11
時間は昼を過ぎ、ギルドのカウンターに訪れる人たちの種類には商人風の人達が多い。掲示板を眺めている冒険者の格好の人も午前中とは異なり1人や2人程しか見かける事ができなかった。
「今日また来るとは思いませんでしたね」
「本当だね。今の時間は、朝と違って割と人も少ないみたいだ」
「ホントですね」
見世物一座で商談を終えたユキアと俺達は、キアとハント兄妹と一緒に再び契約の為にギルドを訪れていた。
兄の方であるハントは宝石取引の依頼の仮証書をカウンター横のテーブルで書いているところだった。取引契約に不慣れな俺たちはハントへお願いする事になったのだ。兄について来ているキアもハントの作業を興味深そうに見ていた。
「タモトさん、すみません。確認してもらえませんか?」
「はい、ちょっと待ってください」
書類の記載が終わったハントさんに呼ばれ、同じテーブルに腰掛け証書を見せてもらう。記載された内容は簡単であり、依頼主や取引相手の情報と共に先程話し合った内容が記載されており、先程見世物小屋で話し合った内容と同じだった。特に間違っている様子も無いようだ。
「大丈夫と思います」
「へぇ、契約ってこんな事書くんだぁ」
「じゃあ、このまま提出しますね」
ハントの隣には、ずっとキアが覗き込むようにして興味津々にしている。ハントと共に依頼の受付に向かう。後のユキアとキアも興味が有るようで付いてきた。
「すみません、契約の依頼をお願いしたいんですが」
「はい、どうぞこちらへ。あら?タモトさん、何か忘れ物でも?それともギルド長に用事ですか?」
証書を差し出すハントを迎えてくれたのは、朝に会ったばかりのジーンさんだ。つい見知った人に会ってしまい安心してしまう。あちらも直ぐに横に立つ俺達に気づいた様子だった。
「いえ、昼間にちょっと取引の契約することになってしまって、偶然に来る事になったんですよ」
「そうなんですね。あ、どうぞ、そちらに腰掛けてください」
冒険者の依頼受付と違い、今自分達が居るカウンターには備え付けの椅子があった。自分達の前に依頼を手続きしていた人物も商人風の人物だったため、依頼内容に応じてカウンターを分けているのだろう。
「では、見せていただきますね」
「はい、お願いします」
ハントは、ギルドの職員と知り合いだった俺達に少し興味が有りそうだったが、詳細を聞くようなそぶりも無く求められた仮証書を差し出す。
ジーンさんは、しばらく書類の内容を読み何かを別の用紙に書き写している様だった。
「えぇと、依頼主のアーク様には契約と誓約書と、契約者のタモト様には依頼証明書を作成しますね。全部で1銀と5銅かかりますがよろしいですか?」
「はい、構いません。料金はアークの方がもちますので」
「わかりました。それでは、先に契約者のタモト様へお渡しする金額の11金と6銀を確認させていただいてよろしいでしょうか?その後で、取引される宝石をタモト様はご準備ください」
「ええ」
金額と宝石を互いにカウンター上で確認が行われ、その後に、自分には金額が支払われハントさんの方へは宝石が渡される事になった。
「それでは、証書をお渡ししますね。それぞれ、契約に対しての期限や残りの取引をギルドカウンターで受け取るのに必要となりますので大事に保管されてください」
「わかりました。ありがとうございました」
「これで終わりになります。お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしています」
ジーンさんは決まり文句では有るようだが、笑顔で見送ってくれた。契約が終わりハントは手続き料金を支払いギルドでの契約もスムーズに終える事が出来た。
「あ、タモトさん。朝に貼り出した依頼なんですが、もう数名ほど詳細を聞きに来た人や依頼を受けた方々がおられますよ」
