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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
キイア村受難編
22/137

3

 真夜中の山道の街道を一頭の馬が駆けぬける。馬の背には人影が二つ、一人は馬を操り手綱を握っているが。その者の前には、もう一人が馬にもたれかかり力なくうなだれていた。


「クルト!しっかりしろ!!クルト!」

「うっ、ロ、イドさん。自分を置いて、逃げて……ください」


 そう言うクルトに視線を向ける暇も無く、歯を食いしばり、クルトを落とすまいと空いた左手でクルトの体を握り締める。

 数時間前まで、私自身もこの街道で、キイア村に会いに行こうとしていた部下のクルトに会えるとは思っていなかった。クルトの体には、数箇所に噛み傷ができ、まだ新しい傷から流れる血はまだ乾いてもいない。


「あきらめるな!逃げ切れる!そう思え!」

「ウ!ウゥ!!すみません。すみません……。ロイドさん」


 か細い声で、クルトは謝り続ける。鳴き声に声を詰まらせながら、後は嗚咽だけが馬上に聞こえていた。

 クルトの言う通り、確かに、自分ひとりを乗せた馬であれば、逃げ切る可能性が高いだろう。しかし、二人分を乗せた馬での速度と、この山道では逃げ切れるかどうかもわからない。今死ぬわけにはいかない。しかし、何よりも自分よりも若い、この青年の部下を死なせたくは無いのだ。


 ヲォーーーン!遠吠えがまだ安全圏に居ない事を教えてくる。


「くそっ!」


 まだ、見つかっていないはずだ。だが確かに、自分たちの後方を追ってきているだろう。あいつらの嗅覚は確実に、自分たちの臭いを嗅ぎ分けているはずだからだ。

 襲ってくる獣が何頭いたのかも定かに見れなかったが、あと数時間もすれば夜が明けるはずだ。そうすれば、自分たちがどこにいるのか位置がわかり、獣達は追うのを諦めるかもしれない、そのわずかな希望に今はすがるしかなかった。   



 数時間前の自分に想像できただろうか。アロテアの町でガール達と別れ、ロイドは順調にキイア村へ向かっていた。街道での一泊を覚悟しており。それでも自分は少しでも早くキイア村に着こうと、夜道になると馬に騎乗したまま走らせるのは危険なため、馬から下りて歩を進めていたのだ。

 遠くで獣の遠吠えが聞こえる。そろそろ、野営の準備と馬を休ませる事を考えていた時。向かいの街道から荷馬車が来るのが微かに見えた。その旅人が。まさか部下のクルトだとは、思いもしなかったのだ。


「アレ?ロイドさんじゃないですか!?」

「ん?クルトか!キイア村にいるんじゃなかったのか?」

「そうなんですよ。なんか、村がやばい雰囲気になってきたんで、一足早く逃げてきたんです」

「ん?やばいとはどういうことだ」

「いえね、キイア村は凄い有様で、雨で川は氾濫するわ。その後にはゴブリンが襲ってくるわ。自警団が対応してたですけど、あれはどうなるかわかりませんね。何か策があるって事を、皆言ってましたけど。やばいと思って、夜にゴブリンが襲ってくる前にこっそり逃げてきたんです」


 キイア村はかなり酷い状況のようだ。おそらくそこまでの情報で、盗賊の襲撃のタイミング時期ではないと判断したのだろう。クルトの話からするとキイア村の話は2日前の話みたいだ。当のクルトは、隣町への街道を進んできたのだ、途中、街道で一泊しているはずである。


「ところで、ロイドさんもサニーお嬢も、なんでキイア村に向かってるんです?」

「何!?サニーお嬢さんがいたのか?」

「ええ、何か様子が変なので、村の人に知り合いだと勘付かれるのも、まずいと思い、サニーお嬢さんとは話せませんでしたけど。たしか、3日前くらいに村に来たんじゃないかと」

