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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
召喚編
3/137

2

「もぅ、タカさん、寝すぎじゃないかナ!」


 ユキアは独り言を言いながら診察室兼病室へ向かう。朝ご飯には起きてくれないと、私もお母さんもお勤めがあるのに。なんて思いながら表情は微笑が占めていた。母親に「起こしてきてちょうだい」と言われても断らずむしろ喜んで引き受けた感があったのだ。

 タカと言う旅の男性が家に来て3日目の朝だった。すこし心配した足元のふらつきの症状も無くなり、昨日の一日は村長の家に伺い、しばらく村で療養してお世話になる事を挨拶しに行ったりとそれに自分も付き添ったのだ。

 その後は、村の中を案内したりとそれだけで半日を使ってしまい。怪我人に無理はさせられないと気がつき、残りの半日は休んでもらった。

 それにしても丸々残り半日を寝て過ごすとは、話をしたかったユキアにとっては、寝すぎじゃないかなと思ったのだ。


 トントン


 一応、自宅の家の病室ではあるがノックはしたほうが良いよね。と微妙な乙女心でノックをしたが、部屋の中からのタカさんの返答がない。この扉の向こうで、若い歳近くの男性が寝ていると思うと、むやみに扉を開けて良いのかと一瞬ためらってしまう。


「んーしかた無いよね。起こさないといけないし」


 などと自分で納得しながら扉を開け、部屋の中に入る。カーテンなどなく木窓が閉まっていて、中は薄暗いがベッドにタカが寝ているのは見ることができた。横に寝ている為か顔は壁を向いていた。熟睡しているみたいだ、私が来たことも気づいてない。


「タカさんー?朝ですよ。朝ごはんできてますよ」


 私は肩をゆすりながら声をかける。まだ朝なので結んでない私の髪がハラリと肩から垂れる。起きない、もう一回だけ。


「タカさんーもう朝ですよ?」

「うぅーん」


 タカさんが起きそうに寝返りをうって私の方を向く。あっ、と見つめる間に私の髪がタカさんの鼻にハラリと擦った。


「んー、ハッ、くしゅん」

「きゃっ!」


 ぼすっ


「うお!」


 見事に私がタカさんのベットに覆いかぶさる様に落ちた。くしゃみで勢いよく寝返りをうったタカさんが、私の体を支えていた腕が払われた結果、寝たまま抱きつくような姿勢になってしまったのだ。何が起きたのかわからず思考が停止する。

 え!?あ!?えっ?私の胸が!胸が!当たってる。偶然の女神のいたずらだった。絶対そうです!


「きゃっ、きゃぁ!」

「ぇ?えっ??」


 ベッドの上で互いに混乱状態になり、言葉も上手く出ません。起き上がりたいのに、手はどこについたらいいのっ!?あ、嫌っタカさん今は動かないで!!

 手探りで立て直そうとするもタカさんの体に当たってしまって踏ん張れないまま、長い時間に思えましたが、実際は5秒くらいだったみたいです。後々考えてみたら、もー30秒ぐらいあったんじゃ無いかと感じがしてしまう。


「すっ、すみません! 起こしに来たんですがこけちゃいました」

「ハッ!、ハイ! 起きました。バッチシ起きました!!」


 もう、私の顔は赤面である。起こさないといけなかった役割とかすっかり忘れてしまいました。

今は、恥ずかしさでタカさんの顔が見れません。数秒して、やっとこの部屋に来た役割を思い出して。


「タカさん、朝ごはんできていますので、準備ができたら食べてくださいね?」

「は、はい、わかりましたすぐ行きます」


 互いに落ち着いて、やっと伝えられたことに安心する。寝すぎですと言いたかった気持ちはどこかに吹き飛んでしまっていた。ギクシャクと扉から出て行って、私は台所へ戻ることにする。


(フフ、緊張しちゃったけど、あわてるタカさんを初めて見ちゃった。ふぇぇん、胸があたっちゃったぁ。もう少し、胸があれば良いのに。あっ、下着つけてなかったぁ。ふぇぇぇっ!)