「そうなんですね。それは良かったです」
「ホントですね」
ユキアも安心した表情で相槌をうつ。何の事だかわからない表情のハントは少し不思議な表情をしていたがギルド内で聞いてくる様子は無かった。後は、特にギルドでの用事が無くなった俺達は受付のジーンに別れの挨拶をしてギルドを後にした。
「タモトさん、何か依頼をされていたんですか?もし、差し支えなければ……」
「ええ。先日村への雨で川が氾濫してその修繕依頼を出したんです」
俺が説明するよりも先に、ユキアが説明をしてくれる。たぶん、ゴブリンの事までは言う必要もないと思い言わなかったのだろうと思う。
「なるほど、それは大変ですね」
「もう、数人が興味を持ってくれて。思いのほか人手がそろいそうで良かったです」
「そうですね」
「ねえねえ、お姉ちゃん達はこれからどうするの?どっか行くの?」
キアはハントの横で暇そうに周囲を見ていた。今の格好は舞台衣装からも着替えており、街の女の子にしか見えない。今俺達はギルドの入り口で立ち話をしてこれからの予定を考えている所だった。
「特に用事もなくなりましたし、夕方までどうしましょう?タカさん」
「ハントさんは何か用事がありますか?」
「キアと遊んできて良いと言われているので、キアは服屋に行きたいんだっけ?」
「うん!」
「良いですね。私も服を色々見てみたいです。駄目ですか、タカさん?」
「俺は構わないよ。ああ、そうだ、ユキア。先程のお金を預けておいても良いかな?どうも、慣れなくて落ち着かない」
俺は先ほど受け取った金額の袋を、持ちながら苦笑してみる。
「私も、もし無くしたらと思うとドキドキします。半分ずつにしませんか?」
「そうだね、ユキアも欲しいものがあれば買えばいいし」
互い分のお金を分け、ユキアに渡す。財布の中には金と銀の2種類しかなく分けるのは簡単だった。まだ、お金の扱いには慣れてはいないが、何とかなりそうだ。
「ユキア、服屋の場所は知ってる?」
「いえ、街の中のお店はあるんでしょうか?バザーにも数店は出品しているみたいですけど」
「あ、ならこっちに行こ!良いお店が有るの」
キアがユキアの手を握り先に歩き出す。どうも、お目当ての店は中央広場のバザー内にあるようだった。
「よう!兄ちゃん。また来てくれて嬉しいぜ。お連れの可愛い娘ちゃんはどうしたんだい?」
「ええ、向こうで服を見てますよ、ちょっと長くなりそうなので、またお邪魔してすみません」
そう言いながら俺は苦笑する。バザーの店の中で服屋を見つけたのは良かったが、それからが長かった……。
始めの10分は、相槌をうつ程度に付き合っていたが一向に決まる様子も無く。15分を過ぎたころから、一層熱が入りだして店員も可愛い客に乗り気になり終わりそうになかったのだ。
「そうかそうか、まあ、女の子の買い物に付き合うと大抵はそうだよな。そちらは、お友達かい?」
俺にはハントが付いてきており、俺と同じく互いに服屋での疲労が表情にわずかに残っていた。
「どうも、失礼します」
「全然構わないぜ、良ければ買って行ってくれ」
「あ、それでですね。さっき見せてもらえた腕輪はまだありますか?」
「ああ、まだあるぜ。なんだい気に入ったのかい?」
「ええ、少し懐が暖かくなったので。ちょっと興味が出てきて」
「おお、そうかい。それは嬉しいこった。そうそう、さっき箱に戻そうと思ったらよ、同じ製作者の別物も有ったのを見つけてよ。どうたい?そっちも見てみるかい?」
「商売上手ですね」
俺は笑いながら、是非にとお願いする。ハントは店先に並べられたスカーフを眺めているようだ。あの色鮮やかな種類のやつだ。
「こいつはさ、さっきの白色の彫刻とは違って、こっちは黒色なんだわ、それにこれはどうみても明らかに男物だろう?」
「ホントですね」