「そうか……」


 クルト自身、まだアジトでの騒動を知らないだろう。サニーお嬢さんは、無事に逃げれていた事に安心する反面、キイア村の状況を早く確認しなくてはと思ってしまう。

 後は、クルトにはサニーお嬢さんの事を、仲間に伝えないように口止めしておけばいいだろう。そう思い伝えようとした時。不意に、周囲の雰囲気が変化したことに気がつく。



「クルト!!気をつけろ!」

「え?」


 ワォーン!、獣に見つかった合図の遠吠えではなかった。明らかに襲撃を行う号令だったのだ。


『グルゥアァァ!!』

『ガアァ!!』

「わあぁ!!」


 右側の藪から獣が2匹飛び掛りクルトの左肩を狙い、獣が襲い掛かる。


「クルト!」


 すぐさま、帯剣していた短剣を抜き、肩に噛み付いている獣の腹めがけ突き刺す。


 グシュッ

『ギャウン』


 もう一匹は、クルトの足に噛み付いており、倒れこんだクルトがもがこうと足を動かしても離れない。自分は短剣をその頭めがけ突き刺した。


 ズシュ!

『ゥゥゥゥ!!!』


 獣は、足を噛み込んだまま絶叫をあげることもできず、体を弛緩させて絶命する。


「クルト大丈夫か!?」

「ロイドさん!何が!?」

「グレイウルフだ、これだけの数じゃ無いはずだ、囲まれるとまずい逃げるぞ!」


 クルトは、あまりの突然の事に、まだ状況を理解できていないようだ。話に夢中になりすぎたか、それとも、互いに出会う前に、どちらかが狙われて気づかれないよう追っていたのだろう。

 周囲を見渡す。馬車で逃げるのは速度として無理だろう。自分の馬で逃げ切れる確証は無いがやるしかない。クルトを、馬の背に抱え上げ、自分はその後ろに跨り、手綱を握る。


『グルルルルゥ』

『グルル』


 一匹、二匹と藪の中から、姿を現すグレイウルフ。一匹を仕留め、もう一匹は重傷を与えた事で、一斉に襲うのを躊躇った様だ。逃げるなら今しかない。


「ハッ!!つかまれクルト!」


 馬に気合を入れさせ駆け始める。後ろを確認する余裕は無かったが。すぐに獣は飛び掛っては来なかった。グレイウルフは、唯一の襲うチャンスを逃したのだ。

 『ヲォーン!』後方でグレイウルフの遠吠えが聞こえる。撤収だという、号令だと思うのは楽観的だろう。今は全速力で可能な限り逃げるしかなかった。




「タモト君。起きて。交代の時間だよ」

「う、うーん」


 肩をミーシャさんにゆすられ、俺は起こされる。まだ、周囲は暗い。俺の隣にはユキアは横になり、オルソンさんは座って寝ているのが見える。交代の時間が来たのだろう。ということは朝の4時くらいまで寝ていた事になる。


「おはようございます」

「うん、おはよう」

「もう一人は、起こしに行ってるから、後はお願いね」

「はい」

「何かあったら起こしてね」


 そういうと、天蓋から垂れている天幕を元に戻し、ミーシャさんは自分の馬車に戻って行ったようだ。

 俺は、寝起きだがふらつきも無い。馬車酔いも治った足取りで馬車を降り、昨晩焚き火を行った場所に向かう。

 冒険者たちは、馬車の周囲に厚手の毛布で寝ている人達がほとんどだ。見張りの者の役割は、警戒とは別に焚き火を絶やさないようにし、周囲を照らす明かりの代わりに管理するのも仕事だと言う。周囲には虫の声が響き、風が木々を揺らしカサカサと微かに音を鳴らしている。


「ああ、おはよう。よろしく頼む」

「はい、お願いします」

「何事もなく朝になりそうだな」


 簡単に相槌を答えながら腰掛ける。自分の見張りのパートナーは、昨日魔法力について質問してきた青年だった。おそらく同い年かその前後だろう。簡単に挨拶を済ませると。見張りの仕方について、簡単に教えてもらう。


