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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
28/137

9

 アロテアの街は昼近くになると、中央広場に様々なバザーが並ぶ。テントを張っているのは主に直射日光を遮る食料品を扱う店が多い。他は簡易の木製の棚に商品である骨董品や日用雑貨を並べている店が点在しているようだ。

 俺とユキアは、そのバザーの様子を横目で眺めながら、中央の広場を囲むように沿って走っている路を歩きながら、当初の目的だった宝石を買い取ってくれる道具屋か宝石店を探していた。


「来た路には、ありませんでしたよねぇ」

「確か無かったと思うけど、アロテアって店の案内板みたいなの無いのか?」

「さあ、私も数回しか来たこと無いですから、薬草や傷薬を扱う店なら何とか知っているくらいで」

「そうかぁーさっきギルドで店への道を聞いてくれば良かったかな」

「ですね」


 アロテアは都会と言えなくも無いが、完全におのぼりさん的な会話をユキアとしつつ、まずは宝石店らしい店の看板を探していた。しかしそういう時だからこそ、目当ての店は見つからないものだ。まあ、都会と言えば、修学旅行に行くときでさえ綿密に路を調べておかないと、目的地に行くまでで時間を浪費してしまうのと似ている。

 今は特に急ぐ用事も無いのが助かっていたが、最悪、目ぼしい店がこのまま見つからなければ、信用は下がるがバザーの骨董屋か道具屋らしい出店している人に交渉するしか無いのかなと思ってしまう。

 不機嫌と言う訳ではないが、そろそろ見つからなければ途方に暮れそうだという雰囲気ができかけていた。しかし、こんな時にお気楽なムードメーカーになるはずの水の精霊であるミレイは、最近どうも様子がおかしい。起きてからずっと静かさに疑問を抱いた俺は、そっとポケットを覗いてみると、ミレイは左胸ポケットに宝石を持ち込んでずーっと光にかざしたり頬ずりして悦に入っている。


「ァァ、スベスベ~。ピカピカ~」


 などと時々表情が怪しい。見てはいけなかったのだろうか?猫にマタタビ、精霊に宝石の様な感じなのか、時々聞いていけない様な声がポケットの方から聞こえてくるが、何をしているかは質問しないでおこう。まあ、一個くらいミレイにあげても良いだろうと思っていたからだ。


「ねえねえ、お二人さん暇してるの?」


 急に声を掛けてきたのは、10歳位だろうか小柄な子供だった。しかし、衣装は妖精の様に薄い水色のフリフリのスカートを履いており、女の子なのだと改めて気づく。街娘という質素な衣装ではなかった。奇抜な服装をした女の子に突然話しかけられてびっくりしたが、少し後方には同じように奇抜な服装をした集団が道行く人に何かを配っているのが見えた。その女の子の手にも、束の名詞大の皮紙を持っており、何か書いてあるようだ。


「これどうぞ!あっちで見世物をやってるんだよ。これを見せると割引するから見に来てよ」


 手渡してきた皮紙は、乾燥させ幾分か硬くなった動物の皮に烙印らしきマークと文字が焼き付けてある様だ。判子のようなものだろうか、見世物一座「アーク」招待券か?

 前の世界でのティッシュ配りを思い出す。ああ、あれはアルバイトだしな。こちらの方が直に配っている分、好感が持てる。


「あぁ、向こうに見えるやつだよね?何かやってるんだって気になってたんだ。俺たちも時間が出来たら行こうかなって思ってたよ」

「本当!?きっと楽しいよ。あっ、ごめんね。今、どこか行く予定だった?」

「宝石店を探してたんだ。けれど、なかなか見つからなくてね」


 声を掛けてきた女の子は、肩までに切りそろえた髪を手櫛でかき上げ、うーんと考える。そして隣のユキアを指さし。


「彼女さんへのープレゼント?」

「えっ?」

「ち、ちがうよ。取引をね」


 俺もユキアも女の子の勘違いに狼狽してしまう。


「なーんだ!私も、この街は来たばかりだから。そこら辺の事は街の人に聞いた方が良いよねっ!」


 そう言うと、女の子は、俺達の横を通りかかった20台ほどの女性に迷い無く声かけている。急に話しかけられ、一瞬ビクッと驚いた女性も、その女の子の愛想の良さの為か不信感をすぐ和らげて、教えてくれているようだ。話が終ると、お礼とばかりに女の子は割引の皮紙を渡しているのは、仕事の勧誘慣れしている為だろうか。


