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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
運命の邂逅編
129/137

10

 ただ頭の中を占めていただのは、怒りだ。

 ボロボロに殴られたからだけではない、魔力も限界に近い、一生懸命に抗おうとした、自分は本当に全力を出したのだと、諦めかけた自分に対しての怒りだった。

ここまで、やったのだから仕方がない、と一瞬さえもよぎったのだ。


「まだ、終わりじゃない……」

「ふっ、そんな体で何ができると言うのです。死にたがるのは見苦しいだけです」

「……」


 ルミは沈黙のまま、マリーナの首に手を当てがったまま、視線だけ自分の方を向いていた。

 腹部の魔力は今にも枯れそうに揺らいでいて、意識を保っておくのさえ限界に近い。

 握りしめていた補助で使用していた魔宝石でさえ、粉々になり手の隙間から零れ落ち無くなっていた。

 早く、早く、関節・筋肉の断裂の傷の回復を……、体力を……、戻せ、戻す……。


「何をしている?」

「何を?」


 不意に問いかけられた質問に、何の事かわからない。

 しかし、見つめられた自分へ視線が集まっている事に気付いた。

 改めて、自分の手や足を見ると、すでに神の魔陣を維持する事は出来ないでいた。しかし、裂けた衣服の隙間から、魔陣の銀糸の輝きがこぼれているのが見えた。


「ルミ、ぼーっとしている場合ですか!さっさと終わらせろ!」

「……んっ」


 自分を見つめていたルミは、力を込めマリーナを殺めようと締め上げる。

 それと同時に、マリーナの潤んでいた瞳から一粒の涙が零れ落ちる。

 その涙を見た時、自分の中で何かが弾け、思考と視界が真っ白に染まるのを感じた。


 それは一瞬で、止めなければと思った刹那の時には、ルミの腕を掴んでいた。


「何!?どうやって」


 初めてルミの動揺の言葉を聞いた瞬間だった。

 数十mを一瞬で間合いを詰めた事に、周囲の誰も理解できなかった。

 腕を掴む自分でさえも、何故か苦も無くできたと理解できただけだ。


「タモト、さん……けほっ!けほっ!」


 ルミから解放されたマリーナは、息苦しさに倒れ込む。

 驚きの表情で見つめる自分へ、理解できない相手への恐怖の表情が見えていた。


「お、お前は、人なのか?」


 ルミの瞳に写る自分の姿に、相手が覚えた恐怖の意味を知る事が出来た。

 全身と顔に無数の血管の様に走る銀糸、腕を掴む手先まで皮膚の下を動く銀糸がそこにあった。

 なるほどと、自分で相手の驚きに理解した。

 しかし、気持ちが悪いと思えず、今まで体外に放っていた魔力が体の中を循環し魔力の根幹へ戻って巡っていく事に、すんなりと受け入れることが出来た。

 何故そんなことが起こっているのかは、自分でもわからない。

 必死に体力を戻し、傷を治そうとして、体中に魔力を循環させて……そうか、アリシアの時と似ていた。自分の体の中に魔陣が働いているのが分かる。

 そうしながらも、何故か魔力が枯れない事に驚いていた。増えもせず減りもしない。意識を保つのがようやくであることには変わりなかった。


「ハッ!」


 ルミが逡巡の思考の隙間に蹴りを放ってくる。

 しかし、先程まで躱しきれなかった速さではなく、あいた左手で軌道をそらし払いのけルミの姿勢を崩しあたかも合気道の様に地面へ打ち付けた


「ぐはっ!」


 組抑えようと腕をひねり固定しようとしたが、ルミもそうはさせないと足を腕に絡ませ、寝た状態から投げの姿勢を取り振り払われる。


「ちっ、ルミ、そのまま時間を稼ぎなさい……」


 男が言うと、わずかにルミは頷いたことが分かった。

 そう言うと、男は森の暗闇に紛れていく。しかし、その先はルミの打撃に視線を戻さなければならなかった。


「……」


 周囲で見ている、マリーナやココ、クルガーも無暗にあとを追いかけようとはしなかった。ほとんど、満身創痍の状態だったようだ。

 ゆっくりとルミの打撃や蹴りの速さに視線と軌道が追いついていく。


「化け物め!」


 ルミの表情には、明らかに焦りと恐怖がにじり出ていた。

