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魔陣の織り手:Magical Weaver   作者: 永久 トワ
運命の邂逅編
126/137

7

 シスが宿を出た時には、周囲は既に夜の時間へと変わっていた。山肌に残っていた橙色の夕日の残光も無くなり、仲間たちが灯す篝火かがりびがそこに人が居る事を伝えていた。


「シス、どうだ中の様子は?」

「えぇ、まだ……。それにしても、イムート、本当にあのこ達がおかしいって?」

「そうらしいな、こういう時に限って悪い予感は当たるもんだ」


 声をかけてきたのは、シス達を宿へ案内してきた仲間の一人だ。イムートは一座の衣装係りの一人で、舞台に上がる私達の衣装を作り、時には破れた所を繕ったりしている。

 今も、宿屋周囲に待機していた仲間たちと話している所に、シスが出てきたことに気付いた様子で話しかけたのだ。


「団長から、念の為に警戒しろと言われたわ、まだ月も登り切っていない嫌な時間ね……」

「あぁ、そうだな。おい、皆に警戒しろと伝えてくれ」


 イムートと話していた団員が、返事をして別の団員の休むテントへと駆けていく。


「私達は、ナナの所をまず確認かしら?」


 落ち着きがない相棒の様子を見に行く方が先だろうか、ナナと言えど相棒であり、また、シス達にとっては強力な武器や防具と同等以上の存在だからだ。

 イムートもシスの意見に同意見なのか、異論を言わず付いてくる。

 獣たちが落ち着きがないと言えど、シス達の耳に遠吠えや騒々しさは聞こえてこない。村人に配慮し、やや村の外周に近い村道に集められていた事も、確認するためには自然と村の外へ向かう道を進むしかなかった。


「おい、何だ!あれは」


 イムートが不意に横から緊迫した声をあげてくる。

 なぜその様な声を上げた理由は直ぐに理解できた。向かっていた先には、木々の合間から明らかに不自然な炎が上がっているのが見えた。


「火事!?」

「いや、それだけじゃない!何か起きてるんだ。急ぐぞ」

「えぇ」


 イムートが言う様に、火事ならば他の団員が急ぎ知らせに来て応援を求めるはずだった。

 二人は村道を駆けながら、徐々に近づいてくる火元が獣達が休んでいる馬車のもっと外側、村の入り口辺りで起きている事に気付いた。

 点在する家を抜けながら、ようやく大小の獣籠が積まれた馬車の所までたどり着く。


「シス!」

「アマル!何がどうしたの!?」


 ショートに切りそろえた赤髪をしたアマルと呼ばれた女性は、すらりと伸びた四肢を革で出来た防具で保護しながら、騎獣部隊の最小限の臨戦態勢を整えた姿をしていた事に驚く。


「ダメ!シス、この子達を外に出したらいけないわ!」

「どうしたのアマル?何で……っ!」

「シス!!」


 私達の仲間とも言える、(ナナ)達を出してはいけないというのか、質問の言葉を最後まで聞くことが出来なかった。

 シスの頭上から不意に馬車の幌の上から何かに飛び掛かられ、それに気付いたイムートが投げたワイヤーのついた鉄串にその何かが貫かれ馬車の荷台に縫い付けられる。


「大丈夫か!」

「え、えぇ。助かったわイムート」

「シス見て!」


 アマルに促されるまま、馬車に縫い付けられたその何かに目を凝らす。幸いにも周囲に残っていた篝火かがりびがその正体を照らし出した。


『グルルゥゥゥ』

「そんな、これって……」

「うん、死への冒涜」

「ちっ!」


 イムートが不快な舌打ちをするのも、この場に居るシスやアマルの2人は理解した。

 死への冒涜、自然発生する事は極稀にしか起こらない。動物など死んだ死骸に根を下ろし、本能で他者を襲う動く屍を作り出す現象だった。

 亡くなった人に根を下ろせば、文字通りリビングデッドとなる。そして、これらの一番に嫌われる理由が、腐乱した表面に蔦を伸ばし微小な種が生える事にあった。そして、傷付けた所から伝播するのだ。

