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非常時というピリッとした雰囲気に、胸につかえたモヤモヤとした感じが晴れないまま、俺は寝付けることができず自然に足が宿屋の一階へと向かっていた。
時間は0時を過ぎたあたり、階段を降りた俺は薄暗く少ないランタンが食堂を照らしている周囲を見渡しる。
かすかな話し声の中、静かさの中も緊張感を含む数名の自警団員が床に座り休んでいる様子に息をのんでしまう。
ユリアの言っていた通り、その間で一人黙々とユキアが処置(治療)をしている様子だった。
「なあユキア、今だいじょうぶ?」
「ん?タカさんちょっと待ってね。もうすぐ終わりますから。……ヨシッ!もし、血がまた出たら見せに来てくださいね」
「あぁ、ありがとう」
そう言うユキアは、女性の自警団員の腕に止血の薬と包帯を巻きながら返事をする。時間はもう深夜近くになり避難している村人はそれぞれ2階の部屋へ戻り寝ている時間だった。
その為、一階にある食堂は、さながら自警団の駐屯所の雰囲気を作り出している。食堂の火は落ち、いつもは食事を作る女将さんも休んでいる時間だった。
一部には、自警団が持ち寄った村周辺の地図がテーブルに広げられ、数か所に赤い印が付けてあった。昼間、俺達がゴブリンに遭遇した村長宅あたりにも印が有る事から、目撃された場所を示しているらしかった。
「タカさんは寝ないんですか?昼間大変だったんですし」
「それはユキアだって、そうだったろう?それにユキアも足は怪我したままだし、無理しない方が良いんじゃ」
「ええ、でも、もうすぐお母さんと交代して休めますし、足は痺れもないしそんなに痛くないんですよ。タカさんこそ左肩は治ってないんですから。無理しないでくださいね?」
ああ、と俺は自分の左肩に手を当て傷を確かめながら、近くにある椅子に腰を下ろした。
「ユキア、治療をありがとう」
「いえ、お疲れ様です」
「君達の事だったのね、村長宅に傷薬のポーションを取りに行った人達っていうのは」
「ええ、丁度ゴブリンと遭遇して運が無かったんですけど」
「まあ、その点では……ね、でもポーションを持ってきてくれたおかげで、私達はだいぶ助かってるわ。今もねこの通りね」
痛みもおさまって来ている様子で、その自警団員の女性も傷薬の礼を言って仲間の方へ歩いて行った。その間に手当てを受け終わった自警団員達の話に、ゴブリンはもともと夜行性だという話し声が聞こえる。
山間の洞窟を住処にしているため暗闇での夜目が利き、宿屋側のかがり火を警戒しているように行動しているためこの深夜の時間帯は気が抜けないらしい。
今の自警団の役割はかがり火の維持と警戒だと、新人の自警団員にベテランの隊員が説明している。
なるほど、昼間に俺が指示されて手伝ったかがり火を準備したのも、夜に向けての対策だった事に気付く。
「タカさん?それで何か用事でしたか?それなら、もう一人治療するので待ってくださいね」
「いや、俺のやれる事は無いかなって思ってね。もし、手が空いてたらユキアに水以外の魔陣の形とか習えないかなって」
「そうですか、私も教える程に慣れてないんですけど良いですよ」
「紙は勝手に使ってもいいのかな?宿の人に怒られるのも嫌だし、俺の前見せた本にでも書いてくれないかな」
羽根ペンと紙が宿屋の受付に備え付けられているが、紙質は言うまでもないが、無断で使用してもよいか気が引けてしまう。
「紙はちょっと高価なので勝手に使わないほうが良いかもしれないです。私もすごい魔法を知っているわけじゃないのでそれでも良ければ、形とか簡単なものなら知ってますから」
「うん、それで良いよ。あとはわからないところをユキアかミレイにでも聞くから。ミレイも時々寝てるみたいだしさっき聞こうとしたけど返事がないから寝てるんだろうね」
「ミレイちゃんも大変でしたもんね」
そう話しながら俺はテーブルに腰掛けながらユキアの処置が終わるのを待っていた。
