10
倉庫の入り口の扉から覗く目をめがけて、俺は錆びた剣を突き立てる。
ドッシュ!
「ギャアアアアアアアァァ!!」
俺はわずかにできた隙間から剣を突き立てていた。今手には、村長の倉庫に保管されていた錆びた長剣だ。その剣は扉にできた隙間から一気に突き抜けゴブリンの顔面から後頭部へと出ていた。武器になるものは無いかと探し農具と共にまとめられていた長剣を探し出し、数本を使い捨ての武器として準備したのだ。
何とかして時間を稼がないといけないと考えた方法は苦肉の奇襲だった。このままでは何時かは入り口が破壊されて雪崩れ込まれてしまうと確信し、それまでサオの応援が間に合うかは保障されていなかったからだ。唯一助かったのはゴブリンの武器が手斧では無かった事で、扉を破壊して押し込んでくるのに長剣や短剣では時間がかかっている事だった。
そこで俺はひとつ攻撃に転じた。扉の入り口がまだ強固な状態の時なら、ゴブリンが切りつける襲撃でできる隙間を利用できないかと思ったのだ。剣を両手で握りしめ突きの姿勢を保ちながらゴブリンが扉に近づくのを待ち構えるようにした。
ゴブリンを警戒させては奇襲にならないと思い、緊張と恐怖に強張る表情のユキアに静かにと俺は自分の指を口に当てて合図をした。それに対してユキアはわずかにうなずいて肩を自ら抱いて声を出すのを我慢しようとしてくれた。
ゴブリンが近づいて来た時を狙うしか考えてなかった。しかし、うれしい誤算に静かな室内に疑問を感じたのか、ゴブリンが大きな目を隙間から覗いたのだ、その機会を逃さす俺は錆びた剣を突き刺した。ゴブリンの絶命の絶叫が、俺達とゴブリンとの戦闘の開始の合図となったのである。
「「グォオオオオオォォ!!!」」
倉庫の外からゴブリンの怒りの絶叫が倉庫内に響く。
見ると、その叫びからくる恐怖にユキアは「ッグ」っと歯を食いしばって叫ぶのを我慢している。きっと俺の顔も緊張から真っ青だろうと思う。
「一体仕留めれたのか?」
隙間から差し込んだ剣は、手元からわずかに重い抵抗を感じそれ以上動くことは無くゴブリンを突いたままの状態だ。
「ゴブリン怒ってるね、おにぃちゃん。そうそう、巫女ちゃんの足の痛みはだいぶ取れた?」
「ユキア足は大丈夫か!?」
「うん、痛みは無いけど痺れが左足全体に」
それを聞いて俺はユキアの足に刺さったままの矢は毒矢だったことを確信した。抜いたほうが良いのか?と悩んだが、あまりにも痺れの効果がまわるのが早いんじゃないかと思ったのが躊躇った理由を一つだった。毒の効く作用時間が早すぎるように思ったのだ。アロニスは宿屋に戻った後も何とか手を握ったり動かせていた。それに比べてさっき傷を負ったユキアは左足全体が痺れ力が入らないという。それは、大きな血管かもしくは神経を傷つけたんではないかと思ってしまう。
「ユキア、今のうちに棚に残っている毒消しを飲んでおいたほうがいい」
ゴブリンが扉を破壊しようと剣で切りつける中、俺は先ほど瓶を取り出した棚に戻り毒消しの薬瓶を取り出しユキアに手渡す。
「そうですね」
瓶を受け取りながら、ふたを開け飲んでいるユキアを横で確認し、俺は箱に残る残りの瓶を見つめる。
「殺虫剤、除草剤、眠り薬か」
俺は、救急外来勤務のときに出会った除草剤の誤飲の患者の状態を思い出す。たしか、強烈な嘔吐と口腔や食道の粘膜を刺激し浮腫や灼熱感を引き起こす。
「ミレイ、水の精霊ならこれらすべての薬を霧状にできるか?」
「任せてよ、水を霧にするなんてウチ(水精霊)達が遊びでするようなもんだよ」
「じゃあこの全部の薬を霧にしてゴブリンに吸わせてやる。あとユキア、魔力を使い切ったら人はどうなるんだっけ?」
ユキアは俺の質問の意図がわかりにくいように疑問の表情を浮かべながら。
「魔力を失うと、昏倒して意識を失います」
「そっか、現状ではゴブリンを完全に倒すか。こっちが倒されるしかないか。ユキアは攻撃に使える魔法は無いんだよね?」
「ごめんなさい、明かりに使える簡単な火くらいしか出せません」
「いや、良いんだ。倒せる確実性が欲しかっただけだし」
