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「キアちゃん?」
『ん?キアちゃん?』
『ああ、ハントが居る事にもびっくりしたけど、キアも隣部屋に居たらしい』
『おーぃ、キアちゃーん!』
『うるさい。すこし黙っててくれ』
『ムウゥ!!』
ミレイの姿が見えなくても、頬を膨らませているのが想像できた。
ハントが居るのならば、妹のキアが居ても可笑しくないとは思ってしまう。しかし、意外に違和感を感じたのは、キアの街への普段の外出着からのフリルの付いた衣服からは考え難い木綿の上下を着ていた事が余計に違和感を強く感じさせていた。
確かに、寝起きのパジャマとして着ていると言われれば、そうなのかと納得せざる負えないが、明らかに防寒を優先した厚手の生地で有る事から考えれば、さすがに寝難いだろうと一見見えてしまう。
「ねえ、お兄ちゃん、ここは何処なの?私どの位寝てたの?」
そう尋ねるキアは、いつになく不安気な表情に見え、前にミレイを可愛いと言っていた少女からとは別人の様に思える。それに、サージェンさんやエミルと名乗った女性騎士が居るにもかかわらず一点に兄を見つめるキアに違和感はより一層深まった。
そして、キアの普段とは違う雰囲気に彼ら兄弟が、『見世物一座の兄妹団員』としてでは無く、もう一つの顔である『独立遊撃騎獣部隊の二人』としてこの場に居るのではないかと思い至った。
「キア……」
「お嬢さん、何やら急いでいるらしいとは思ったんだが、疲労から倒れてしまった君をお兄さんと一緒に私が勤めるこの学術院に運び込んだんだよ。それに、寝ていたと言っても、今はまだ朝の竜の刻(8時)を知らせたばかりだ、疲れが取れるまで休んでいても大丈夫と思うんだが?」
「貴方の?それに半日も寝ていたんですか?大丈夫です。疲れなんて」
「キア、まずはお礼を言いなさい」
ハントが、たしなめる様にキアへ伝える。
キア自身も休ませてもらった恩を感じていたのか、兄からのその言葉に素直にエカードに頭を下げていた。
「ありがとうございました。あっ、アルクは?アルクも休めさせてもらってますか?」
「安心していいよ。カインと一緒に厩舎で休ませているから」
カインと言うのは、確かハントの飛竜だったと思い出す。やはり、二人は何かの要件が合って王都へ来ていた事は確実だと分かる。
「キア、こちらはエカード・サージェンさんで驚いたけれど、ユキアさんのお父さんだそうだ」
「私も娘とお知り合いとは、驚きましたよ」
「ユキアさんの?」
「よろしく、キアさん」
「よろしくお願いします」
「それで、こちらは……」
「アブロニアス王国第3騎士団団長のエミルよ。サージェン先生の教え子の一人よ」
勧められた席にキアが腰かけると自然と自己紹介が始まる。事前に3人は自己紹介と関係を話していた様子であり、特別に紹介中に驚きを見せる事は無かった。
次には自然と、自分の番だと周囲の視線が集まってくる。それに対しても、ハントから説明をする様子は無かった。まだ、彼自身理解できても説明の言葉が出てこないのだろう。
「キアちゃん、えーと、タモトタカシです。キイア村で会った以来ぶりだよね」
「……へっ?何の冗談ですか?あっ、同姓同名の方ですね?えっ?でもキイア村ぶりって、アレッ?でも初めてお会いしますよね?」
キアは聞いた自己紹介に呆けた表情から、アレッアレッとこちらの顔をみて混乱した様子を見せる。
周囲の人達もそれ以上に説明を何と言おうかと困惑している様子だった。初対面のエミルだけは、当たり前の様に元から俺の事を女性だと思っている様子が伺えた。
「ミレイとちょっと、融合しちゃったみたいで。女性に変わっちゃって」
「ゆうごう?って何ですか?」
キア自身には融合と言ってもピンと来なかったらしい。
「合体だったら分かるかな?ミレイと事情があって合体したらこんな(女性)になっちゃって」
『合体!』
『ミレイ!静かに』
『ちぇ、つまんない』
「がったい?……合体」
合体と呟くキアは、何故か顔を赤くしてうつむいてしまう。ん?何故か隣で聞いていたエミルさんまでもやや顔が赤いように見える。
「キアちゃんどうかした?分ってくれた?外見は違うけどキイア村のタモトだって」
「はっ、はい!何となく、お兄ちゃんもそれで良いみたいですし」
「良かった!」
アロテアの街の頃からの知り合いである二人に、別人だと言われればそれなりに心に傷を作る場面であった。タモトと言う自分を、男性としての外見としてだけでしか認識していなかったのではないかと不安に思ってもいたのだ。
「ゴホン、自己紹介は以上で良いかな?」
一息ついた雰囲気をエカードが仕切りなおす。それは、暗にハント達の事情と俺を探していた事に繋がる話を始めようとする合図にもなった。
「私達は昨日、聞いた、いや聞こえてしまったと言った方が正しいか。それからここに来てからハント殿にも事情を説明してもらったのだが、それを聞いたうえでもタモト君に意見を聞きたい為に探そうとしていたのだよ」
「いやはや、キアが未熟なばかりに重要な情報を危うく漏洩する所でした」
「ごめんなさい……」
ポンポンとハントからキアは頭を叩かれ、痛くは無い様子だが顔をしかめていた。
エカードは自分に意見を聞きたいと探していたと言い。ハントやキア達の事情も色々と関係していそうな話らしかった。
それに、自分に意見を聞きたいとは何なのだろうか?