治癒の魔陣を使うのかな?と思ったが、かすり傷や矢傷くらいには使わないようにと、ユリアと決めているらしかった。
そう考える重傷となると刺し傷や大きな裂傷となるんだろうなと思ってしまう。その状況を前の世界の病院では見慣れていたとは言っても、鼻につく血の匂いや今まさに流血している状況は好んで見る風景でもないと思えた。
自警団の人達にとって、ユキア達親子の治療が必要になっている事に改めて気付き。ゴブリン達と戦闘がこんな夜更けにあっているのかと思ってしまう。
「すみません、こんな夜中にも戦ってるんですか?」
「ゴブリンも警戒が強くてかがり火を守っていても弓を射てくるんです。向こうには夜目が効いて、明かりがないので狙い射返すのは難しいんですけど、向こうも矢の温存はしたいのか数本射て効果が薄いと見るとすぐ引いて撤退していくんですよ。でも、こっちは暗闇で矢を避けるのも容易では無くて」
「ゴブリン達も奇襲の弓で重傷を狙えれば良いって訳かぁ」
「しかし、街道の方ではゴブリンの死体も数匹見つけたんだろ?誰がやったんだ?」
「さあ、誰がというか、そのゴブリンの死体、かなり損傷がひどかったらしいじゃねえか。先日の土砂にでも巻き込まれたのか?」
相棒に返事をしながらも自警団の男性は教えてくれる。
「タカさんお待たせしました。後はお母さんが起きて交代するまで時間があるので、それまで教えちゃいますね」
そう言いながら、ユキアは俺の隣の席に腰を下ろす。それと入れ替わるように先程まで話していた自警団員は、それじゃと別れを言うと休憩の為に離れていった。 ユキアは、夕方から今まで処置をしていたため、服は袖を捲くられ、髪は後ろで一つに束ねられている。夕食を俺たちが食べてから3時間ほど処置をしていたらしいのでかなり疲れているのが、額の汗が物語っていた。
「じゃあ、そうですね。早速とは言っても、タカさんは水の魔法は知っていますよね。昼間の魔陣を見たら、もう必要ないんじゃないかって思いますけど」
「いや、けっこうあれを使うとどっと疲れるというか、ほいほい使えそうも無くて」
「あぁ、そうですよね。私が後使えるのは、火をつける魔法と昼間に使った光の魔法くらいです。あとは、土とか風とか闇なんてのもあるんですけど、日常的には使わないので知らないです」
「そっか、前に使っていた氷も水に含まれるの?」
「氷ですか?そうですね、一時的に水の凝集と温度を下げてこの前は作りましたし水属性で間違いないですよ」
そう言いながらユキアは俺の差し出したパスポートに水と火と光の魔陣の形を羽根ペンで書き込んでいく。水は流線型の水滴型、火は正三角形、光は四方に角のある菱形という感じだ。ユキアは書き込みながらそれぞれの上に水、火、光と書き込んでいく。
「思ったけど、これって左右対称って決まりがある?」
「そうですね、私が知る限りでは対称みたいです。お父さんが言ってたのは、摩素の流れが互いに影響しあう?だったかな。あとは、この魔陣の中に何を起こしたいかの変化を形作っていくんです」
「なるほどね、あっ、そうそう治癒の魔法の場合の作用がよくわからないんだけど。あれって怪我を治そうとする体の治癒力の促進なのかな?その時の魔法文字に使っている詳細を知りたかったんだけど」
「ええ、治癒の魔法は厳密に言うと個人の治癒力の促進ではありません。『癒し』という魔法文字によって起こされる、水属性の女神に含まれる奇跡現象なのだといいます。時間の促進でもなく、治癒力の促進でも無い為、治す対象の体力の消費などは無いんです」
「奇跡ねえ」
ユキアはそう説明しながら、治癒魔法によって失った四肢を再生したという話は聞かないが、奇跡の現象という概念から研究に再生魔法を試みた学者も多いという事を聞いたことがあると言う。
その説明を聞きながら、俺は傷が治る現象に対して便利だなと思う反面、誰でも魔陣の構成さえ知っていれば使えるんじゃないかと不思議に思ってしまう。