俺には一つだけ使えた魔法があった。シャワー(温水)の魔法だ。あれを頑張って作ろうとしたとき、確かミレイは言ったはずだった「これじゃあドバーって一瞬で終わっちゃう」と言ったはずだった。
攻撃の魔法が使えないかと悩んだときに俺は唯一使える魔法を思い出したのだ。あれを作ったとき俺は何をやったのか、水量調整・温度調整・時間調整だ。あれからリミッターとなる部分を外せば、高温な熱湯の激流魔法が出来上がるのではないか。あとは、限界まで魔力を消費する覚悟と確実に仕留めるチャンスを作ることだけだった。
「ミレイ、一つお願いがあるけど良いか?ギリギリまでひきつけて魔法を俺も使おうと思う。魔方陣のアドバイスが欲しいのと、ただ限界まで魔力を消費する覚悟で魔法を使うから昏倒したときには俺に魔力のポーションを突っ込んで飲ませて欲しい」
「わかったっ!突っ込むね?任せて!」
本当に大丈夫か心配になったが、ミレイを信じるしかない。俺はユキアを残して危険にさらすわけにはいかない。と思い、苦笑いをユキアに向ける。
「タカさん……魔陣って、まだ十分に使えないはずじゃあ?」
「たぶん、まだ慣れていない。それに使うと倉庫の扉は壊れると思うから、ゴブリンがなだれ込むギリギリまで粘るつもりだよ」
「オオオォォォォォ!!」
「ガァァァアアア!!」
ドン!バッキィ!!と、ゴブリンの入り口の破壊は続いている。
隙間もだいぶ多くなり、もう扉はいつ壊れてもいい状態だった。いくつもの隙間からはゴブリンが顔が見え隠れし、怒りに血走る表情が見て取れる。
「ミレイ!頼む!!」
俺は劇薬(除草剤、殺虫剤、眠り薬)を入り口の扉にぶつけながら割っていく。
パリン! ガシャン!! パリン!
割れた瓶からは薬液が飛び散り、薬液で濡れながら扉を染めていった。わずかに中の液体のだろうキツイ臭いが届く。
『エイヤ!』
ミレイの両手が光り、無言の魔法が薬液を霧にしてゴォオっと渦を巻きながら倉庫の入り口に向けて集まる。
数多く空いた隙間から霧は外へと飛び出し扉の外にいたゴブリンへ襲い掛かった。
「ゲッフ!ゴフ!」
「ア”ァァァアアア!!!」
薬液の霧に襲われたゴブリンは扉の前で咳き込み、嘔吐感と咳反射でうずくまる。粘液を刺激する薬剤であり、涙も止まらず鼻水らしき粘液も止まらないだろう。
「ミレイは続けててくれ、良し!俺も次で決める!」
『水魔法、適温、流水、5分、拡散』
脳内でシャワーの魔方陣を思い描き、修正箇所をまず削除。そして次に高温:魔力値依存・流水を激流に変更:魔力値依存・拡散の文字を削除する。後は魔力消費制限なしを変わりに付け加える。そして俺はこれだけで満足しない。やるなら徹底的に魔法を使ってやる。
「魔力よ!」
俺は代用の自己暗示を唱え両手より魔法の銀糸を出していく。両手からは各1の合計2本だ。展開も遅く時間がかかる。
(水魔法外円完成・・・高温表示・・完了・・・激流表示・・・完了)
『水魔法、高熱、激流、他:無し』
「そんな。大きいすぎ」
魔方陣の形成を見たユキアは、不意に呟きをもらしていた。そう、俺の作っている魔方陣は通常の魔方陣が直径30cm程に対して、直径が1m程と規格外に大きかったのだ。それには理由があったが俺はユキアに説明する余裕さえなかった。
「ミレイ手短に頼む、間違ってないよな?」
「ひゃはは!でっかいー。文字はだいジョブー!滝でも出すの~!?」
「おし!こっからいくぞお!!」
俺は気合を入れるため自分でテンションを上げていく。本来は、一筆書きで終わらせる魔方陣の形成を、魔法の銀糸が互いに合わさる完成の終点で交差させ再度逆行しながら互いに螺旋を繰り返しながら2重形成させていく。
螺旋自体は、1順目で完成した形と文字を基礎になぞって螺旋を描くので、後の問題は俺の魔力銀糸放出がどこまで耐えれるかだった。
「おおおおぉぉぉ!!」
「すごい……」
2重螺旋での魔方陣の編みこみを行うことで、意味を成す形や文字の形が崩れることが心配になり俺は余裕を持って直径1mの魔方陣を描いたのである。
