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「ちょっと……ねえ、大丈夫よね。このまま目を覚まさないとか、勘弁して欲しいわ」
「……汗、凄い」
たった今、見ていた悪夢がぼんやりとした暗闇に掻き消え、自分の意識から砂の抜け落ちていく様になると、徐々に聞こえてくる声があった。
それは、久しぶりに聞いた声の様で、しかし、目を瞑っていても誰の声かは分かった。
「んっ」
「ねえ!大丈夫なの?起きなさい」
「……」
ようやく言葉にならない声を出すと、体の感覚も戻って初めどこか柔らかい所に寝ている事が分かりようやく目を開く事が出来た。
前の世界では電灯が有る事が当たり前だった天井は、今は無地の模様や照明の無い天井だけがそこにあった。そして、やや困惑した表情で覗きこむクリスの顔がある。
悠然としていた彼女がこんな顔もするのかと、意外に感じてしまいながら周囲を見渡した。
「あぁ、起きたのね!良かったわ。急に倒れるものだから、このまま目を覚まさなければどうしようかと思ったわ。」
「……」
ホッとした緊張が溶けるクリスの表情とは他に、その隣には難しい表情に眉間に皺を寄せたシャーリーが無言で見つめていた。
「どぅ……ゴホ、ゴホッ」
どうしたんだ?と聞こうとして、擦れ声に咳き込んでしまう。何だろう?久しぶりに声を出すような声帯が上手く動かないといった感じの違和感。心なしか、声も鼻声の様に高く聞こえる。風邪でも引いたんだろうか?
「だ、大丈夫!?うん、無理しない方が良いわ」
クリスが言い聞かせるように、妙に優しく労わってくる。
「わか……た」
一息づつ言葉を言い。無理に体を起こそうとは思わず寝ている事にする。背に当たる柔らかさは、先程までシャーリーが寝ていたソファーに横に寝かせられている様子だった。
倒れる前までの事をぼんやりと思い出すと、ミレイから融合された事を思い出す。確かその時は上半身裸だったが、今は上から毛布を掛けられている様でほんのりと暖かい。
「とにかく、起きてくれて良かったわ。眠ったままだと、私もさすがに言い訳ができないし」
「ん?」
クリスの心配していたのは、眠り込んで昏睡状態にでもなってしまったかと心配していたのだろうと思う事にする。確かに、クリスの提案もあったが精霊との融合という事をやってしまった責任を感じていたのだろう。
それに言い訳?と言うのも、サージェン先生にでもクリスは相談しようと思っていたのかも知れない。
「……ミレイちゃんは?」
『ミレイ?……聞こえるか?』
『……』
何故かシャーリーが期待した表情で俺へ質問をしてくる。恐らく、ミレイが融合した事で、友達が居なくなったのを寂しがったのだろう。俺の意識の中でも、ミレイの声の返事が無いので、ミレイに聞こえているかは分らない。
「わから、ない」
「そう、もしかしたらと思ったけれど、タモト君の意識なのね?」
「あぁ」
確かに、俺とミレイのどちらかに意識が偏っても可笑しくない状況だったとは思う。そして、ミレイの返事が無い事をシャーリーに伝えると、彼女は再び眉間の皺を深くしてギュッと抱えていたクッションを抱きしめていた。
「うー」
「シャーリー、しょうがないわ。まだ体が慣れてないだけかもしれないし、タモト君だけが起きたのかも知れないわよ」
「うん」
確かに、前にミレイが寝ている時があった時は、同じ様に返事の無い時があった。先ほどまで自分も寝ていたのでミレイも寝ている?か意識が無いのかも知れないと思う事にする。
「何か欲しい物はある?と言っても、水かシャーリーのジュースくらいしかないけど」
「ダメ!ジュースはシャーリの!」
あぁ、確かにさっきまでミレイとシャーリーがお菓子と一緒に食べていた事を思い出す。それにしても、ジュースがもらえないとなると水だけだが、それ程喉も乾いていなかった。
「いや、いら、ない」
「そうなの?凄い汗をかいてたけれど。じゃあ、もう少し休んでおく?」
「そう、しとく」
ハスキーな声も徐々に声が出だしたが、体が重く感じるのはやはり風邪でも引いたのだろうか。やはり裸で倒れたり、それに旅の疲れも溜まっていたのが原因の一つだろうかと思う。でも、そんなに疲れていた記憶も無いはずだったが……。
「あぁ、そのソファーのままで良いわよね?もう、床から寝かせるのに大変だったんだから。でも、意外と軽かったから私一人ででも助かったんだけれどね」
「むう、シャーリーの場所……」
「シャーリー、ベッドはきちんと有るでしょ?ちゃんと寝ないと大きく成れないわよ?」
