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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
運命の邂逅編
134/137

15

 そのサイアスは、ルミにとって師匠と弟子、上司と部下、一方的によく話す方と聞く側の関係だった。少しばかりうるさい男だったが、しかし、互いに共通していたのは、自分達が望まれて人の両親から生まれてきた訳では無いという事だった。

 いや、望まれたというのであれば、両親では無く国という底の知れない組織からは望まれて生まれたのだろう。

 人工的に魔素を後天的に拡大させられた者と、先天的に操作された者だった。

 学問とは言えない、人を壊す為に学ばされてきた教育の中で、感情という知識は知っていたが、ルミには自覚出来た事は無かった。

 感情は判断を鈍らせると言われ続け、気になることと言えば、時たまに小さな動物を見つけた時には何故か体に力が入らない事があったが、集中していないと言われ、そうだったのだろうなと反省はしていた。

 今も、そう言ったどうでも良いことを思い出しながら、ルミにとって感情というものだけがずっと不思議で知りたかった事なのだと思いが浮かんでいた。

 この胸に開いた空虚感、これは何なのか……。


(私は……やっぱり、死んだの?)


 結局は短い命だった。

 以前、自決用や緊急時の為に渡されていた、黒魔宝石を使用したのだった。

 サイアスの実験室で初めて見た時の事を思い出す。

 「時間を稼ぐ」と伝えられたルミへの命令は、王女の命を奪うのを諦め、脅威となって立ちはだかった男を道連れにすることを選んだ。

 黒魔宝石は、ルミとその男の魔力を吸い尽くし、狙い通り永遠に魔力の火を吸い消したはずだ。一度消えた火は二度と灯る事は無いと言われているからだ。


(これが死ぬという事なのかな)


『――り!真理っ!しっかりしろ』


 ぼんやりと周囲の視界が灰色の世界を映し出していた。

 少女を抱えた先程ルミの前に立ちはだかった男の姿がそこにあった。


(マリー?サイアスは王女を仕留めれたのかな?いや、違う?)


 少女を抱える男は、先ほど自分と戦っていた人物よりは若く見えた。それに、抱えるマリーナ王女に似た少女も背格好や肌の色や髪の色も異なっている。

 ルミは周囲に視線を向けると、土や木々も無く灰色の石の様な地面。

 両側はレンガの様な四角に区切られた壁が連なり、さながら迷路の様に向こう側が見えなかった。


『誰か救急車!お願いします!』

『――おにぃ……ちゃ、ん。恥ず……ぃよ』

(兄か……やはり似た人物だけのようだけど、もしや血縁?それか本当にマリー王女の兄?情報部が把握していない事もあったの?……分からない。しかし、自分はなぜこの様なものを見るの……)


 ルミは、淡々とその情景を見ながら冷静に少女の容態を見ていた。

 いくらこの兄が助けを求めても、何もしなければこの少女の命はあと僅かだろう。

 キュウキュウ者?という者が治癒の術師が間に合えばどうか分からないが。出血している様子からは、そう長くはないとルミは見つめていた。


(不思議な感じだ……。先程まで命を狙っていた人物に似た少女の命が無くなろうとしているのを見るのは)


 不思議?今までルミにとって命を奪う事は任せられた仕事の一つだった。

目的の物を破壊と確保するためには、今まで何人もの人を殺め死を招いてきた。

 ルミは、なぜ不思議に感じるのか分からなかった――。その少女の死に際が、誰にも死を望まれていない状況なのだからか?命が消えそうだというのにその少女がなぜか恥ずかしそうに笑っている為なのか。


(いつも、死ぬ間際の物が私を見る目は、驚きや憎しみの表情を浮かべていた。なぜこの少女は死の間際に笑っている?笑っていられる?……)

「――それはね、お兄ぃちゃんを大事に思っていたから……。兄妹だからだよ」

(お前は……あの男の……)


 ルミは声の聞こえる方を向くと、宙に浮かぶ水色の髪をした妖精が隣で同じく少女を見つめているのに気付いた。

 いつからそこに居た?私が気付かなかった?


「今ならわかる。あれがお兄ぃちゃんの心の重り。助けたくて、何も出来なかった後悔……」

(後悔?怪我の理由は分からないが、あの様子はどうしようもないでしょう?)

「でも!それでも!って思わない?貴方はどうなの?このまま終わりで良いの?」

(仕方がないだろう?時間を稼げと言われた命令に最大限の効果を得るには、ああするしかなかったのだから!)

「あなたが生きているのは、命令だから?死ぬ時も命令?」

(それ以外に何があるの?必要とされている。結果を出せる機会と手段があった、ただそれだけ!)

