5
キアとタカがアブロニアス王国を飛びたち、真上に差し掛かっていた太陽が山際にかかり始めた頃、タカの目にも飛竜の上からでも遠目に村の集落が木々の間から見える様になっていた。
特に、深緑の中に幾つかの白い煙が上っていた事に気付いたキアが、直ぐにその方向へ飛竜の進路を取った事で目的地となる村であるという事に気付いた。
「タモトさん、あそこです」
「あそこに一座の人達が?」
「はい、私が出発するときの話では、峠を超えたすぐの村に留まるって……。それにここに来るまで皆らしい人達も街道に居ませんでしたし」
確かに、慣れてきたとはいえ遠目に街道を見つめながら、時々商人らしい馬車を見掛ける以外には大所帯だろうキア達一座の様な人物たちは居なかったように感じた。
タカに返事をしながらキアはわずかに騎首を上げて高度を高くする。わずかな高低差であっても低空では視界の大半を木々に遮られてしまい、このままでは見渡す事も難しかったからだ。
しかし、このまま直進すれば、山肌にぶつかるかも知れないとタカでさえ思い始めた時だった。先程から上がっていた白い煙が、村の炊事の煙だった事に気付き、いくつもの上がる煙のその中に一本だけ赤い煙が上がるのが見えた。
「キュイ!」
「あっ、あそこです!」
「あの赤い煙?目印みたいな」
飛竜がいち早く気付いた様子だった。タカの目にも心なしか飛翔する翼にも力強さが戻った様な気がした。
キアは無言で頷き、タカは明らかに目立つ赤い煙の方を見つめていた。少しばかり、キアは手綱に込める力を抜いた様子だったが、タカからは前に座るキアの表情や力が抜けた理由には気付く事が出来なかった。
タカにも煙の上がる方へ視線を向けながら、すぐに木々の合間からも手を振る一座の人達が確かに居る様子が分かった。
「行きます!」
キアのわずかに喜びの感情を含んだ声色と共に、アルクの飛翔するスピードも上がる。
タカも、数時間に渡る飛翔から目的地に着いたという思いから、貯まった疲労感はほとんど無くなっていた。
あぁ、確かに遠くにアーク一座の面々が見上げて手を振っているのが見えた。
そして、二人は改めて周囲を見てみると木々の間隔を利用してテントや馬車の配置がされているのが見えてくるようになった。
「おーい、キア!こっち、こっちだ!」
声の方を向くと、アルクの降り立つ位置を確保しようとしているのか、急いで馬車を動かす部分をキアもタカも見つける事が出来る。
キアはそれに対して、左手を90度曲げて上に向けた後、飛竜をその場の上でホバリングするように羽ばたかせた。
ホバリングと共に身体が斜めに傾き、背後に引かれる重力と上下に揺すぶられる振動に慣れない緊張を抱いてしまう。
「シス姉は!?アリシアは大丈夫!?」
「団長も皆も、宿屋に居る!」
降り立って直ぐにキアは鞍より地面に飛び降り、団員へ尋ねる声は喜びから不安を含んだ声へと変わっていた。降り立ったアルクの手綱を握る団員にすぐにでも状況を知りたかったのかキアは周囲の団員に宿屋の場所を聞いている様子だ。
タカは、2m半ばの高さにあるアルクの鞍の上に残され、手を差し出してくれた団員の手を借りながらようやく地面に降りる事が出来た。
「キア!シスを呼んで来ようか?」
「いや、私が向こうに行きます。宿屋はどっち?」
キュイ?