それ故に、純粋な死への冒涜。そして種は別名ゾンビメーカーとも呼ばれていた。


「なんでこんな所に?夕方までそんな気配も無かったのに!」

「わからない!」

「みんなは無事なの!?」

「私は皆に知らせる様に言われて。そしたらシス達を見つけたの」


 そういうアマルは、まだ村道の先の方で仲間が村へ入らないよう感染した森で亡くなった獣達を応戦しているという。

 先程見えた火災も、応戦している内に篝火かがりびが森へ燃え移ったのかもしれなかった。


「分かったわ、この子達を出すわけにはいかないわね。イムート、アマルを団長の所へ連れて行ってあげて」

「あぁ、しかし、シスは大丈夫か?」

「無理はしないわ」

「分かった」


 仲間である(ナナ)達を感染させる訳にはいかない。幸い、檻に入れられている限り、小動物以外は入れないだろう。

 少なくとも、檻から解き放ち、感染させる危険性の方がシスにとっては心配だ。


「さてと、どのくらいかしらね……」


 イムートとアマルを見送り、一人残された所で、ふと、暗闇と瞬く篝火に照らされた周囲の森を見渡す。

 一日、この森の中で、どれ程の数の獣が死に死骸となっているのか……。

 シスはそれを考えると、軽くため息をつくしかなかった。


 馬車へ縫い付けられた異形の死骸は、今も不気味な声を発しながら顎を動かしていた。

 シスは腰に備えていた15㎝程の短剣を抜き、後頭部から頸部に繋がる部分を断つ。すると、一瞬四肢を硬直させた死骸は脱力したように動かなくなった。


「団長たちが応援に来てくれるまで10分?んー、15分位かしら。それにしても、村に到着した時には何とも無かったのに、村人が?そんな筈はないわね、自分達の首を自分で絞める人達じゃあなさそうだし」


 短剣の他の装備と言えば、腰に垂らした伸縮性の紐には鉄鋲が縫い付けてあり、縄にも時には鞭にも使える。シスは、それを腰から外し短剣を左手へ持ち替えた。

 ゾンビ、異形の動く死骸を作り出す種。別名ゾンビメーカーの寿命は、一般的に2・3日で身体を這って生える蔦から発芽を終え枯れてしまう。微小な1㎜程の棘状の種の期間が長く、傷口や腐肉を摂取した際に別の宿主に移っていく事で知られていた。

 あまりに損傷が激しい場合には、動ける死骸と言っても移動できる方法も無く蠢くだけに留まるが、先程の様に死んだすぐや損傷の少ない死骸の場合には、新たな宿主を求め野山を駆け回る。


「待っててね。もう少しの辛抱だから」


 大小の動物の檻の中で、相棒でありパートナーである獣達に声をかける。幸い見える所に新手の死骸は見られなかった。

 シスは檻を抜けれる小動物の死骸が近くに居ないか耳をすませたが、聞こえる範囲には居ない様子だった。


「ナナ……ごめんね」


 シスの相棒であるグリズリーベアーの居る檻は、火の手があがっている場所とは反対の方にあった。恐らく、火の手のあがった方には今も団員の仲間やゾンビとなった死骸が居る可能性が高い。

