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キアと飛竜であるアルクの襲来に路上を我先に逃げる商人達は、散り散りに馬車の影や建物の中に駆け込み、自分が襲われはしないかと路上の様子を振り返っていた。
その中で、立ち尽くしたままキアを見つめていた自分とエカード、そして、シャーリーだけが取り残された様な形になった。
「だ、誰か!衛兵!衛兵を呼べ!」
商人の誰かが叫んだ言葉にキアの視線が向けられると、商人は一様に口をつぐみ静かになる。
「ひっ!」
決して飛竜が声の発したほうへ首を向けただけに商人が怯えたわけでは無かった。同じく向けられたキアの表情が鬼気迫っていたからに他ならなかった。
「虫の知り合い?トカゲ女?」
シャーリーが呟く言葉も、キアに届いたかは分からない。しかし、彼女はその言葉が聞こえたかのように、再びこちらへ視線を向けた。
「皆さんごめんなさい!タモトさん!一緒に来てください!助けてほしいんです!」
「でも……」
自分としては、現在の体で保証できない魔力と、今朝ハント達と話し合った内容が胸の内に引っかかっていた。その為、即答できずエカードを見つめてしまう。
「キアさん気持ちは分かるが、少し時間をくれないか?きっと良い解決方法があるはず」
「それはいつですか!?それに決まっても首都から国境まで3日も掛かるじゃないですか?アルクなら1日も……いえ、半日も掛かけません!」
エカードとキア共に互いの言い分に、妥協や納得とは程遠い認識の違いを受ける。
「とりあえず、落ち着いて話しをしよう。降りて『カンカンカンカン!カンカンカンカン!』」
ワイバーンの飛来に気付いた衛兵の打ち鳴らす警報鐘の音でかき消されてエカードの声がキアに聞こえたかはわからなかった。
そして、より一層キアは眉にシワを寄せて遠く鐘の音が鳴る方へ視線を向ける。
「早くしないと、お兄ちゃんが来ちゃう……。ごめんなさい!でも、もう私に出来ることってこれしかないもの!」
「キア……」
「お願い!お願いです!助けて!助けてください!」
キアの必死な表情に、数年前の自分の姿とをダブらせる。
決して二度と感じる事は無いと思っていた、妹の温もりを掌に幻としてほんのりと感じたようだった。
「でも……キア。助けたいけれど、力になれないかもしれない」
自分の一番の懸念は、そこだった。駄目かもしれない。その結果を前提にキアの事を考え、また、自分はそれを見て耐えれるのだろうか。
「かもとか、もしかしたら、とかどうでも良いんです!私はタモトさんに来て欲しいんです!」
キアの必死な視線に、徐々に一旦落ち着かせたはずの助けたいと思う気持ちが湧き上がってくる。しかし、その思いとは逆に魔陣と魔力が本当に望んだ力になれるのかと自信が無くなっていった。
「……」
今だ迷う心の内では、答えの言葉が出る事は無かった。
「そこの飛竜の騎手!手綱から手を離してゆっくりと降り、なさい!」
駆け付けた衛兵が、路上の反対側に3人と立ちふさがる。
強い口調で降りろと命令する言葉も、騎乗した人物が10代の少女らしいと気付いて困惑気味な口調へと変化していた。
「アルク……」
グルッ?
俯いたままのキアは急に感情を殺した声をあげる。それに対して、アルクはキアの示した指示に躊躇した様な声をあげた。
「アルク!やりなさい!」
ガルッ
「キャアァ!!」
キアの指示で、止める間もなくワイバーンのアルクが襲い掛かり、隣に立つシャーリーに噛み付いた様に見えた。
それだけ、飛竜であるアルクが素早く、また、まさかキアがそういった行動に出るとは思いもしなかった。
「シャーリー!やめてくれ!キア!」
「シャーリー!!」
「剣、抜刀!!」
衛兵の剣を抜いた構えを見つつ、アルクの口の中で気を失ったシャーリーを見る。幸い咥えたと言った方が正しいのだろうが、キアの様子からしていつ危害を加えるかは予想ができなかった。
「タモトさん、この娘を助けたいですか?今タモトさんが感じている思いと、私の願いに違いはありますか?」
「それは……」
「助けたい人が遠くに居るからですか?」
「そんなことは関係ない!」
「じゃあ、助けたい人が知らない人だからですか?」
「そんなことじゃないんだ!」
「じゃあ、何ですか!?国がどうとか私には分かりません!」
キアはジッとこちらへ視線を向けた。
「ン……」
アルクに咥えられたままのシャーリーがうっすらと目を開く。良かった、本当に一瞬気を失っただけだった様だ。
ホッと抱いた安心と共に、自分が何故キアの言葉に躊躇っているのかを考える。
自分が看護師になろうとしたのは誰の為だ?