ましてや女神ときたもんだ。元来た世界の神話やギリシャの石像を思い出してしまう。
「それじゃあ、誰でも魔陣さえ知っていれば使えるんじゃないの?」
「ええ、ですが使おうとしても必ずしもその現れる結果にたどり着くわけではないんです。それは、この世界に妖精がいるように神様や女神様も居られます。私が巫女として仕えている慈悲の女神、ユルキイア様もそうです。その方々から好まれる者達は、それに秀でた魔法を授かると言いますし。私や私のお母さんが癒しの魔法を得意としているのもそれに影響しているのだと聞いています」
「へえ、治癒できる程度に差が出るって事かな」
「そうなんですかね。信仰していない人が使う所を見た事は無いですけれど、魔力を消費するばかりで、治癒自体は程度に別れるんだと思います。ふふ、そう言う私もお母さんから聞いたのをそのまま言ってるだけなんですけどね」
神様や女神様の巫女をしていますけれど声を聞いたり会ったことは無いそうだ。そう言うユキアは言葉を萎ませるが、昔話で登場し神痣を授かる英雄達は関わった神たちの魔法を絶大な効果として語り継がれていると教えてくれた。
結果、魔陣自体は魔法使いなら誰でも知っていれば織り作ることはできるが、効果の強弱はそれぞれの属性に関する精霊や神への信仰や加護をもらえた方が効果が大きいらしい。その為、魔法を扱うものの多くは街や首都に作られたそれぞれの属性の神殿に所属し得意とする属性を確立していくのだという。
「なるほどね、じゃあミレイがそばにいる俺には水の属性魔法が向いているかもしれないのか」
「そうかも知れません、でもミレイちゃんは女神様から依頼を受けて憑いているって言ってたので、時間があるときに一通り魔法を試してみたほうが良いかもしれないですね」
「あぁ、今度少しミレイに聞いて試してみるよ」
幾つか課題は残ったが、俺は自分で治癒を試してみたいとユキアに相談し魔陣をメモに書いてもらうことができた。
「お母さんが来たら私も後は休むので、私がその前に治しますよ?」
そう言うユキアだったが、自分が失敗したときにお願いしようかなと笑ってみせる。奇跡という魔陣を自分も行う事ができるのか、興味が湧いたからだ。
「ユキア、お疲れ様。そろそろ交代しましょうか?」
「うん、お母さん。あ、もう休むだけだからタカさんの肩を治したいと思ったんだけど。タカさんが自分で魔陣を使ってみたいって」
「あら、タモトさんも。ええ、良いわよ。そういえばタカさんの魔陣を見るのは初めてかしらね。フフフ」
今宿屋の2階から降りてきたのだろう、腰掛けている俺たちに近づいてきてユリアさんが同じく椅子に腰を下ろした。
先ほどまでユキアが治療を終わらせたので、今すぐ治療の必要な人も食堂には居ないみたいだった。
「うお、見られてると緊張するな、2階でコソっと使うつもりだったんだけど、失敗しても笑わないでくださいね」
「ええ、大丈夫よ」
「はい。フフ」
それじゃあ、と俺は決めてパスポートに書いてもらった治癒の魔陣を頭に思い浮かべる。
俺は数回ほど魔陣を使った経験からイメージの構築にひとつのコツをつかんでいた。
魔力の銀糸を頭に思い浮かべたイメージに沿って動かすという感覚よりも、文章を書くブラインドタッチに似ている。一文字や単語を一つ意識して作り出す段階を超えて、単語そのものが一つの流れで出来上がる。そこにぎこちなさは無く、迷いは無い。あとの問題は構図と不足する魔陣の構成に問題が無いかどうかだけだった。
「あら」
「うん」
ユキアとユリアは何かしら感じているらしいが、俺は魔陣を作るので気が精一杯だった。メモどおりに作ったつもりなので誤字も無いと思われ、魔陣の文字を見る俺の理解もきちんと『癒し』と認識していた。
『魔力よ!癒しを与えよ!』
俺はイメージを作る魔法名を何にしようと一瞬考えたが、某RPGの魔法名がいくつか浮かんだがそれでイメージが沸くわけは無い。何せゲームの中では数値の上下回復しか見えないからだ。
