ギルドから依頼のことで話があるそうですよ」


 扉の向こうから先生と呼ばれている人の返事は無かったが、受付の女性は役割は終わったとばかりに再び受付に戻ってきて同僚と話を再開する。


「あのー」

「何?待っててください」

「あ、はい」


 再び確認しようとしたアイナの言葉も制止され、二人して待合室に待つことになる。1分は掛からなかったと思うが、ようやく奥の扉が開き40歳代の無愛想な表情の男性が出てくる。


「どうぞ」


 一言だけで診察室に招かれ、アイナと二人で部屋の中に入っていく。椅子を2脚勧められて腰掛けたが、アイナも話を始めてよいか悩んでいる様子だ。


「それで?今日は何の用件ですか」

「はい、先月に依頼された内容の継続から一月経ちましたので、内容の見直しか継続かを決めて頂きたくて伺ったのですが?」

「てっきり、材料が揃ったという連絡を期待していたんですが。こちらも、在庫が少なくなってきているので治療に支障が起きるのは困るんですがね」

「はい、それはもうギルドも十分わかってはいるのですが」

「いえね、品薄な材料でもないのにギルドでは揃える事が出来ないのが続くと、依頼を頼んでも仕事が達成できないギルドと色々噂も立ちますしね。ましてや、薬草の材料で困るのは患者さんなんですけれどね」

「くっ、それでですね、材料への報酬を少し見直して頂けないかと思いまして」

「ほお、私も人を雇っている身でして、慈善事業でこの治療院を経営している訳では無いのですよ。ギルドのカウンターでも報酬は規定範囲を選んだつもりなんですが?」


 アイナはカウンターの先輩の仕事を否定することも出来ず、一瞬言葉をためらってしまう。


「すみません、ちょっと良いですか?」

「君は?」

「ギルドの研修で付き添っている、タモトと言います」

「それで?何かね」

「特定の道具屋や薬草の材料のお店と契約はしていないのですか?」

「そんな事をすれば、相手側の好きな高値で売られるだろう?こっちは安く仕入れたいんだ」

「しかし、現状の報酬で依頼が達成されず材料が足らなくなるのは治療院にとっても痛いはずです」

「君は何が言いたいんだね!?」

「そこで、ギルドが仲介という立場で依頼を出しなおして、安く材料を売ってくれる店を探してはどうかと思うんですが?」

「ほお……それは良いとしても、毎月支払う事になったり、今度は薬草ばかりの在庫になっても困るんだがな」

「そこは契約内容次第ですが、毎月最低限の数の在庫納入と規定価格での取引がされているかギルドが確認することで解決すると思うんですが」

「ちょっと、タモトさん何の話をしているんですか?」

「アイナ、たぶん今回だけでなく、これから何度か同じような状況になると思うんだけど。安く仕入れたいけれど在庫が揃わない。相手にも店の経営が有って利益を出さないといけない」