「かわいそうな人……」


 その妖精は今にも泣きそうな小さな瞳でルミを見つめた。


(私がかわいそう?分からないな、なぜ、お前が悲しそうな顔をする?)

「まだまだ、楽しい事はいっぱいあるよ。好きな事だって沢山……。もちろん腹が立つことも、悲しい事もいっぱいあるんだよ?それを知らない貴方は可哀想……」

(……)


 確かに私は様々な感情を知らない。嬉しい事も楽しい事も、腹立たしい事は何度かサイアスの話を聞くときに指摘され感じた事があっていたらしいが、怒りはあっても静かに力に変えろと言われてきた。


『真理!目を開けてくれ!真理!!お願いだ!死なないでくれ!!!』

「あぁ……お兄ぃちゃん、それが別れで、始まりなんだね」

(――始まり?)

「そう、すべての始まり、再び兄妹が出会うための――始まり」


 何を?言っているのかとルミが問おうとした時、その少女の灯が消えるのを感じ、ルミと妖精の視線が再び路上の二人に向けられた。

 少女の身体から白銀に輝く光が粉雪の様に砕け天へと細かく砕けながら登っていく。


「見える?あれが人の思い。流れていく魂」

(……)


 ルミは初めて見る光景に目を奪われていた。今まで幾人の人を殺めてきてもこの様な光景は見た事も無かった。

 魂だからこそ感じて見ることが出来る光景だった。


「綺麗だね。でも、悲しい綺麗さ」

(何だ……、この埋まらない空虚な感じは)

「ん?なぁんだ。お姉ぇちゃんも泣けるんだね」

(――えっ?泣いている?私が?)


 ルミの頬を涙が伝っていた。どこか痛い訳では無い。胸のあたりにある空っぽの空虚感。ただそれだけが、今は妙に思考を鈍らせていた。


「ねぇ、お姉ぇちゃん。寂しい?」

(寂しい?)

「うん、私は寂しいな。今はお姉ぇちゃんと話ができて居てくれるけど、お兄ぃちゃんに会いたいよ」


 ルミは、これが寂しい?と言う感情の自覚に戸惑う。胸にぽっかりと空いた空虚な感じ。

 思いの中から感じる寒さだった。それは、どこかで感じた事のある……。

 そう、私が生まれたころの時の様な、生育槽で感じていた思いに似ている様だった。


(これが、寂しい。寂しさ……)

「うんうん、お姉ぇちゃんは寂しいんだよ」


 ルミの頬には続く涙が流れながら、心の中には寒さだけが広がっていた。


(寒い――)

「うん、寒いね。でもさ、その寒さはお姉ぇちゃんが、まだ生きたい……生きられるって事を感じれる証拠じゃないかな?」

(分からない……)

「そうだね。だって今まで何にも知らなかったんだもん」

(何も知らない……)

「そうだよ。きっとお姉ぇちゃんにも、楽しい事や大事な人が出来るよ」

(こんな……私にも?)

「『こんな』、じゃないよ。その言葉は自分が駄目駄目だって言ってるようなものじゃない」


 妖精は小さな人差し指をビシッと突き付け、ダメだとルミに告げる。


「お兄ぃちゃんにも始まりがあったように、今日が貴方の始まりなんだからね!」

(私の始まり……でも、もう遅い……)


 ルミは死の間際になって、感情の寂しさを感じることが出来たのだと思う。

 でも、自分の命も魔力が枯れた事で目の前の少女の様に散ってしまうのだと諦めようとしていた。


「ねえ、本当に諦めるの?」

(……)

「駄目!寂しさを、いっぱいの楽しさで埋めて笑顔にしてあげるんだから!もういい!じゃあ、貴方は今日から生まれ変わるの!そう、昨日までの貴方は死んじゃうの。決まり!」

(はぁ?)

「じゃあ、さっさと目を覚ま……じゃなかった。生まれ変わるの!」

(そんな無茶な!それにどうやってここから)


 ルミは泣き崩れるタモトを見つめながら、これからどうなるのかと途方に暮れる。自分も意識が無くなるのか?体が消えていくのか?


「しょうがないなぁ。私が手伝ってあげる。昔から起きない時はショックでって誰かが言ってた!……気がする」


 そう言いながら妖精は、手足をブラブラと動かしたあと、腕をブンブンと回していた。

 フン!と小さな力こぶなどが見える。


「じゃあー行くよ!『ミィーレェーイィー!―――キィィーーーーック!!!』」

(えっ?手じゃなくて足っ!?)


 ルミに聞こえたのは、後頭部に響く鈍い音と、暗転し遠のく意識の混濁だった。

 あぁ、これとどめで死ぬんじゃ―――。


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