どうするかと一瞬悩んだ後、起こすのは奇跡の治癒の現象だよなと一人納得した。前の世界でもあり得ない現象ならばと、そのままの願いと健康な肩や腕の状態を思い浮かべ使ったのだ。
「Cure」
そのままの治療という願いと共に、魔陣は銀色に輝き、俺の肩を暖かく照らす。変化はすぐに起きた。痛みも無く、ただ暖かさが肩の奥から湧き上がる。最後には皮膚の突っ張る感じを自覚し何事も無かったように魔法は終了した。
「うん、綺麗な魔陣だったし、初心者とは思えないくらい。タカさんはきっと想像したり思う願いは強いのね。残念だったわねユキア、これからはタカさんも自分で傷を治しちゃうかもよ。フフフ」
「えー、タカさん無理しないで良いですからね。昼間も疲れたんですから、何時でも言って良いですからね」
そう言いつつ、ユキアは腕の袖をひしっと掴んでくる。
「ハハハ、もし必要ならそうする。少し疲れたね。はぁ見られてると緊張するよ。腕も元に戻ったし」
俺は違和感の無くなった左腕を曲げ伸ばししながら、治癒魔法が上手くいった事に感激していた。
それじゃあ、休みます。と交代してくれるユリアに挨拶をして、俺とユキアは2階の部屋へと戻っていくことにした。俺は、夜中にゴブリンが襲ってきませんようにと願いながら、もし朝に問題なければミレイと魔法について話してみようと思っていた。
翌朝、宿屋の前に板に当たる乾いた音が響いていた。明け方に降り始めた雨もようやくやんで居た時間帯だった。
バァン!
「やったー!」
小石が木の板にぶつかり音をたてる。ダルの狙いを定めた小石は勢い良く板を響かせていた。板までの距離は20mほど、前の世界で言うと草野球の投手のマウントベースからバッターの本塁間の距離程だ。
宿屋の軒下では、体調の戻ってきたダリアが入り口の階段に腰掛けて笑顔で俺たちを見つめていた。
「よし!俺も」
ブン!っと力を込めて的に向かって投げるが。音さえ鳴らない。いや、簡単に言うと当たらないのだ。
「あれっ?」
ブン!!もう一度と投げると。ようやくボフッとだけ的の端に当たる。
なんだろう、当たっても嬉しくないこの虚しさは。
俺の投げる石は、ダルみたいに的確に中央に当たらない。音も鈍くようやく当たっても気持ちいい音がしない。
俺って実は運動音痴だったっけ?的は1m四方の板である。軒下にあった廃材を空の酒樽に乗せ簡単な的を作ったのだ。
「キャハハ、おにぃちゃん下手ッピー。」
「頑張ってお兄ちゃん」
ミレイはダリアの手の上で笑い転げており、ダリアはけなげにも俺を応援してくれる。その無邪気な笑顔が、今の俺には大変辛いのだが。
「こんなに簡単なのに、まだ離れても大ジョブだよ。」
バァン!とダルは楽々と俺の5mほど後ろからでも当てている。
いやいや、ダル君。そんな余裕で当てられても、若さなのか?いや、運動能力の違いか?何はともあれ俺の運動能力は、日ごろの運動不足もあるのだろう、今まで少し過信していただけだと思う事にした。
俺は昨晩少し遅く寝たため、朝の10時ごろまで寝てしまっていた。ミレイも「おはよ~。ふああ」とあくびをしながら同時に目を覚ましたようだ。明け方に至るまで大きなゴブリンの襲撃も無く、1階で食事をしていた自警団の面々は、今はユリアさんもユキアも二人とも寝ていると言う。ユキアはあれから夜中に一度ユリアと交代して朝まで一階で待機していたそうだ。
ゴブリンは夜行性なので午前中は比較的安全だろう自警団の面々も表情がいくぶんと和らいでいた。
「なあミレイ、昨日みたいにゴブリンに襲われる事がもし次にあったら。俺の攻撃する魔法は役に立つと思うか?」
「ん?攻撃するんでしょ?痛いんじゃない?」
「あぁ、魔法の効果って意味じゃなくて、動く敵に当てれると思うか?って事だけど」
「……そりゃあ、当たらないように逃げると思うよ~。だって痛いもん」
ミレイのわずかな沈黙が、暗に当てる事が難しいだろういう事を物語っていた。
