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「よかったね。おにぃちゃん」
「ああ」
何とかシャーリーへ謝罪もでき、完全とは言わないまでも許してくれる様子が見られただけで進展と言えた。
「それで?貴方がやっぱり原因みたいよ?そう言いたいのよね、シャーリー?」
返事の代わりにシャーリーはコクンと頷き返す。それに対して、クリスは組んだ足に頬杖を付いてフゥと軽くため息を吐く。
「そうねえ、何か心当たりはないの?」
「心当たりか……」
「じゃあ、いつからミレイちゃんの調子が悪くなったの?」
俺が何時からだったかと思い出そうとする様子に、クリスは質問しながら情報を整理しようとする。
いつからだったか、初めに気付いたのは、キイア村の上空にミレイ達の雨雲の魔陣を描いた後位だったと思う。
「そう、あれは魔陣を作ろうとして自然に使える回数が減ってきて、魔陣を教えてくれた人も自然に良くなるかも知れないって思っていたから」
「回数が減るか……それじゃあ、使えない訳じゃないのね?今も作れそうなの?」
そうクリスに聞かれ、アロテアを出発してから魔陣も宿屋でのシャワーや照明での活用以外に使っていなかった事を思い出す。確かに、聞かれた通り数回の魔陣を描くのには問題が無いように思っていた。
「ちょっと待って。魔陣を作って見せた方が良いかな?」
「そうね、貴方が大丈夫なら。その方が分かりやすいわ」
直に見てもらった方が、何かしら気付ける部分がある可能性が高いと思い両手を前にかざす。さすがにシャワーの魔陣を描いて水浸しにする訳にもいかず、使い慣れていた照明代わりの魔陣を描く事にする。
『ga-e(私に)utu-ra(太陽の神は)shau-ue(真実を見せる)』
両手から出たそれぞれ2本の魔力の銀糸は、3方に文字をなぞると魔陣の中央に光の象徴である菱形を作り結び付く。
「輝け!light」
慣れたイメージ通り、10㎝程の光玉が宙に浮かぶ。いつもであれば、照らしている時間の指定までを追加して行うが、今回は魔陣を使うことで不調の原因を探すためだったので、常時魔陣を使用している限り魔力を消費する形の簡略化したものだ。
そしてそのまま、ユキアに教えてもらった初歩の光の魔陣だった。シャワーと共に夜に室内で使う事が多い事からもすぐに使えるように魔陣のメモ(パスポート)を見ながら練習し、自分なりに時間使用の制限を追加していたものだ。
「へえぇ、慣れたものね」
「練習したからね」
「そうなの……」
クリスはじーっと掲げている魔陣に視線を向けると、何かを考える。俺は、両手を掲げ続けていなければ魔陣の光が消失してしまうため、クリスの反応を待つしかなかった。
俺とクリスの二人の沈黙の中、どこにあったのかテーブルの上にはお菓子皿が置かれ、お菓子を手にシャーリーのクッキーを食べる音だけがポリポリと室内に響く。
「クリス?」
「……ん?消えないわね」
クリスは魔陣の光が消えるかを待っていた様子だった。いや、さすがに回数を何度か使い続けなければ不調を自覚する事はない。
「ああ、これくらいならあと何回かは大丈夫」
「あ、そうなの?そうね……漏れる……漏れている、っと」
性格は別として、仮にも美人なクリスに漏れると連呼され見つめられると、なぜか赤面せずにはおられなくなる。
もう一度、俺は次に大きく魔力を消費する魔陣を構成したほうが良いかを聞こうとした時だった。
「あっ、今掲げてるやつ。片手で維持できる?」
「ああ、できるけど」
何を言うかと思えば、両手で掲げている魔陣を片手での維持に変えれるかに興味があるらしい。クリスに聞かれた事は簡単だった。体内の魔力路の流れを両手から片手に変えれば良いだけだからだ。その切り替えは意識するだけで行うことができる。
「じゃあ、やってみて」
「……これで良いかな?」
クリスに言われた通り、右手を意識して魔陣を意識する。分かりやすい様に、掲げていた左手は降ろして、今は右腕だけを挙げていた。
それよりもクリスは何を確認したいのかが分かり難い。むしろ手さぐりに何でも良いからさせている様子でもあった。それでも、クリスの表情は少しの変化も見逃すまいと真剣に魔陣を見つめていた。
「そうそう、そんな感じ。できるのね」
「まあ、割と意識するだけだし簡単に済むから」
「じゃあ、次は反対の手にお願い」
「ああ」
言われた通り降ろしていた左手を掲げ、右手に移していた魔力の意識を切り替える。特に脱力感もない。まだまだ、十分に丹田の位置近くの魔力はいつも通りまだ余裕が感じられた。
「ん?ちょっと待って」
「え?」
左手に魔力を切り替えた途端、クリスの眉がピクッと上がる。何だろう、特に光の魔陣も先程と変わりなく宙に輝いているようにしか見えない。
「どうかした?」
「……しーっ、ちょっと待って」
クリスは宙に浮く、魔陣の輝きを沈黙のまま20秒は見つめたままだった。
「原因わかった?」
「ふう、良いわよ」
さも、集中力をすり減らしたように目頭を押さえるクリス。確かにあれほど注視しながら魔陣を観察されたのは初めての経験だった。できれば、何らかの原因が分かって欲しいと思う。
「ねえ、聞いていいかしら?」
「今さらなんだよ。改まって?」
「そうね。別に聞きにくい事じゃないんだけれど、貴方左手で何か無茶したでしょ?」
クリスの言葉に俺はドキッとしてしまった。無茶をした記憶と言えば、一つしか思い浮かばなかった。いや、クリスに言われるまで忘れていたと言っても良いだろう。
微かに忘れかけていた夢での出会いをクリスの一言で鮮明に思い出す。確かに俺は女神に言われていたのだ。そして俺はその時に一つの事を選択してしまっていた。
『一気に開放すると身体と魔力の流れる路の損傷が起きる危険がありました……』
それでも、神の魔陣の力を望みますかと……。そして俺は皆を助けるために、いや俺が生き残るために左腕でその力を使ったのだ。




