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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
運命の邂逅編
132/137

13

 瞼を開けると、焦点が合わないぼんやりとした視界の中、繭の様な薄い膜に覆われ、やや暖かい液体の中に浮かんでいた。


(ここは……)


 自分はアリシアの治療を終えた後、襲われたマリーナ達を襲撃者から守る為に対峙していたはずだった。相手が何かの薬を飲んで、暗闇に包まれた後からの記憶は途切れていた。

 わずか30㎝程先にある薄い膜は、向こう側を半透明にしており、微かにぼんやりとだけ人らしい影が動いている事がわかる。


R(ルージュ)の3号槽はどんな調子だ?》

《あぁ、順調だな。マナの過剰消費による老化進行も落ち着いたようだ》

《そうか、安定すれば大きかろうと小さかろうと変わらないからな。しかし、過剰消費の原因も分かっていないんだろう。4号以降は駄目だな、急速な老化に耐えきれない個体は破棄が決定した……》

(3号?老化?何を言っているのだろう)


 視界の端に、わずかに動くものが見えた。筋肉の殆どない細い腕、枯れ枝の様な指先。

 自分の意思とは全く沿わない動作で喉元までゆっくりと動き視線を向けると、再び彷徨う様に関心を無くした視線を戻した。


《ん?3号はお目覚めか?》

《あぁ。起きる時間が時々あるな》

《そうか、そろそろ産化(うか)が近いか……》

(自分の体じゃないのか?)


 いくらぼんやりとしていると言っても、自分の体の動作とは思えなかった。

 そう、夢とはまた違う、映像を見ているより鮮明な、誰かが見た記憶を見せられている感覚に近いという表現だろうか、何せ初めての事だ。

 眼の前に見えるのは生物の様に揺らぐ膜に、葉脈の様な薄黒い微かに脈打つ血管の様なものが走っていた。その中心には20㎝程の歪な魔宝石につながっており、魔宝石に根を張る様に自分からの胎盤が繋がっていた。


(なんだこれ……)


 明らかに自分の知っている人の成長過程では無かった。

 この時点で、今見えている事が明らかに、タモトタカとしての体で体験している事では無い事を確信した。


《そういえば、個体名は決まったのか?》

《さあ、上が勝手につけるだろう》

《まあ、そうだがな。3号じゃ味気ないからな》

《味気ね、ルージュで良いんじゃないか?》

《ひねりが無いな。面白くないってお前彼女に言われないか?》

《余計なお世話だ》


 膜の向こうで二人の男が話していたが、再び自然と瞼が下がり、見えていた視界も暗闇となった。


《ルーⅢ(スリー)だな》

《はぁ、お前結婚して子供が出来たら、彼女に名前を付けてもらえよ》



 次に瞼が開いた時には、以前の眼の前にあった膜は無くなっており、何処かの野外と空が見えた。この時点で、すでに見ている誰かは自分ではない事を理解していた。

 何故かは分からないが、誰かが見たものを自分も見ていると言った体験をしている様だ。


(これが、今なのか昔なのか、それとも未来なのかという事も分からないな)


 この様なはっきりとした予知夢など見た事も無いし、どちらかというと過去にあった出来事か知らぬ間に夜が明けており今現在起きている事のどちらかだと思った。

 しかし、先程の繭の中に居た人物が見ているものだとすると、過去なのだろうか。

 でも、何故こんな状況が見えるのか……。


「いいか!お前達ルージュシリーズは、新しい人類の先駆けである!!」

「「「はい!」」」

「生まれながらに、魔力路(マナライン)を活性化し、高負荷に伴う暴走(マナバースト)を制御できる存在である!」

「「「……」」」

「ルイ!なぜ制御できるか答えろ!」

「はい!通常の人間は後天的に魔力路(マナライン)が活性化と形成がなされるため、一度に操作できる魔力量の上限が成長が止まった時点で決まっているからであります!」

「なぜ上限と魔力の操作が関係しているのか、分かるか?」

「熟練と同じく、体の成長と共に魔力路(マナライン) が大きく成長すれば、どれだけの魔力を消費しようと一度に使用できる魔力量が大きくなる為、扱える操作がしやすくなります」

「そうだ!しかし、高負荷が過ぎると体の組織が壊れ自壊する。お前たちは自らの上限を知らねばならない」

「「「はい!」」」


 整列していると思われた体の持ち主は、他の整列者と同じく直立不動の様子だった。

 自壊か……、魔宝石を取り込んだ炎に包まれた人間の末路を思い出してしまう。


「今から5ma/gマギのアンプルを渡す。この程度の負荷で壊れる者は役に立たん。諦めろ」


 補佐と思われる、白いガウンを着た研究者風の男が、仕切り箱に収められたアンプルを差し出し、中に入っている3本の内、それぞれが1本づつを手に取って行く。


「よし!模擬戦の総当たりを行う。それぞれ、アンプルを飲め!」

「「「はい!」」」

「自分以外は敵だ、倒せ!開始せよ!!」


 返事と共にアンプルを切り飲んだ視界の人物は、素早くアンプルを放り、バックステップを踏んで周囲を見渡した。視界が徐々に薄赤く染まっていく。


「はぁあ!」


 ルイと呼ばれていた1m20㎝程の男の子が、横から回し蹴りで目先を狙ってくる。

 しかし、こちらは1m60㎝程の身長差もあり、それに、気付いていたのか普通は両手でも庇うのがようやくと思われる蹴りの勢いを、片手でつかみ振り払っていた。


(すごい力だな)