「……タモトさん、大丈夫ですか?ごめんなさい、このまま向かっても良いですか?」
「大丈夫、気にしないで」
タカはようやくずり落ちる様に降り立った後、すぐに歩けずフラフラとよろけてしまうのを飛竜の体に手を当てて体を支える様にして支えていた。
タカの足に力が入りにくい様子に敏感な飛竜が鳴いて気を使ったようだ。
「ありがとう、アルク」
キアに団員が歩きながら状況を説明している内容では、アリシアという患者の容態は、聞いていた事と変わっていない様子だった。一日数時間の間に可能なだけ水分を飲ませ、あとは眠り薬を使用していると伝えていた。
その宿屋も、歩いて数分の所にあると言う事で、アルクを団員に任せキアと共に案内のまま歩いていった。
タカは宿屋と言えばもう既に燃えてしまったキイア村の事を思い出すが、キアに聞いていたケイル村の宿屋はキイア村と比べる事が申し訳ないほどに小規模な所だった。
キイア村の宿屋が2人部屋を10室備えていた事に比べ、ここケイル村は外観から見ても多くて3部屋ほどしかないだろう。それだけ、ケイル村に立ち寄る旅人や訪問者が少ないのだろうと思いいたった。
タカを村で待っているユキアからは、辺境にあると言っていたキイア村が、国境の村に比べると豊かで少なからず女神の降臨の地としての知名度は少なくない事を改めて考えていた。
「キアお嬢、ハント隊……さんは、まだ戻られそうにありませんか?」
「ぅ、うん。だね……色々大変そう。そうそう、大丈夫だよ。タモトさんは私達の事情は知ってる人だから、安心して」
「そうですか……はぁ、タモトさん?」
案内する団員も順調に進まない予定に不安な表情を拭えないまま質問していた。かえって返答するキアも、ハントの制止を振り切って出発してきたことで後ろめたい気持ちを思い出している様子だった。
「いらっしゃいませ……」
「お世話になります」
律儀に受付に座っている宿屋の主人が入ってきた私達へ挨拶してくる。団員も申し訳程度に挨拶すると、主人の興味も後に続いて入ってきたキアと自分へ興味が移った様子だった。
「お父さんやアリシアは2階に居るの?」
「ええ、団長は何かあった時の為に、付き添ってらっしゃいます」
そう言う団員の後ろに付いて狭い階段を上がり、右手側の木でできた扉をノックする。
「はい。どうぞ」
すぐに女性の声で返答があり、団員の開いた扉から室内へ入った。
「キアちゃん!戻ったのね!」
「キアさん!」
入ってきた自分達を見て、安堵の表情で迎えてくれたのは団員のシスと赤髪の褐色の肌をした女性だった。
シスは、以前キイア村で会った時と全く変わらぬ様子で、表情はいくぶん疲れが見れた。
そして、室内に居る面々を見渡すと、寝台に横になった少女、目を覆う様に布を巻いた神官様な服装の少女の姿が有った。
「キアさん、そちらの方が治療師さんですか?」
「ぅ、うん」
キア自身、首都で医者の助力を得られなかったと伝える事が出来ない様子だった。
「初めまして、そこに休んでいるアリシアの姉のマリーナと言います。この度は、わざわざありがとうございます」
「……マ、リ」
「どうかしましたか?」
「い、いえ。こちらこそお力になれるか分りませんが」
「ありがとうございます」
キアの後ろに控えていた自分へ病人の姉というマリーナが挨拶をしてくる。改めて表情を見てみると、一瞬、懐かしさと妹の麻里の姿が重なって見えてしまった。
しかし、話してみた様子では似ている人物と思ってしまった。瞳と目元が印象的だったが、赤髪と褐色の肌、それに165㎝程の身長からは、自分の記憶の中の妹の姿と違っている事が分かる。
「すみません申し遅れました。タモトと言います」
「はい?タ・モト?タモート?さんですか」
「いえ、普通にタモトで良いです」
「そうなんですね……異国では色々なお名前があるのですね。よろしくお願いします」
今のタカは、ダークブルーの髪に青い瞳の痩身の女性にしか見えないだろう。それに、女性の姿でタモトと言う名前も違和感を与えたのかもしれない。
しかし、名前を偽る理由も無く自己紹介したが、もしかすれば外見から疑われた訳ではないだろう。キイア村ではユリアやユキアでさえ治療師と紹介されなければ分らない人達だって居るのだ。
「え、えぇ、そうですね。そちらの方が?」
「妹のアリシアです。遠くまで来ていただきありがとうございます。どうか、お願いいたします」
礼儀正しく腰を折りながら、お願いするマリーナの様子から悲痛な思いが伝わってくるほどに感じられた。
タカは寝台の横に来てもらう様促される。
その様子を見て、案内してきた団員が団長に報告してくると言い部屋を出て行った。