「聞きたい事ですか?自分に何を聞きたいと?」
「タモト君の力についてだよ」
「それは……」
即答できない俺の無言の間合いと、俺がわずかに向けたエミルへの視線にエカードもハントも無言に目配せした様子だった。エミルは真剣な表情のままこちらを見つめたままであり何を考えているか分らなかった。
聞き方からして、昨日話したエカードはまだしも、他の3人も俺ならば何んとか出来ると思っているのか。先ほど起きたばかりであるキアでさえも、何故か俺の答えをじっと我慢した様に見つめていた。
「安心していい。エミルは軍人だが信頼のおける人間だ。私が保障しよう。それに、今回の件にも関係している」
「そんな、先生。ありがとうございます」
そう言われてもなお、俺自身が彼らを信じられないと答えたのなら、先程のクリス達同様に退室させられるのかも知れない。しかし、エカードが信頼できると言われれば俺自身もまた彼等を信じなければと思ってしまう。
「わかりました、構いません。サージェンさんのいう力……神痣の事ですか」
頷くエカードの返答と共に、神痣という単語に対して、それぞれの疑惑の視線がが確信に変わった事が分かった。『やっぱり』と物語る兄妹の視線と共に驚きのまま見つめられるエミルの瞳がこちらを向いていた。
「そう、その力、どこまでの……」
「タモトさん!お願いします!助けてください!お願いです!!」
エカードが話を続けようとした時だった。突然にキアが立ち上がり俺の腕に縋り付く。キアの必死さは、まさしく藁をもつかんで離さない力強さを感じさせ、見つめる真剣な表情の中にうっすらと目を潤ませ陽の光が輝いていた。
「ちょっと、キア!落ち着いて。いったい何が?」
何がキア自身にあったと言うのだろう?改めて間近でみたキアは何処となく思いつめた瞳に影を感じさせる。
「キア!落ち着きなさい」
「兄さん!分ってる。分ってるけど!友達が今も苦しんでいるの!もう、もう私はタモトさんに頼るしか!」
「キアさん。シャーベ宰相も対応を尽くして頂いている。それを待つことは出来ませんか?」
今まで黙りながら聞いていたエミルがキアへと聞き確認する。話からして王国が対策を考えているならば、あえて自分が向かう必要も無いと思うが。
それに、エミルが最後の方に自分へ向けられた視線には、さすがに神痣の力に頼らなくてもと告げている様だった。
「それは何時ですか!?……っ、すみません。でも、今、ここにタモトさんが居るのに」
何時かと聞かれ、表情を曇らせたエミルにキアも言い難そうに告げる。
「キア、事は病人を助けるだけでは終わらないんだ。治療にはやはり王国からの医師が関わるのが一番だと思う」
ハントが言った事は、この場に居るエミルやエカードも理解していた様子だった。治療出来るのであれば、迅速に行い回復した結果を隣国に伝え、文字通り恩を売るのだ。
しかし、もし治療が間に合わなかった時には、間に合わなかったとした裏付けが必要となる。
「それって何なの?助けれる力を持っていたら使っちゃいけないの?」
「慎重に対応しなくちゃいけないって事さ!タモト君の為にも」
キアの友達とはかなり重要な人物の様だった。神痣を持つ自分が向かい治療を行えば、利益となる国益も無く逆に神痣を持つ者を秘匿していたと周囲の国から言われる事になりかねないと言う事を心配しているとハントは告げる。
「ただ、アリシアを助けて欲しいだけなのに!国!利益って何!?駄目だったらなんてさせない!絶対に助けるんだから!約束したんだからっ!!」
ハントの説得を聞くのを拒むように、キアは向き直るとそう言い放つと入ってきた扉の向こうへと駆けていく。
ハントも追いかける様子は無く、深く溜息をつくと「妹がすみません」と腰かける面々に謝罪した。