見せられた腕輪は全体を黒色に染めてあるのか、それとも、もともとその色の素材なのかわからない。しかし、男物とわかるのは、腕に通す大きさが女性物にしては大きい事や彫刻してある素体が狼らしい獣であることからの想像でしかない。あと大きく目を引いたのは、獣の口に窪みがあり何かはまっていたらしいという事だ。
「ここには何が?」
「ああ、その凹みだろ。なんせ在庫に有る事さえわすれていたもんだからよ。どんな経緯で買い取ったか覚えてねえんだ。たぶん、白の腕輪とセットだった気もするんだが。そのくぼみには元々何もはまってなかったと思うぜ」
「そうですか、んー白い腕輪を買いたいと思うんですがいくらです?」
「お!買ってくれるか。素材自体は珍しいものでもないみたいだからな。デザイン料金くらいだと思っていたし、在庫の肥やしになってたからよ。白腕輪なら6銀でどうだい?」
提示してきたのが予想通りの金額でよかった。在庫の肥やしになっていたのは本当のようだ。
この素材が金属とかならば、その彫刻技術料金で数金程と高くなるのだろう。
「良いですね。なら、黒い方の腕輪と一緒に買うのでまけてくれません?」
「いいねぇ。今日は良い日みたいだ。黒い方は、さっきの通りわからない凹みもあるしよ。5銀と行きたい所だが、二つまとめて買ってくれるなら1金でどうだい?」
「じゃあ、二つまとめてお願いします」
「へえ、タモトさん買い物されたんですか?」
いつの間にか、ハントが近くに来ており興味ありげに笑顔で聞いてきた。
「ええ、ちょっと装飾品を」
「プレゼントですか、良いですね」
「ハントさんも、何か買うんですか?」
「ええ、妹が舞台衣装にリボンとか付けたいというもんですから。父親が反対してましてね。それならと、衣装に似合いそうなスカーフを数枚買おうかと」
ハントの選んだスカーフは確かに、鮮やかさのあるものばかりだが、原色というよりも薄緑や水色と綺麗なものを選んだ。
確かに、妖精の衣装にリボンは可愛いかも知れないが、シリアスなシーンには難しいだろう。スカーフで有れば、妥協しても綺麗さが目立つかもしれない。
「おお!兄さんも買ってくれるんかい!今晩は酒場で一杯いけそうだ」
ハントの購入したスカーフは一枚1銀と5銅であり、3枚のまとめ買いだった。さすがに見切り品ではなく合計金額はまけれなさそうだった。
「まいどあり!兄ちゃん達、また来てくんな。見るだけでも良いからよ」
「それじゃあ」
腕輪を2組受け取った俺は、何も入れ物をもって来ていなかった事に気づく。まあ、良いかユキアに直ぐ渡すつもりなのだ。後は、男物のほうを俺がつけようと思う。あまり、元の世界でも装飾品とは縁が無かった。仕事中は処置毎に手を洗う機会も多く時計などもつけることはほとんど無かったのだ。
「似合いますよ」
「ありがとう」
ハントが俺の左腕に通した黒い腕輪を見て褒めてくれる。ぴったりと密着する腕輪ではなく円環の余裕のあるタイプだ。何にも付け慣れない感じはあるが、そのうち慣れるだろう。空いた箱も一応持っておくことにする。もし外す時には入れ物にしようと思うのだ。
「そろそろ、買い物が終わってるといいんですが」
「だね」
ハントと二人、ユキア達の待つ服屋に戻る事にする。しかし、もう終わっているかもという男性陣の期待は裏切られる事となる。
二人は女性の買い物を甘く見ていたのだ。
「タカさん、これ似合いますか?」
バザー内の日焼けしないようにテント張りしてある服屋に戻った後も、ユキア達は白熱していた。
「どこかに行ってたんですか?」や「買い物したんですか?」等聞かれるかと思っていたら、俺達が居なくなっていた事さえ知らなかったんではないかと思うほどに服選びに夢中だった。
すでに何着かを候補にしたのだろう。店の中には、数着別に分けられているものがあった。まさか、全部買うつもりなのか?