「お待たせっ。宝石屋さんね、このアロテア周辺では原石が取れにくくなって店閉めしたんだって。中古の装飾品を道具屋で扱っていてそこで売っても安く買われるわって、さっきのお姉さんもぼやいてたよ」

「そうだったのか。じゃあ安くても良いから換金するしかないかな」

「そうですね」


 探していた妥当な買取の店が無いのならしょうがない話だ。少しの間があき、バザーの露店商への店売りに決めようかなと思いかける。


「あっ、そうだっ。私達さ見世物の一座でいろんな街に行くんだよねっ。だからさ、お兄さん達の宝石を買い取れるかどうか親方おとうさんに聞いてみて良い?」

「え?大丈夫なのか?出来るならお願いしたいけどな。すぐに売れるような知り合いも居ないし」

「ええ、ですね」


 安くてもいいと思っていた矢先に、買い手が名乗り出てくれるのは助かる。いくらで買い取ってくれるかはわからないが、値段に気が向かなければ断る事もできるだろう。


「えっ?売っちゃうの!!?」


 突然、ポケットからミレイの顔が飛び出し、上目遣いに俺を見つめ眼を潤ませている。


「ミレイ……」

「ミレイちゃん」

「何この子、カワイィィ」


 突然出てきた、ミレイに見世物一座の女の子は視線が釘付けになり、興味津々だった。


「精霊さん?わたし、こんな可愛い子、始めて見た」


 その女の子の反応の中に驚きや興味が占めているが、精霊に初めてあった様子で無い事に気づく。


「ん?他に精霊を見たことがあるのかい?」

「うん、この国の都で公演をしていた時にね、見たことがあったんだ。でも、その子は、まったく話さなくて無愛想だったんだ」


 ミレイ以外の無愛想な精霊って想像もつかないが、確かに、ミレイは時々他の精霊から情報を教えてもらうことがあるような口ぶりな時がある。他に姿を見せている、精霊がいてもおかしくは無いのだろう。


「ねね、おにぃちゃん宝石売っちゃうの?」


 ミレイは自分の抱えた宝石を守るように両手で庇い、俺に聞いてくる。


「ああ、余分な宝石は売って良いって事だからね。ミレイはそれが気に入った?」

「ウン!ウン!!水色で透明でスベスベで、お気に入り!!」

「じゃあ、それはミレイにあげようかな。色々お世話になってるしね。良いかな?ユキア」

「良いですね。ミレイちゃんへのご褒美です」

「ヤッタァ!」


 ミレイは、満面の笑みでポケットの中ではしゃいでいる。色々助けてもらっているミレイに対して、宝石のお返しなら安いものだと思う。ミレイは食事もしないため、ミレイへ感謝をあげれるならそれに越した事はなかった。


「可愛すぎるっ!」


 見世物小屋の女の子は、その姿を凝視しながら。ポッと頬を染めていた。若干、その女の子に違和感を少し感じたが、じーっと、その姿に見つめていて、俺たちへの話を再開するのにしばらく時間が掛かった。


「じゃあ、昼からある見世物見に来てくださいねっ。親方おとうさんに話をしておくので、終わった後にでも宝石を見てもらいたいって言っておきますから。ミレイちゃんも、又後でねっ!」