「アリシアちゃん!」
「……」
「…大丈夫、寝てる、だけ」
目を閉じたアリシアの代わりに、キアがアブロニアス王国へ向かった時と同じように付き添っていたレーネが答える。
キアは自分がマリーナとの挨拶をしている脇を抜け、ベッドへと駆け寄った。
間違いない、キアの様子を見ればベッドに横たわる少女の為に首都までキアはアルクと共に医者を探していたのだ。
駆け寄ったキアの微かに息を飲む。それ程に、部屋の中は静かに重苦しい空気に包まれていた。
「お願いできますか?」
「え、えぇ。診させて頂きます……」
マリーナの質問に何をという疑問さえ無く自然に答え、キアの膝付くベッドの脇へ屈み込む。
キアが気付いたのか、わずかにスペースを空けてくれたのが分かった。
「アリシアちゃん、分かる?約束通り連れてきたよ」
「ハッ、ハッ、ハッ」
キアの声掛けにも、ぼんやりと目を開けるのみで、明らかに視点は宙を向いており、細く吐く息の音だけが返事の代わりの様だった。
キアの握る手にも力を入れる様子は無く、キアは両手で握りながらも手は微かに震えていた。
初めて会ったアリシアは、もともとの色白な肌もあるだろうが、より一層蒼白ともいえる顔色をしていた。一瞬、姉というマリーナとの褐色の肌との違いに気付いたが、その疑問を打ち消すほどの深刻な様態にすぐにその疑問も思考の隅に追いやられる。
「この二日、薬も飲めず、痛みに眠らせるしかなく……」
「私が、眠りの、魔陣を、使った」
シスが状況を簡単に伝えてくると同時に、魔術師めいた目隠しをした少女が補足して説明する。
「入るぞ?」
部屋の扉をノックする音とともに、先ほど宿へ案内してくれた団員と共に、一座の座長、いや、アブロニアス王国独立遊撃騎獣部隊の団長であり、ハントやキアの父親であるクルガー、そして、その後ろから長身の女性が付き添って入ってきた。
「シス、キアが戻ったと聞いたが?」
「お父さん……」
「あぁ、良くやった。所で、そちらの方が連れてきた方なのか?」
キアの横に居た自分に視線を向けられ、アロテアで会った時とは違った警戒の視線を向けられる。
「お久しぶりです。今は事情があってこの様な姿ですが、以前お会いしたタモトです」
「タモトというと、アロテアで会ったキイア村の……いや、しかし」
クルガーが言いたいこともよく分かる。いくら事情があるといえども、性別が変わる人間などいないだろうからだった。
キアに向けられた、クルガーの確認の視線も、彼女の頷きだけでは理解できるほどの納得には結びつかない様子だった。
周囲でそのやり取りを眺めていた、マリーナや団員達も何が起きているのか理解できない困惑の表情を浮かべている。
「あの時は、確か魔宝石の事でお世話になりました」
「あぁ、そうだったですね。確かに……色々事情と容姿はどうあれ、タモトさんの様だ」
そうだ、アロテアの商談の際には、同席したのはクルガーとハント、自分とユキアの4人しか居なかった。ハントとユキアが居ない今、その事を知っているのは自分とクルガーしか居ない事になる。
男性である時の自分が他の人に話して教えてなければという条件が付くが、それ以外に自分がタモトであるという説明もしようがなかった。
「キア、後で首都での事を報告してくれ」
「……うん」
「あらためて、タモトさん、お願いできますか?」
「わかりました。やってみます」
「マリーナ、お嬢様?良いのですか!」
クルガーの後ろに控えていた女性が、やや慌てた様にマリーナへ確認の声をかける。
「ココ、良いの。私たちにできる事は信じるだけよ」
ココと呼ばれた長身の黒髪の女性は、マリーナ達の使用人か何かだろうか。
クルガー達が連れている人達であり、一般市民である事はまずないだろう。ベッドに横たわるアリシアの衣服を見ても、キイア村ではまず見ることが出来ない布地である事が分かった。
『おにぃちゃん?何かしてるの?』
『ミレイ起きてたか』
『ちょっと疲れちゃって。クテーってなってた』
『あぁ、そうか。ミレイは外の様子が見えないんだっけ』
『そうそう、居心地は良いんだけどねー、つまんないよぉ』
『そっか、ミレイ、もう魔陣を使っても大丈夫そうか?』
一番の気がかりは、漏れているといわれた魔力路の傷の事だった。せっかく治すためにミレイと融合している内に悪化させたのではどうしようも無いからだ。
『少しは大丈夫なんじゃないかなー』
『おいおい、かなり適当だな』
『ハハハ、適当―適当』
ミレイの言葉に本当に身体の魔力路が治ってきているのか不安を抱きながらも、今から横たわるアリシアに対して魔陣を使わなければ、自分がここに来た意味が無くなってしまう事に決心がついた。
