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遠くの山々の間に太陽も沈み、何事もない平日ならば仕事帰りの農夫や村に立ち寄った行商人が酒を酌み交わしている時間だった。しかし、本来賑わう筈の宿屋の食堂にいる人達は、年齢もちぐはぐでましてや酒を飲んでいる人など一人もいなかった。
今食堂に集まっている村人は、災害やゴブリンの襲撃から避難してきたという人達であり笑い声は無く、どこか疲労感と緊張感を含む雰囲気がその場をしめていた。
そんな雰囲気の中、食堂の一角で商人風の格好をした2人組みがテーブルに座っていた。
「兄ちゃんも災難だな。行商に来たんだろ?土砂で川は氾濫するわ、極め付けにゴブリンと来たもんだ、いっそ武器の商品を仕入れて持ってきたほうが良かったかもしれねえな」
「ああ、本当にな」
俺の名前はクルト。今気さくに向かいの席から声を掛けてきたのは、キイア村で洋服・布屋をしているというハンスという男だ。見かけは30代後半で、村で作った布を町で売ったり町で仕入れた服や宝石を村で売っているという。同じ商売人の服装をしていたからだろう、村の外からわざわざ商売に来たのに運の無い奴だと同情されたようだった。
「いつまでこの村にいるつもりだったんだい?やばくなったら早く逃げるに越したことはないからなあ」
「そうだな、あと1週間はいるつもりだったんだがな。こうも状況が悪いと金入りも期待できそうにないな」
そう答えながら、本当のこの村に来た目的を考えていた。俺の本当の仕事は盗賊団の情報係だ。役目は村に入り込み、自警団の人数や主要な村長などの家の場所を把握すること。その人たちの噂を聞き、一番村を襲い易い時期を知るために潜り込んでいたのだ。
俺の所属している盗賊団の名前は前のサイオン一家だ。義賊として収入も少ない方針に反感を持ち始めていた俺は、先代の頭領が亡くなった事でNo2だったガールさんが頭角を現しそれについていく事を俺は決めていた。俺への命令もそのガールさんへの印象を良くしようと率先して受けた結果だ。
ちょうど2日ほど前に村に到着し、盗賊団のアジトに残っていた格安な宝石を品物として商売しながら村の情報を集めていたのだ。
「くそ、それにしてもゴブリンまで出張ってきたら、3つ巴とか洒落にならねえな」
「ん?何か言ったか?そんな腐るなよ」
「いや、何でもないさ」
俺は今現在この村を襲う利益は皆無だと判断した。もちろんやばくなったらすぐ逃げるつもりだが、この騒動がどっちに転ぶにしろ村の被害は大きいだろう。
修復にも村から金が流出する、そんな実の枯れた果実をかじっても美味しくもなんとも無いのだ。もうひとつ、俺が気になったのはある女性が今日の朝に村に来たからである。
「オイ見てみろよ、美人だな」
俺はチラッと促されたほうを見てみると、宿屋の2階に続く階段から今一人の女性が降りてきていた。見間違えるはずは無い、前サイオン一家の頭領の娘サニーだった。俺は向かいに座るハンスの言う言葉に適当に相槌をうちながら、サニーに見つからないように姿勢を壁側に向けた。
今ここで互いに会うことで商売人の格好をしている理由をうまく言い逃れることは難しい。今までの盗賊の方針に村は絶対に襲わなかったからだ。互いにここに居る事が不自然な2人なのだ。そしてサニー自身が一人でこの村にいること自体が不可解なのだ、雨宿りか?いや、むしろ盗賊のアジトで何かあったのかと想像する方が可能性として高いだろう。そう考えると、いま接触するのは得策ではないように思え、しばらく様子をみてから接触することを心に決めていた。
「こんな状況じゃなければ酒でも一緒に飲みたいもんだな」
「そうだな」
今横目で見ているサニーも宿屋の娘となにやら話しこんでいる様子で、一通りお願いすると再び2階へ戻っていくようだ。避難している人たちを眺めては表情を曇らせているのが見える。俺のいるこっち側は真後ろの背後側なのでこちらから声をかけなければ見つかることは無いだろう。やはり村近くまで来て雨宿りで帰れなくなっただけなのか?一通り考えてみたが答えは出なかった。
「早く(アジトへ)戻るしかないな、(ガールさんも俺の報告があるまで動かないと良いが)」
「ああ、そうだな。町に早めに戻れると良いな」
都合よく勘違いしてくれたハンスは、やっと自分の食事に専念し始め俺も自分の食事を終わらせるべく黙々と食べ始めた。
ドン! バタン!
しばらくして巡視に出ていた自警団員が交代して宿屋へと入ってきた。中には緊張で表情がこわばっている新人らしき青年もいる。
「くそ、ゴブリンのやつら殺気立ってやがる。見かけたら弓を撃ってきやがるし、宿屋の近くに松明が掲げてあって助かったぜ、向こうも警戒して追ってきやがらない」
疲れた表情で椅子に腰掛け、自警団同士情報を交換していた。発見当初は食料を採りに来たと思われたゴブリンの行動が、明らかに夕方にかけて敵対して攻撃してくるようになったそうだ。食料が満たされれば森へ帰るかもしれないという期待も今は薄くなってきているようだった。
「今日の衝突はよほどの事がないとありそうに無いな、でも長期になるのも困るけどな」
「ああ、それじゃあ俺は早めに休んで、明日近くでも逃げる計画を立てますよ」
それじゃあ、とハンスに挨拶して俺は2階の自分の部屋に戻っていくことにする。サニーに見つかる事を考えると、早々に洋服を商売人の服から着替えないといけないなと思っていた。