 なんだか、涙目のまま部屋を後にして、朝の出来事でドキドキ感が収まらないユキアだった。

食卓へ向かうユキアの表情がすこし微笑がおびていたことを誰も知ることはなかった。



 俺は、人生で初めてこの異世界に来て、女神様もしくは神様を信じて良いかもしれないと冗談にも思ってしまった。さっき、ユキアが起こしに来た時の偶然事故は、驚愕の事実を俺に教えてくれたのだ。


「この世界は、いあ、ユキアは必要ないのか?」


 俺は決して本人に聞かれてはいけない思いを呟きながら、ベッドに腰掛け起き上がった。外見からそうだろうとわかってはいたが、ユキアの胸は決して大きいという訳ではなかった。しかし、見るのと直接感じるのでは、まったく違ったのだ。慌てふためくユキアを抱く姿勢になり、そう、自然に偶然にだ。偶然と洋服越しにも感じたのだ。

 ユキアにとっては、部屋着で薄着だった理由もあり、その事情を俺は知ることも気づくことも浮かばなかった。それだけに俺にとっては衝撃的な朝だったのだ。

 実際は、この世界のすべての女性が胸当て(ブラジャー)を付けない習慣があるのではなかった。胸を布で巻くしか方法が無いからであり、母親であるユリアは実際胸に巻いて使っていたのだが、その話題に触れることは無いだろう。ただ、普段の生活からは、外見から見えない服装だからという理由だけである。

 俺は、いつまでも余音に耽るわけにもいかず、衝撃的な朝の体験だとしても、眠りすぎて頭のボーっとする思考を無理やり切り替えて朝食へ向かう事にした。昨日の一日でユキアの自宅の手洗い場などの説明は聞いており、洗面の場所は家の裏手にある水がめを使ってくれと言われていたので、まずは気分を変えようと向かう事にした。 


 顔を洗ってきた俺と3人そろい朝食を一緒に取っている最中、ユキアの母親であるユリアさんは怪我人である俺を起こしにいった後からユキアが耳を真っ赤にして恥ずかしそうにしている様子に何も聞かなかった。ユキアの挙動不審に不思議に思ってはいたみたいだが、俺とも話をしていてすぐ顔を赤らめる様子に、疑問の表情を浮かただけで深くは追求しないみたいだった。

 食事が終わる頃の話題には、ユキアの態度も次第に普段どおりに戻り、朝食後には日課にしている女神様へのお祈りに行く仕事があるのだと言う。俺自身もこちらの世界へ来る前に行っていた家族や看護学校の方も大丈夫かな?という呟きが興味を引いたのか朝食後にはその話題に盛り上がってしまった。


「へー、タカさんは国でヒーラーの勉強をしていたんですかぁ?」

「と言っても、まだ2年くらいだけどね。ユキアの方が全然先輩だよ」

 (ユキア自身5歳くらいから親の手伝いで診療所を手伝っているらしいし大先輩だなぁ)

「そうですかー、えへへっ~」


 恥ずかしさに、はにかむユキアは可愛ぃなと思う。こう見るとやはり歳相応に見える。朝の恥ずかしさは、吹っ切れてもう全く無いようだった。


 俺はユキアには学んでいたと理解してもらっているが、患者を400床を抱える大病院があったり、看護師なんて職業も想像もできないだろうと説明をあきらめる。

 ユキア自身が生粋のヒーラーの一族なのだ、特に、この世界では医師の診察と治療と看護なんて区別さえないのだろう。ヒーラー自身が癒しを司り病気を判断し、治療を行ってその後に看護する存在なのだと朝の会話で気づいた事だった。



 ドン!!ドン!!

「ユリア先生!!いるか!?大変だ!!先生!!」

「どうしたの?サオンさん?」

「ダオのやつが、野良ドードーに噛まれやがった!!」


 朝食が終わり、ユキアが外行きの着替えを終え、髪を結い終わり祈りへの身支度を整え出かけようと扉に手をかけた、その時、突然、玄関を荒々しく叩き開けて屈強な30歳台の男性が入ってきた。