 それもそのはずで、ルミの攻撃が遅くなったわけでは無かった。先程から遅く感じる程に見切れる様になっていた。

 こちらの打撃もかすめたり、捕まらせないと警戒され決定打が打てないながらも消耗させることは出来ていた。


「はぁ、はぁ」

「……」


 優位に立ちいつも以上の力と判断力を備えながらも、打撃や払いのけられる中に疲れが見え始めた時だった。

突然に上空からの風圧が浴びせらせる。


「……父さん!!タモトさん!!」


 見上げる先には、飛竜に跨るハントの姿があった。

 軽装の革の装備と夜間のため松明を掲げているのが分かる。周囲の森の火災のためか異常な事態が起きている事を表情は理解している様子だった。


「時間切れね……」

「えっ?」


 まだ隠し持っていたのかと、ルミは魔宝石を一個取り出す。

 先程取り出した鮮やかな色では無く、ただ黒い宝石だった。

 そして、アンプルに似た液体をあおって飲むと、徐々に瞳孔が赤く染まっていく。


「本当はあっちが本命だけど、貴方だけは放っておけない、連れて行く……」


 ルミは視線を一瞬マリーナへ向け、流暢に話すと迷いのない行動で、こちらの払った腕を掴み抱き合う形になる。 必死に腕を離そうとするが、皮膚が裂けながらもルミは笑みを浮かべたままだった。

 明らかに、先程飲んだ液体は限界を超える薬か何かだろう、捕まえる腕の力も上昇した自分の揚力でさえ降り払えない。


「つ、連れて行く?」

「タモト君!!逃げろ!共に死ぬ気だ!」


 クルガー団長が離れろと叫ぶ声が聞こえながらも、ルミは放そうとしなかった。

 黒い宝石は徐々に赤黒く輝き、どんどんと輝きは強くなっていく。


「おにぃちゃん!!」


 ミレイも必死にルミの握る宝石を剝がそうとしているが、指一本まったく動かなかった。


「ぐぁああ!」

「ふふふっ」

「タモトさん!」


 ハントが飛竜から飛び降り、ルミに切りかかろうとした時、宝石が静かに爆発し視界を一瞬で暗闇が染め上げた。


 ルミとタモトを飲み込む闇をマリーナはコマ送りの様に見ていた。微かに口角があがるルミの唇がフッと力が抜かれた様に終わりを覚悟した微笑に見えた。


「カイン!落ち着け!!」


 上空では、飛竜を操る騎士ハントが膨れ上がる闇に驚き姿勢を崩したワイバーンを抑えようと必死だった。

 二人を飲み込んだ闇は、一旦膨れ上がると、再び急速にしぼみ何事もなかったかのように消え去り、ルミの握っていた魔宝石は白い輝きを秘め手のひらから零れ落ち地面に当たり砕け散った。

 二人の体には、新しい傷も無く、無言のまま互いの自重を支えきれず倒れ込む。


「タモトさん!」


 マリーナは首を絞められていた脱力感から体の力を振り絞って駆け寄る。


「マリーナ様!危険です!」

「大丈夫!ココも手伝って!」


 ココは、不明な攻撃と思われる行動をした敵ルナを警戒しつつも、抱き上げようとするマリーナの傍へと駆け寄った。


「これはいったい……」


 観察したタモトの体は、先程の戦闘の時が嘘のように、魔陣の輝きも、また生気さえも無かった。


「まさか、死んだのですか?」

「いいえ、微かですが息があります」

「姫様--マナ、魔力、無くなって―ます」

「レーネさん?」


 不意に声がかけられたのは、先程まで敵の攻撃で気を失っていたレーネだった。


「魔力が無くなっているって?目が覚めるのですよね?」

「分かり―ません。そこの女も同じく魔力が無くなっている―みたい-です」

「マリーナ様、普通に浪費しただけであれば、だんだんと魔力マナは回復するはず」

「で、も、今-は、枯れている様。感じ―ない」

「そんな……」


 レーネは、苦戦していたもう一人の男がどこに行ったのか警戒をしているのか、タモトに注意を向けているが、気を緩めず周囲の気配を探っている様子だった。


「どこかに行ってしまったみたい。逃げたのかしらね」

「ひとまずこのままではな、体制を整えなければ。息子も来たようだから大事は無いと思うが、まだ安心できる状況ではないからな」


 クルーガーが言う様に、周囲の森は所々燃え、未だにゾンビメーカーに侵された動物が居ないとも限らない。宿屋の2階に居たアリシアの無事も確認しなければと皆の意見が一致し行動に移った。