「夜目には限界があるからな。魔法でつくづく周囲が見えたり、獣の気配がわかったりしないかって思うが、そう言うの知らない?」

「いえ、なんせまだ魔法が使えるようになって、それほど経ってないので、確かにそれなら便利ですよね」

「ああ、タメ口で良いぜ」


 俺は笑顔でうなづきながら。簡単に、応用できるか覚えてる限りの魔方陣を思い浮かべてはいるが、良いのは思い浮かばなかった。単に暇なので話題を振ってくれているのだろう、確かに眠気覚ましには丁度良い会話だった。


「剣は使えねえの?」


 腰に帯剣したロングソードを叩き聞いてくる。


「今まで、剣とは縁がなかったから、まったく使ったこと無い」

「確かになあ、興味があるなら覚えてみるのも良いかもだぜ」

「たしかに、暇があったら習ってみても良いかな」


 どうも静かだと思ったら、ミレイも姿を消し寝ているようだ。確かに、剣が使えるとなると嬉しいが、運動不足気味な体を鍛えないといけないだろうなと、長い道のりを感じてしまう。そこから、少したわいも無い会話を続け、後1時間ほどで朝日が昇るだろうと話している時に、不意に周囲の雰囲気が変わったことに気づく。


「?気づいたか」

「ん?何か雰囲気が……」


 初めての事で旨くいえない。頭の中に何かが引っかかり、周囲に気をつけろと何かが訴えかける。


「勘が良いな。大事だぜそういうの」


 互いに立ち上がり、周囲を見回すが何が変わったのか見つけることは出来ない。


「タモト!あっちだ!」


 俺は呼ばれ、視線を向ける。視界は暗くまだ遠くまで見通せない。しかし、わずかに何かの音が聞こえる。


「馬か?こんな夜更けに」


 一つ薪に火の付いた物を松明代わりに、街道へ向かいその後に自分もついていく。松明を高く掲げ、ココに人がいることを知らせるようだ。すると、次第に馬足の音がはっきりと聞こえるようになっていき、かなりな速度で駆けてきているのが見える。


「速いな、何があった」


 隣でのつぶやきに、俺も同じ疑問を感じる。視界の不自由な夜に馬をあの速度で走らせるのは、あまりにも危険だからだ。そう、思っているうちに徐々に近づいてきて、馬上に二人いることに気づく。


「どうした!?大丈夫か!」

「逃げろ!グレイウルフだ!」


 全てを語らず、理解した。獣に襲われたようだ。手負いの仲間がいて、必死に逃げてきたのだろう。馬上のもう一人は、ぐったりと馬にもたれかかっている。


「タモト!皆を起こしてくれ!」

「わかった!」


 俺はすぐに引き返し、皆を起こすために走り出す。


「起きてくれ!襲撃だ!!」


 リーダーのワングさんはすぐに起き続けて皆を起こし始める。


「襲撃は何かわかるか?」

「聞いたのは、狼だと」

「そうか!よし、迎え撃つぞ」


 おそらく襲撃の相手次第では、逃走するかを判断したのだろう。わずかに思案したあとはすぐに指示を出し始める。


「他の皆も起こしてくれ」

「ハイ!」


 起きた数名は、もうすでに街道に向かっている者さえいた。俺はユキア達を起こすために自分たちの馬車へ駆け出す。俺は、意外と冷静に獣から襲われる状況を理解しながら、自分のやるべき事を熱を帯びる高揚感とともに思い浮かべていた。


 俺は、自分たちの馬車にかかる天幕を勢いに任せて捲くる。


「オルソンさん!ユキア起きて!ミレイもいるか!?」

「なぁに?もう朝~?」

「どうしたタモト君」

「うぅん」


 ミレイの声が、左耳に響く。水色の輝きと共にミレイが肩の上に姿を現す。両手を大きく広げ背伸びをする。オルソンさんは馬車の周囲が騒々しい事に気が付いたのだろう。ユキアはまだ完全に起きれていない。