亡くなった妹の事故が原因の一つだ……。
無力で何も出来なかった自分への代償行為か?
医者を目指すほど家には金銭も、ましてや家族の一人を亡くした中で気持ちの余裕も無かった。
今はどうだ?異世界とは言え、誰も経験した事のない神痣を授かった。まだ十分とは言えないまでも魔力も多少なり使えるようになったと思う。
そこまで考えると、再びキアへ視線を向ける。数年前の自分の姿とキアの姿が重なり二人の姿の言葉が重なる。
「くそ!早く少女を解放するんだ!5つ、5つ数えるうちに離すんだ!」
痺れを切らした衛兵が再び長剣を構える。今度は、威嚇では無い様子が伺えた。
「タモトさん助けてください」
『なあ俺よ?助けれるのか?』
「5!」
「迷わないで!」
『まだ迷ってるのか?』
「4!」
「どうなるかなんて、わかんないんです!」
『わからない結果に、今から怯えるのか?』
「3!」
「ここで、頼れるのはタモトさんだけなんです!」
『何をしたいと、俺はこの世界に残ったんだ?』
「2!構えっ!」
「神痣じゃない。タモトさんを信じたいんです!」
『なあ、何がしたい?』
「1、シュメはぁっ!?」
「タモトさん!!」
『……』
キアの瞳から零れる涙が頬を伝い。キアの瞳と自らの昔の姿の瞳とが重なる。
「かか!「分かった!」れ!」
「一緒に行くよ!キア!」
「タモトさん!」
「タモト君!待ちたまえ」
「良いんですエカードさん。」
衛兵も号令をかけたものの、軍の革装備を来たキアに対して対応を迷っていた様子だった。やむなく取り押さえようとしたのは、飛竜のアルクにシャーリーが囚われた事が大きかったようだ。
そのため、自分に向けられたキアの要求の決断に話の流れが変わる事を理解してくれていた様子だった。
「エカードさん、俺も国の難しい事は分かりません。それに、結果はまだ決まってません。助けられるならば、出来る事はしたいし看るだけでもできるかなと……」
「しかし」
「エカードさんはシャーリーと朝食に出かけている時に、今回の件に遭遇したって事で良いじゃないですか。俺とは地元が同じで尋ねていたって感じで」
「何を話している!」
「タモトさん!早く!」
「芋、虫?」
「しかし、それでは君だけが」
「良いんです」
シャーリーははっきりと目を覚ました様子だった。誘われるようにキアの手を取り、鞍の鐙に足を掛ける。それと同時に、飛竜のアルクは口を緩めシャーリーを解放する。
「シャーリー!大丈夫かい?」
「うん、センセ。あのトカゲ(子)がゴメンって、怖くなかった」
駆け寄ったエカードに引き寄せられたシャーリーが、体を触れられながらも淡々と答えていた。
「ありがとうございます!タモトさん!ありがとうございます!」
「待ちなさい!二人とも降りるんだ!待て!」
「衛兵の皆さん御免なさい!帰ったら謝りますから」
「はっ?謝るってそんな簡単な事じゃ……」
キアは手綱を確認すると、アルクの姿勢を正す。
それに気付いた、エカードはシャーリーを庇う様にアルクから距離をとっていった。
「キア?今さらだけど聞いていいかな?」
「何ですか?向かうところですか?ちょっと遠いですけど、半日で着くように頑張りますから」
「いや、そうじゃなくて」
「えっ?何ですか?」
「飛ぶんだよね?」
「ええ、飛びますよ。アルクで行くんですから」
「実はね……俺、高い所、苦手なんだよね」
「……慣れますよ、きっと」
「そうかな、ハハハ、ハハ」
第1の障害に目を閉じた方が良いのか、ましてや何処を掴めば良いのかに集中してしまい、心構えの余裕はすでに無かった。
しかし、先程まで悩んでいたようなモヤモヤは既に無くなり、幾らか体が軽くなったような気がしていた。これなら大丈夫か?
「じゃあ、行きます!」
「お、おう!」
「タモト君……無理はするんじゃないぞ!」
「分かりました」
その返答と共に、キアはアルクを羽ばたかせ一気に数m真上に跳躍する。
「ちょ、おっ、おおおおおお!待って、キアァ!!!!」
「タモトさん!!舌噛みますよおぉぉ!!!」
上昇する重力の負荷に負けじとキアの腰にしがみ付く。アルクの風圧で倒れる衛兵達の姿も急速に小さくなっていった。
既に3階建の建物の屋根の高さを超え、遠くに首都キアーデの城壁が見える。微かに真下にシャーリーとエカードらしき姿が見えるくらいまで上昇し旋回飛行に移った様子だった。
「さあ、行きましょうタモトさん!」
「う、うぷっ」
ウンと返事が出来ず。朝食前だったことをこの時ばかりは良かったと実感できた。