魔法の銀糸を出し始め1分前後はかかっただろう。その魔方陣は完成した。後は放つ覚悟である。魔力の銀糸へと集中しながら、外の物音を確認しサオの応援は間に合わなかったかと思う。魔法が失敗すれば壊れそうだった入り口のバリケードは無くなり、残るのは剣での切りあいである。
咳き込む2体のゴブリンがヨロヨロと立ち上がるのが入り口の隙間から見え、俺達へ怒りの形相を向けたとき。俺は覚悟を決めた。
「いけぇええええ!!」
『ボイリング フォール!!!』
俺の唱えた魔法は、魔方陣自体が白銀に輝きを増す。ユキアの使用していた氷の形成時の蒸気の収束とは違い。倉庫周囲から小雨をかき集めるように収束する。
無数の気泡を生じさせては消えながら、魔方陣の前で10cmほどの水球に止まったかと思うと俺の手を突き出した動作で一気に激流が竜巻状に荒れ狂い、倉庫の入り口を破壊してゴブリンへ襲い掛かった。
ドゴオオオオオオオオオオオ!
俺は放出される水流を両手をかざしながら、魔力の放出に気を失うまいかと歯を食いしばっていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺は肩で息をしながら魔力の消費で霞む視界を睨み。今にも意識を失い倒れそうな倦怠感を歯を食いしばって耐えていた。
「やったか?」
「タカさん?大丈夫ですか?」
「あ、あぁ」
「ひゃはは、凄かったねえ。さすがにゴブリンも死んじゃったんじゃない?」
倉庫の入り口を扉ごと破壊した俺の魔法は、外への大きな穴を開けていた。
魔法への手ごたえは確実にあった。扉の外にいたゴブリンが魔法に飲み込まれるのも確認したからだ。俺は疲労感から留まる思考を切り替え今の内に宿屋へ戻ることを考えるようにした。
「ユキア、今の内に宿屋へ向かおう。サオもきっとこっちに向かってくれてるはず」
「はい、そうですね」
俺はユキアに近づき手を貸して立たせ、傷ついた左足の変わりに左側より肩を貸すように体を支える。俺は念のためと、自身の疲労感もあり予備の長剣を杖代わりにする。それを見たユキアも、柄の長い棒を杖代わりに手に取った。
「足は痛くはないか?」
「大丈夫です。ぁ……薬の荷物はどうしよう」
「サオが応援を連れてきてくれるはず、その人達にお願いしよう」
「そうですね」
ユキアの表情を見るとさすがに足に負った傷とゴブリンとの遭遇からの恐怖に疲れたようだった。いつもなら遠慮するだろう手助けも今は本当に肩を貸さなければ歩くのもようやくと言った様子だった。俺達は倉庫をゆっくりと歩いて出ながら周囲を見渡す。すぐ目の前に、初めに倒したゴブリンが横たわっていた。少し視線を移すと、15m程の向こうにゴブリンが重なり倒れているのが見える。
「ふぅ、何とか倒せたみたいだな」
「ええ」
俺は、背筋に流れる冷たい汗を感じながら、うっすらとこの世界がこんなにも危険にさらされる環境にあるのかと思っていた。知恵と道具を持ち、俺達人間に敵意を向ける存在がこの世界にはいることを実感した時だった。
亜人と言われる部類だろう、剣などの武器を使う知識を持ち、敵意を剥き出して襲ってくるゴブリン。元の世界では、並ぶものの居なかった人間社会とは違いこの世界には身近にも命の危険が有る事を再認識した。
俺達は重なって倒れるゴブリンの横を通り過ぎようとする。ユキアが肩に回す手に力がグッとこめられるのを感じた。
「「……」」
重なるゴブリンの体は、熱湯にさらされた皮膚は膨れ赤く爛れており、特に直撃を受けた上半身は防具らしき装備も剥がれている。
「行こう?」
「はい」
歩を進め横切ったとき、俺は上に重なるゴブリンの指が持っていた長剣を握り締めたのに気がつかなった。俺がゴブリンから視線をはずし掛けたとき。
「グガァアアアア!!」
最後の気力を搾り出すような絶叫をあげながら、ゴブリンがかろうじて開いている目で俺を睨み切りかかってきた。
「ユキア!」
「きゃっ!」
対応が遅れた俺はユキアをかばう様に抱きつき、ゴブリンの剣からユキアを守ろうとする。
ズンッ!