「何かあったようだね」

「旅人が狼に追われてるみたいで、助けると、もう皆向かっています」

「そうか、わかった」


 ユキアも、次第に違う雰囲気に気が付いた様子で、表情を曇らせている。


「ユキア、怪我人がいるみたいなんだ。お願い」

「ハイ、行きましょう」


 俺は、皆を起こし終わるとユキアと共に街道へ走る。街道側からは冒険者たちの掛け声が聞こえるが、暗い周囲にはどこに誰がいるのかさえわからない。

 ただ一人状況を見極め、指示を出すワングさんの声が響いている様子だが、声色に余裕は感じられなかった。冒険者の皆は何とか連携を組もうと、必死に体勢を動いているみたいだが、互いに声の掛け合いに余裕がない。


「ミーシャ、怪我人を連れて下がれ。ハンス出すぎだぞ囲まれるな!」

「ハイ!」

「了解」


 次第に街道の状況が理解できてくる。冒険者達が街道から広場への入り口で狼たちが回り込まないように塞き止めていた。しかし、周囲は暗く隙を突いて回り込もうとする狼を押しとどめることしか出来ていない。このままだと、いつ隙を突いて数頭が後ろに回りこみ追い詰められるかはわからなかった。それだけ街道に待ち構える狼の頭数は、優に20頭を超えていたのだ。


「くっ!暗くて動きがみえねぇ」


 何とか凌いではいるが、グレイウルフも行動に連携が見て取れる。一頭が注意を引こうと襲い掛かるうちに、一頭が足をしのばせ左右に回り込もうとするのだ。今は、その行動を何とか防いでるに過ぎなかった。


「ワングさん!」

「タモト君来たか。ユキア君はミーシャと怪我人のほうを頼む。タモト君、松明で良い明かりをお願いする」

「わかりました。やってみます」

「ユキアちゃん、こっち!」

「ハイ!」


 ミーシャの声に呼ばれユキアは、呼ばれたほうへ駆けて行く。おそらく先ほどの馬に担がれていた怪我人がいるのだろう。

 俺は頼まれた明かりをどうするか、一瞬考える。松明では十分な明かりは無理だろう。求められているのは周囲の状況がわかる照明なのだ。以前、ユキアから教わった方法を思い出す。明かりには光と炎の魔法だと。しかし、俺にとって炎の魔法は前回の一回きり。光の魔法にいたっては未経験だった。しかし、今は悩んでいる暇は無い。


「ワングさん、明かりの方法は任せてください」

「何か良い方法があるのか?かまわない気にするな、君に任せる!」


 俺が魔方陣を形成するのに不安があるとすれば、織り込む文字が間違っていないかどうかなのだ。それだけ、まだこの世界の文字には慣れていない。習得すればミレイを頼ることも少なくなるだろうが、今は魔法を使うたびに修正してもらわなければ、無駄な魔力を消費してしまう。


「ミレイ!また魔方陣の文字におかしなところは無いかを確認してくれ」

「わかったよ、おにぃちゃん!」


 俺は胸ポケットからパスポート(魔法書)を取り出し、再確認する。光魔法の構築を思い浮かべるだけで、次第に額の神痣シュメリアが熱を帯びていくようだった。

 徐々に必要な構成が頭の中に浮かんでくるのだ、それぞれの魔方陣のパーツが重なり、ひとつの魔方陣を形作る。必要なものは、光属性:正三角形、時間式、魔方陣維持の為の魔力球、後はそれを打ち上げる炎の術式を外周に形成する。それぞれが今までの魔法を使ってきた中で、それぞれ学んだことの集大成だった。それぞれが個別の魔法から生み出された結果だ。シャワーによる時間延長。時限魔法供給の魔力球。炎の攻撃魔法による投射。しかし、それを形成する中心には光の魔方陣を形成し入り組んでいるが間違ってはいないはずだ。そして作られた魔方陣は、中央に魔力供給の魔力球と正三角形を形どり、外周は円の変わりに炎魔法の菱形で作られイメージが思考内に完成する。