 ミレイは、もうすでに宝石に夢中で女の子の言葉が聞こえているか定かではない。


「ああ、わかった。そうそう。君の名前を受付か何かで言えば良いかな?」

「あっ、そうでした。私、キアって言います。受付で言ってください!」

「わかったよ。じゃあ、また後で」

「ハイッ!!」


 キアは、そう言うと手を振りながら元の呼び込みへ戻っていく。見た目が10歳位だろうか、しかし、村で待つ双子ダリアやダルとは少ししか歳が違わないが、落ち着いた女の子だった。大人と落ち着いて話ができ、精神年齢は高く大人だ。しかし、まだ身体が成長しきっておらず、見かけと愛らしさにギャップがあるが、その可愛らしさがその違和感を打ち消していた。何はともあれ、午後からの見世物の観覧と宝石の売り先の目処がつきそうで良かったと思う事にする。



 宝石を売る事を先延ばしした俺とユキアは、キアと別れ中央のバザーの中へ歩を進めていた。昼の食事にはまだ少し早く、見世物が行われるにも時間は午後からのためだ。


「わあ、色んな物がありますね」

「ほんとだ、染物のスカーフとかもあるのか、結構薄くて綺麗な色だね」

「ホントです。でも、綺麗過ぎて村じゃあ目立っちゃいますね」


 確かに、アロテアで装飾として使用する分にはお洒落として通じるだろう。しかし、キイア村ではさすがに浮いてしまう、花柄や景色を模した染物も、有るにはあるがそれ以外を選択したとしても、どれも色が鮮やか過ぎると思う。

 

「よお、お兄さん。彼女のプレゼントにどうだい?」

「あ、いぇ」

「すみません、今は手持ちが無くて、見させてもらってるだけで申し訳ないです」

「そっか、かまわねえよ。客が見てくれるだけで興味がそそられる品物があるってもんさ」


 手をヒラヒラと振り店長の青年は笑顔で物色を許してくれる。確かに、周囲を見ても客よりも店員の方が割合が多い。サクラではない客が商品を見てくれるだけで、周囲の客も見てくれる可能性が高くなるというものなのだろう。


「どうせ暇だしな。ああ、お嬢さん、スカーフはお気に召さないかい?」

「いえ、綺麗ですね。すこし、鮮やか過ぎて村だとつけ難いかなぁと思っちゃいます」


 ユキアは素直に答える。俺は、良い商品だという事で並べてあるとも思うし、店員が気分を害さないと良いがと思ったが、店員はユキアの返答に気にする様子も無かった。店員はチラッとユキアと俺とを見比べると、品物で並べてある物の中から一つの箱を取り出す。


「ああ、村から来なすったんだ。確かにな、お嬢さんには華やかさよりも、清楚さって感じだしな」


 店員は、俺を見つめ同意を促しているようだ。俺も、店員と同じ意見だったので、ユキアにわからない様に無言で頷いておいた。すると、店員は横の並べていない商品の中から、一つ取り出し見せてくる。店員の取り出した箱の蓋は開けられ、中には白い一対のバングルブレスレット[腕輪]が入っていた。


「わあ、美しいですねぇ」

「だろ、宝石とかの華やかさとは違う。何かの牙の骨を加工して彫ったものさ」


 確かに、さきほどのスカーフの鮮やかさとは違い、こちらは一見質素さが浮かぶ。牙の湾曲をうまく繋いだ造りをしていた。しかし、手に持ちバングルの紋様が見える距離になると、彫られた彫刻がバングルをまったくの別物の印象に見えさせる。


「あれ?女性の姿が彫ってあるんですか?」

「彫った本人から、売ってくれって押し付けられて渡されたんだが、何かの女神の横顔らしいが俺には、誰彼の女神の顔なんて知らねえしさ。まあ、神様の顔なんてぇのは誰も知らないだろうがね。まあ、という事で女性の横顔って事で通してるんだわ」

「そうですか」

「まあ、おかげで綺麗なだけで目立たなくて売れ残ってるってわけだ」


 チラッと店員は俺を見てくる。いや、さっきも言ったとおり、手持ちの金が本当に無いからと言い訳を言うのは甲斐性が無いだろうか。


「ありがとうございました。良い物を見させていただきました」


 ユキアは、俺と店員とのやり取りに気づく事無く、バングルを見終えたようだった。


「ああ、また来てくれよ、お嬢さん。お兄さんも!」

「はい、ありがとうございました」


 俺とユキアが物色している間、別の客が品物を見始め、冷やかしだけの雰囲気を気遣ってユキアが感謝の言葉とともに店を後にする。店員も俺に無理に勧めていたわけでもなく、別の客の接客へ移動していった。