「そうですけど」

「ゴホン、良いかね。それで、君たちギルドは何が出来ると言うんだね?」

「すみません、まずは今回の依頼内容を破棄した上で、新規に依頼を出していただければと思うんですが」

「そうなるだろうね」

「そして、ギルドを利用している商店などに声をかけ、薬草の材料の取引として売れる値段と量を、リストにまとめて再度伺うと言う事でどうでしょう?」

「値段は適正かどうか確認してもらえるんだろうね?」

「それは、出来るかな?アイナ?」

「はい、主要な材料の物価は調査していますので大丈夫です」

「ならば、その店の中から安い所を私も探せばいいんだな。それならば選ばないわけにはいかないだろう。出来上がり次第、持ってくるといい。何日位掛かりそうかな?」


 後は、アイナが詳しいだろう。俺は二人のやり取りを観察する。


「10日は掛からないと思います」

「じゃあ、それでお願いしよう。他に用件はあるかね?」

「いえ、今日は依頼の確認だけです」


 それではと、別れの挨拶をして俺たちは出て行こうとすると不意に声が掛かった。


「君、名前は何だったかな?」

「え?私ですか、アイナですけど」

「いや、そっちの君だよ」


 無愛想な表情のまま、俺の方を指差し尋ねてくる。アイナは不思議な表情のまま俺を見つめていた。


「あ、タモトです」

「そうか、珍しい名前だな」


 再度分かれの挨拶をして治療院を後にする。静かだった治療院の中とは違い、周囲の店の喧騒が聞こえてくる。その賑やかさに気が緩んだのか大きなため息が横から聞こえた。


「はぁ、ありがとうございます、タモトさん。もーあの上から目線に怒り心頭でしたよ」

「向こうが妥協しないのは何故だろうって思うと、やっぱり、材料の流通や在庫の問題が関係するんだと思ってね」

「助かりました。私達のギルドが、あんな風にいつもとは違う関わり方もできるんですね」

「出来るかもって思っただけだよ。本当は、競争入札したほうが値段は下がると思うんだけれど、そう言うのは無いよね?」

「競争?ですか?私はよく知りませんけれど、アロテアには無いと思います」

「そっか、まあ今回は、お店のリストを作るのと店主への値段と在庫確認だから期日内には出来そうだよね。それならば納得してくれると思うし」

「ですね。まず、ギルドに戻って依頼の確認内容を伝えないといけないので帰りますね」


 確かに依頼の確認は2件だけだと言っていたので、もう終了したことになる。幸い、約束した調査についても報告してからになりそうで、ひとまず仕事を終えたことになるのだろう。

 俺達二人は、ギルドに戻る路を来る前とは違った軽い足取りで歩いていくのだった。


『ミレイ、えらく静かだったな?』

『だって、ムスッとしてピリピリしてて、あの人嫌い!』

『そっか』


 確かにと内心同意しながら、俺は微笑んでいた。


 ギルドに戻ってくると正面の入り口は仕事を求めた冒険者達で溢れていた。大半は仕事を引き受けたすぐ後なのか、それとも、何の仕事を行うのか数人の仲間と打ち合わせをしている。


「さすがに混んで来ているね」

「ほんとですね。今の時間が一番人が多いのでカウンター横を通ると皆さんに迷惑ですし、思ったよりも早く帰れてきたので裏口から入りましょうか」


 アイナに促され、正面玄関を通り過ぎ建物の横に回る。案内されたとおり裏口に向かうと、おそらく、先日建物の中を案内してもらった時の冒険者用休憩所専用の入り口が裏口と兼用になっていた。


「あぁ、ここが裏口ね」


 俺は裏口の扉から入ると、すぐ目の前に休憩所専用のカウンターがあるのを見つけ、頭で建物の構造がようやくイメージすることができた。


「ええ、休憩所も利用しやすいようにしてあるみたいです」

「おう、お帰り」

「あっ、ただいまでーす」


 俺たち二人が裏口から入ってきたのを見つけ、休憩所のカウンターで受付をしている中年の男性が声を掛けてくる。今の時間は休んでいる冒険者も少なく、椅子に腰掛け暇そうにしていた。


「サボってて良いんですかぁ?」

「こう見えても、さっきまで休憩所を掃除して汗かいてたんだぜ」


 そう言うと男は、苦笑いしながらカウンターに置いたタオルを持ち上げる。しかし、作業でかいたであろう汗は、すでにだいぶ乾いていたように見えた。


「そういう事にしておきまーす」

「で?裏口から何か用だったのか?」

「いえ、正面玄関が人が多くて裏口から入れてもらおうかなーと」

「そうか、今の時間はしょうがないな」


 そういうと俺とアイナの二人は、カウンター横の押し上げ式の天板を動かしカウンターの内側へ入る。動かした天板を元に戻し、俺たちは別れの挨拶をして奥へと進んでいった。

 アイナと向かう先は、朝にも挨拶を済ませたガイス主任の机だった。カウンターの内側の職員は、冒険者の依頼の受領などの手続きで騒々しく、俺たち二人が帰ってきた事に気を配る様子も無かった。報告を行う相手である、当のガイス自身も幾つかの書類に目を通している最中だった。


