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「女神、さま?」
俺は誰かの手を繋ぎ止めるように握り締める。
「へっ?女神?ちょ、ちょっとタカ君そろそろ手を離してくれないかな。痛い痛い手が、あっ、それにユキアの視線もいた、痛っ」
「タカさん、いくらなんでも握りすぎです!」
目を覚ますと、聞こえたサオの顔は耳まで真っ赤に染まっていた。俺の左手はサオの手を握りしめており、サオは椅子に腰掛けたまま身動きできずソワソワと落ち着かない仕草をしていた。
周囲を改めて見ると、向かいのベットにはユキアが横になって寝ており、頬を膨らませ少し不機嫌そうだ。あれ?サオが俺のことを名前で呼んだみたいだが、いつからそう呼ぶようになったっけ?まあ良いか。俺は気にしない事にした。
夢を見ていたのか?自分で疑問系で確認するのは、夢の内容をボンヤリとだけ覚えている程度だったからである。夢で誰かと会っていたっけ?そして、徐々に何を話したっけ?と思い出そうとすると、どんどん薄れて記憶から零れ落ちていく。
皆様お馴染みの夢を忘れるというやつである。凄い閃きをしたかと思えば思い出せない。誰しも経験が有るだろう。
何か大切な話をしていた気がするけれど、謝罪と感謝された内容だったのかな?と思うほどしか覚えていなかった。もちろん夢での話だ、神様という存在が出てきたこと事態、夢が軽く感じ嘘のように現実感がなかった。これを鵜呑みに信じれるほど俺は神や女神様を熱心に思ったこともなかった。
「あっ、あぁ。夢を見ていたみたいだ。ごめん、サオ」
「え?ええ。夢ね、そう!夢。だってユキア」
「フン」
俺は、ゆっくりと手の力を抜きながら握っていた手を緩める。手を開放されたサオは、握られた手を庇う様にもう片方の手で包んでいた。
「とにかく、起きてくれて良かった。ユキアの視線が痛かったんだ。それに、タカ君の握る力が思ったより強くってさ」
「もぅ!サオ姉ってば用が済んだら仕事に戻れば良いんじゃない?」
「看病して来いと、これも仕事で言われたんだがなぁ。まあ、何より目が覚めてくれて良かった」
サオの話では、俺たちがゴブリンと遭遇して戦って後、すぐに応援をつれて戻ってきたと言う。そして、怪我をし意識を失った俺とユキアをを宿屋へ運び入れこの部屋で治療を行っていたらしい。
ユキアは気を失っていなかったため事情はすでに自警団員に伝わっているとの事だった。サオはユキアの小言に苦笑しながら、目が覚めたのを報告してくると部屋を出て行った。
「ユキアの足は大丈夫?」
「お母さんに魔法を使って治してもらいました。神経を傷つけていたんだって。そのままだと麻痺が残るからって、今は、お母さんも重傷者だけに魔法を使うようにってお願いされてましたけど、足だけは治癒してもらえました」
「そっか、俺の肩の傷がそのままみたいだから、もしかしたらまだ治療してないのかと思ったよ」
「うん、治してってお願いしたんだけど、「魔力を温存しないといけないからごめんなさい」って言ってました。私の傷も内側の神経周りだけの限定で治癒したみたいですしね。私も、後は傷薬のお世話にならなきゃ」
俺は傷薬について疑問をユキアに聞いてみると、この世界には傷に対しての2種類の方法があると言う。1つ目は、俺たちが倉庫に取りに行ったポーション系、解熱効果や痛みを取る作用を持つもの。2つ目は、貼り薬系、薬草などをすり潰しその効果から止血効果を期待するものだ。大抵はこの二つを併用して魔法を使わない場合には傷を治療していくそうだ。
もし、この世界に細菌感染という概念もなかった場合。化膿した場合はどうするんだろうと疑問に思ったが、おいおいユリアさんかユキアに聞こうと思った。
トントン
ノックをしてサオと自警団長オニボさん、ユリアさんが部屋に入ってきた。
「ユキアさんには先ほど話を聞いた。タモト君すまなかった。はじめからもっと注意して護衛を連れて行けたら傷を負うことも無かったかも知れないと反省したよ」
「タカさんユキアを守ってくれたみたいでありがとう。傷を治してあげたいけれど魔力が残り少なくて、もしもの夜に向けて温存しないといけないの」
「はい、ユリアさん気にしないでください。自分も魔法を使えるのがわかったので、治癒を覚えれたら自分ででもやりますから」
「ねえ、お母さんやっぱり、タカさんの傷は私が治してもいい?私のせいでタカさんが怪我までしてしまって」
「ユキアは私と交代で休憩と治癒にまわらないといけないらしいから、タカさんの傷はすぐには駄目よ」
「そんなぁ」
落ち込むユキアに皆苦笑しながら、万が一の事態にならなくて良かったと皆口々に言っていた。
「疲れているところすまないが、タモト君。まだ私達の少人数しか知らないんだが、ゴブリンをどうやって3体も倒せたのだ?ユキアから状況の報告を受けたのだがいまいち理解できなくてね」
オニボ団長は、先ほどまでサオが腰掛けていた椅子に座る。俺はゆっくりと思い出しながら説明を始めた。
「ええ、まず俺とユキアが皆の応援が来てくれるまで、時間稼ぎに倉庫に立てこもった事はご存知ですか?」
オニボさんとサオはうなずいて返答する。
そこで俺は倉庫に残されていた長剣が数本あったこと、殺虫剤や除草剤と眠り薬が保管されていてそれを利用したこと。そして、いよいよ時間稼ぎが限界に来たときに魔法を使って戦いを挑んだことを説明した。