「タカさん、そろそろお昼にしましょうか?」


 ユキア自身は、見せてもらった商品に未練もない様子だった。手持ちの金もほとんど無いので、初めから見るだけと割り切っていたのだろう。


「そうだね」


 俺達二人は、バザーの店の合間を歩きながら昼食を取れる場所を探す。しかし、ユキアと会話をしながら、俺の思考の片隅には、先ほどの白いバングルを付けたユキアの姿を思い浮かべていた。


バザーの片隅で客用に作られていた屋台で昼食を終えた俺とユキアは、早速、見世物一座のキアとの約束もあり早目に受付のテントを訪れていた。まだ、受付には行列も無く男女数人が良い席を取ろうと並んでいるだけの様子だった。


「ちょっと、開演の受付には早かったですかね?」

「みたいだね。まあ、開始間際は忙しいかも知れないし、来た事だけでも伝えてもらおうか」

「そうですね」


 自分たちは良い席を取りに来た訳ではないので、数人が並んでいる列を通り過ぎ受付へ向かう。簡素な木製の受付では肘を付き椅子に腰掛けながら、ボーっと周囲を見ている20歳前後の男性に話しかけた。


「すみません」

「あ?はい。開場時間はまだですよ?」

「はい、すみません。キアって女の子に見世物を勧められて来たんですが、他の用事もありまして。来たら受付に名前を言って伝えてほしいと言われていたんですけど」

「ああ、ハイハイ。あなた達でしたか、思ったより早く来たんですね」

「ええ、まあ。」


 特に宝石取引の関係の話までする必要は無いだろう。キアに取り次いでくれれば問題ないと思う。


「ちょうど、キアは昼を食べてるはずさ。俺がここを離れられないから、勝手にそこにある横の入り口から入って良いよ」


 青年の指差すほうには、正面の入り口とは別に設けられた裏口が青年の後ろにあった。


「入って良いんですか?」

「ああ、もう少し後だったら、案内の人が来るんだけどね。まあ、中は迷いようも無いから、まっすぐ行けば良いさ」


 確かに、見世物一座のテントは昔見たサーカステントのように吊り上げ式で天井布を支えている様だ。しかし、その大きさは直径50mは有りそうで、中の様子は想像がつかない。


「じゃあ、失礼します」

「ハイハイ」


 受付の横を通り、布で遮られた入り口を暖簾のれんのように押し開け中に入る。すると、中は天日が遮られ薄暗く、辛うじて足元が見える様子だった。足元は中央の広場と同じく石畳であり、入ってすぐ左側にはコロシアムの様な演舞場の外壁が見える。この位置からは、観客席は壁に阻まれて見る事はできなかった。外から大きなテントだと見えたのは、大きなテントの布を外壁にあわせて結びつけ、段々と扇状に段差のある野外劇場を利用して巨大なテントのようにしている様子だったのだ。


「わあ、おっきいですね」

「大きなテントに見えたのは、演舞場に屋根をつけたみたいになってんだね」

「なるほどー、こうすれば少々の雨でも問題ないですね」


 俺達は、裏口から入ったまま、言われたとおり外壁に沿って真っ直ぐに進み観客席を回り込む様に移動していく。少し進むと、突き当たりに演舞場の石造りの入り口があり、周囲には人影は無かった。入り口の大きさからしても裏口の様に人一人が通れる幅しかなかった。。


「ここですよね?」

「ああ、真っすぐって言ってたし。曲がる所も無かったと思う」


 俺が先頭に、入り口をくぐり中へ入る。より一層、周囲からは暗くなるが微妙に雰囲気が変わった事に気づく。また、明らかに先ほどと違っていたのは、部屋の中に充満している獣の臭いだった。