 そして、息を切らしながら叫ぶ。ユキアは玄関先で出迎える形になり、驚いた表情で「サオンさん?」と男性に問いかけていた。


「すぐ診療所に運んで!ユキア手伝って。・・・・・・タカさん申し訳ないけど手伝って欲しいの。台所の残り火に薪を入れて鍋を2つかけて頂戴!」


 血相を変えたサオンと言う男性の話を聞いたユリアは、立ち上がるなり大きな声で俺たちに指示を飛ばす。さっきまで笑顔で食事していたユリアとは別人だった。


「うん、母さん」

「わかった」


 サオンさんと共にユリアは玄関から患者を迎えに診療所へ走る。俺がさっきまで寝ていた診療所兼病室は、母屋からと外からの両方から入れる扉が設けられているのだ。

 一気に和やかな朝食の団欒の空気から緊張の張り詰める雰囲気へと変化する。二人は診療所の方へ走って行き、俺は言われたとおり台所の端にある薪を残り火の窯に投げ込みながら、診療所の方が慌しくなるのを聞いていた。



 △▽△▽△▽△▽△▽△▽△


「痛てぇ!痛てぇよー!!助けてくれぇー!!」


 私が診察室へ入ると、ダオと言われる男性が男二人に押さえつけられながら、それでも何とか起き上がろうとベッドの上で暴れていた。簡単にサオンが状況を教えてくれる。

 朝から、村の北側にある山間の伐採場にて木を切っていたところ、朝露で湿った草に足を滑らせたダオという男性が、ドードーの巣に落ち興奮した獣によって襲われ怪我をしたとのことだった。

 ドードー鳥自体30cm~50cmの大きな嘴をもつ巨鳥である。全長2mほどの大きさもあり羽は退化している為飛ぶことは無いが、脚力と顎の力は当たり所が悪いと命を落とす。

 助け出す時点で木こり仲間たちが退治をして助け出しており。余談だがタカが鳥に襲われて怪我をしたという説明から考えていたのもドードー鳥の事ではないかと思っていたのだ。

 事情を聞きながら、ベッドの上で暴れる男性の状況を把握していた。

 一番ひどいと思われる傷は、男性の右腕は腕の中央から先が無かった。そこからは今も心臓の拍動性と共に出血が続いている。


「落ち着けダオ!!村に着いたぞ!ユリア先生だ!わかるか!?」


 木こりの仲間と思われる男性二人が、ダオへと呼びかけながらベッドに押さえて叫び教えている。しかし、過度の興奮と恐慌状態で状況がわからず自制が効かないのだろう。

 こうなると、本来使うはずの睡眠の魔法でさえ意識を抑えるのは難しい。その上、悠長に眠らせる時間も無いように思える。今の暴れている状況では傷口からの出血が多く危険な状態という事がわかった。


「まずいわ!出血が多すぎる。サオンさんも他の人もしっかり押さえてて!!眠らせる余裕が無いから傷を焼いて止血します!しっかり押さえててっ!!」

「わかった!おめえら頑張るぞ!」

「「おう」」


 ちょうど3人の木こりに伝え終わった時に、タカとユキアが診療室の扉を開けて入ってくる。チラッとユリアは顔を見るとすぐにダオに視線を戻した。


「ユキア、傷を焼くから口に布を噛ませて」


 ユキアのコクリと頷くだけで返事を返す。さすがのユキアも重傷に緊張で返事ができない様子だった。


『我は癒しに仕える守りの人の子、小さき炎で我が道を照らす』


 魔陣を見るだけで、炎の属性で有る事が分かった。ヒーラーと言われる存在も治癒系ばかりだけでなく簡単な他属性は使うことができるのだろう。

 私の魔方陣が形成され右手に20cmの炎が灯った。


「行くわよっ!」

「「「おう!!!」」」


 炎を一番出血のひどい右腕に近づけていく。


 ジュゥゥウウウ・・

「ア”ア””ァァァァァ!!ン”-!ンン”-!!」


 ダオが焼ける激痛に叫ぶ中、舌を噛まないようユキアが布を巻いたものを咥えさせている。首を振るのにかなりの強さで吐き出そうとする布を押さえていた。 

 まず、ドードー鳥に襲われた時にかばおうとした右腕を噛み切られたのだろう。そこからの出血が一番多く。右足は踏まれたのか曲がり折れていた。


「「「「・・・・・・」」」」

「ユキア、気を失ったからもう良いわ、窯にかけた鍋に魔法で氷をだして溶かして頂戴。水の魔法で洗浄してもいいけれど、たぶん治癒まで私の魔力が持たないわ。タカさんは溶けた氷を鍋ごとここに運んで頂戴」