「ぐぁっ!」
「タカさん!!」
俺は左の肩から左脇にかけて斬られ衝撃を受け倒れ込んだ。
俺はなぜ魔法の直撃を受けたゴブリンが、襲いかかれる体力が残っていたのかを理解した。その姿は、命にかかわる体の体幹部(胸部や腹部)への魔法ダメージが少なく、目立った外傷は左腕と両足の熱傷でかろうじて生きていたらしい。偶然にも魔法の直撃をゴブリン1体が犠牲になり体が重なったことで致命傷のダメージが軽減した様子だった。
「くそ!ユキア離れて!サオが来てくれるはず!逃げて!!」
「でも!!タカさん!」
「行ってくれ!!」
俺の余裕のない表情を見つめ、杖を使いゆっくりと離れるユキア。俺はユキアに気をとる余裕はなくゴブリンの行動を睨みつけながら長剣を右手に持ち替える。
思ったよりも右手に持った剣は軽いが、錆付いた剣は切れ味は無いのは確実だった。逆に、ゴブリンは鈍く光る長剣を持ち、殺傷力は明らかに向こうの武器にある。しかし、両足にダメージを負い動きも遅く、それに加えて目は片方しか開いていない。かろうじて立っているという様子だ。
「ガアアアア!」
こちらから来ないと思ったのかゴブリンは長剣を振り上げ斬りかかって来た。
「ウオオオ!!」
ガァン!
俺の振り上げた長剣に錆びた金属音が響く。俺の剣は右下よりの振り上げで防ぐというよりも弾いたという様子だ。弾かれた剣の勢いにゴブリンも踏ん張れず数歩下がり、今度は俺が剣を叩きつける。
「ダアア!」
ガン!!
右手で持つ剣に体重が乗せられず、用意に防がれてしまう。両手で持とうとしたが、左手が持ち上げることができない。きっと先ほどの斬られた傷で挙上する筋肉が絶たれたのだろう。
両手で持つのを諦め俺は振りつづける。
大振りになるな!単調になるな!ただそれだけを必死に繰り返す。
ブン!
しかし、俺の動きの速さに慣れてきたのか、ゴブリンが剣で受けずに体をひねりかわすようになる。それにあわせる様にゴブリンは剣を突き刺してくる。
「くっ!」
ガン!
何とか突き刺しを剣でそらし、俺はゴブリンの動きにおかしさを感じる。剣を最小でかわすようになった反面、動きが特定の場所から動かないのだ。
何だ?何かしてくるのか?……いや違う。動けないのかもしれないと考え、その理由として足へのダメージが見かけほど大きいのではないかと考えだす。
「ならば!」
俺は斬りかかる目標を体の中央から足へと変える。しかし、それを気づかれる訳にはいかない。
左上から大きく振りかぶり、ゴブリンが剣先を右下へかわすのを誘う。今までは体重を剣に乗せていたためたたらを踏んでいたが、半端に体重を乗せていた事をやめ流れるように体をひねりながらゴブリンの右側へ体を滑らせ、一回転して姿勢を低くし下半身を狙う!