「行くぞ、ミレイ!」

「うん、いいよ、おにぃちゃん」


 『魔力よ!!』


 俺の両手から魔力を示す銀糸が生み出される。昨晩の魔力糸を増やせなかったことを悔やむ暇は無かった。思い浮かぶ、魔方陣に沿わせながら魔方陣を形勢していく。


「おにぃちゃん?また、何考えてるの?」

「どこかおかしいか?」


 俺は両手と魔方陣の形成に魔力を操りながら、以前とは違い話す余裕が出来てきていた。


「文字も、形成も間違ってないよ!でも、うちには何が出来るのか検討もつかないから」

「なら良い!今は悩む暇も惜しいんだ」

「ウン!」


 最後に魔方陣の中央に、光魔法を維持する魔力を蓄える魔力球を2本の銀糸を絡ませ形作る。


「くっ、まだか?タモト君!?」


 前線を支える冒険者たちも均衡を保つのに限界が近かった。しかし、ついに魔方陣がイメージどおりに完成した。後はイメージだ。照らす太陽の様に。



「行くぞ!『現れよ、シャイニング・サン!!』」


 しかし、魔法展開を20m上空に設定している。俺の両手に織り込んだ魔法陣の先には光の弾が形成されていた。大きさは直径15cmその周囲には炎が取り巻いているが熱は伝わってこない。

俺は両手を上空に掲げ、打ち出すイメージを魔方陣に流し込む。

 炎の魔法で光の玉は後炎を残しながら打ちあがり、一呼吸のあと、上空に光の玉が弾けた。


 カッ!!


 瞬く間に、小さな太陽は周囲を照らし、暗闇に困惑していた冒険者たちを照らし出す。夜目で優位に立っていた狼は、突然の明るさに、一瞬行動に躊躇してしまう。


「うそでしょ。何よ。これ」

「ひゃっほ~、やるじゃねえか!」

「今がチャンスだ!」

「明かりの時間は5分だ!」

「じゅうぶんだ!!、良くやった!」

『グルルルルルゥ』

『ウウウゥゥ』


 光魔法を維持させるのに使用した魔力は、かなりな精神的負担が大きかった。光と炎を混ぜ込んだ事での負担が大きかったのだ。おそらく使えて後一回、5分の時間も、今の自分には伸ばせそうに無い。

 襲い掛かる機会を奪われた狼たち。光の魔法に口々に驚きや感嘆を言いながら狼達に冒険者達が切りつける。ミーシャさんは、怪我を治療する魔方陣を展開しようとして両手をかざしたまま、上空を見上げ驚いた姿勢で止まっていた。俺と同じく見張りをしていたハンスという青年は、ロングソードを横凪に一線しグレイウルフを1体仕留める事ができた。


「深追いはまだするな。確実に仕留めるんだ。」

「「「了解」」」


 ワングさんの一言で、同じチームのメンバーなのだろう息のあった返事が聞こえる。俺は後方で周囲を見回しながら、冒険者たちの戦闘を見つめていた。素人である俺が混ざるのは無理だろう。

 攻撃する魔法も混戦状態では難しい。俺は2回目の照明が必要かを判断されるまで待機なのかと思う。しかし、俺たちは気づくことができなかった。グレイウルフの後方の数頭が森に入り込み、俺たちの後ろに回り込もうとしていたのだ。


『ウオォーーン』


 急に左の森から遠吠えが聞こえたと思うと。5頭のグレイウルフが飛び出す。


『グルルゥゥ』

『ガアァ』

「くそ!回り込まれていたか」

「タモト君!」

「キャアア」


 突然の後方襲撃に、ユキアが悲鳴を上げる。一時優勢になっていた冒険者達の注意が後方へ注がれる。しゃがみこむ、治療中のユキア達が狙いかと思ったが、狙いを定める獣の視線は俺を映し出している。奇襲したグレイウルフ達の狙いは俺だったのだ。


「おにぃちゃん!やばいよ!」

「ああ!」


 左肩に乗るミレイが、俺の髪の毛にしがみ付く。前方の視界には、ワングさんらが助けに来ようとするが、街道側のグレイウルフもそうさせない為に勢いを増したようだ。その分、多くの傷をグレイウルフも負っているが、こちら側の態勢が崩れると一気に囲み込まれるのだ、ワングさん達も思うように後方の援護に移れなかった。