「「ハイ」」


 炎の魔法で止血している時も、彼女は二人の様子にも気を配っていた。

 木こりの人達なんて、傷を焼く臭いと様子にしかめ面で青ざめながら顔をそむけてたしね。わが娘ながら、あの状況が見届けられるだけでも、娘の日々の成長が嬉しくなる。


「あら、意外と良い人見つけちゃったかしら」


 今も、私の指示に息がぴったしで行動に移せて良いコンビね、と思いながら微笑むのだった。


 △▽△▽△▽△▽△▽△▽△



 俺は、ユリアに頼まれた氷の作成をするために、ユキアと共に台所へ向かっていた。


「すごいな!ユリアさんは。日頃優しい笑顔の人とは別人みたいだ」

「えへへ~でしょー。さて私も氷の魔法頑張んなきゃ」

「氷も作れるのか~、さっきの炎といい便利なもんだ」

「でも、私、氷作りは実は苦手なんだ~。うぅ」


 廊下を通りながら話をし二人とも台所に戻って来た。俺が鍋にかけていた水を外に持って行き、いったん水を捨てて台所に戻ってくる。ユキアは早速氷の作成に空鍋の前に両手をかざし数秒目を閉じている。俺はその瞑目をじっと待っていた。治癒や病気認識の魔法と違ってあまり使ったことの無い魔法なのだろうとさっきは言っていた。俺はどのように氷ができるのかワクワクでしょうがない。するとユキアの目が開き。魔言を唱え出す。


『我は癒しに仕える小さき人の子、水の形は一つでなく動きを止めここに固まれ』


 今日は朝から魔法をじっくり見る機会に恵まれている。初日は何がなんだかわからずに見つめていた魔法陣も、今から作ると宣言されているのでまじまじと観察できた。俺は、ユキアの両手から作られる魔法の銀糸に感動のため息をこぼす。


「凄ぇ……」


 今日はさっきの炎魔法といい、今の氷魔法といい魔方陣の形成に見惚れる。作られる魔法陣の意味が理解できるという事もその整った形成に見惚れる理由だった。ユリアさんの先ほどの炎の発現はボッと燃える感じでライターなどで見慣れている感じがしたが。氷の形成は別物である。霧状の水蒸気が一点で回転しながら氷の6角柱を形成していく。周りの気温も1~2度は確実に下っているだろう、少し肌寒く感じる。ようやく氷の形成が終わったのだろう、ユキアが力を抜く吐息とともに氷の形成が止まる。目の前には縦40cm直径20cm程の氷の塊が浮かび、ユキアはゆっくりと熱せられた鍋の中に入れていく。せっかく作った氷だが真水を作る為だった。


「タカさん洗う為なので、沸かさないでくださいね」

ジュウウウウウウウウー

「わかった」


 俺は、勢いよく燃える窯の薪を崩しながら、温度を調整する。鍋の中で氷の解ける音が続き、残り少しの氷が残った状態で真水が完成する。ユキアたちが何を作ろうとしているのか、俺もうすうす予想がたってきていた。


「ユキア、良いかな?じゃあ戻ろうか」

「はい、そうですね」


 ユキアのうなずきを確認して、俺は鍋を持ち診察室へと向かった。

 ユキアが扉を開き、俺が鍋を持ってきたのをユリアは確認すると、何も言わず指を鍋に触れた。確認のうなずきと共に、「ゆっくり傷口にかけ初めて」と指示を言われる。

 ユリアがとった行動は何をしたかったのか理解できている。ユキアの言っていた沸かす程では無い温度、俺たちの作った真水の温度を確認したのだ。体に熱湯をかけるわけにはいかない、また冷水でも身体を冷やしてしまう事が駄目なのだそうだ。

 俺は真水を身体へ掛けながら傷跡が土や泥と葉で汚れている周囲を洗っていく。全身を流すには量が足りないので傷の深い右腕と折れている足を重点的に流す事になった。室内が水浸しになるが今は些細なことだ。最後には、私の手もお願いと言われユリアの手も残り水で流す。


