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「はあ?女にって。いつ?」
「昨晩よ!私だって何が何だか分かんないんだからしょうがないじゃない。貴方が倒れた後、体が変わり始めた時には、さすがに私も不味いわって思ったわよ!」
ああ、それで俺が起きるのを心配そうに見ていたのか。と全てを納得できる訳が無い。
原因は、やはりミレイとの融合と思われるし、まさか体まで変化するとは。
「おい!何か問題でもあったのか?大丈夫なのか!?」
「あっ、そうだったわね。ちょっと待ってなさい!」
「はっ?先生からの言伝で俺も来ているんだ。早くしろ!」
「待っててって言ってるでしょ!」
いつになく怒気を含んだクリスの言葉に、さすがのバオもそれ以上何も言わず扉の前で待っている様子だった。
『ミレイ!起きてるか?ミレイッ!?』
そんなクリス達のやり取りをやっている横で、俺はミレイに念話を試してみる。やはり、体への融合で変化が起きてしまったのならば、ミレイの意思で融合を解除できないかを確認したかったからだ。
『……んぁ?……どうしたの?おにぃちゃん?』
『ミレイ、寝てたのか!?』
『……何ノコトカナ、キチント治療シテタヨ?』
『いや、明らかに状況理解してないだろ……』
俺の念話の剣幕に、取り繕う様子のミレイだったがそれを責めるつもりは無かった。何せミレイ自身も初めての事で故意になった結果では無かったのだろうからだ。
それよりも、まずは融合への解決策をミレイに聞くのが大切だった。
『俺の見えている物が分かるか?』
『んぅ?おにぃちゃん。ミレイも今起きたばかりなんだからね?自分の置かれている状況も分らないのに、おにぃちゃんの見えている物が分かる訳ないじゃない?』
『やっぱり寝ていたんじゃないか……、で結局は?』
『見えないよ?』
何だ?ミレイの返答がやけに的を射ているし、言葉遣いも普段からは言わない様な取り繕う様子だとか。俺と融合した影響がミレイにも起きているのか?
それに、ミレイは今まで自分の事を『ミレイ』と言っていたのが『自分』と言うのも初めて聞いたのだ。
いつもなら、小学校低学年くらいを相手しているような話し方が、急に高学年か中学生程と話している感じに思えてくる。
『それで?おにぃちゃんは何が言いたいの?』
『あ、あぁ。ミレイとの融合を解除できそうか?知りたいんだ』
『今すぐは、無理なんじゃないかな?簡単に出れそうでもないし、それにクリスお姉ちゃんが言ってたみたいに、ホント魔力の漏れが凄いし。たとえ解除できても、次も上手く融合できるか分らないよ?』
『ぐっ……そうか』
即座に試したのかミレイは、融合解除の方法は簡単に出来そうにないと言う。今は時間が経てばミレイ側の状況も落ち着いて解除方法も分かる事を期待して待つしかないのかと思う事にする。
「タモト君どうしたの?女になったのがそんなにショックだった?」
「あ、あぁ。ミレイが起きたみたいで話をしてたんだ」
俺が手鏡を見つめたまま固まっている間。クリスは扉の外で待つバオの対応をしていた様子で、俺の立ち尽くす後ろで、お前の友人なのか?大丈夫か?等と言われていたが、ミレイとの話中で俺自身には聞こえていなかった。
「へえ、そうなんだ。ミレイちゃん無事に起きれたのね」
「まあ、無事というか少し変になってるけどな」
『おにぃちゃん、聞こえてるんだけど?』
『気ニセズ治療シテクレ』
『ムウ』
「それで?バオの要件は何だって?」
「ええ、サージェン先生が呼んでいる事だったわ。貴方(タモト君)は何処に泊まっているか知りたいそうよ?どうする?」
どうする?と聞かれたのは、やはり今の状況を話すかどうかだろう。てっきりバオが宿泊先を知っているかもと思いエカードさんも朝にバオの部屋を訪れて聞いたみたいな話の様子だった。