 檻から出す事の方が危険である、相棒のナナの安否を確認したいの思いに後ろ髪を引かれながら、シスは火の手のあがる方へ走るしかなかった。



 村道の少し開けた場所へシスが到着した時には、10数人の団員が20匹前後の大小のゾンビとなった動物と相対していた。

 シスは、即座にその中に自分たちの見知った相棒の獣が居ないかと視線を向け、見える範囲で居なかったことに少なからず安堵した。


「シス!アマルは!?」


後方から駆けてきたシスに気付いた団員が聞いてくる。


「会ったわ!イムートと共に団長に報告に行ってもらってる!」

「そうか!村の中は大丈夫なんだな!?」

「一匹だけ襲われたけどね。こっちは大丈夫なの?」

「あまり良くないな。数人怪我を負っている。突然現れたからな、準備している暇も無かった」


 そう言われて見れば、腕や足を縛っている団員も少なくない。恐らく傷口からゾンビメーカーの種が血液によって感染する事を予防する一時しのぎでやったのだろう。

 しかし、押されているばかりでは無い様子で、地面には10数匹ほどの動かなくなった死骸が切り伏せられていた。


「まあ、ベアーとか居ないだけましだな。良かったなシス?」


 シスへ声をかけた団員は、横手から飛び掛かってきたキツネモドキの胴体を切り伏せ、切り返す刃で頭蓋から後頭部を断ちながら声をかける。


「冗談でもやめてよ。……小さいのも居ないみたいね」


 シスは鞭を前足に絡ませ、姿勢を崩した所に剣を突きながら返事をする。


「だな、ここが首都の下水道じゃなくてよかったぜ」


 シスが到着したことで援軍の期待を感じたのか、団員は冗談交じりに呟き、周囲の団員も苦笑を浮かべる。

 シスは改めて周囲を見渡し、ゾンビの数だけ増えなければ、何とか持ちこたえて殲滅する事も出来るだろうと思った時に、村道の奥に人影らしい人物がぼんやりと見えた。


「ちょっと!村人が居るじゃない!」

「本当か!」


 シスは、その人影が徐々にはっきりと見えてきた事で確信へと変わった。

 通ってきた関所に出稼ぎで戻ってきた村人だろうか。確かに村に入る大きな道はこの道しか無いため、この戦闘の中に巻き込んでしまうのは危険だった。


「皆!援護して、私はあの人達を助ける!」

「分かった!」


 一部の団員達がその意図を組みとり、片方へゾンビたちの意識を向けるため切り掛かっていく。その隙をついて村道を抜け、シスはこちらへ来る村人へ近づくため駆けていった。


「待って!こっちに来ちゃ危険よ!」


 シスは、大きな声をあげ、村人でも何かが起きている事に気付いてくれる事を期待した。少なくとも歩みを止めてくれるだけで良い。

 しかし、気付かないのかランタンを掲げた2人組は歩みを止めることなく、シスとの距離が近づいてくる。


「止まって!危険よ!ゾンビの死骸が出たの!」


 ようやく聞こえたのか、歩みを止めた2人組にシスはあと5m程に近づいた時だった。暗闇で見えなかった容貌が、男女2人組の親子の様に見えた。


「クククッ、働き蜂と思ったら、兵隊蜂でしたか?」

「え?蜂?」


 男性の意味の分からない声掛けに、シスは表情を曇らせる。

 女性の方は、興味が無いのか火の手のあがる先の方をボーッと見ている様子に、シスは気付いていなかった訳では無かった事に気付く。


「ルミさん、蜂を取りたい時にはどうすればいいのか分りますか?」

「……興味ありません」

「貴方達何を言ってるんだ?とにかく、安全な場所へ!」


 シスは、男性の質問に素っ気の無い返事をしたルミと呼ばれた女性との関係に違和感を感じながらも、近づこうとした時だった。


「ハァ、良いですけどね。蜂を抑えるには煙で燻すのが一番なんですよ?」

「……」


 そう言いながら、男性は懐から袋を取り出すと、中身を地面に撒くようにして散らばらせた。

 シスは、その奇妙な行動に目を奪われながらも、その撒かれた中身が1㎜程の種で有る事に気付く。


「これは……ゾンビメーカー……」

「分りましたか?兵隊蜂さん?ククク」


 視線を上げたシスには、怪しい青白い光を宿した瞳の男の顔がいびつに歪み笑っているのを呆然と見つめるしかなかった。


「それでは通してもらいましょうか」

「させない!」


 数歩後ずさりしたシスは、男女二人を敵と認識して短剣を構える。

 しかし、男は警戒を強めた様子も無く、かえって面白そうに唇を歪めたままだった。


「良いんですか?ほら、後ろのお仲間さん達が危なそうですよ?」

「……」


 シスは振り返って、仲間たちの安否を確認する事を拒んだ。素性の分らない、明らかに今回の現況の原因と思われる二人組の強さが未知数だったからだ。

 しかし、いつ背後からゾンビとなった死骸に襲われるか分らない状況である。この場で可能な限り足止めをするか、それとも、一旦仲間たちと合流をする意図をこの二人は見過ごさないだろう。