「タカさん、折れた骨を元に戻すわ。タカさんの国で整復のやり方は知っている?ユキアにはまだ教えていないの、それに引っぱる力もユキアには足りないと思うから。ユキアは私の横で見ていなさい」

「初めてですけど、大丈夫です」

「ハイ!」


 俺は骨折の整復なんて経験していなかったが、まったくの知識の無い初心者である木こりの男性や力の弱いユキアよりもましだと思う。

 教科書にあった人の足の筋力は腕よりも強いんだっけか。その為、大腿の骨が折れると筋肉が収縮して縮もうとするため、折れた骨の整復には踵側からかなりの力で足を引き戻しながら行わないといけないのだ。

 そうしないと、骨の先端が周囲の筋肉や血管を傷つけたり、そのままにすると、足全体に麻痺や壊死を起こす……らしい、教科書の知識だ。


「じゃあいきます!」


 ググッと筋肉の軋む感覚を手に感じながら足を引く。意識が無いとはいえ気持ちの良い行為では無かった。


「あ”あ”あ”あぁぁぁ」


 先ほど気を失ったダオがうっすらと意識を取り戻してきたようだ。俺が骨折側を引っ張る激痛で起こしてしまったのだろうが、今は可哀想だからと手を放すわけには行かない。

 木こりのサオン達にもダオの両脇を抱え固定してもらい、文字のT字の姿勢で足元から足を引き続ける。

 引く力を躊躇うだけでダオさんの激痛が長引くのだ。俺は脚を引きながら、自分の目の前でユリアさんの治癒魔法が展開されていく。輝く魔法の銀糸と共に魔法陣が形成され、整えられた形から俺は魔法陣の綺麗さに今日3度目の見惚れることになった。



 あわただしい朝を終えて、時間の感覚では朝の10時を過ぎようとしている頃だろう。ユリアが言うにはダオの容態は落ち着きを取り戻し、まずは命の危機は抜ける事ができたそうだ。

 あの後、俺にお願いされたのは草や泥で汚れている体を温めていた湯で拭き取り綺麗にすることだった。まだ、覚醒しかけたダオの意識はユリアの眠りの香と魔法で寝てもらっている。

 手伝ってもらった木こりのサオン達にはダオの両親を迎えに行かせ。ついでに、着替えを持ってきて欲しいと依頼していた。


 立て続けに治癒魔法を使用したユリアは、「少し疲れたわね、フフフ」といつもの優しい笑顔で笑っていた。

 治療をやり遂げて漂う清々しい魅力に見つめられて俺が少し照れてしまったのは内緒にしておこう。疲れていると思うのだが、これから傷薬や解熱剤などの薬をダオのために作ったりするそうで、薬を作りに調合部屋へ行くのだそうだ。

 俺とユキアとで、今何をしているのかと言うと、身体を洗い流すときに水でびしょびしょに濡れた病室の床を掃除していたのだ。

 そんな時、診療所側の玄関から一人の男性が家を訪問してきた。


「ユー、なんで待ち合わせに遅いんだろうって迎えにきたら、途中でサオンさんに会ったよ。朝から大変だったな」

「アー君、待たせてごめんね。もうすぐ終わるから」


 ノックも無く突然扉が開き青年が入ってくる。ユキアが紹介してくれたが、この青年は今日のお祈りの時の護衛役だそうだ。名前はアロニス、アー君とユキアも呼びどうも幼馴染らしい。年齢は17歳。自警団の一人との事だ。もちろん、ユキアが全部紹介して教えてくれたのだが。当の青年は、胡散くさげに俺を見ると興味なさそうに視線をユキアに戻した。


「あんたが、女神様の像に無断で近づいて入ったという旅人か?罰当たりな奴もいたもんだな。傷が治ったのならユリアさん達の好意に甘えずに、さっさと宿屋にでも移るんだな」

「タモトと言います。よろしく」

「フン!」


 中肉中背の標準的な青年である。筋肉もそれほど付いておらず、身軽さの方が印象としてあった。態度から、良い印象を俺に持ってないことが分かる。嫌われている理由はいまいち分からなかったが。俺が普通にユキアと話しているのを見ると、ジーッと見つめているのだから。