「むう」
俺の為にか準備していたコップの水を、クリス自身が飲みながらシャーリーを説得していた。まだ、窓枠から見える外も暗闇でさほど時間も経っていない様子に思えた。
そうぼんやりとしつつ、クリスがシャーリーと一緒にベッドのある部屋に連れていく為に部屋を出ていくと、一人になった静けさが再び眠気を増大させて来る。
「……服はどうしようかしら。まあ、私のを貸すとして、さすがに下着まではねぇ……」
クリス一人が部屋(研究室)に戻ってきた時には、俺は微睡の中に居てクリスのそう言った言葉だけが聞こえながら再び眠ってしまった。
「んーっ!」
今だに重い体の為、声で溜まった疲れを解放するように背を伸ばす。
ソファーとはいえ、よく眠れた方だと思う。この寝心地ならばシャーリーがお気に入りにするのも頷ける。俺自身もこの世界に来て「良く寝れたランキングの上位には入るだろう」、もちろんそんな中でも1位はキイア村のユキアの家にあるサージェンさんのソファーベッドなんだが。
「朝か……」
今だに、ハスキーな声のまま。窓から差し込む光に夜が明けた事が分かる。この世界では、家にある仕掛け時計か村などの日時計、時報代わりの鐘の音くらいでしか時間が分らない。その点、最近では日差しの傾き具合でおおよその時間が分かるようになって来ていた。
目線を周囲に向けると、クリスの姿も無い。まだ別の部屋でシャーリーと同じく寝ているのかも知れない。
コンコン
体も起き上がれるかどうか、試そうとした時に廊下への出口の扉がノックされた。誰だろう、こんな朝早く。あぁ、もしかすればクリスの寝る部屋は違う場所だったのかも知れないと思った。
「ちっ!何でこんな朝早く先生が居るんだ?よりにもよって、クリスを呼んでこいなんて」
ん?扉の向こうからは、バオの声が聞こえる。
ゴンゴン
さすがに返事の無い事に苛々し始めたのか強めに扉がノックされるが、返事をしても良いものか悩んでしまう。知らない仲でもないので、まだ寝ている事だけでも伝えるか?
「はい、ちょっとまって」
「……なんだ、居るんじゃないか……」
止んだノックとは別に、部屋に入ってこようともしない様子に、仕方なく部屋の入り口に向かう事を考えさすがに上半身裸だった事を思い出し毛布を巻いたまま起き上がる。
「うー体が重い」
「……まだなのか?」
「ちょっと、まって……」
立ち上がり周囲を見渡すも、昨晩脱いだ辺りには本も散乱し服らしきものも見つけ出す事は出来なかった。あまりに待たせるとバオの苛立ちが上昇しそうに思えて、毛布を抱き寄せ扉まで向かう。
まあ、これなら間違ってもクリスと何か事情があったようには見えないだろう。久しぶりに立ったようなふらつきを感じながらも、ようやく、扉まで行きノブを回して扉を開ける。
「まったく、いつまで待たせる気……」
「すまない、クリスはまだ寝てるみたいで」
苛々しているバオがこちらへ視線を向けた視線が凝視し呆然として言葉を失った表情が俺へと向けられる。何だ?俺がクリスの部屋(研究室)に居るのがそんなに衝撃的だったのか?まさか、バオは密かにクリスに恋してたりとかなのか?
「ばっ、馬鹿者!うら若い女性がそんな姿で!」
急に顔を背けたバオは、慌てた様子でそんな事を言ってくる。
「はっ?」
バオは何を寝ぼけた事を言ってるんだ?
「あぁ、起きたのね。もう大丈……ブー!」
クリスが後ろから声を掛けてくる。ブーって何をそんなに慌ててるんだ?
「何してるの!」
クリスは慌ててバタンと扉を押し閉め。俺は凄い力で部屋の中に引き戻される。
「ちょっ、バオが……」
「良いから!これを見なさい!」
クリスが、ガバっと体に巻いていた毛布を引き剥がす。正確には、捲られただけだがその勢いは剥がされたと言っても良いくらいに力強かった。
「何を……あっ?あああああああああああああああ!?」
見下ろした上半身は思った通り裸で。思った通りで無かったのは有るはずの無い双丘。今さらながらに、白く細い腕がしっかりと片方の毛布を握っていて。自分の体で有る事は分かる。
俺が何故か恥ずかしさを自覚し始めた瞬間に、クリスは手鏡をこちらへ向け、その様子に、あぁ、こっちの世界にも鏡が有るんだなあと思うはずも無く。
「はああ!?誰っ?」
「誰って、貴方よ!」
「俺えっ!?」
驚愕に見開いた顔が手鏡に移る中。ダークブルーの髪をした、青い瞳をした女性が鏡の中に映り俺の触れるように顔を触っていた。
そう、その姿は昨晩見た悪夢に出てきた3人の女神が、俺の事を精霊と言った姿とうり二つだった。
「貴方、女になっちゃったのよ!」