「主任、ただいま帰りました」

「ああ、早かったな。依頼の確認はできたか?」


 ガイスは書類から目を離し、俺たち二人の話を聞くように姿勢を向ける。


「はい、2件だけだったので回る分には問題ありませんでした」

「そうか」

「ひとつだけ、治療院の件で今までの依頼の破棄と新しく調査をしなくてはいけなくなってしまって」

「ん?調査か?」


 何か問題でも生じたのかとガイスは怪訝そうにアイナを見つめる。アイナは治療院の依頼書をガイスに渡しながら、有った事を報告する。

 俺はアイナ自身がギルドが何をしなくてはいけないか把握しているのか少し心配していたが、要点だけはきちんとガイスに伝えることができている様子だった。


「ほお、それはアイナが話を持ちかけたのか?」

「いえ、タモトさんが契約について話がなかなか進まなかったので、依頼主に質問ついでに提案した感じだったと思います」

「すみません、余計な仕事を作ってしまったみたいで」


 ガイスは、一瞬俺の顔を見つめ、次に何かを考えるように一瞬視線をそらした。


「ふむ、タモト君の家は商売か何かをしているのかね?」

「いえ、特には何も」

「まあ、良い。今回の件、依頼主とギルドとの間で新しい関わりの形になるのではないかと思えてね、ご苦労だった二人とも」

「あのー調査は私達が?」

「そうだな、店のリストはすぐできるだろう。ただ、店を回るのは他の外回りと分担した方が効率が良いだろうから、昼から戻ってきた外回りに向かわせることにする」


 そう言うと、近くの席に座っていたギルド職員を呼び、ガイスは紙に調査要件を書いていく。最後には印を押し「昼までに分担をさせてくれ」と伝え紙を職員に渡す。


「私達は、店のリストができるまで待機ですか?」

「いや、君達は店回りに行かなくていい。本来は、タモト君に外回りがどの様な仕事かを知ってもらうためだったからな。1日か2日位見学かと思っていたが、これ以上、回数をこなしても同じだろう」

「はぁ」

「それでだ、二人とも昼から休憩して、夜のカウンター業務に付くといい。夜ならば、冒険者の人数も少ないし、依頼を出しに来る人もいる。ゆっくり仕事を覚えられるだろう」

「ホントですか!」


 嬉々としたアイナの言葉に、周囲の職員が何事かと視線が集まるが、喜ぶアイナを見ると納得の表情で自分たちの仕事に注意は戻っていった。


「カウンターのスタッフには伝えておこう。急にですまないが、今日の夜にまた来てもらう事になるが大丈夫かな?」

「はい!全然大丈夫です!」

「はい、お願いします」


 アイナは深くお辞儀をして、俺もわかりましたと挨拶して主任の席を後にした。てっきり、俺は自分たちが新しく依頼された店のリストや店回りをするのだろうと思っていた。しかし、ガイスは効率の良い方法を選択し、店のリストを把握している人員であれば即座に作成され、昼から手の空いた外回りに向かわせれば格段に早いだろう。


「タモトさん!ありがとうございます!」


アイナと二人、職員の休憩所兼食堂に向かいながら歩いていると、喜びの表情のアイナから感謝を言われる。


「え?何で?」

「タモトさんが研修に来なかったら、私がカウンター業務を習うなんて、まだまだ先だったかもしれませんから!」

「あーそうなんだ?でも、外回りも楽しそうで行きたくもあるんだけどね」

「そうですけど、やっぱり外回りは下積み的な物ですし、今日は晴れてるから気持ち良いですけど、雨の日は最悪ですから。先輩から依頼書を濡らすと怒られますし」

「そう言われるとそうなのかな?」

「後は、やっぱりカウンターってギルドの看板だし華なんですよ。外回りの娘は皆憧れてますし、モテ度が違うんです!」

「ハハハ、なるほどね」

「その内、私に惚れた男性が『君との永遠の契約をしに来ました』とか言う人が現れるかも……キャァー!」


 アイナは最後の方には、テンション高く自分の世界に行ってしまっている様だった。丁度、昼食には少し早い時間であり、職員食堂に入ると、他の職員はまだ誰もおらず貸切の状態で誰もそのアイナの態度を見れる人も居なかったのは幸いだったろう。