「はぁ?」


 納得いかない視線に、不意に溜息が出てしまう。

 幸いにも二人には聞こえてなかった様子で、ユキアは掃除が済むと朝の務めの準備に部屋を出て行こうとした。


「タカさんも、女神像の手前までですけど一緒に行きますか?」

「ユー、そんな得体の知れない男の事はどうでも良いだろう。神聖な祈りの時間に付いて行かせることも無い!」

「アー君、タカさんはそんな人じゃないよ!タカさんは今も怪我していたのを治療してるんだし。今日はお母さんの手伝いもしてくれたんだよ。もしかしたら、この村に来たことを何か思い出すかもしれないじゃない!」


 ユキアがアロニスに本気で怒り出す。言ったアロニスはビックリして言い返せないようだ。俺はおとなしい子ほど怒らせると怖いなと改めて実感した。俺が行かないという選択肢はユキアの中には無いようだと思い。


「大人しくしてるから、付いていってもいいか?」


 なんだか釈然とせず二人に声をかけると。


「うん!」

「フン!」


 ユキアは笑顔で了承し、アロニスは拒否みたいだった。まあ、ユキアには、まだいろいろ聞きたい事もあったし、自分が倒れていたという女神像にも興味があったので行ってみたいと思うのだ。


 女神像へ行く途中、ダオさんの両親という60台の老夫婦と案内してきたサオンさんとすれ違う。この人たちが治療を手伝ってくれたんだと二人に説明するサオンさん。涙ながらに老夫婦に手を握られ俺とユキアは感謝され、アロニスはしばし一人取り残され手持ち無沙汰に離れていた。



 慈悲を司る女神は水の神を主神に抱く眷族だった。名前があるのだろうがまだユキア達に聞いていない。女神像は村の西の山肌に造られ正面を東へ向けている。太陽の昇るほうを東と思っていいならの過程だが、そこら辺はおいおい教えてもらうしかないだろう。村の北には今朝ダオが怪我した伐採場を近くにもち。南と東はこちらも山だが、南東方面には隣町へ続く街道が抜けている。北東から村をかすめ南東に川が流れているのも特徴だ。四方を山に囲まれた山間の村、これが二日目に案内してもらったキイア村だった。


 20分ほど村の道を歩き、木々が次第に多くなり森の中へ入っていく様子を見せる。徐々に坂道となり、途中から枕木で作られた階段を上り山へと登っていく。左手は山肌と木々、右手側に村の家々が徐々に視線の下へと広がっていった。5分ほど斜面の路を登っていくと、平屋が2件ほど建ちそうな開けた広場に出た。


「じゃあ、タカさん、アー君、お祈りの前にお清めにいってくるね」

「あぁ、わかった何かあったら呼べよ」

「うん、がんばって」


 とアロニスと共に返事をする。ふとこちらへ近づいてきて「タカさん」と耳打ちされる。


「お清めって水浴びです、覗いちゃ嫌ですよ」

「・・・・・・へ?」

「クスクス」

 

 意味がすぐわからず、呆けているとユキアに、からかわれたのに気づき顔が真っ赤になる。今朝のユキアとのベッドでの出来事を急に思い出した。クスクス笑いながら、ユキアは脇道から階段を降りていくところだった。


「おい!何でお前がここまでついてくる。ユーの家にいつまで世話になるつもりだ?」


 ユキアの姿が見えなくなると、突然アロニスの不機嫌な言葉が質問となって飛んできた。きっと、ユキアの前では言えなかった本心なのだろう。


「そうだな、村の女神像に興味があったのはホントだし。いつまで居ればいいかなんて俺にはわからないよ。ユリアさんの許可が出るのを待つしかないんじゃないか?」

「ふん!とにかく、いち早く村の宿屋にでも移るんだな!後!そこの階段と脇道は巫女以外は入れないからな!俺はお前をただの旅人なんて信用してないんだからな!」


 グッと俺を睨み、今さきほどユキアが降りていった脇道の入り口に腰を下ろす。目をつぶってお清めと祈りが終わるのを待つつもりだろう。

 びっくりした。ユキアがいなくなると開口一番アロニスは聞いてきた、いつまでユキアの家にいるのかと。散々言うだけいって目をつぶってしまい、俺はすごく嫌われ疑われたものだなと納得しながら、座って目を閉じてしまったアロニスを見つめた。俺は怒鳴り気味に言われたことよりも、その改めて今後考えないといけない内容に気づいたのだ。