 黒い魔宝石に飲み込まれた二人を放っておくわけにも行かず、合流したハントとクルーガーの二人で無事な宿屋の離れに運び込んだ。

 離れと言っても、馬車や一定の食糧を保管する居間付きの倉庫の様な場所だった。


「精霊ミレイも居なくなったの?」

「たぶん、タモトさんの魔力に依存していた場合、散ってしまったのかと」

「そう……」

「マリーナ様、助けられたとはいえ、私が変りますので休まれてください」

「いいの、やりたいのよ」


 マリーナはハントに貰った傷の薬を、タモトの裂傷に塗り包帯代わりの清潔な布を巻いていく。ココにはマリーナのその手は、ゆっくりと確認していくような巻き方の様に見えた。


「アリシア様も大事なかった様だ。私達より元気だと思うと笑っておられた」

「そうですか、よかった……」


 今彼女アリシア達はかろうじて残った宿屋の1階に待機し、無事だった団員達が警護しているそうだ。

 また、飛竜ワイバーンで急ぎ駆け付けた?飛んできた騎士ハントは、村に脅威が残っていないか確認に回っているそうだ。


「もう一人、近くに潜んでいるかもしれん、気を抜くなと伝えろ。それに、村人の方は朝までは外に出るのは危険だと徹底させるんだ。山火事だが、避難する必要は無いと伝えておけ」

「はい!」


 団員の一人がクルーガーの指示を他の団員に伝えるため入り口より出て行く。その後に、二人の団員も同じく付いていく様子だった。

 まだ、ゾンビメーカーを使われたと情報のあった襲撃者の一人が見つかっていない間に、犠牲者を増やす訳にはいかず、必ず複数人での行動をするように厳命させていたのだ。


「とにかく、朝にならねば状況の確認も危険かと。少しでも皆さんは体をお休め下さい。恥ずかしながら、再び狙われないとは油断できませんので」

「そうですね。分かりました。何か些細な事でもあれば起こしてくださいますか?もちろん、あの方が起きた時にも……」


 マリーナは、テーブルを合わせ敷物を置いた上で寝かせてあるタモトの方を見ると、その希望をクルーガーに伝えた。


「ええ、何かあれば必ず……」



 視界を暗闇が塗りつぶし、体の感覚から心だけが切り離された感覚。何故か久しい感覚と共に自分がどの様な状況なのかという疑問は生じなかった。


『どうなったんだっけ……』


 微かに覚えている、以前同じような感覚になった時には、水に浮かび暖かい光の中に揺らいでいた感覚だった。

 しかし、今は何も見えず、重力に引かれる体の重みさえない。立っているのか寝ているのかさえ分からなかった。


『-にぃちゃ―?』

『ん?』


 どこからともなく、微かな声が聞こえる。


『おーぃちゃん?』


 いつも聞きなれていた小さい声に似ているが誰だったろうか。


『おにぃちゃん?聞こえてる?』

『あぁ、麻里か?』


 徐々にはっきりと聞こえ始めた声だったが、この声の相手がどの様な姿だったか思い出す事が出来ない。


『誰だっけ……』

『うん、繋がりが、弱くなっちゃったんだね』

『繋がり?』

『そそっ、おにぃちゃん、今すんごくやばいんだよ。どうやばいって……そう!泉の水が湧かなくなって、今にも干上がりそうなくらい?』

『……』


 重大な事を言われている気がするが、言われる例えが抽象的すぎていまいち重大な感じと受け取るには一呼吸必要だった。


『それでね!本当にこのままだと枯れちゃうから、頑張って蘇らせてみるね』

『あぁ……』


 姿は見えないまま、自分に起きている重大な事?に対処してくれるようだ。

 でも、そう言われてもなお、話しかける相手の姿を思い出す事が出来なかった。


『なぁ、聞いていいか?』

『なあに?』

『君の名前は?』

『あはっ……な―言ってるの、おに-ちゃん。-レィ――よ』

『ごめん、聞こえ難くて、もう一度』

『……』


 それ以降、微かな声さえ聞こえなくなり、再び意識も暗闇の中に溶け込んでいくように眠りに落ちた。

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