「だよなぁ、魔法自体で炎を作ったとして敵をロックして追尾とか無理っぽそうだし。やれたとして、その攻撃するって魔陣自体に詳しそうな人も村にはいなそうだしなあ」
「ロックってなぁに?」
「魔法の炎が追いかけていくみたいな感じ」
「なにそれ~追いかける炎なんてウチにとっては地獄だぁ、キャハハ」
「やっぱり、追いかけさせるのは無理なのか?」
厨房から朝食としてパンとスープをもらい、食べながらミレイと話をしていた。朝から起きて攻撃に使える魔法について考えていた。しかし、習った中で考えれるのは炎の塊を作るか、氷の矢を作るかだ。どちらも遠距離からの方法だが、間近で戦闘経験の皆無な俺には遠くから狙うのが無難だろう。
「じゃあその分魔法を大きくすると良いじゃない?」
「あぁ、昨晩の?自警団の」
ごめんね、聞こえちゃった。と昨晩ユキアに治療を受けていた女性の自警団員が声をかけて来た。その女性は朝食は済ませたのだろう、仲間と別れ向かいの椅子に腰掛けてくる。
「そうだよなあ、当てるにはそれだけの大きさの魔法を維持できれば、当たりやすくはなるか」
女性の助言は考えていた事の一つだった。昨日使った激流の魔法はその時点で考えうる大きさを求めた結果だったからだ。しかし、使い終わったあとの魔力の疲労度も半端無く大きかった。それから炎や氷に魔法を変えたとしても使いこなせるのかという疑問が湧く。
「私は力が弱いから弓を頻繁に使うんだけどね。ゴブリン相手はすばやくて、他の人の援護しているときじゃないと当たらないかなあ。明らかにこっちが狙ってますって知られたらまず無理だと思う」
「そうですか、援護で魔法を使うのは厳しそうですね。よほど仲間と息が合っているかしないと手がすべって仲間にも被害が出そうだし。魔法での攻撃って大質量で遠くからって限定されそうだしなぁ」
食事を食べ終えた俺は、今から休むという女性自警団員に別れを告げて思いついたことを試す為に宿屋の外へ向かう。そうして、ちょうど良い木の板を見つけ出して簡単な的にしたのだ。そこに石を投げる準備をしていると、ダルが「何してるの?」と興味津々に寄ってきたのだ。そこで先程のやり取りに戻るのだ。
朝食の話題から、俺が狙って目標に当てれるのか?と言うのを試してみようと思った。ダルとともに実際やってみたら俺は出来ない側の人間だったようだ。まじめにやってみての結果だから正直落ち込んでしまう、魔法で攻撃してみようと思う以前の話のようだ。
これから的に当てる練習をするか?追尾する魔法を生み出すか?かなりな労力が必要になるんだろうなと考えると、まだ何もしていないのに気疲れを起こしかけた。
「面白いことをしているな?」
「あ、君は……」
「サニーだ。昨日は世話になった、もうすっかり傷も治って調子も戻ったよ」
「それは良かったです」
「お姉ちゃんもする?」
ダルは新しく来た綺麗な女性に興味が移ったようだ。たしか、昨日は自警団長へ猟師の娘と説明していたと思い出す。昨日は怪我と疲労で表情に影があったが今日は怪我の影響も無く晴れやかな表情に活力があふれている様に見える。
「懐かしいな、短剣の練習の時に同じようなことをした覚えがある」
そう言うと、腰ベルトに差し込んでいた短剣を抜くと見事な縦投げのスウィングで投擲する。
ドッ!っと的の中央に短剣が突き刺さる。
「凄い、かっこいい!」
「ふふん」
ダルはそれを見て大はしゃぎだ。距離は俺の横に来ているので20mほどだろう、結果は見事に刺さっていた。
「いや、大したことは無いさ練習すれば誰にでも出来る」
「本当?」
ダルはもう石の投擲に夢中になっている。
「凄いな。俺も狙って当たるなら練習しないとな。でも、俺には時間がかかりそうだ」
「確実に獲物を獲りたいなら、罠を使うしかないけどね。動物だって素早く動くし逃げるときは必死だから、時には短剣で狙っても当たらないよ」