 厨房の中には、仕込みを行っているのか野菜を切っている人や焼き物をしている調理人が居るだけだ。


「今日は良いこと尽くめなんで、タモトさん、私が昼食奢っちゃいますね!」

「え?そんな、悪いって。それよりも、年下に奢ってもらうってのは、さすがに気が引けるよ」

「良いんです!ギルドでは私の方が先輩ですから」


 俺は苦笑しながら、ハイテンションなアイナの押しの強さに負けて昼食を奢ってもらうことにした。


「そういえば、夜まで仮眠室でも借りるの?」

「いえ、急に夜の仕事に変わったら両親が心配するので、一度家に帰ります」

「そっか」


 確かに、アイナにはまだ歳を聞いていなかったが15か16歳位に見える。先ほどの様にハイテンションな時は歳相応に見えるが、外回りをしているときは落ち着きがあり大人びて見えた。もしくは若く見えるとしても20歳と言う事はないだろう。


「ん?何か付いてますか?」

「いや、何でもない。ご馳走様」


 俺が見つめていたのを不思議に思ったのか聞いてくる。さすがに、「子供ぽい所もあるね」と言える筈も無く、夜の仕事やカウンターの仕事について少し話をした後、それぞれ休憩することになった。


「それじゃあ、また、夜にお願いします」

「こちらこそ、じゃあ、また後で」


 俺はアイナと別れた後、自分に貸されている仮眠室へ戻りベッドに横になった。昼間に寝れるかなと思っていたが、食後の満腹感か昨晩あまり眠れなかった気疲れの為か、考える間もなくウトウトとすると熟睡してしまった。



 俺はギルドのカウンターに座りながらボーっと入り口を眺めていた。


「タモトさん、タモトさん?大丈夫ですか?」

「あ、あぁ大丈夫、起きてるよ」

「ホントですか?ボーっとしてましたよ」

「アイナこそ、目つきが怪しいよ?」


 そういうアイナは、カウンターに座りながら半眼であり、入り口位の遠くから見れば睨んでいる様に見えただろう。俺たちが嬉々としてカウンターの仕事をやっていたのは、さすがに夜中の2時までが限界だった。それから後は眠気との戦いが待っていた。


「あれれ、夜のカウンターってかなり暇じゃないですか?」

「そだね」


 俺達は昼間に休ませてもらった後、夜の8時ごろを境に勤務を交代したのだ。本来、カウンターの仕事をするはずだった男性の職員2人に仕事を教えてもらいながら、深夜2時までにやるべき仕事はある程度終わったのだ。


「今日はラッキーだな。研修様々で助かるよ。ほとんど夜は冒険者も来ないしさ、適当に時間つぶしていいと思うよ、人が来たら依頼を聞けばいいから。報酬の手続きでわからない事や緊急時があったら起こしてよ」


 そういうと、本来俺とアイナの二人が研修で参加しなければカウンター業務をするはずだった男性職員2人は、仮眠室へと消えていった。

 交代初めは夜8時以降に来た数名の冒険者への対応を一緒にさせてもらえる事ができ、俺とアイナはそれぞれ依頼の受け方と報酬の手続きの仕方は学ぶことができた。ちなみに、夜がなぜ男性職員が仕事を行うかを聞いたら、治安や女性職員の安全面からだそうだ。

 そう聞くと、アイナのような夜勤で仕事を覚えるのは、カウンターを勉強する女性職員の登竜門らしかった。本来は、男性2人に女性職員1人で新人の時はカウンターを学ぶらしい。


「あれからパッタリ来ませんね」


 アイナの言う「あれから」とは、深夜2時前に来た冒険者の手続きが最後だった。その後は、手持ち無沙汰だった為、本来、朝方に行う業種毎の掲示板に貼り出し中の依頼書の整理と並べ替えもすでに終わっていた。アイナとは互いに1時間づつの休憩を行い。もうすぐ朝の日の出を迎えそうな時間になっている。


「たぶん、もうすぐ日が昇るから朝一の仕事を求めてくる人もいると思うけど」

「あー先輩がそう言ってましたね。それで、忙しくなったら手伝うからって」


 俺は、仮眠室の方を見たが、まだ男性職員は起きてくる気配は無かった。忙しくなった気配で起きてきてくれるんだろうかと、少し心配になってしまう。そう考えているうちに、入り口から1人・2人と掲示板を眺めに来た冒険者や商人風の格好をした人達が正面玄関から入ってくる。


「「おはようございます!」」


 俺とアイナは、カウンターに腰掛けながら、入り口をくぐって来る人たちへ挨拶を行う。そうこうする内に、アイナのカウンターに1人冒険者が依頼書を手に取り近づいてくるのが見えた。


