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リークと訪れたユルキイアの居室世界は、以前来た時と何も変わっていなかった。
要するに女神自身が好みで創作した地平線まで周囲一面水で満たされた世界である。上空には青空が広がり爽快とも言えなくはない。まったく根暗だとフレイラが思っているユルキイアが好んでいる世界とは、内心を知るフレイラからしたらギャップがありすぎた。
フレイラにとっては、ちょっと落ち着かない居室だ。
リークは鼻からユルキイアの居室世界には興味さえ無い様子だった。
「何か言いたそうね?フレイラ」
「別にぃ、気のせいだろ。それこそ、あんたこそ何て顔してるのよ」
「お姉様、ずっごく嫌な顔してますわ」
リークが言う通り、魔力で作られた水鏡を除くユルキイアの表情は、言いようも無く眉間に皺をよせ渋面の表情を浮かべている。
私も何か写っているのかと、覗きこむと。珍しく飛竜に騎乗する女性が二人写っていた。
「へぇー珍しい、あんたがお気に入り意外の奴を見るなんて」
「……彼なのよ」
「はっ?どうみても女だろ」
「彼なのよ、何で?何があたったの?」
必死な視線で水鏡を望むユルキイアは、今にも水鏡を掴もうとするほどに凝視していた。確かに、彼女が望んで映された女性が彼であると言うのなら間違いないだろう。
しかし、改めて見つめると何処かで見掛けた事のある顔だと思ってしまう。
「なあ、こいつ何処かで……」
「何で、何を、何が、どうして……女に?」
ユルキイアなら見かけた事がある顔に、分るかと視線を向けるが彼女の自問自答は真っ最中で私の言葉も聞こえていなかった。
「まあ、この方、先程の精霊さん?じゃありません?」
「えっ?精霊?って、あぁ、さっき会ったやつか!」
そうリークに言われれば、ユルキイアの部屋に向かう際に見かけた精霊に似ていた。一瞬の事ではあったし、気にも留めなかったのはいつの間にか居なくなっていたからでもある。
「へえ、何でかわからねえけど、神界に来てたんだな。だとよユルキイア!」
「女……タモトさん……女……」
「あぁ、とうぶん駄目だわ、この子」
ユルキイアは、あまりの衝撃に会話さえ成り立たなくなっていた。まったく、この水鏡に巻き戻せる機能があれば、理由が分かるのにそんな便利な機能は無いだろう。
それにしても、何の力の影響か神界側へ来れる様になっていたとは驚きである。まさか、私とユルキイアの神痣を与えた性で有るならば、また、何を言われるか分かったものでは無い。
「ふぅーん、この人がお姉様方のお気に入りなんですのね。まさか、フレイラお姉様ならば男性に興味がと思ってましたのに、女性にも興味がおありでしたなんて、私嬉しいですわ」
「はっ?な訳ねーだろ。あたいにそっちの気はねーよ」
勘違いして妙にしな垂れて腕に引っ付いてくるリークを押しやって離し、彼ら、いや彼女達が飛竜に乗り何処かへ向かっている様子を眺める。
タモトを見ると、眠っているのか、又は意識を失っているのか騎乗者に紐で結ばれ何処かに連れていかれている様子だった。
「まったく何やってんだ」
「あっ、お姉様」
リークの言う言葉の通り、眺めていた水鏡の画像が不意に波立ち見えなくなる。
ユルキイアの集中力が切れたのだろうか。
「お、おい!ユルキイア、見えなくなっちまった」
「えっ?何で?」
呆然と眺めていたユルキイア自身も、なぜ水鏡の映像が見えなくなったのか理解が出来なくなっていた。そういう彼女の慌てぶりから、その理由が精神集中が途切れたせいでは無い事に気付いた。
そりゃあそうだ、一日中水鏡を眺めているこいつが、ちょっとやそっとで集中力が切れる訳は無い。
「大丈夫なのかい、ユルキイア?」
「わ、わからない。何で?こんなこと初めて」
「え?どうしたんですの?もう終わりですか?」
そう慌てる私達3人の前に浮かぶ水鏡は真っ黒な水面のまま何も映す事は出来なくなっていた。
何が起きたというのか、ユルキイアに問題が無いとすれば、意識を失ったタモトの方に問題があるのか?
「うちの子でも様子見に行かせるか?ちっ、さっきの爺さん達の小言さえなけりゃあ。この前みたいによぉ行けそうなもんなのに」
「お姉さま、次はお小言だけじゃあ許してくれないですよ?叱られているお姉さまも私は好きですが」
「はいはい、そうですかっと……たくっユルキイア、おい!しっかりしな!」
「あぁ……んぁ……誰かが嫌がらせ?誰……だれ?……」
「はぁ、ダメだこりゃ」
水鏡の魔力調整に没頭しているユルキイアはフレイアの呼びかけにも返事さえしなくなった。ブツブツと呟きはたから見ると気味が悪い。
「やっぱ、大事になる前に手を打たないとな」
このまま水鏡が映らなかった場合のユルキイアの乱心する姿が目に浮かぶ。長年の付き合いで、日ごろ大人しい様に(・・)見えるユルキイアが、感情が爆発すると何をするかわからない。
それをフレイラはよく理解していた。ふと、思い出すのは昔あったユルキイアがマジ切れした出来事だが、今はそれをゆっくり思い出しふけっている余裕の時間は無かった。
「たく、面倒な……」
「困っているお姉さまも素敵ですわ」
「はいはい……ちょっと離れるわ」
3人の中で唯一まともに対策しようとしているフレイラが、髪を掻きながら自分の居室世界に戻っていった。