「ああ、色も綺麗だね。似合ってるよ」
何度目の言葉だろう。似たようなワンピースを何度見ただろう。違いがわからない。けっして、この事実は恐ろしくてユキア本人には言えないものだ。
「もう少し、スカート丈が短くないとすぐ汚れちゃいますよね」
ぶつぶつと言いながら。自分でスカートの丈を折りながら自分の身体に服を当てていた。ユキアは普段着を探しているようだ。いや、それ以上スカートを短くしたら色々問題だと思うけど。まあ、診療所は村の男性で大繁盛だろうな。
「何着か買うの?」
「2着程に選ぼうと思うんです。ここのお店は結構安いんですよ」
服を見るが、値札らしき物が始めわからなかった。後で、ユキアに聞いてみると大抵は決まったところに値段表示代わりの糸が縫われているそうだ。
黄色が金、白が銀、黒が銅という表示らしい。そして、糸が結んである回数で端数の金額を表示しているらしい。白糸で結びが6つなら6銀という風にだ。今、ユキアがもっているワンピースがまさにその値段だったが、それを知るのはずいぶん後の事だった。
「お姉ちゃん決まったぁ?」
「うん、これだけに絞れたわ。キアちゃんも選べた?」
「うん、後は兄さんにおねだりするだけ」
家族とはいえ見世物の一座で働いているキアは、まだ自分で金銭管理をさせてもらえてないという。その代わりに、兄のハントが買い物に付き添う事が多く、兄の判断の後に支払うのだという。
キアの選んだ一着はパンツタイプのような一見男の子様に見えるが端々にフリフリのフリルとリボンが付いており、きっと着たら活動的で似合っているだろう。
「タカさん、それは?」
ユキアは俺の買ってきた箱に気づいたようだ。
「ユキアへのプレゼントを買ったんだ」
「えっ?ホントですか?」
「ひゅーひゅー」
横から、キアがからかって簡素な口笛を吹いているが、当の渡す本人の頬はややピンク色で、まだうまく理解できていないようにポカーンとしていた。
「み、見てみても良いですか?」
「ああ、別に隠すつもりも無かったし。良かったら早く渡したかったかな」
箱を受け取ったユキアは、そっと箱を開けて目を見開き驚く。
「これって、さっきの腕輪・・くれるんですか?」
「ああ、ユキアに似合うと思ってね」
「私にですか?」
「ああ、一応おそろいな」
「ありがとうございます・・・」
俺の左腕につけた黒い腕輪を見せる。そっと、腕輪を箱から取り出したユキアは、左手を通し腕に付ける。思ったとおりだ、良く似合う。すると、何を思ったのか、ユキアは数着に選んでいた中から迷い無く2着を選ぶと店番の店員に値段を聞き購入する。
「あれ?悩んでたんじゃないの?」
「いえ、良いんです。この2着じゃないと駄目なんです」
そう言うと店員から、服を包んだ袋を手渡されていた。さすがに、服屋はそのまま現物を渡すことは無いんだと思ってしまう。
「ん??」
「んもぅ、お兄ちゃん鈍いなあ。腕輪に洋服の柄を合わせたんじゃなぃ」
キアが肘で俺を突いてくる。なるほど、確かに選んだ服は白をベースにした2着だ。他の候補となっていた服は濃い色合いの生地が残されていた。また、キアも兄を見つけ、選んだ服は反対も無く購入していたようだ。
「それじゃあ、自分達は帰りますね」
ハントとキアは、一座へ戻るのだろう。俺達も朝から依頼や移動をしっぱなしで少し疲れてきた頃だった。
「ええ、俺達もそろそろ宿に戻ります」
「そうですね」
「じゃあ、お兄ちゃんお姉ちゃん公演見に来てくれてありがと。また、近くの街に着たらぜひ会いに来てね」
「お二人ともお元気で」
手を振りながらキアとハントと別れる。ユキアは少し寂しそうだったが、巡業をしている一座だしこれからまた会う機会もあるに違いないと思う。
「ユキアは、あとどこかに行きたいところはある?」
「いえ、あ、本屋に行きたかったですけど、明日でも大丈夫です」
俺達はバザーを出る路を行きながら歩を進める。確かに、明日は予定という予定も無かった。村への出発はオルソンさんの状況次第だが、予定らしい物と言えばギルドに寄らないといけないくらいだ。遅くても昼からの出発になるだろう。