「それじゃあ、始めます」
皆に許可を取る訳でも無く、自分に言い聞かせる意味も含めて両手を前に伸ばす。
自分がこの世界に来て初めて見た魔陣、ユキアやユリアさんが織った魔陣を何度見ただろう。今まで、自分が工夫してきた魔陣の数々とは違い忠実に再現していく。
【ga-e(私は)、me-zn(水で)、za-ra(貴方の)、zu-us(血を知る)】
初めて使用する種類の魔陣に、一瞬何が適当なイメージがあるかを思案する。
レントゲン画像?いや、限定的ではない。もっと身体全体を把握するようなものを、元の世界でもCTやMRIといった検査は聞くが、自分自身がどういう原理で画像の結果が出るなど検査の仕組みを全く理解していない事に気付く。
「タモトお兄いちゃん?」
真横で見ていたキアだけが、一瞬の迷いを感じ取ったのか不安の表情で聞いてくる。
まずい、魔陣は適切な魔力文字と織り手のイメージが合わさってこその効果が生み出される。こんなことなら、自分ででも練習しておくべきだったと考えてしまう。
(me(水)……)
魔陣の一文字に視線がとどまる。すると、ふいに思考の中で水滴が水面への波紋を起こすイメージが浮かび上がった。
(水……水面……波……寄せては返る)
波のイメージと共に、ある言葉が自然と口から唱えられる。
『エコースキャン!』
両手に結んだ魔陣と共に、横たわるアリシアの鳩尾へ手のひらを当てる。
高周波にもにた耳に響く振動音が部屋へ響き渡る。
手のひらから生じた魔力が、アリシアに触れた面を通じて浸透し伝わる。それと同時に、直接思考の中に血液の流れ、熱、大きさといった様々な情報が流れ込んでくるのが分かった。
「……えっ?エコー?」
「えこぉ?」
マリーナが微かに呟いた声が聞こえるが、聞いていたキアは何のことか分からない表情をしていた。自分にはそれらを眺める余裕もないまま、彼女たちが魔陣をあまり見たことが無いための驚きだと気にも留めなかった。
それよりも、答える余裕もないまま、思考に流れ込むアリシアの身体情報から必要なものを選別するのに必死に見極めなければならなかったのだ。
「どうかね、タモト君」
時間的には20秒ほどの時間だったかもしれない、しかし、膨大な情報の中から見極めていた自分にとって1分と言えなくもない体感時間となっていた。
「わかりました……」
「「おお」」
『おぉー』
不安な表情のままのマリーナやキアとは別に、クルガーとシスの感嘆の声があがる。
思考の中のミレイでさえ、たぶん分かっていないかも知れないが、声が聞こえた。
魔陣から伝わってきた、情報が間違いなければ、中心の臍から右下腹部あたり、ここを触れれば分かるはず。
「ぁああああ!」
「アリシア様!貴様!お嬢様に何をした!」
強く押したつもりも無く、このアリシアの痛がり様と筋性防御と言われる腹部の硬さは間違いないだろう。
しかし、アリシアの苦痛の表情にクルガーの横に立っていた女性が血相を変えて、こちらへ詰め寄り襟首を掴む。
「ココ!やめなさい!」
「しかし!」
襟を締め上げらる状況のままココと呼ばれた女性は、マリーナの制止にためらいを見せる。
「良いからやめなさい、ココ。……分かったんですね」
マリーナは不安と確信の混じった視線でこちらを見つめ返してくる。
自分としても、それほど病気に詳しい訳では無いが、魔陣からの情報と痛みの部位からの確信があった。
「これは……いや、アリシアの病気はおそらく盲腸……虫垂に炎症がある」
「ちゅーすい?」
「あぁ、右下の腹部にある体の臓器だよ」
尋ねたキアや他の面々も不思議そうな表情を浮かべている者が多かった。
ただ、その中に二人、マリーナは理解した表情を浮かべ、睡眠の魔法を使ったという頭にターバンを巻いた女の子は納得したように頷いていた。
「それでアリシア様は治るのか?」
マリーナの制止によって襟を離したココは、依然として苦痛の表情を浮かべ尋ねてくる。
皆の思いも、同じだというように一同の視線が自分へと向けられた。
「今の様子だと、治療に効果があるのかどうか、正直わからない。それに……」
「なぜだ!?治療の魔陣などあるのだろう?」
「魔陣で治るなら、すでに誰かやってみたんじゃないですか?」
自分の質問は、傷などであれば魔陣で治すことがもちろんできる。しかし、今、アリシアの身体で起きている事は、細菌感染による炎症を伴っていることから出た疑問だった。
治癒によって周囲の組織を治すことはできても、根本原因である炎症部分はどうしても切除や細菌自体を減らせる薬が必要だと思ったのだ。
「私が、やった。けど、治らな、かった」