『よしっ!カウンターデビューです』


 小声ではあるが、アイナが眠気を飛ばすように小さくガッツポーズをして気合を入れている。夜中の対応は、どうしても男性職員が付き添って対応し練習の感じが抜けなかったのだ。そういう点では、アイナの言うとおりいよいよデビューの時になったのだ。

 俺のカウンターにも一人、早朝の市場での仕事を求めに来た男性の対応を始める。アイナを見る余裕は無かったが、入り口から入ってくる人数が徐々に増えている印象があり、俺は寝ている男性職員を起こすべきかを仮眠室を眺める。


「おい、兄ぃちゃん。依頼を良いか?」

「はい、すみません。えーと、団体での依頼の受注ですか?」


 仮眠室から視線をカウンターに戻すと、大柄な男性が一番先頭に立ち話しかけてきていた。後の人数はそれぞれ部下だろうか付いてきているという感じだった。


「ああ、そうだ。後ろにいる奴等で登録してくれや」


 俺とアイナは団体で依頼を受注する場合のやり方を聞いてなかった事を思い出し。


「アイナごめん、仮眠室の先輩を起こしてきてくれないかな?団体さんでの登録方法を聞いてなかった」

「わかった、ちょっと待って」


 アイナは、先ほどの男性との依頼手続きを終えて書類を整理している所だった。教えてもらった依頼の受け方には、名前の記載場所は1名だけしかなく。団体の場合、別の用紙があるのか?それとも代表者でのパーティと同じような扱いになるのか分からなかったのだ。


「どうした?何か問題でもあるのか」

「いえ、少しお待ち下さい。先に依頼書とお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」


 別の用紙に依頼を記載することになっても、依頼内容と代表者の名前は聞いておかなくてはいけないと思い質問する。


「あぁ、依頼はこれだ」

「あ、キイア村の工事の依頼ですね。助かります」

「まだ希望人数は埋まってないんだろ?」

「たぶん大丈夫だと思います。予定の人数まで、もうそろそろだとは聞いていましたので」

「なら大丈夫だな。こっちは12人だ」


 大柄な男性は、後ろに控える男達を右腕を曲げてグゥの母指で後ろを示しながら人数を教える。


「わかりました、あっ代表者の方の名前をお願いします」

「そうだったな。代表者はガールだ」


 そういう大柄な男性はギラっとした視線を向けながら、表情は微笑を浮かべていた。


「お待たせしました。タモトさん、ご苦労様でした。団体の方ですね、依頼と代表者の方は聞かれたんですね」

「はい」

「後は、一応説明ですね。私がしましょう」


 カウンター担当の先輩が後ろから声を掛け席を入れ替わる。そして、依頼書の控えらしき証書をめくっていくっていった。


「あぁ、この依頼は最大人数20名と言う事でしたので、もう、すでに11名ほど決まっているみたいですね。10名以上決まれば出発する予定でしたので、今追加で依頼を受けられると明後日の出発になりますが大丈夫ですか?」

「それでかまわねえが、こっちは12名いるんだが無理なのか?」

「申し訳ありません、残り9名で決めさせていただいて、残り3名の方は再度村からの追加依頼があればという事になります」

「どうしますか?」

「おい!力の強い奴から9人選びな。3人はあきらめな、お前たちの力が足りないって訳だからよ」


 そう言われた、代表者のガールという男性はニヤリと笑みを浮かべて振りかって連れてきた男性達の方を向いて言うのだった。

 何だろう?この言葉、前にも聞いたことが有るような気がする。そう思ったとたん、額に強烈な激痛が走り意識を奪う。


「タモト君!大丈夫ですか!?」

「タモトさん!」


 ガタンと膝をつき倒れ込もうとする体を机が支えてくれる。痛みは徐々に和らいで行く様子だが、俺は額を抑えながらゆっくり立ち上がる。


「痛っ!」

「おいおい、その兄ぃちゃん大丈夫かよ?」

「タモト君大丈夫かい?アイナさん、少し休憩させてくると良い」

「はい」

「すみません、少し休みます」


 どうしたんだ俺?さっきからガールと言う男性の言った言葉が頭の中でグルグルと響いていた。額に手を当てながらチラッとガールを見ると、不思議な感覚を感じてしまう。会った事は無いのに、微かな既視感を感じたのだ。