「タモト君!持ちこたえてくれ」


 そう言うワングさんは、背中に予備として帯剣していたロングソードに剣を持ち替え、使用していたロングソードを俺のほうへ投擲する。

 投げられた剣はドッ!という音と共に、俺の少し前方の地面に刺さる。使ってくれということだろう。俺にはその選択肢しかないようだ。茂みから姿を完全に現したグレイウルフは、俺を中心に扇状に位置を移し今にでも飛び掛ってきそうだった。俺にはもう悠長に魔方陣を作っている余裕は無いのだ。


「ミレイ何でもいい、援護してくれ」

「ぅ、うん!」


 ミレイはこわばった表情で返事をすると、俺の肩を離れ上空へと飛ぶ。もう、頼れるのは自分の運動神経とミレイしか居ない。ミーシャさんにも期待していいのだろうか思うが、それ以上、俺には考える余裕は無かった。

 急ぎ剣を拾う俺は、その重さに襲い掛かるとか無理だと実感する。攻撃を避ける事、牽制する事に思考の全てを注ぎ込む。あとは、常に優位な場所へ。


『『ガアァァ!』』


 2頭が肩を狙い、2頭が足に襲い掛かる。一頭は警戒のままだ。俺は無様でも構わない、とにかく横に飛び噛み付きをかわす。俺の体は地面に転がり、しかし、寝たままではいられない。すぐに立ち上がるのを意識する。幸い痛みを感じるところは無い、運良く一回目は避けれる事ができたが、二回目は自信も無く、またグレイウルフも動きを警戒するだろう。


「たあ!」


 ミレイの掛け声と共に、水の魔法だろう。俺に注意を向けていたグレイウルフの一頭の横腹に当たる。即死させる威力は無いが、吹き飛ばすだけには十分な勢いがあった。

 俺は、そのタイミングを生かすしかないと思った。避けながら確実にグレイウルフを減らす事だけが頭の中を占める。ミレイが吹き飛ばす位置を狙ったのか、俺の近くに吹き飛ばされグレイウルフに狙いを定める。まだ急な衝撃で起き上がり切れない隙を突いて、俺は両手でロングソードを握るとそのウルフの頭部に刺突させる。


『ギァァッ』


 ようやく一頭だ。しかし、その一頭の絶命が合図のように、残りの4頭のグレイウルフが一斉に飛び掛ってくる。俺は横凪に剣を振い。狼にヒットしたのか抵抗はあるが、確認する余裕は無い。そのけん制を掻い潜り、2頭が俺の右脚に噛み付く。その反動で、倒れそうになるのを食いしばって耐える。


「グッ!!」


 痛みは耐えるしかない、倒れるのは命をあきらめると同意義だった。俺はすぐさま剣を振るいグレイウルフの命を狙う。


 ブン!   ザシュ   『ギャン!』


 グレイウルフの軟い腹部部分に切り込まれた剣は、その内臓を切り裂きながら命を奪う。噛み付いたもう一頭は、同じく狙われない様に、すぐに噛んだ牙を離し、仲間との体制を整えていた。


 ヒュン!   ッド

『ギャン』


 そこへ一本の矢が横腹を貫き3頭目を絶命させる。俺は飛んできたほうをチラッと向くと、ミーシャさんが弓を構えて射てくれている。


「今だよ!」

「わかった」


 俺は足の噛み傷の痛みに耐えながら、怪我させたグレイウルフに切りかかる。先ほど剣の抵抗を感じたのは、この傷を負わせたためだろう。数で勝っていたはずの残り2頭のグレイウルフは、急に頭数が減ったことで、逃げるか襲い掛かるか逡巡したようだ。


 ブン! 