タカの質問に、片言の言葉でターバンで目を隠したレーネが答える。
「貴方が?」
「はい、タモトさん、彼女レーネは私たちの国の巫女にあたる人で治癒の魔陣も使える方です」
「そうですか」
マリーナから巫女だと紹介されたレーネは、軽く頭を下げるだけで返答した。なるほど、治癒が使えるということであれば、先ほどの虫垂の事についても知識があったのかもしれない。
レーネも眠らせるだけ行っていたと言っていたのは、彼女が試みても治癒はできないと判断したのだろう。
「タモト君、どうする?」
クルガーが判断を促すように、今後どうするのかを聞いてくる。
「やはり問題の虫垂を取り除くしか。でも、今のアリシアがその治療に耐えれるかどうか」
「取り除くとは、彼女のお腹を切るという事か?」
「なんだと!アリシア様を傷つける気か!」
クルガーの確認した意図に気付いたココは、激昂し今度は腰の長剣を抜き放ち今にも切りそうにこちらの首へと当てる。
「ココ!」
「マリーナ様止めないでください。いくら、治療のためとはいえ許せる許容を超えています!」
「待って……タモト、さん、が、言っている、のが本当、なら、治療、必要……。でも、私が、前に、司祭、様に、聞いたのは、焼き串を、刺して、焼く……方法」
「そんな事させられるか!!」
ココは怒り心頭の表情でレーネへ答える。
レーネはココの言葉を受け黙るしか無かった。
確かに、レーネの言う様に、大学の講義の中に雑学の話をする先生だったか、有名な武将が自らの虫垂炎の化膿した腹部にそういった治療をしたらしいことを言っていたような気がする。
その話を聞いて、抗生剤の点滴や外科手術の発達していなかった時代の人は逞しいなと感じたのを覚えている。そして、それ故に虫垂炎と言えども命がけの病気だったらしいとも印象に残っていた。
「待ってくれ!治療は必要だけど、今はアリシアがその治療さえ体力がもつかどうか……」
「「「……」」」
先ほどの病気を認識する魔陣に頼らなくても、アリシアから触れる脈はかなり弱い。呼吸も細く浅い事から、外科的に治療を行っても途中に容体が急激に変化する危険性が高かった。
「そんな……もう、手遅れ、なんですか?」
今まで黙っていたマリーナが絞り出す様に質問してくる。
「……」
治療をやろうと思えばできるだろう。レーネに治癒の魔陣を手伝ってもらって・・・・・・・。
いや、それでもお腹を切開した時点で、ショック状態になってしまう事さえあり得る。
「そう、なんですね……」
マリーナの呟く声と同時に、彼女の瞳から涙が頬を一筋流れ落ちる。
ドクン!
マリーナの涙を見たとたん突然、自らの鼓動が跳ね上がる。
『ねえねえおにぃちゃん?皆何悩んでるの?話が全然分かんないよ?』
『くっミレイ、俺の身体に何かしたのか?』
『何かってー?必死におにぃちゃんを治してるんじゃない!もぅ、うちだけのけ者なのぉ―』
ドクン!
涙し伏せるマリーナの横顔が、ふいに妹の麻里の横顔と重なって見える。
(何だ?彼女が妹に似ているからか?そういえば、よくあいつも泣くときは静かに泣いてたっけ……)
『ミレイ、本当に俺の身体に異常はないんだな?』
『もう!だからー、一生懸命治してるのー。あっ、ときどき休憩してるけど、それは内緒ぉ』
たくっ、ミレイが一生懸命魔力路を治してくれているのは助かるが、自分は全然何も感じないのだから本当に治療されているのか分かったものではない。
(ん?内側から……なら、いけるのか?)
「……やれるかも」
「アリシア様の命を天秤に掛けるような事はさせんぞ!」
「あぁ、わかってる!外から負担の掛かる治療はしない」
そうだ、外科的な負担の大きな治療が難しいのなら。もう自分の思いつく方法はこれしかない。
「アリシアの魔力と、自分の魔陣を使って内側から治療する!」
「「「えっ?」」」
そう宣言した自分を皆が驚いた表情で見ているのが分かる。
この世界には点滴も無ければ、今ここには、手術器具もない。分かっているのは、どうすれば治せるかという魔陣で得た知識と、自分には魔力という奇跡の力がある。
『ミレイ、ナイスアドバイス!さすが相棒』
『あど?なにぃ?』
『はは、まあ、良いさ。ミレイこれからちょっと手伝ってくれ』
『えええっ?』
間の抜けたミレイの返答を聞きながら、横たわるアリシアを見つめる。
マリーナの妹であるアリシアを必ず助けてみせると心に再度誓う。妹を目の前で亡くす思いをマリーナに絶対にさせないと思ってしまう。
宿へ到着した時には、窓枠から差し込んでいた夕焼けの光も無くなり。部屋を照らす小さなランタンの灯りが、今は小さな希望の光の様に瞬いて見えた。