『キキッ』ガタン

バタン、『キキキ!』

「え?タカさん何の音ですか」


 俺の横から前を伺うように、ユキアが覗き込む。入り口で立ち止まっていた俺は、物音のしたほうへ目線を細めるが周囲は薄暗く、視界はまだ闇に慣れていないので、ほとんど暗闇だった。


「檻の中に動物がいるみたいだ」

「だいじょうぶですか?」

「ああ、周りも見えてきたし。見世物の動物がここに集められているみたいだよ」


 周囲の暗さに慣れてきて、左右に動物の檻が均等に並べられていた。

入り口のアーチをくぐり、後ろから付いて来たユキアも隣に並んで、周囲の檻を眺めていた。


「来る通路を間違えたんでしょうか?」

「んー別れた通路も無かったと思ったけれど、奥に行ってみようか」

「ハイ」


 檻の合間を通りながら、わずかに見える足元の通路を奥へと進んでいく。檻の横を通るたびに、中にいる動物が騒ぎ声を出すが、特別襲ってくるような感じでもなかった。歩を進めて行くと次第に動物が騒がなくなって来た事に気づく。通路の横を通ってもチラッと視線を自分達に向けるのみで再び興味が無くなった様に目を逸らすものまでいる。その変化に加え、次第に獣の体格が大きくなっていき、猛禽類の様な獣までいた。


「すこし、明るくなってきましたね」

「出口が近いか、日が差し込んでいる所があるのかもね」 


 檻の大きさが徐々に大きくなっていき、幅5mを越す大きさもある。見世物一座と言っていたから、これらの獣達も荷台か何かで運搬しているのだろう。小さい獣ならまだしも、これだけ大きい獣だと大変だろう。


「キャッ」

「どうかした?」

「タカさん、あそこ、獣の目が光ってて」


 確かに、ユキアの指し示す方の檻の中には薄闇の中で赤く輝く瞳を持った獣がこちらを見つめていた。


「へえ、凄い。こいつは飛べるのか」

「あぁ、飛竜なんですね。急に目があっちゃってビックリしました」


 俺達の言葉が分かるかのように、片翼をバサっと羽ばたき竜は視線を逸らす。すぐ頭に思い浮かんだのはワイバーンという獣を言うなら、この獣のことだろうと思えた。しかし、よく見るとその皮膚はくすんだ黒茶色をしており、その姿はほとんど周囲の暗闇と同化している。


「ユキアは見た事があるの?」

「いえ、私も見るのは初めてです。小さいころに読んだ勇者の物語に挿絵があったので知っていただけです」

「へえーけっこう有名なんだ」

「絵本を読んだ子供なら皆知っていると思いますよ」


 俺はユキアの話を聞きながら、飛竜の檻へ近づいていった。檻の格子に触れるほどの距離に近づくと、遠くでは分かりにくかった竜の大きさがわかる。屈み丸く寝る姿勢をとってはいるが、翼は折りたたまれていて、頭にあたる部位から長い首をへて胴体から尻尾へ簡単にみても6mほどはあるだろう。飛竜の首は大人が両腕を回しても手が届かないほどに太かった。


「タカさん、危ないですよ」

「あぁ、わかってる、見るだけ」


 近くで声が聞こえたためだろうか、先ほど伏せた首を再び持ち上げ顔を俺のほうにゆっくりと向ける。その視線は、俺の姿を捉え一瞬恐怖とは違った緊張感が周囲を支配した。


「タカさん……」

「誰かいるの?」


 ふいに横手から少女の声が聞こえ、周囲を支配した緊張感が緩んでいく。


「すみませんー。ちょっと迷ってしまって」


 ユキアが声のあったほう返事を返していた。すると、トトトッと軽い足取りの音がしたかと思うと、飛竜の檻の横から少女が姿を見せた。


「なんだー、お兄さん達かぁ。」

「君は、招待してくれたキアちゃん?」

「そそ、何でまたこんな所に?」


 ユキアと俺は、簡単に受付の人から入り口を案内されて、通路を進んだらここにたどり着いた事を説明する。しかし、今は近づいてきた女の子は普通の村娘の服を着ており、昼前に会ったような鮮やかな服装はしていなかった。