二人と別れてから、俺達は特に急に寄りたくなった場所も無くすんなりと宿屋へ戻ってきた。まだ、宿屋に戻っていないかもしれないと思っていたオルソンさんは、カウンターで「お連れの方は、食堂におられますよ」と宿の主人に教えられ、自室に戻るより先に食堂へ向かった。
「今、戻りました。オルソンさんは早かったんですか?」
「おお、戻ったか。首尾はどうだ?」
オルソンさんの腰掛けたテーブルには、お酒のコップと魚の燻製のような皿があった。夕食にはもう直ぐだが、先に始めてましたという感じだった。
「ええ、無事に依頼も出せました。買い物も出来たので帰ってきたんです」
「そっかそっか、俺のほうは無事補充品の依頼が出来て、そっちも上手く宝石が売れたようだな。頼まれ仕事も終わったし、おかげで今日はゆっくり飲めそうだ!」
「そうですか、あ、オルソンさん少し話す事があるので後で時間良いですか?」
「ああ、まだ酔っちゃいない。話ならなるべく早くな、後で冒険者のワング達と行きつけの酒場に行こうってことになっててね。二人も来るだろうって言っておいたが?」
「ええ、ほどほどにお付き合いします」
「私も良いんですか?」
「ああ、もちろん」
待ち合わせ時間を決め夕食の鐘が鳴ったら集合という事に決まり、俺達は自室に戻る事にした。
ユキアも部屋に戻り、俺は自分の部屋に入ると、今日、アロテアの街の色々な所にいけた事に満足していた。その代わりの疲労感はあるが、初めてこの世界に来て落ち着いて自分の周囲の状況を見れたんじゃないかと思った。
今までは、怪我人や災害への対応で手伝いをし、獣に襲われながら命が危険にさらされ落ち着く暇も無かったからだ。
今日、改めて別の世界に来た事を噛み締める余裕が出来た。ギルドやバザーでは人々の生活に触れ、見世物一座では娯楽を知った。自分で買い物をして装飾品を身につけたことで、ようやく、この世界の一部と一人になれた気がしたのだ。
「ミレイ?」
いつもは騒がしい精霊も今日は何か静かだ。そっと、ポケットを捲って見ると、宝石を大事そうに抱えながら目を瞑っていた。寝ているみたいだ。
ベッドに腰掛けると、静かな静寂が様々な思いを思い浮かばせて来る。もし、ユキアに出会っていなかったら、女神像を訪れる事も無くミレイに会えていなかったら、今わずかに感じる孤独が、本来の自分の状況のはずだった。
知らない世界に召喚(連れてこら)され知り合いも居ない状況で、この精霊やユキア達と出会えた事がどれほど幸運だったのかわからない。
しかし、近いうちに一週間という予定だが、ユキアと離れれる事になる。ミレイは近くに居てくれるが、寂しくないと言えば嘘になる。
「気に入ってくれそうで良かった」
ユキアへ渡した腕輪も、心の支えになってくれた感謝のつもりだった。本人にその自覚が有るかは分らないが、一人では無く繋がっている印を残したかったのかもしれない。
もし、自分が元の世界に帰る事になり記憶が無くなるとしても、互いの腕輪だけは繋がりの証を残せるようにしたいと無意識に思ったのかもしれない。
「あーぁ、一人になると色々考えるな・・」
ミレイを起こさないように呟く。シャワーを浴びるほどに汗もかいていない。むしろ、飲みに誘われているのなら、帰ってきた後で入りたいと思う。
ベッドに横になりながら、俺はウトウトと仮眠しようとして、少しの間孤独な思考のどうどう巡りで思い悩むのだった。
『カランカラン』
しばらくして、夕食を告げる各階の鐘が鳴る。俺は仮眠後サッパリとした覚醒ではなかった。きっと考えながら寝たためだろう。準備をしようと起き上がったときに扉のドアがノックされた。
「タカさん、居ますか?そろそろ、行くそうですよ?」
「ああ、ちょっと待ってて」
俺は外していた金銭の財布や寝るために脱いでいた上衣を着て部屋を出る。部屋の前には、昼間に買った白いワンピースを着たユキアが待っていた。
「えへ、着ちゃいました」
「似合うよ。キイア村の人だってきっと誰もわからない」
「んもう、村は関係ないじゃないですか!タカさんは、一言多いです」
ユキアの左腕に鈍く光る腕輪も服と同じく似合っていた。