それで、俺の事を知っていて昨日の夕方に学院の玄関でクリスと話をしている俺の姿を見ていた他の研究生から、クリスならば夕方以降の俺の事を知っているかも知れないとバオは部屋を訪ねて来たらしい。
「いや、どうするって。サージェンさんには黙っておくわけにもいかないだろうし」
それに今も裸の胸の前でぶら下がっているギルドカードに記載されているのは、男性表示である。ギルドカードには写真も無く性別が女性になった今は、さすがに街中で身元を尋ねられても証明のしようが無かった。
「じゃあ、やっぱりしょうがないわね」
「ああ、しょうがないな」
「へえ、意外とすんなり受け入れるのね。柔軟に対応できる人って好きよ。頭の固い誰かとは違ってね」
「まあ、状況によってね。今回は自分ではどうしようもない事だから。クリス、それじゃあそろそろ上着がどこに行ったか知らない?さすがに寒くなってきたんだけど?」
「えっ?ここには無いわよ?」
「はっ?」
「昨晩貴方が脱いだ後、汚かったから洗ってもらって今は無いわよ?」
いや、確かに古着ではあったから綺麗では無かったかもしれないが、きちんと旅の途中も宿の洗剤を買って洗っては居たのだ。それでも、クリスの目には汚れていたらしい。
そう言いながらも、慌てる様子も無く振り返り、いつの間にか机の上に重ねて置いてあった衣服を取り俺へと見せる。
「それでね、あなたの上着は洗濯しちゃって今はここに無くてどうしようも無いんだけれど、変わりの服なら有るんだけど貴方はどうする?」
「それって、女物じゃ……」
「柔軟に対応できる人って好きよ。ねっ、先生を待たせる訳にもいかないし、しょうがないわぁ」
何故かクリスに期待の輝きを秘めた目で見つめられ、念押しとまでに今から洗濯係りの人に謝って多量の洗濯物の中から衣服を探してもらうなんて気の毒だわとクリスには言われ。選択権は無さそうだと実感する。
それに、エカードに会って相談したいのも山々で、女性化してしまったのならば諦めて融合解除できる時間まで、エカードの様なきちんとした後ろ盾が欲しいとも思えた。
「あまり派手なのは……」
「まあ!やっぱり貴方って気が合いそうだわ。安心してちゃんと考えて持ってきたわ」
そう言いながら衣服を見せるクリスは、彼女が来ているお嬢様ドレス風の衣服とは違う。どちらかと言えば、飾り気の無いエルフが着るワンピースの服を持ってきた様子だった。
「きっと似合うと思うの。着方も簡単だと思うわ」
「あぁ、じゃあ。着替えてく「気にしなくていいわよ。女同士なんだし」」
着替えてくると、シャーリーが寝ているはずの隣部屋へ行こうとして、気にしないとクリスは言いながら。後、数着の俺用の衣服を選ぶ様子だった。
まあ、ジロジロと見られる訳でも無い様子からしぶしぶ、ズボンに手をかけ脱いでいくと、色白な細い脚が見え見慣れた下着に違和感しか感じなかった。
夢の中でも感じた喪失感を余計に意識してしまう。今はまだ、分ってはいてもそれを直視出来る精神の強さは持つことが出来なかった。
「下着は流石にごめんなさいね。後で、買うと良いわ」
買わないといけないのか?何故か下着だけは、男だった時の最後の砦の様にこのままで良いじゃないかと、下着を変える事だけは出来そうにない。
「この服は下から着ればいいのか?」
「そうよ、簡単でしょ?」
「ああ」
ガチャ
不意に隣の部屋に繋がる扉が開き、クッションを抱えたシャーリーが寝ぼけた表情のまま入ってくる。
「あっ、おはよう。シャーリー」
「……オハヨウ」
気付いたクリスがシャーリーへ声を掛ける。その言葉にシャーリーは視線を彼女へ向け挨拶をする。
「おはよう」
俺も着替えながらではあるが、シャーリーへ朝の挨拶をする。意外と夜遅くに寝たと思うが、朝は早く起きるんだなと思った。
「……変態?」
何故か理解できない困惑した表情を浮かべるシャーリーの目が、俺にとって妙に冷めて見える様に感じてしまった朝の挨拶のやり取りだった。