 しかし、踏み込みが足りない俺の剣は避けられてしまう。その時。


『ヲ”ォーーン”!!』


 街道の奥から、重い遠吠えが街道に響く。すると、俺に襲いかかろうとしていた2頭がそちらへ顔を向け、その先にいる何者かに獣が視線を向ける。俺もつられて視線を向けるが、おぼろげに姿が見えるだけだ。そのグレイウルフの大きさは優に2mを超えており、他のグレイウルフは子供のように体格差がある。陰りに見える顔貌は睨む様な赤い眼窩が一つのみ、左側は傷に瞳が潰れ眼を塞いでいる。


『……水の操り人形風情が……』

「え!?」


 俺の思考に直接言葉が響く、音による伝達ではありえない意思の流れ込みだった。屈辱と恨みその念が俺の思考に流れ込む。俺はそう感じると、左目を塞いでいる傷に吸い込まれるように視線が釘付けになった。


  ヲオォーン


 その体躯から、もう一度、先程と違う遠吠えを行うそのグレイウルフは、次第に闇に紛れ姿が見えなくなった。


『『グルルルルゥ』』 


 すると、先程までの戦闘態勢のままだった2頭のグレイウルフは、後ずさりながら後方の茂みの中に消えて行く。目は血走っており、茂みに下がるのさえ、本来は不本意だろう。命を失っても牙を立てそうな血走った眼で俺を見つめていた。俺は気が抜けないまま、その瞳を睨み続ける。


「深追いするな!」


 ワングさんの指示が飛ぶ。膠着していた状態が優位になったのだろう。街道の方にも動きがあったようだ。


「タカさん!大丈夫ですか?」


 ユキアが駆け寄ってくる。途中から、怪我をした青年の治療を終えて。俺が襲われているのを心配するが何もできなかったのだ。俺はグレイウルフの視線が無くなるまで、落ち着いて座ることが出来なかった。剣を握る手は、強く握りすぎてわずかに白い。体には泥と噛み傷、擦り傷が全身に無数と出来ていた。


「タモト君、大丈夫か!?」

「タカさん、座ってください」

「あ、あぁ」


 ユキアにゆっくりと促され。俺はユキアの腕を借りながら、腰を下ろす。噛み傷は大腿の肉を裂かれなかっただけ、血の出血は少なくて済んでいた。噛まれて、すぐ、グレイウルフが体勢を整えるため牙を離したのが幸いしたようだ。


『我は癒しに仕える小さき人の子、癒しの水をこの者に与えたまえ。』


 ユキアの治療魔法が傷をふさいで行くのがわかる。刺す様な激痛も徐々に鈍いものへと変化していった。


「撤退したか?」

「タモト君が襲われて、狼もなだれ込めませんでしたからね。あれは賭けだったんでしょう。」


 ワングさんの呟きに、同じチームの冒険者が相槌をうつ。


「そうだな、タモト君無事でよかった」

「ありがとうございます。援護が無かったら無理でした」

「うん、良く頑張ったよ」


 本心、逃げるので精一杯だった。噛み付かれるのも覚悟をしていたからだ。


「うちも頑張ったんだよ」

「あぁ、ミレイも助かった、ありがとう」

「えへへ~」

「「「ハハハ」」」


 妖精の照れる姿に、冒険者の皆は笑顔がこぼれる。始めあったころは驚きに視線さえ合わせない者がいたが、今は、そのぎこちなさも無くなっていた。


「タカさん、傷はどうです?終わりましたけど」

「ありがとう、ユキア、大丈夫そうだ」


 周囲からは完全にグレイウルフの気配は無くなっていた。周りには死体が数十匹と倒されている。

 おそらく、後方への奇襲が失敗し劣勢になる前に撤退したのだろう。あのボスらしきグレイウルフが戦闘に加わっていたら、どうなっていたかわからない。死闘は免れなかったのではないかと思う。


「旅人の状況はどうだ?」

「なんとか落ち着いてるよ。でも、速めに町に行って休ませたほうが良いね」

「そうか、皆の負傷を確認した後、注意して早めに事情を聞こう」


 ワングさんはメンバーの状況を確認していた。俺はユキアとオルソンさんに肩を借りながら立ち上がり、馬車のほうへ歩を進める。しかし、命拾いした状況から思考を埋めていたのは、グレイウルフの群れを撤退させた、あの大きな体格のボスらしき狼のことだった。おぼろげにしか見えなかったが、顔には左眼を潰す大きな傷があったのだ。俺は、あの瞬間その傷に視線を奪われ、眼を離すことが出来なった。


「まさか……」


 俺は無意識に自分の額にある神痣シュメリアに触れていた。

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