「あっ!そう言っている内にほら!お一人腕を噛まれましたよ。ククク」


 シスは、男の誘惑の言動を振り切るように、全身の筋肉をバネの様に瞬発させ男の喉元へ短剣を突きいれる。

 男は避けようとせず、シスが、あと50㎝程で確実に男をとらえたと予感した時、見えない何かによって短剣に圧力が加わり手首からねじ曲げられるた。


「うそ、何!?」


 圧力に無理に短剣を押し進んでいたら、手首から指の関節と砕かれるただろうと思える程の力が加わった事で、反射的に後方へ無理な体制でバックステップし距離を取った。


「ほお、来ないんですか?」


 男が何かしたのか?二人はゆっくりと距離を縮めてくる。


「ならば!」


 左手に握った鋲の付いた鞭を、左手のスナップを効かせ足元を狙う。

 曲線を描く鞭の残像が、足へと巻き付こうとした時、炸裂の音と共に鞭の先端が粉砕される。


「そんな!」


 放った鞭は、通常で有れば直線的には木の幹を抉り、時には体へ巻き付けて拘束する為に十分な力を放ったはずだった。それが、体に触れることさえ出来ず、攻撃を無力化された事でシスは、一瞬体が硬直してしまう。


「もう終わりですか?じゃあ、ルミさん、ここはお願いしましょうか」

「……はい」


 シスは男の奇抜な言動に気を取られ、もう一人の女性がただ見ているだけど思いこんでいた。ローブに隠れて見えないが、隠せるほどの武器を持っている様子では無かった。

 この二人は先程の様子から見ても、魔力を使った何かをしてくる事を警戒しシスは身構える。

 しかし、予想に反して、右手を上げた後魔力の光が手の甲から右腕全体へ根の様に光が侵食する。輝きは一定に収まると腕をつたう魔力の血管の様にも見えた。そして、シスへ腕を向けると同時に見えない圧力がシスの体を後方の木へと叩きつける。


「クハッ!」


 木へ叩きつけられた衝撃で、肺の空気が押し出され一瞬意識が飛びかける。

 体を幹に支えるのがようやく出来る程で、足止めさえまともにできない力の及ばなさにシスは歯を食いしばった。


「このまま、死骸のお仲間になってもらっても良いですが、せっかくです、手伝ってもらって道を開けて頂きましょうか」


 男はそう言うと、立てず脱力したシスの顎を左手で固定すると、懐から紫色の液体をしたアンプル状を取り出し片手で封を切りシスの口元へあてがい喉へと流し込む。


「いや……っ、ごほっ、ごふっ」


 首を振って拒否をするシスは無理矢理に飲まされ、数滴は口元よりこぼれながらも飲み込むしかなかった。

 握る短剣にて男を刺そうにも、刃先を踏まれ脱力した握力では振り払う事もできず。舌を噛み自害しようにも、思いのほか強い力で顎を固定され噛む事さえできなかった。


「そんなに拒まなくても、すぐに楽になりますよ。ククク」

「ひやっ……ぃやっ……」


 1分も掛からないほどに、シスの拒否の首振りも徐々に脱力していく。

 男がゆっくりと固定した顎を離しても、既にシスはぐったりと幹に持たれた状態のままだった。


「さあ、こっちを見なさい」

「……」


 シスはぼんやりと視線だけで男を眺める。その瞳には彼女の意思も先程まで見せていた敵意も見ることは出来なかった。


「ほら、あそこをごらんなさい。あそこに居る男達が村に死骸を放った敵ですよ」

「……てき?」


 男に囁かれ、ぼうっした視線で言われる通り眺めるシスの目には、既に正気は無かった。

 シスの一点に凝視した視線は、瞬きさえ忘れた様にかつての仲間達を眺める。


「ゆるせないでしょう?さあ、早く止めなくては、大変な事になりますねえ。ククク」

「……敵……」


 呟くシスは、ぼんやりとした視線のままゆっくりと立ち上がる。

 シスは軽くふらつきながらも、未だに動物の死骸と交戦している集団に向けてゆっくりと歩きだした。


「おっと、死骸たちに襲われては面白くありませんね。これはお守りです」


 そう言うと男は、先程撒いたゾンビメーカーの袋と同じ薬包をシスのポケットへと入れる。

 シスはポケットに入れられてもなお、視線は前を向いたままゆっくりと歩いていく。


「さて、案内をお願いしますよ……ククク」


 シスの後ろに付いて歩きながら、男は不敵な笑みを浮かべたまま、女は何事にも興味が無い様に男へ付いていく。


 篝火から木々へ燃え移った炎は、吹く風に揺らめきシスの横顔を照らしだし、悲しみの表情を彩る様に影を落としていた。


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