 朝まで俺の寝ていた部屋は、今はダオさんの病室となってしまった。たぶん、もうひとつのベッドは、村の急患用に空けられるじゃないだろうか、そうなると、俺は今晩どこで寝ればいいのだろう?やはり宿屋なのかな?その驚愕の展開の事実に不安を覚えた。ふと、広場の一角にユキアの祈りが終わるまで、女神像を見上げることのできる所に簡単な木のベンチがあるのを見つけ腰を下ろす。ハァとため息がひとつ、ユキアに相談する内容がひとつ増えてしまった。


 期待されていたが、女神像を見上げても特に何も思い浮かばない。この世界に来た経緯を考えてみても、頭に浮かんだだろう言葉は意味がわからない。確か『何とかに認められ。何とかを救え?』神?女神?に認められたのか、何かを救えとか言われた気もするが、その何かもわからない。10分ほどボーっと考えたり村を眺めていた。

そうすると、ユキアが脇道の階段から上ってきたのがわかった。アロニスはその時だけ、ユキアの足音に目を開け一言言ったようだ。内容は遠くてわからないが、再度目をつぶった。

 ユキアはこちらに声をかけることもなく、手だけで俺に軽く振って女神像への階段を上っていった。俺は今から祈りの時間なのだろうと理解し、ベンチへ横になる。俺も少し目をつぶって考えることにしたのだ。



『……ちゃん、……ぉ兄ちゃん!お兄ちゃん!……」

「へっ?」


 騒々しい、お兄ちゃんの連呼が思考の中に響く。

 しかも、バッサ、バッサと羽音が近づいてくると同時に、お兄ちゃんの連呼も盛大に頭の中で鳴り響き近づいて来ているようだ。


「なんだ!!?」


 ガバッと起き上がった俺にも、視線を向けたアロニスは無視を決め込んでいるらしい。

 それに、羽音はアロニスの居る場所とは真逆の森の中から聞こえてくる。


 ガサガサッ


 徐々に木々の葉を揺らしながら、確実に何かがこちらに向かってくるのが分かった。 


『お兄ちゃん!!お兄ぃちゃんん!!!!』


 突然、木の葉をかき分け、何かが俺の顔面めがけ突進してきた。


「ブハッ!」


 まさか、猛獣ってやつか?いや、明らかに顔面に当たるのは何かの羽だ。アロニスが護衛に来ているのも、ユキアが襲われない様にって事だし。

 一瞬、遺跡で傷を負ったことをデジャヴの様に思いだした。


『お兄ちゃん!!!やっと来た!やっと会えたよぉ!!この前はすぐに居なくなっちゃって、ウチの使命は達成できないと諦めて泣きそうだったんだからねっ!これで、やっと女神様に顔向けができるうぅ』


 バサッ バサッ


 急に頭に響く声と共に、羽音が近くで響く。


「えっ!?」


 俺は驚いてつぶった瞼を開き羽根音のしたほうへ急いで視線を向いた。

木の上に鷲がとまっていた。間違いない俺がこの世界にくる時に襲われた鳥だった。


「お前か!」

『お兄ぃチャン?あ、おにぃちゃん、こっちの言い方が良いね。はぃ?初対面にお前か!ってそれは無いんじゃない?そうそう、おにぃちゃん?って何が違うって?親近感割増ってねっ!ヒャハハ』

「なんだよ?親近感って!」

『怒鳴らなくても良いよ。今は女神像の圏内だから思うだけで会話できるから。ほら、あそこの兄さんが睨んでるよ。変なやつ~ってキャッキャッ」


 呼び方に何のこだわりがあるのかわからないが、かなり賑やかな奴だな。言われたとおり、確かにアロニスが怪訝そうにこちらを睨んで見ていた。


「ちっ……」


 アロニスは何が気に入らないのか、舌打ちをして再び無視を決め込んだ様子だった。何だろう、俺が怪我する事でも期待したのだろうか。

 しかしだ、思考に響く話し声は楽しそうに話す子供だが見かけは鷲という姿に違和感を感じていた。何だ俺、鳥にでも呪われたのか?