俺達は、オルソンさんがきっと居ると思う食堂へ向かい。その途中、「ミレイちゃんは?」と聞くユキアに、「はしゃいで疲れたのか寝てる」とだけ伝えながら向かった。
「おお、ユキア。見違えたよ。それが、今日の戦利品か」
「はい!こんな格好でも酒場に行っても大丈夫ですか?」
「良い良い!タモト君、しっかり他の男から彼女を守ってやれよ」
「ははっ、頑張ります」
俺達は宿屋の主人に飲みに出かける事を告げて、宿を出た。目当ての酒場は、冒険者達が好む酒場で広場の通りにあるそうだった。
宿屋からの路は、もうすでに薄暗くなっており街灯に明かりを灯しに回っている人がいた。朝の賑わいを見せていたパン屋も店を閉める準備で、並んでいるパンも殆ど無くなっている。
「タモト君の話の内容は着いてからで大丈夫か?」
「タカさん、話ってギルドでの事ですか?」
「ああ、その事だよ。そうですね、着いてから話します」
ユキアは何か言いたそうにしていたが、何も言う事は無かった。
宿屋の通りを出て、広場の通りに出た時には、数々並んでいたバザーも殆どテントの屋台のみを残して居なくなっていた。
今ならば、バザーの店舗で隠れていた見世物一座のテントがはっきりと全体像が見える。見世物一座のテントにも灯りがポツポツと見え、きっとあの兄妹の二人もそこに居るんだろう。
「さあ、ここらしいぞ。『癒しの雫亭』だ」
俺達は、酒場の両開きの扉を開けて中に入る。一気に喧騒が聞こえ、お目当ての集団がどこに居るのか人目で探すのが困難なくらいに冒険者や商人風の客で賑わっていた。
店内は2階と吹き抜けに中央がなっており、ちょうどその真ん中に上に上がる階段がある。給仕らしき女性が、テーブルの合間を縫いながら、料理や酒を運んでいた。
酒場の中は、他に宿泊施設などは併設していないようだった。生粋の酒場兼食堂である。俺達は中央の2階を見渡せる位置まで進み、どこのテーブルで待っているのか周囲を見回し探した。
ユキアが他のテーブルを通るときに口笛等の男性陣の軽いちょっかいを感じるのは、ちょっと不快だった。
「おーい!こっちだこっち」
2階の階段を上ったあたりのテーブルから、街道で見張りを一緒にした剣士のハンスが呼んでくる。隣にはワングさんもコップを掲げて挨拶してくる。
「待たせたようだな」
「今始めたところだ。後は、もう直ぐしたらミーシャも来るはずだ」
「そうか」
俺は、ハンスに「よぉ!」と挨拶され、その隣の席に座る。
ユキアも俺の隣に座る。
「何を飲む?」
「ああ、わからないから、同じやつを」
「ユキアちゃんは酒抜きでいいんだよな?」
「ハイ、お願いします」
オルソンさんは、斜め向かいに座りワングさんと挨拶していた。まあ、ギルドでの詳細を話すのは乾杯後でも良いだろう。
「お待たせしました」
3人分の飲み物が配られ、準備が出来たとばかりにコップを手に持つ面々。音頭はもちろんワングさんだった。
「じゃあ、今日も飲むぞ!乾杯!」
「「「乾杯」」」
アロテアのお酒は、蜂蜜酒をそれぞれが好みで、ワインや果汁などと割るのが主流みたいだった。ハンスと同じ物を頼んだが、柑橘系で渋味を付けるのが好みみたいだった。
「タモト君、何か話しがあったんじゃなかったか?」
オルソンさんは一杯目の乾杯後に口をつけると、向かいの席から話しかけてくる。近くに居るハンスやワング達は、それぞれに話しながら騒いでいた。
「ええ、村長から預かった手紙の依頼の件で、少しアロテアの街に残る事になってしまって、それで、俺だけオルソンさん達と一緒に村に帰れなくなりました」
「ほお、手紙に何か依頼でもあったのか。まあ、頼まれ仕事ならしょうがないだろうがな」
「一週間くらいで終わると言われてるので、一応伝えておきたくて」
「そうか、俺達も頼まれていた商品やギルドへの依頼が終わったから、明日にでも村に帰ろうと思ってたんだが」
「やっぱり、そうですか」
オルソンさんには、アロテアのギルドでキイア村のギルドマスターの仕事を頼まれた事を言って良いのか判断はつかなかった。今はまだ、村長から村の人達に発表するまでは自分の口からは言いにくい内容でもあったからだ。
「ユキアも何か頼まれたのか?」
「いえ、私はギルドから村長宛の手紙と荷物を手渡して欲しいと頼まれたので、明日受け取るだけです」