「もぅ、兄貴のやつ案内に行くって言ってたのに、教えてって言ってたのに、めんどくさがりなんだから」

「すこし早めに来てしまった俺達のせいでもあるから、気にしないでくれ」

「そうですか?おかげでこの子を見せて、驚かせようと思ったのにばれちゃいました」


 そういうと、女の子は後ろの飛竜の檻を振り返りためらいも無く格子の隙間へ手を伸ばす。


「ワイバーンのアルクです。この子で、後で見世物をしますから楽しみにしてくださいね」


 隙間から手を差し出された飛竜は、女の子の手のひらに顔をすり寄せグッグッグッツと喉を鳴らしている。初めて竜が嬉しそうに鳴くのを聞いたが、かなり少女に懐いているのが見て取れる。


「向こうの檻のカインは、気難しいので近づかないでくださいね。噛まれちゃいますから、団員しか懐いてないので」


 そういうと、少女は横の檻を示し、その檻の中にも飛竜がいる事を教えてくれる。もう一つ横にあった檻は、完全に光の当たらない影になっていて中に何がいるのか見えなかった。すると、二つの赤い眼光が暗闇に浮かび輝き、言われたとおりもう一匹の飛竜が檻の中にいる事がわかる。

噛まれちゃうと少女は言ったが、明らかに飛竜に噛まれたら腕は無くなるだろう。俺は、それ以上檻を覗くのをやめて少女へと向き直った。


「じゃあ、行きましょうか。こっちですよ」

「お願いします」

「わかった」


 少女はアルクと呼ばれる飛竜の顔をひと撫ですると、返事をするかのようにグルルと唸り飛竜は再び寝る姿勢へと戻った。少女は出てきた檻の横へ俺達を案内し部屋の出口へと案内するのだった。


 しばらくして、キアに案内された席の周りには、観客の騒々しさで埋め尽くされていた。少女に案内された俺とユキアは、円形にステージを囲んだ最前列に招かれ、開演時間を迎えて入ってきた観客に不思議そうな視線を浴びながら、見世物の公演が始まるのを待っていた。

 キアにはあらかじめ公演が終わった後に、父親である座長に会わせると聞かされていて、今の自分とユキアは公演が始まるのを今かと待っていたのだ。


「皆様、長らくお待たせいたしました。アーク一座の珍しい見世物ショーの始まりでございます。御緩りとご観覧くださいませ」


「ワアアァァ」

「待ってましたー!」

「オオオォォォ」


 ステージの中央に進み出た中年の男性は、黒で統一したスーツを着てテンガロンハットをクルリと外すと、綺麗な90度の角度でお辞儀をし正面へ向き直る。紳士服を着たカウボーイの印象だった。観客席の周囲に向きを変え腰をおり挨拶している。ふと自分達の方を向いた際に視線が合い同じく深く挨拶をしていた。


「おにぃちゃん?なぁに、うるさいんだけど?」

「あぁ、ミレイ寝てた?」


 俺の胸のポケットから顔を覗かせ見上げるミレイ。周囲の観客は公演の挨拶に夢中で、すぐ横に精霊がいるという事に誰も気がつく様子は無い。やや不機嫌そうな表情なのは、寝ているのを邪魔されたからだろうか。


「いぁ、寝てないよ。ちょっと宝石に夢中になちゃってただけ」

「そっか、今見世物公演に来てて、ちょうど始まったところだよ」

「へえぇ、獣を見るのがそんなに楽しいんだぁ。変なの」


 ユキアはそんなミレイの言葉に笑顔を向けながら、座長らしき人物の挨拶を終えた舞台に視線を戻していた。


『さて、最初にお見せしますは、遥か北に住む獰猛なグリズリーの登場です』


 案内の進行を進めるのは、先ほどの座長なのだろう数歩下がった舞台の横で大仰に紹介を続けている。すると、舞台の暗幕からゆっくりと茶褐色の体毛に身を包んだ4足でグリズリーが歩み寄る。