そう言いながら、サニーは興奮気味なダルに石の投げ方を教えている。さすがに即短剣を使用してではないのだろう。動きの無駄を指摘し投擲の姿勢が出来上がってから、短剣を使用しての段階のようだ。
「罠……か」
「あぁ、罠ならば確実性は増すからね。狩りの基本も追うばかりだけじゃなく罠も使うだろう?」
サニーは俺を自警団の一員と思っているのだろう。たぶん、今の会話も一般的な動物の狩りを話題にしたらしかった。しかし、俺の考えの中ではまったく違うことを考えるようになっていた。
「ダリア、ちょっとミレイを貸してね」
「うん!」
俺は、ミレイを呼ぶとダリアの隣に座り考えた案を相談する。ダリアは俺達の話に興味津々だった。
「ミレイ、魔法はシャワーの時みたいに持続時間の調整はこの前できたけど、即発現をスイッチみたいに調整出来そうかい?」
「長い時間の維持は魔力が自然に消費して無理かも、使い方によっては出来るんじゃない?今までしたことも無いからわかんないけどね~」
「魔法が発現するときは、魔力の供給と発現するというスイッチだなあ。供給の代わりを一箇所に……」
ブツブツと俺は考えながら魔陣のイメージを作り上げていく。ダリアもミレイも『??』の表情に俺は気づく余裕も無い。
俺は、よし!と魔陣のイメージを作り上げる。
『魔力よ!』
俺は両手を差し出し、地中に魔力の銀糸を潜り込ませる。普通は地面に隠れ見えないはずが、俺の脳裏にはきちんとイメージが作られていく。
『水の属性、凍結精製、範囲2m……』
そして、最後に肝心なことは魔力発現に必要な魔力の収束点を作る。それはちょうど魔陣の中央に位置し5cmほどの鞠のように形状を持たせる。ちょっと節約気味だが、不発ならもう少し大きくするべきだろう。感じる魔力消費はシャワーに比べ微々たる物だ、上手くいけば20個は同じ魔陣が組めるだろう。意外と5分間のシャワー魔法が魔力消費が馬鹿高いことがわかった。
「わぁ、綺麗」
俺の手のひらからでる魔力の銀糸に見惚れるダリア。俺は魔陣の後にイメージを作り上げる。
『魔力よ眠れ!アイスバーントラップ!!』
俺の魔言と共にミレイもダリアも再び『??』の表情だ。地面には何もおきないのだ。ダルとサニーも俺が何をしたのか?と不思議な表情でこちらを眺めている。
「お兄ちゃん、失敗なの?」
「ふふ、どうかな。ダル、ちょっと良いか?こっちにきて実験台になってくれ」
「何?タカお兄ちゃん」
テクテクと俺に近づいてくるダル。ちょうど俺が魔陣を織った位置にダルが足を進めたとき。
ピシ! ピシピシ!!と路面が凍結を始める。
ステーン!見事にダルが転んだ。いや、ごめんダル、顔面をぶつけたのはさすがに申し訳ない。
「おお!」
「「え!?」」
サニーもダルもダリアも驚愕の表情だ。見事に魔法が成功したようだ。俺が作り出した魔法は、文字通りアイスバーン(路面凍結)のトラップだ。
さすがに、爆裂系のトラップをはじめから試すわけにはいかず、ましてや人相手に試しようがないのだ。ちょうど昨日まで降っていた雨も凍結しやすい状況なのかなと思っていたので凍結系で試してみた。
「おお!何これーおもしれー!」
「すごーい!」
ダリアも魔法に興味津々だ。ダルは滑る地面に足をわざと滑らせている。
「これは君がやったのか?」
サニーが近づいてきながら驚きの表情だ。「魔法で凍っている?」と一人呟いている。
「どうした?騒がしいが?」
ふと宿屋の入り口から自警団長のオニボさんが出てくるところだった。
「おはようございます。いえ、ちょっと魔法の実験をしてまして。すみません騒がしくしてしまって」
「おはようタモト君。ほお、魔法を使ったのか。私にも見せてくれないか?」
そう言うと、宿屋の中から興味津々の野次馬がゾロゾロと出てくる。うあ、大事になったなと率直に思ってしまう。
「いえ、魔法で罠を作れないかと思って試していたんです」
「ほう、かまわんよタモト君のやることは昨日の事と言い時々驚くことが多いからな」
それじゃあ、と俺は向き直り、少し場所を空けてくださいとお願いする。