「そうか、じゃあ、明日はその荷物を受け取ってからの出発になるな」
「なんでえ、帰っちまうのかよ。せっかく来たんだからゆっくりして行けば良いだろうに」
ワングさんが、話し込んでいる俺達を見かねて声をかけてくる。
「タモト君が街に残るらしいがね、俺とユキアの二人は村も忙しいだろうから帰るさ」
「そっか、じゃあ今日は二人の送別会も兼ねてって事だな!」
ワングさんは片手に持っていた酒の瓶から、オルソンさんと俺のコップに注ぐ。どさくさに紛れてにユキアにも注ごうとするワングさんだが、ユキアの笑顔に断られて簡単に断念していた。
「おーい、明日には村に帰るらしいぞ。今日でお別れってこった。皆も別れを言っとけよ」
「「「オオゥ」」」
それから次々に酒を注ぎにくる面々だったが、それぞれが別れの挨拶をしてくる合間に、誰かが注文していた料理がテーブルに届きだす。
穀類のふかし物、ペンネのような練り物を香辛料で味付けしてあるものや、肉の腸詰にハーブが混ぜてあるものがメインだった。
「お待たせ、もう始まってた?」
ちょうど料理がそろった頃に、ミーシャさんが酒場に着いたようで俺達を見つけて席に着いた。
「おお、ちょうど良いくらいだ。なんだ、仕事だったのか?」
「まあね、本職ってやつ?」
そう言う、ミーシャの格好は魔法や弓を構えていた冒険者の格好とは違い、タイトな膝丈までのスカートで白のワイシャツと言った上に、細いネクタイをしていて一見女性教師かOL風の格好だった。ギルドでもそうだったが、仕事の内容に応じて制服というものがあるようだった。
「本職って、何をしてるんですか?」
ユキアがミーシャの格好に驚きながら聞いている。
「ん?ユキアちゃんー可愛い格好してぇー。道理でさっきから酒場の男達がちらちら見てるわけね」
「ん、もう。そんな事ないですよぉ」
「仕事はね?街の財務とか税収を取り扱うところよ」
「へ?」
「はぁ?」
案の定、近くで聞いていたワングさんもユキアもミーシャの意外な返答には直ぐには理解が付いていけてなかったようだ。
俺でさえ、なんでそんな人が冒険者などしているのかと思ったほどだ。
「ほら、そう言うと大抵みんなそんな顔するわ。けど、仕事が無い時なんて暇なものよ?決算の前は凄く忙しいけど、何も無い日は仕事場に行ってる意味があるのかって思うくらい。おかげで、その空いた時間に休んで冒険者の仕事で稼いでるわけ」
「ほ、ほおぉ。そうか」
ワングさんの様な生粋の冒険者にとっては、まったく意外な答えだったのだろう。
「まあ、良いじゃないっ。乾杯しよっ!」
「おぅ、そだな!」
俺達は3回目の乾杯をして食事を楽しむ事にしたのだ。
実を言うと、俺はお酒があまり強くない。ほろ酔いを感じる間も少なく、気分が悪くなったりする。それは異世界に来ても変わっていなかったみたいだ。
「タカさん、大丈夫ですか?」
「ああ、ユキア、大丈夫。ちょっと酔いを覚まそうと思ってね」
俺は、食事やお酒をほどほどに飲み食ベ終えて、トイレに席を立ったついでに2階に作られているテラスに出て来ていた。
今がちょうどほろ酔いの気分だった。少し酔いを醒ませば、もう少しはお酒を楽しめるはずである。
テラスの周囲には客も居らず、その理由はテーブルが無い為だろう。今は見える景色を楽しみながら立ち飲みをしているような客も居なかった。
広場が一望できる場所の柵にもたれながら外を眺めると、目の前には街の中央広場が広がっており、所々街灯が広場を照らしている。
「タカさんが、こっちに行くのが見えたので来ちゃいました」
「うん」
「どうかしました?」
「いや、楽しい時間だなと思ってね」
「本当ですね」
俺は、ぼんやりと街灯で照らされる広場を見つめていた。ユキアは俺の隣に同じように柵にもたれ外を見つめている。白いワンピースはわずかに街灯を反射して風に揺れていた。
「俺が村に来てから、今日ほど落ち着いてこの世界の色々な事を感じて見れた事はなかったよ」
「そうですね。確かに、大変な事ばかりでしたから」
「村の皆にはホント感謝してるんだ。もちろん、ユキアにもね」