グッシュ!
「ギャアア!」
やった、やはりゴブリンは思うように動けなかったのだ。俊敏さがあるならかわした時点で体の向きを直すか跳んでよけるだろうと思っていた。
「これでどうだ!」
片膝を付きうずくまったゴブリンめがけ長剣を振り下ろす。
バキンッ!!
瞬間、ゴブリンの防いだ剣に当たった瞬間、錆びた剣が折れた。
「くそ!」
「ガアアア」
俺もゴブリンも互いに余裕はない。俺が折れた剣に驚愕している瞬間を狙ってゴブリンはかろうじて立ち上がりながらが剣を突き刺してくる。
ブン! ドシャ
俺はぬかるんだ地面に転がって剣を避け、立ち上がろうとするが一瞬遅かった。ゴブリンの剣が俺に狙いを定め振り上げられる。その瞬間だった。
「タカさん!!!目を閉じて!!!」
『我は癒しに仕える小さき人の子、光よ!!!』
ユキアの叫ぶ声とともに強烈な光が周囲を照らす。言われた通りに閉じたにもかかわらず、瞼越しに俺の網膜も真っ白に染め上げられるが。ゴブリンの目を焼く絶叫を聞きながら、俺のとった行動は唯のひとつ。折れた剣を握り締めただ前に立ちふさがっているだろうゴブリンへ向けて体ごと剣を突き刺す事だった。
「ぐおおおおお!!」
ドシュ!!!
「グギャャアアアアアアアアアアア!!」
ゴブリンの絶叫が耳元で響く。手に持った折れた剣は刺さる手ごたえと共に、ゴブリンの血が体より溢れてくるのを感じる。次第に、ゴブリンの体からは力が抜け倒れていった。
「やった、やったぞ」
「タカさん!!」
ユキアが近づいてきたのだろう、俺は立ち上がれず仰向けに倒れたまま、まだ視界は薄白く染まり視力がぼんやりとだけあった。ユキアが上半身だけ起こしてくれて背中を支えてくれている。
「ユキア、なんで?」
逃げるように言ったはずだった。振り返る余裕も無かったのでそれを確認する事も出来なかったが。
「タカさんを置いて逃げるなんてできません。何かできないかって必死に考えて」
「あの強い光は?使えたんだ……」
「さっきのタカさんの魔法を真似しちゃいました。タカさんみたいに独自に織る(作る)のは無理でも、2重にって」
エヘヘ。とユキアは笑っているのだろう。
「使うタイミングを見ていたら、もうタカさんが駄目だと思って。つい」
「いや、ありがとう助かったよユキア」
俺は疲労と緊張から朦朧とする意識がもう保てないことを理解する。
「ユキア、少し疲れた。寝ても大丈夫か?ゴブリンはもういないはずだろ?」
「はい、見た限り周りにはいませんけど念の為に倉庫に入りましょう」
「そうだな」
互いに肩を支えふらふらの足取りで俺達は倉庫の中に入る。ユキアの足もまだ痺れているのか歩いて宿屋までは無理だろう。俺の視界も徐々にだが戻ってきていた。
「タカさん、これを飲んでください」
倉庫の一角に互いに壁に背をもたれ座り込む。すると、ユキアは傷薬の蓋をあけ、俺の口に瓶を当てて飲むように促してきた。しかし、倉庫に入る事で俺の体力と意識は精一杯だった。
腰かけると同時に意識を失ってしまっていた。注がれた傷薬は口からこぼれ飲むことができていなかった。
「タカさん?飲めますか?」
「おにぃちゃん寝ちゃったよ?」
「ミレイちゃん」
そっか……とユキアは呟き、しばらくしてウンと決心したのか頬を染めながら傷薬の薬液を自分の口に含む。そうして、ユキアは自分の唇でタカの唇を塞ぎ傷薬を飲ませるのだった。
「ミレイちゃんお願い内緒にしてね。これは助けてくれたお礼なの」
「ひゃははは、そうだね、言ってたもんね薬を突っ込んでって。お礼、お礼、ひゃははは」
「もぅ!」
ユキアは頬を染めながら、水の精霊の笑い声が倉庫に響いていた。