『おにぃちゃん、この鳥の姿は本来の姿じゃないからね。おにぃちゃんが来るって言われて、女神様がこの姿を使えって3日前に分けられたのさっ』

『お前が俺をこの世界に連れてきたのか?』

『ウチはおにぃちゃんの案内役でこの世界でお願いされたんだよ~。女神様が前にはこの鳥の姿でウチにお願いされたから、前のことは知らないさ』


 わからないが、鳥の姿が本来の姿でないという事はわかった。何者かが女神に依頼されて話してきている事と、俺をこの世界に連れてきたのは、今話している存在ではなく、その前に鳥の中に居た女神?らしいという事は理解できた。そして今この場所に俺を導いた女神の存在は居ない事もだ。


『そうそう、その通り。おにぃちゃん話すの下手だね。丸聞こえだよ、キャッキャッ。まあ、女神様の力が一番届くここの範囲だから可能なんだけどね~。それに、ウチは変な存在モノじゃないさー水の精霊ってもんだよー』

『その精霊が、今なぜ話しかけてきたんだ?』

『それはねー、ホントは3日前におにぃちゃんがここに来たときに、案内する役目はウチだったんだよっー。でもさぁ、巫女ちゃんが来ちゃっておにぃちゃんのチャンネルを開いちゃうし、おにぃちゃんはそれで意識を失って、アッという間に連れて行かれちゃうし。この圏内から離れられないウチは、ほっとかれてどうすればよかったのよ~シクシク』


 言っている意味がわからなかった。チャンネル?シクシクって泣いているのか?


『いや、そこはスルーでしょー、鷲じゃあ鳴けないし感情表現ってやつさ~?チャンネルってのはねーおにぃちゃんこの世界の言葉をはじめ知らなかったでしょ。巫女ちゃんがおにぃちゃんの神痣に触れたことで、情報をやり取りする互いの乱れが整った?って言えばわかるのかな?』


 まあ話をすることができるようになった事を言いたいのだろう。なるほど、それで話せるようになっていたことの理解ができた。きっと、ユキアが痣に触ったことで、一般的な会話と本の文章が読めたのだろう。しかし、俺の初めての意思の疎通者がユキアで良かったと思っていいのだろう。この精霊との疎通を最初に行っていたら、俺も同じような話し方だったのだろうかと思ってしまう。


『そそ、正解ぃ~でも、酷いよ~巫女ちゃんのせいで半分はウチの役割が無くなっちゃんだからね~キャハハ、あっ巫女ちゃんが帰ってくるよ。ねえねえ、もっと色々おにぃちゃんに伝えないといけないからさいていっていい?』

『ここから(像の周囲から)動けないんじゃないのか?』

『鷲を寄りしろにしてたからね、それだと女神様の像の圏内がめいいっぱいだったけど。おにぃちゃんも魔力を持っているみたいだから、ウチがおにぃちゃんの体を寄りしろにして憑いていけるよ』


寄りしろって。幽霊みたいにとり憑くってことか?大丈夫なんだろうか。


『そそ、大ジョブ~体を乗っ取る訳じゃないし、おにぃちゃんの魔力をちょっともらって憑いていくだけっ。じゃないと女神様からの導いてあげてって約束がぁ果たせなぃの』

『わかったから、憑れていってやる。ユキアにも紹介しても大丈夫なのか?』

『いいよ~ウチも巫女ちゃんと仲良くしたぃ。キャッキャッ、でもあの男の人は気持ちがざわついて嫌ぁ』


 その言葉に苦笑して見つめると。急に鷲が蒼く光り、10cmほどのその光が離れ俺の目の前に近づいてくる。光が収まると、半透明の蒼色で全身を染めた小さい女の子の姿をした精霊が宙に浮いていた。髪は同じく蒼色だが1本づつ髪があるわけではなく人形のようだ。キョロキョロと俺の洋服を見渡すと、左の胸ポケットにスッーっと滑り込み上を見上げて笑顔を向けてこう言った。


「よろしくね、おにぃちゃん」


 キャッキャッっと言う言葉はない、それに見合った笑顔だ。ホントに感情表現だったのか?と納得し呆れる俺だった。これで俺は水の精霊にとり憑かれる事となった。

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