見かけは、体長3mはあろうかという熊だ。周囲に視線を送りながら舞台の中央に進み出る。

その姿を御する者は無く、グリズリー1匹が舞台の中央にいる形になる。


『さあ、ご覧ください。この猛々しい姿!』


 すると、座長の言葉に合わせたように、グリズリーはスッっと後ろ足で立ち上がり。


「グガァアアア!!」

『ウ……ェーン!』


 どこか観客席で、恐怖から子供が泣いたようだ。その泣き声が会場に響き、観客は息を呑む。咆哮したグリズリーは、その泣く子供を見つけたのだろうそちらの方へ顔を向け、もう一度、グガアァと咆哮している。俺は胸のポケットに引かれる違和感を感じ見てみると、ミレイの表情が凍りつき俺の服を握り締めながら表情は引きつっているのが見える。


『おおっと、お子さんを泣かせてしまった獰猛なグリズリー!けれど、ご安心ください、このグリズリーを飼いならす貴公子の登場だぁ!』


 皆の視線が、舞台の暗幕に集中する。しかし、期待を裏切り登場の声が聞こえたのは、自分達観客席の後ろからだった。


『ご安心ください、今参ります』


 軽装のプレートらしき鎧を着た青年が、観客席の傾斜した階段を駆け下りてくる。もうすぐ舞台に着くという時に、側転から宙返りをして軽やかにスタッとグリズリーと観客席の間に降り立つ。


「きゃああ、ハント様ぁー!」


 一部のファンだろうか、青年の登場に女性客からの感激の声があがる。様ってなんだよと思うが、俺は、よく見ると俺達を受付で応対してくれた青年である事に気づく。

 さすがに商売なのだろう、脱力していた昼間の受付の格好からは想像できない変わりようだった。その青年が扮した貴公子の登場で、グリズリーは咆哮を止め青年の横に移動しおとなしくしている。

 昼間の姿を知らなければ「イケメン死ね」と第1印象で思っていたかもしれない。何はともあれ、互いにとって一番良い出会い方だった。


『さあて、貴公子の実力をご覧ください。このグリズリーを子猫のように飼いならしてごらんにいれます』


 そう言う座長は、大人の大きさ程の玉を暗幕から取り出し、青年とグリズリーの方へ転がす。すると、青年はグリズリーに跨り、ハッと掛け声とともに駆け出し転がる玉にグリズリーごと飛び乗った。俗に言う曲芸だ。先ほどのグリズリーの怖さもまったく無くなり驚きの雰囲気が客席に広がる。


「オオォォ!」

「ハント様ぁー素敵ー!」

「おにぃちゃん!おにぃちゃん!凄い……凄いよ。ほら、あれ乗ってる。乗ってるぅー」

「タカさん、凄いですね!」

「ああ!」


 興奮するミレイも、さっきまでの引きつった表情はどこにも無い。舞台では、新しく出てきた玉の上をグリズリーが移動しながら、曲芸を続けていた。

それから、しばらくは珍しいという小猿が出てきての柱渡りや曲芸を交えての公演が続いていた。


『さあて、公演も終盤となってきました。ここで、アーク一座の華。妖精娘キアの登場です』


 座長の示す先には、見世物テントの柱の高い足場の上にヒラヒラの服装を着たキアの姿が浮かぶ。満面の笑みで手を振りながら観客に答えていた。


「「「せーの、キア!ちゃーん!!」」」


 どこか遠くから成人男性の応援の声が聞こえたのは気のせいではないだろう。その声にも微笑で答えながら手を振る。挨拶を終えると、妖精娘キアは指笛をピィーと鳴らす。するとその柱の高さから身を空中に飛び出す。さすがに、その高さは10mを超えており身を打ち付けると軽傷ではすまないだろう。俺もさすがに息をのんだ。ユキアの息をのむ声も聞こえてくる。