 振り払いきる前にルイは腕に絡みつき、そのまま腕の関節を固める。


「くっ」

「だあぁ!」


 躊躇いなく腕を折ろうとするルイに、腕を固められたまま、地面へ打ち付け相手の肺の中の空気を叩き出した。


『やはり体格差のある厄介な相手から選んだな』

『はい、魔力量は互角、魔力路(マナライン)もほぼ同じであれば、厄介なのは大きい相手ですか……』

『成長要因は判明したか?』

『いえ、それがまだ……。突然変異と決めるには諦めておりません』

『あぁ、そうでない事を願うぞ』


 研究員風の男と先程までルイや模擬戦を取り仕切っていた男が、離れた位置で眺めていた。

 そうしている間に、残っていた小柄の女の子がルイと協働して、飛び掛かりながら関節や気道を絞めて決めているのが見えた。


『さすがに、連携されると耐えれませんね』

『次回は、魔法操作を教えておけ』

『……分かりました』


 遠くでその様な話がされているとは気付かず、見えていた視界も気道を絞められ意識が無くなるとともにブラックアウトした。



「――リー?聞いてますか?スリー?」

「……はい」


 気が付けば、呼びかける男性の肩越しにぼっーっと空を眺めていた。

 男は困る風でも無く、ただ本当に聞いているのかを確認しただけだった様子で、怒るでも無く、話を続けた。


(この男は、襲われた時に女と共に居た男の方か?少し若いが)

「それで、私が貴方にマナの使い方を教えるために選ばれた、サイアスです」


 周りを見ると、何処かの室内であり、レンガが積み上げられながらも大きな窓枠からは斜めに差し込む光の角度も鋭い。

 見聞きだけではわからないが、日の射す角度からはずいぶん北国なのかも知れない。

 男の着ている服も、知っている服装よりずいぶんと数枚と厚着の様子だった。

 それに比べ、視線の主は相変わらず薄着の様子で、その様な待遇しか受けれていないのだろう。

 見える視界には、書斎と言うには整っていない積まれた本と、何に使うのかわからない植物や何かが入った陶器など雰囲気としては研究室という言葉が当てはまる場所だった。


(見聞き出来ているだけで、記憶が流れ込んでくると言う事は無いしな。ただ、特定の人物が見聞きした内容を、自分が体験している事は確かなようだ)

「なぜ自分が選ばれたのかという表情だね。ククク、君は特殊だと聞いていてね。私が無理を通したのだよ。ところでスリー、あぁ、君の事は適当に呼ばせてもらうよ」

「……」

「君は自分が何者か分かるかね?」

「私は、私です」

「そうだとも、君は君で他の人にはなり得ない。そして、より自分を知る事で、君は唯一の君になれるのだよ」

(この男は人に話すのが楽しくてしょうがないと言う程に笑顔であり、それがまた異質で気味が悪い)


 サイアスは木製のスツールに腰掛けると、相手にも座るよう促し視覚を共有している人物も断る事無く座った様子だった。


「君はねスリー。Rルージュ計画の3号検体という意味だ。実は、R計画は第3段階に当たる。あぁ、まだ教わってないか?ククク、良いだろう……。まずは第1段階、Bブラッド計画。優勢種同士の交配による検体の選出。まあ、これは一定の結果が早々に出たわけだ。ただ単に優勢種からは高確率でマナを操作できる人間が生まれやすくなったと言うのを裏付けしたにすぎなかったのだからね。うん」


 男はさもつまらなそうに、人差し指を示しクルクルと宙に回す。

 しかし、説明というか話すこと自体は止まらない程の勢いだった。


「第2段階、M(マギ)計画ジュエル検体。結果を先に言おう。これで作られたのが私サイアスだ。人は後天的に……人造的に強化できるのだろうか?当たり前の疑問だろう?魔力路マナラインの強化は至極簡単だからね。魔宝石からのマナの抽出が判明した事で、人は限界を試したのだよ」

(この男の目は……狂気か。スリーと呼ぶ視界の主に説明しながらも、すでに相手の目を見ずに宙を向いて話し誰に話しているのか分からない)

「ククク、何人の兄弟が灰となったが、覚えていないよ。君も飲んだだろう?あの薬さ、来る日も来る日も飲んで、飲んで、飲んで、飲んでぇ……限界を試すのだよ。今日は大丈夫、今日も大丈夫。あぁ、明日も……身が内側から焼ける痛み……懐かしいなぁ。今はもうそれも感じれなくなってしまってねぇ」


 さも、サイアスは残念そうな表情を浮かべ、ようやく宙に向けていた視線をこちらへ戻した。


「あまりにも、結果が散々でねえ。クククッ、すぐにRルージュへ計画が移行したのさ。一定の体が発育する前に高濃度のマナに体を馴染ませたらどうなるかってね?魔力路マナラインの同時成長を図れば良いじゃないかとね、誰が考えたんだろうなあ。成長の痛みが無いってのは可哀そうだよねぇ」