「ほお」
「そんな事があるんですね」
各種の薬を霧状に吸わせた所を説明する場面では、オニボ団長もユリアさんの二人とも驚いていた様子だった。「なぜ、そうしようと思ったのか?」との二人の疑問には、間違って飲んでしまう人達を前の診療所(前の世界の病院)で知っていたのでと説明したが、何とか納得してもらえた様子だった。
俺が勤めていた救急外来には自殺企図という、自ら命を絶ちたいという行動から農薬などを飲む患者が来院する場合があった。もちろん平常な想いからではなく精神を病む状態からその行動を実行してしまい薬を飲むのだ。そして、その薬は激痛を起こしながら口腔内や胃という内臓の粘膜を痛め体内へ吸収される。そして、最悪の場合死にいたる。俺はゴブリンに追い詰められた時、殺虫剤や除草剤が、少しでも時間の稼げる方法ではないかと考え思い出したのだった。霧状にしたことで摂取量事態は少なかったが、少なからず嘔吐や粘膜への刺激となるはずだと思ったのだ。
疑問系に答えたのは、この世界の薬が同じ作用を引き起こすかどうかわからなかったためでもある。現代の薬品の多くは化学合成されたものだからだ。だが、今は苦しんでいたゴブリンの反応から薬に効果があったと確信に変わっていた。調合されたらしい物でも、化学の原始的な産物と言う事だったのだろう。
「そのような話を聞くと、ヒーラーや医療を知っている者の知識は恐ろしいものだな。身近な生活の物が武器にもなるか」
「ええ、武器と言うのは極端ですが、薬の危険性を知った上でそれを何に使うか。また、どのような思いで人に関わるかが多くの知識を持つ者にとって重要な事なのだと私も思います」
ユリアさんは、数多くの薬を扱う人として劇薬と良薬の2面性には十分にわかっているようだった。そして、報告をするまで二人には俺が剣や魔法での対抗手段としてゴブリンに対抗した可能性は思いついていた様子だった。
そういったゴブリンの遺体状況を報告されていたのだろう。しかし、俺が魔法を使ったことよりも、重視していなかった薬を活用したことのほうが驚きだったようだ。
「ふむ、村には魔陣の織り手が少ないとはいえ、今後は違った防衛や制圧方法も考えないといけないのかもしれないな」
「団長?」
「ああ、すまない。タモト君ありがとう大体の状況は理解できたつもりだ。また何かあったときは話をお願いする」
わかりましたと俺は伝え。サオは考え込む団長に促すように声をかけていた。
「夕飯がまだだったろう?タカ君とユキアも食べれるかい?」
「大丈夫です」
「うん」
「そうか、じゃあ夕飯後にでも今夜の警戒の班を伝える。サオは夕食後に私のところへ来てくれ。タモト君疲れているところ話してもらってありがとう」
「いえ、大した事ないです」
訪室して来た団長一同は部屋を出て行き、サオはしばらくして弟のダルとと共に夕飯を持ってきてくれた。
「タモトお兄ちゃん、ユキアお姉ちゃん、ダリアを助けてくれてありがとう。」
ダルは昨日カードで遊んだときとは別人の様に落ち着き、それぞれの夕飯を置きながら感謝を言っていた。もう、ダリアは目を覚まし夕飯を簡単に食べれたという。明日はユリアさんの診察後に徐々に普通の生活へ戻っていいと言われたそうだ。良かった、呼吸が止まっていたことでの脳への後遺症は無いのだろう。
「ダリアと二人で話したんだ、自分たちもサオ姉ちゃんみたいに強くなりたいって思ってた。でも、それだけじゃ足りないって、ユキア姉ちゃんみたいな癒せる力も考える知識も欲しい。サオ姉ちゃんも言ってた。タモトお兄ちゃんは凄いって、だから、無事に避難が終わったらお姉ちゃんたちに色んなことを教えて欲しいんだ」
サオと共に夕飯を配膳し終わって、部屋を出て行こうとするサオの後ろについて行きながら、ダルは扉の前で足を止めてそう言った。
「「うん」」
ダルの真剣な表情に、俺とユキアも駄目だという理由もなかった。サオはその後ろでやさしい笑みを浮かべながら、ダルの頭を撫でていた。
「やったぁ!ダリアに言ってくる!」
すぐさま俺たちに礼をすると、部屋の扉を出て走っていく音が聞こえた。
「すまない。ダルも自分の知らないところで妹が死の危険にさらされていたことがショックだったらしい。ダリアが目覚めるまでずっとそばに付き添っていたらしいからな。今度は、ダルがどうにかなるんじゃないかと、母も心配していた」
「俺もダルの事だけでなく、この世界についていろいろ学ばないといけない。今回の事も終わらせるために少しでも力になるのなら、やれることはやりたいと思う」
「ハイ」と二人の女の子は笑顔で頷いてくれた。
「あ、そうだミレイ?」
「なぁに?おにぃちゃん?」
魔力が少なくなっていた為、姿を消していたらしいミレイを呼ぶ。
「ありがとうな。魔力を使い切っていたけれど、それ程きつくもないみたいだ。魔力ポーションを飲ませてくれたんだろう?」
「うちは飲ませてないよっ。飲ませたのは、巫女のおねえちゃんが、イシシッ」
「ユキアが突っ込んで飲ませてくれたの?」
「そ、そんな!ミレイちゃん!それに突っ込んでません!」
「え?何さユキア。タカ君に何を突っ込んだって?」
「もう!違うっ!普通に……の、飲みましたっ!」
なぜユキアの顔が真っ赤になっているのか分らない俺達は不思議な顔をしたまま。俺は夕飯を食べながら生きている実感を噛みしめ、徐々に体の奥底から温かくなっていくのを感じていた。




