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日が暮れる前にと、やや急ぎ足で向かった村への道は、馬車が頻繁に通るのか道草も踏みならされていた。
地図を、雑貨屋の店主の女性にわざわざ書いてもらってはいたが、日も完全にくれる前でもあったため、ぼんやりと薄暗くなる頃には遠目に村の端に着く事が出来た。
「ここがケイル村?」
村と言っても、家々が密集している所はまだ先の様だ。森が切り開かれ整地と言う程では無い境目が、辛うじて村の入り口に着いた事を示している。
早速ではあるが、宿を探したい所だが、見渡す限りにはそれらしい建物や看板も無く、誰かしら村人に聞こうにも、すれ違う人も今は居なかった。
「参ったな、村への場所は聞いてきたんだが、宿屋の場所も聞けば良かった」
国境で会った店主が帰宅するのは、もう少し後になるだろう。商隊が通ると伝えると、もう暫く残って商売すると言っていたからだ。
立ち止まって誰か村人が通るのを待つにもいかず、もう少し村の奥へ向かう事にする。
途中から気づいてはいたが、やはりケイル村に向かう人達は居なかった様子だ。
あの親子連れがどうしたかは知らないが、おそらく何処かに宿を取るか、商人の馬車に同席し荷物として代金を支払い休む場所を確保したのだろう。
「特産は、何かの栽培か?」
薄暗く、遠目に見える山肌に辛うじて何かしら植物が植えてあるのが見える。見かけでは植物の背もそれほど高くなく、腰ほどあたりまでの高さが明らかに手入れされ段々の斜面に植わっていた。
国境に近接する村々には、ある一定の法則が有るのは知っていた。本来、何らかの特産で成り立っている事が多いからだ。しかし、あまり高価では無い物であり、それでいて大量に生産されるものと決まっていた。大半が、薬草かお茶、果物と言う具合だ。
むしろ、そう言った土地だからこそ、魅力が無く国境をめぐっての隣国同士の戦争が起き難い理由となるのだが、このケイル村も例外では無い。
「ん?」
村道を進むうち、家々が見えてきたと思ったとたん違和感を感じる。家々の煙突からの夕食の煙とは別に明らかに、立ち上る煙の数が多かった。
それ程大人数の村人が居る様にも見えず。違和感を感じながらも歩を進めていくとその答えは直ぐに分かった。
「えっ?何故この村に」
思いがけず追いかけていたはずの一座が目の前で野営の準備をしていた。もちろん、村の一角にある野原に馬車を陣取ってテントを張っている様子だった。
何人か私に気付いた団員が警戒した視線を向けてくる。間違いない、飛竜と剣の組み合わさった一座の旗が、姫様達が同行しているはずの『アーク一座』である事を告げていた。
警戒されたままでは、姫様方へ会えないと思った私は、素性を明かし説明したところ、幸いにも私の事を見知った団員が居た為、すんなりと団長に顔通しされた後は、姫様方が居るという宿屋に案内されていた。
「しかし、追ってくるとはな」
「私もまさか、この村に皆さんが寄っているとは思いもしませんでした。もっとアブロニアスの首都へ向かっている物とばかり」
「ああ、まあ色々あって街道を進ませている者と隊を分けてな。そこいらへんの理由は話すより見てもらった方が早い。こっちだ」
村の宿屋と言っても、2階建ての2部屋が辛うじて確保されているだけの所で、ようするに休息出来れば良いという感じの作りだった。屋内には食堂なども何もなく、少し大きめな民家と言えなくも無い。
入り口の扉から入ってきた私達に冷や汗を流しながら、宿の主人は手拭いで汗を拭きつつ何かあれば直ぐにでも対応する様子を伺わせていた。その表情から見るに、既に支払いも前払いで終わっているのだろう。
黙して目線だけで挨拶する私達を呼び止めもせず、2階の階段へ向かうのを見送っていた。
「ここに姫様達が?」
「そうだ……」
明らかに、休息する為と言っても、馬車の方がいく分とよさげに見える階段と廊下だった。ギシッっと軋む木造の作り独特の音に言いようのない不安が湧き上がってくる。
アーク一座の団長は、明らかに歯切れの悪い言葉で多くを語ろうとはしなかった。彼が見せた方が早いと考えているのであれば、それに従うしかない。
コンコン
団長がノックした客室の扉は、待つことも無く内側から扉が開き中から20歳代の女性が顔を覗かせる。
彼女は確か、一座の獣使いを見せていたシスと言う女性だったと思う。
「団長……。どうしたんです?あら、その人は」
「どうだ?容態は、ラソルから彼女達を追ってきたそうだ。会えそうか?」
「ええ、先程一度眠り薬を使いましたので、今は少し落ち着きました。どうぞ、中へ」
入った部屋は思った通り、それ程広い部屋では無かった。左右の壁に寄せて寝台が備わっており、一人誰かが横に寝ているのが分かる。そして、それに付き添う様に寝台の前に膝をつき、もたれる様にして女性が付き添っているのが分かった。
「マリーナ姫様……」
「うん?……えっ?ココが何で?」
「姫様、どうされたのです。何処か御加減でも悪いのですか?ん?アリシア様!?」
眼の前に膝をついたマリーナは、数日前あった時より幾分とやつれて見えた。しかし、それよりも驚いたのは、寝台に横たわった妹姫のアリシアの様子に気付いた時だ。明らかにマリーナ姫よりも悪い顔色が見えたためだ。
「アリシア様!どうされたのです!」
「シッ静かに、ココ、ようやく休んだところなの」
「も、申し訳ありません。しかし」
「……う、ぅん」
聞きたい質問も、眠るアリシアの微かな声にそれ以上聞く事も出来なくなる。
それを聞いたマリーナも、部屋の中で話を続ける訳にもいかず、シスと顔を見合わせると部屋の扉を開けて廊下へと出て行く。
「今、団員の人が医者を連れて来てくれる様に手配してくれているわ」
ラソル国では聞いた事の無い、元気のないマリーナ姫の声に容態が好転していない事が理解できた。それに、アーク団員の面々も対応してくれているという。
アリシアの容態の事もあり、予想外にケイル村に一座の面々が立ち寄らなくてはいけない理由をやっと理解する事が出来た。
「医者は、いつ村へ?」
「……分らないわ。でも、医者が来てくれるのを待つしか」
姫様からのその知らせに、安堵しかけた気持ちが再び暗闇へと引き戻される。
少し慣れない旅に体調を崩しただけだと思いたかった。しかし、村に寄り休息が必要な程のアリシアの様子は、重篤さを物語っている。
まさか、姫様の命に係わるかも知れないと不安は増大してしまう。
その時には、既にアブロニアス王国の国境で見掛けた人達の事など全く思い出す事も出来なくなっていた。