「キャアアア!」


 観客席から女性の悲鳴が上がる。すると、自由落下するキアへ舞台袖から一頭の獣が宙で交差する。


「オオオオ!!」

「「ワアアァァ!」」


 地面に打ち付けられるキアの姿は無く、一頭の飛竜の背に跨ったキアの姿があった。そのまま、観客席の上を旋回し、手を振りながら中央の舞台へ降り立つ。キアは満面の笑みで客に答えながらお辞儀をする。


『さて、お待ちかね。皆様ご存知の物語。騎士と妖精娘を題材にした舞台をお楽しみください』


 座長は一礼すると、キアに合図をする。うなづいたキアは再び飛竜に跨り、客席の上へ飛ぶ。間近で見ている俺達には舞い上がる風圧が直接伝わってくる。すると、舞台の袖からもう一頭の飛竜が飛び出してくる。その背には、開演時活躍した貴公子に扮した青年が乗っていた。


『ある日、遠くにある国の騎士は、とある森で妖精の娘に恋をしました』


 座長が物語を進めて解説していく。それにあわせたように飛竜は並んで飛んだり。交差し見ていても楽しさが伝わってくる。


『しかし、その騎士が大事な妖精の宝を盗んだと誤解した妖精達は、その騎士や国に対して争いを起こしたのです』


 座長の投げた模造と思われる剣を宙でキャッチした妖精娘キアは、真剣な表情で騎士に扮する青年に飛竜をけし掛け襲い掛かる。見ている俺達の上で空中戦をしているようなものだった。見ている俺でさえ、白熱した戦闘が伝わってくる。


『青年騎士は、恋する妖精に何とか誤解を解こうと懸命に呼びかけますが、妖精は聞こうとしません』


 上空では、防戦しながら何とか話をしようと演じる青年の姿があった。


『そこで、青年は一つの決心をします』


 防戦一方だった青年は、手に持つ剣を投げ捨て飛竜の上に立ち上がる。


『とどめとばかりに襲い掛かる、妖精』


 青年騎士は、交差する飛竜のタイミングで、キアの跨る飛竜へ飛び移り精娘のキアを抱きしめる。しかし、その胸には妖精娘の握る剣が貫いているように見える。


『悲劇かな……命を代償にして誤解を解いた騎士。過ちに気づくのが遅過ぎた妖精達』


 剣を握っていた妖精娘のキアも騎士に扮した青年と飛竜の上で抱き合い。そのままの姿勢で、飛竜から落ち舞台の横にあるクッションに二人とも落ちる。乗り手の居なくなった飛竜は舞台の中央に降り立ち翼を休めていた。


『争いは終わり、妖精達は人々の前から姿を消したのです。そして、消えた騎士と妖精の行方は誰も知らないのでした』


 中央に進み出た座長が、口上を終え深くお辞儀をする。


「ワアアァァ!!」

「「ハント様!素敵ー!!」」

「「キアちゃーん!!」」


 観客席は拍手で包まれ、クッションに落ちた二人も舞台の中央にそろいお辞儀をしていた。


「グスッ、グス。そうだったんだぁ」


 はじめ興味のなかったミレイは、もう途中から姿を周囲に見られるのも気にせず、俺の肩に乗り舞台に熱中していた。今は、涙で顔をクシュクシュにしながら感激していた。

 いや、ミレイ。たぶんあれ物語でしょ?脚色されてるんじゃないかな?


「凄かったね」

「ええ、昔話で読んだ絵本の内容での公演なんて初めて見て興奮しました!」


 隣に座るユキアも頬を上気させながら舞台を見つめていた。舞台の中央では公演が終了するのだろう、裏方や他の出演者がそろいお辞儀と挨拶をしていた。おれ自身も観覧で十分に満足していた。その上、持っている宝石についても交渉にのってくれると言う。これだけの演出ができる相手なら十分に信頼していいと思えた。


「さあ、ユキア。終わったら裏に回ってくれと言われていたからそろそろ行こうか」

「ハイ!」


 俺達は観客と同じく退出する流れに進みながら受付へ向かうのだった。

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