 本当に残念で可哀そうな視線を向けながら、話を一区切りした。


「まあ、そうやって生まれたのが君って事を聞いたら、興味が湧かない訳ないじゃないですか。私の妹とも言うべき貴方にね。これから、貴方に大きな魔力路マナラインが有っても、どうやって水を汲むか、どの量で流すかを教えるのが私の役割な訳です」


サイアスは、おもむろに引き戸を開け宝石を取り出し親指と人差し指で掲げる。

 青い色をした魔宝石で、中で黄色い輝きが幾つか動くように見えた。


(ん?魔宝石の収集でも趣味なのか?)


 趣味と疑う程に、サイアスが開いた棚の中には、大小様々な大きさの魔宝石。赤や青色の色合いの異なる輝きを持った石が規則正しく並べられていた。

 サイアスが手に取ったのは、やや小ぶりながらも整った楕円形の形をしていた。


「これが何か分かりますか?」

「……魔宝石です」

「そう、これが貴方達に渡される薬の材料です」

(薬?先程見えた時に配られた飲んだあの薬が魔宝石から?)

「……」


 特にスリーは驚いた風でも無く、あらかじめ知っていたのかもしれない。

 ただ、黙ったままじっとその宝石を見つめていた。


「魔力マナが吸収されていますが、月日をかけて、自然に発見されるのがほとんどでした。この石にどの位の力マギが含まれているか分かりますか?」

「分かりません」

「即答ですね……まあ、そうでしょうね。それを今から教える訳ですし。この石には最大10ma/gマギの魔力マナを保つことが出来ます」


 指の間でクルクルと回りながら、輝く様子にスリーと呼ばれた少女はジッと見つめ続けていた様だ、タモトに見える視界は魔宝石とその向こうに見える空の景色で占められていた。


「なぜ分かるのか?と言った顔ですね。そう決めたのですよ。石の性質によって吸収できる差を調べ、特徴を発見し、私たちは基準を作った。そうやって、今貴方が見ている菫青石アイオライトが基準となったものです。手に持ってみなさい」


(魔宝石に基準なんて付けたのか?)


 そう言って手渡され、握るでもなくスリーはジッと見つめていた。

 タモトは確かに、魔宝石の価値はどの位か?と判断を求められたならば、何を基準にするかと悩むだろう。以前クルーガーに売った時も、彼らなりの価値判断の基準があったはずだ。そう考えると、自分はその辺りの事情に関して知らない事が多い事に気付いてしまう。


「特に意識しなければ何も起きませんよ。魔力路マナラインを意識すれば、流れ込むのを感じるとは思いますが、今はそれは良いでしょう。そうそう……もう一つ」


 サイアスは、今度黒い魔宝石を棚から小さな箱を取り出し見せる。


「これは特殊な性質でね。普通であれば魔力マナの吸収が自然から行われるのですが、不毛の土地、特に沼地なんかで取れてね。黒玉ジェットって言うのものです。周囲の魔力マナを吸い込む性質を持っているから、扱う時は慎重にね」


 そう言いながら、先程の菫青石アイオライトを渡された右手とは逆に、左手に黒玉ジェットを渡される。

 見るからに魔宝石とは思えないほどの、輝きの無さ。

 黒曜石程に反射する光沢は無く、その代り、光を吸い込む半透明さを持っていた。


「さて、今日の訓練としようか。結局は、スリーの魔力路マナラインの訓練です。意識して右手の魔宝石アイオライトから、左手の魔宝石ジェットに魔力マナを移してごらんなさい」

(魔力を魔宝石から使う事は出来る事は知っているが、移したり注入する様な事が出来るんだろうか?)


 言われるまま、スリーは右手から左手へ意識した動作をしたようだが、視界・聴覚を共有しているだけでは、タモト自身には上手くいっているのか分からなかった。


「くっ……」

「慎重にと言ったろう?まだまだ、流れが早すぎる」

(あっ、失敗したのか?)


 共有していた視界がぼやけ、スリーは片膝を付き、冷や汗が出ている様子だった。息も少しあがっている。

 その様子に身に覚えがあった。魔力マナの枯渇している時の症状の様子だった。

 そして、気付けば、右手に握っていたはずの魔法石アイオライトが粉々に砕け散っていた。


「あぁ……自分の魔力マナを持っていかれないギリギリの所を今後調整するんだ。まあ、初めから上手くできるとは思ってないよ。何事も経験だねえ。……ククク」


 気味の悪い笑い声を聞きながら、自分の魔力マナまで吸われたスリーは意識を失うと同時に共有していた感覚も無くなってしまった。


(しかし、何て事をやってるんだこいつらは……)


 ルージュと呼ばれた彼女達の事や、飲んでいた薬物。

 先程彼らと敵対していた事を、改めて思い出すと、今は意識の狭間で実際に感じる事の無い冷や汗が体を伝っているような錯覚を感じてしまうのだった。

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