「そんな、私も何度も助けてもらって、もちろん、村の皆もタカさんをきっと頼りにして感謝しているはずです」
「そうかな?正直、始めは知らない土地に来たくらいしか思ってなかったけれど。一度村を出ると、それを余計に実感したよ」
俺の言葉に、ユキアは言葉を飲み込み搾り出すように俺に質問をする。
「タカさんは、元の、場所〔世界〕に……戻りたいですか?」
「いや、今はまだ。俺がなぜ選ばれて連れて来られたのか、何をしないと……いや、俺が何を出来るのか……それを見つけて、やり遂げたいと思うんだ」
「……よかった」
突然に、ユキアの声のトーンが落ちる。
「ユキア?」
見るとユキアの瞳から輝きが零れ落ちていた。
一筋の涙が頬をつたいゆっくりと跡を残す。
広場を眺めていたと思っていたユキアは、体をこちらにゆっくりと向ける。
「ずっと、不安でした。ゴブリンに倉庫に閉じ込められた時も、一斉に襲われた夜も、街道での狼だって、タカさんは逃げる事も出来たんです。戦う必要も無かったんです。でも、皆を守ってくれました。怪我を負ってまで、私も守ってくれました」
「ユキア……」
「だから、いつか居なくなるんじゃないかって不安だったんです。ここ〔この世界〕が嫌になって、急に居なくなるんじゃないかって」
ユキアの涙は留まることなく頬を伝う。少しうつむきながらも言葉が出ないのは、きっと伝えたい事が多すぎるのだろうと思う。
俺は、頬を伝う涙を拭うようにやさしく指で涙の跡を消しながら、そっとユキアの顔を持ち上げる。
「タカさん……?」
ユキアは少し驚くような表情で、俺の頬を支える手に自分の手を重ね。
「タカさん……好きです。お願いです、黙って居なくならないでください」
ユキアは目を閉じると、あふれる涙が零れ落ちる。
ユキアは俺に体を預け腕の中にもたれる。
「ユキア今までありがとう。君が居なかったら俺は、きっとこの世界が嫌いになっていたと思う。今、やりたい事が見つかりそうなのも、村の皆が居たからだけじゃない、ユキアがそばに居てくれたからだって思えるんだ」
「はい……」
「俺もユキアが好きだ。急に居なくなったり、ユキアの事を忘れたりはしない」
「はい……」
俺は、ユキアの体を腕の中から離すと、涙でわずかに湿った唇をそっと俺は唇で塞いだ。頬にあてていた手を肩に回し、わずかに震える肩を暖めるように軽く抱き包む。
そして数秒間だけ、俺達二人は動くことは無かった。
「ぇへ。約束ですよ?」
ユキアは再び顔をうつむき、耳と頬を赤くしていた。流れた涙は零れ落ちることを止めて、仄かに街灯の光を反射している。
「わぁーおぅ。見ちゃった」
「ミレイ!」
「ミレイちゃん!」
ギクッと硬直する俺達二人。そうだった!俺には取り憑いている精霊が居たんだった。
ギギギっと引きつった表情のまま俺はポケットを見つめると、キラキラ瞳を輝かせたミレイが、ポケットから見上げて居た。
「いつからだ?」
「ん?おにぃちゃん、なんのことぉー?ぷぷぷっ」
「い、つ、か、ら!見ていた!?」
「ぇーと?何をしないと、いや何をしたいのか、それを見つけてやり遂げたいと思うんだぁ?」」
いや、俺の真似か?そんな恰好つけてたか?ミレイ。
「「初めからじゃない」か」
「もうね!もうね!!うちが今出ちゃ駄目だって女神様の声が聞こえるかって思ったよっ!?うち!頑張って我慢したからね!褒めて!褒めてっ!!」
「「……」」
ユキアは顔まで真っ赤になり、もう言葉も出せない様だ。
「誰にも言うなよ?」
「エエェ!?なんでぇ」
「何でもだ!」
「お願いミレイちゃん、ねっ?秘密で」
「キャハハ、秘密ね、前と同じだね?ぷぷぷっ」
「ミレイ、前って何のことだ?」
「タカさん何でもありません!ミレイちゃんっ!」
ユキアは必死に人差し指で内緒にとミレイを説得していた。もう、ユキアの表情の中に悲しさや不安は消え去っていた。
ミレイもキャハハッと笑顔を振りまいていた。そう、ユキアだけじゃないミレイもそばに居てくれたから、俺は絶望せずに笑顔で居られるんだ。
「さあ、戻りましょうタカさん!」
「ああ」
まだ、終わりを見せない宴はわずかに笑い声を響かせながらアロテアの街に響いていくのだった。