『魔力よ!』
俺は先ほどと同じように魔力の銀糸を地面に描いていく。何が成されているかイメージを理解しているのは俺だけだ。何せ地面に埋もれているのだから、周囲からは見えない。皆の表情は『??』ばかりだ少し滑稽に思えてしまう。
いかん、集中、集中。
最後に同じく鞠状の魔力の収束点を作り。イメージと共に唱える。
『魔力よ眠れ!アイスバーントラップ!』
俺は完成した手ごたえと共に、両手を下ろし数歩後ずさる。
「できたのか?」
「ええ、出来ました」
オニボさんも皆の表情も疑惑げだ。何も起きないからである。
「お兄ちゃん!今度も俺が試していい!?」
ダルはワクワクの表情に聞いてくる。
「ああ、お願い。今度は顔を打たないようにね」
「うん!」
そういうと今度は助走をつけて走ってくるダル。
おいダル!それはまずくないか?いや、気持ちは分かる。ツーッと滑りたいんだろう。俺もそう思ったから。そう思いながらダルが魔陣に到着する。すると、魔陣が発動し輝きを増す。
ピシ! ピシシ!と先ほどと同じく凍結が始まる。
ツル!!ステーン!ゴン!!と見事な3つの音が響く。
「痛あぁぁ」
「「「「……」」」」
皆は驚愕に固まりつく。いや、そんな魔法効果かけてませんから。
ダルは今度は後頭部を打ちつけ悶えていた。
「「「「お、おお、おおお!」」」」
一呼吸の後、皆驚嘆の声を上げる。「お」の三段活用を見事に響かせていた。
「タモト君!すばらしいこんな魔法は見たことがない。術者と魔法が別々に作動するとは」
「いえ、素晴らしいなんて、ただ試したらこうなったと言うか」
「それは本当か!?」
ええ、とオニボさんに返答しながら、俺はダルを起こしながら後頭部を見てあげる。大きなタンコブになっていた。治癒してあげると宿屋の中に連れて行こうとする。
「タモト君、少し話をしよう!詳しく聞きたい」
オニボさんは俺について来ながら、ダルの治癒が終わるまで待ってくれていた。
「ほお、ということはさっきの凍りつく魔法以外でも炎にも変えれると」
「ええ、大丈夫です。凍結を変更するだけなので。でも、爆発したりとかは無理だと思いますよ?自分も詳しくは無いので」
「しかしだ、タモト君が言いたいのはそれを設置してこちらに優位な状況が作れると言う事だね?」
「そうです、相手の動きを止める。見えない罠を作る。それだけで、敵の動きが鈍くなるはずです。でも、気をつけるのは味方が罠にかからないようにすることですが」
「それならば、皆に徹底させれば良いだろう、その点は大丈夫だ」
俺はこの魔法を試すきっかけになった経緯を簡単に話した。まずは魔法を攻撃に使うにあたり、どうやって素早い敵に当てるかの課題。しかも、夜行性でこちらの狙いはつけ難いだろうという事。
大規模な魔法は消耗も激しく、狙いも不確かな事。頼りにしている弓でさえも援護として精一杯な話を聞いたことだった。
それで、思い浮かんだのは魔力消費の少ない魔法で相手の動きを止める方法。魔法を当てる考えではなく、魔法に気づかせず確実に捕らえる方法だったのだ。
「うん、もっともだ。集団戦における魔法は相対するまえのけん制でしかないか。1対多数ならば被害は考えずに済むが、熟練の者でもなければ魔法での援護は危険が大きい」
「そうですよね」
「それで折り入ってお願いがある。魔力に余力があるならば、指定する場所にその魔法をいくつか設置してもらえないだろうか?」
「は?……ええ、もちろんです。もし受け入れてもらえるならと考えた魔陣ですし、こちらこそお願いします」
「そうか、助かる」
そういうオニボは、自警団の副団長を呼び待機している各班のリーダーを召集するように伝える。隣の席に座って休憩していたダルとダリア、仲良くなったらしいサニーも興味津々で事の成り行きを見守っていた。
そうして、村の簡単な手書きの地図から数箇所に決められた魔陣の設置箇所に俺は護衛の自警団と共に出かけることになったのだ。