「すみません、ご心配お掛けしました」

「あ、あぁ、構わない」


 俺はアイナに肩を貸してもらいながら、仮眠室へ連れられて行った。

 今はただ慣れない仕事で気疲れで倒れたんだろうとしか思えなかった。


「タモトさん、大丈夫ですか?」

「ごめん、心配かけたねアイナ。だいぶん和らいだよ」

「きっと初めての夜勤で疲れたんですよ。少し休んでくださいね」

「ああ、そうかもね」


 そう言うとアイナは俺が使用している仮眠室から出て行った。俺は額の神痣と言われた傷を抑えながら、先程の感覚を思い出していた。


「おにぃちゃん、大丈夫?」

「今は大分落ち着いた。ミレイ、いつから起きてた?」

「さっき、おにぃちゃんが倒れた時から」


 先程は不思議な感覚だった、痣の激痛だけならそう思わなかっただろう。しかし、ガールと言っていた男性の言葉を聞いた途端、言葉が頭の中で反響し先日見た夢の一部がフラッシュバックする。


「あきらめな!お前たちの力が足りないって訳だからよ」

『あきらめな、お前の……魔力じゃあ全然足らねぇのよ』


 再び、二つの言葉が一つに重なって聞こえ、眩暈と共に立っていられなくなる。この様な不思議な体験は始めての事だった。それをミレイに伝えようにも、うまく伝える事が出来なかった。やはりアイナの言ったとおり疲れていただけだろうか?

 俺は、上着だけを脱ぐと仮眠室のベッドに腰掛ける。


「一気に疲れが出たのかもしれないな」

「そう?それならゆっくり休んでね?」

「ああ」


 ミレイは、まだ少し不安そうな表情のまま横になった俺を覗き込む。俺は少しだけ安心させるように笑うと目を閉じた。まだ、額の傷は微かに痛みと熱を帯びていた。


 コンコン。どの位時間が経ったのか、寝入ってしまったため時間の間隔が分らなくなっていた。


「入りますね?」

「タモト君大丈夫かね?」


 扉をノックの音で目が覚めた俺は、アイナとガイス主任が入ってくるのをベッドから身体を起こして迎えた。


「無理しなくていいよ。配慮が足らなかったか?慣れない仕事で予想以上に疲れさせたのかも知れないな?」

「いえ、すみません。ご迷惑をお掛けしました」

「夜勤の職員には、もう少し配慮しておくように注意しておいたからね」

「もう、勤務は交代したんですか?」

「あぁ、無事交代したよ。依頼の方も問題ない」

「そうですか」


 迷惑を掛けてしまった先輩の男性職員にかすかに申し訳ない気持ちになりながら、仕事を教えてもらった挨拶と心配を掛けた謝罪を言えなかったなと思う。


「今日はアイナ君と共に今日一日は休みだから安心するといい。明日は昼から仕事にしようと思うが体調は大丈夫そうかな?」

「はい、痛みは取れたので大丈夫です」

「もし、また具合が悪くなったら教えてくれ、ギルドの一員ではあるが研修なので無理しなくて良い」

「ガイス主任、明日は何の仕事をするんですか?」

「明日には、依頼されていた治療院へのリストが出来上がる。それを二人で対応してもらう」

「わかりました」

「はい」


 ガイスは、体調が戻った事を確認すると安堵した表情で部屋を出ていった。アイナは、まだ心配そうに俺を見ていたが、心配していたあれからの話を聞くと2・3件の依頼をカウンターで手伝った後は自分も引継ぎまで休まされたと言う事だった。


「もう痛みは大丈夫ですか?」

「休ませてもらったから、痛みはもう無くなったよ」


 一通り話をして、普通に会話できる様子に安心したのかアイナは笑顔を浮かべる様になった。


「それじゃあ、私も帰って休みますね」


 笑顔の戻ったアイナに返答しながら、俺ももう少し休もうと思いながら見送った。

 まだ、ギルドは忙しい時間だろう。アイナの出て行く扉の隙間から、依頼を取り扱う喧騒が聞こえてくる。朝食を食べてなかった事に気がついたが、食欲はそうそう無かった。

 キイア村での食事を少し懐かしく思いながらベッドに横になると、再び俺は寝てしまっていた。

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