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「ギフト?」
呟いたクリスに驚きながら、まさか、左肩の傷(神痣)を見ただけで気付かれるとは思いもしなかった。初めから俺の事が何者かを疑っていたユキアやバオでさえ、会話や魔陣を理解できた情報があったからこそ気付けたのだと思っていた。
それに、肩の傷の大きさは冒険中に怪我をした痕だと言っても通せる程である。それこそ、アロテアの街の冒険者ギルドへと来る人の多くは、体のいたる所に負傷後の傷を持っている人も多かった。それ故に、もし見られたとしても初めから神痣だと気付くはずはないと思ったのだ。
「何故貴方みたいな人が、祝福を持っているの?」
「クリス、君の言うギフトっていったい何の事かな?この傷は、前オオカミに襲われた時に負った傷なんだけど」
嘘は言ってない。だが、本当の事をあっさりと伝えても良い物か判断をつけかねてしまう。一応はバオに忠告された様に慎重に返答した。それに、クリスが言うのは、祝福で神痣ではないのか?そこの違いも理解できていない今、そうだと言える確信も持てずにいた。
「蜘蛛に捕まった芋虫……フフフ」
横では、ソファーに座ったシャーリーが楽しそうに俺達のやり取りを見つめていた。いや、全然に話している内容は楽しい話をしている訳ではない。明らかに、シャーリーはクリスが俺へ詰問しているのを楽しんでいる事が分かった。
「ハァ、貴方ね、私の事忘れてるでしょ?私が貴方に話しかけた時言ったわよね。魔力をぼんやりとだけれど感じれるのよ?」
そう言われればと思い出す。確か魔力を2つ感じると言われ、学術院の玄関で呼び止められたのだ。彼女の感じた1つは、ミレイの入った小瓶を当てられ、てっきりもう1つは俺自身の魔力の事を言っているのだと思っていた。
「私もまだまだだわ、ミレイちゃんに気を取られてもう1つの理由を見落としていたなんて。よくよく考えれば、普通の状態で魔力が漏れるなんてありえないじゃない」
「えっ?魔力って漏れるものなの?そんな事一度も言われなかったけれど」
「そりゃそうでしょうとも、ダダ漏れ……。あら、ごめんなさい。多量に漏れ続けているなら、貴方、今頃は昏睡してベッドの上よ?」
「……」
「それで、その原因は少なからずその祝福よね?貴方に何があったのか知りたいのよ。何があったら貴方みたいな事になるのかをね」
そこまで聞くと、クリス自体には俺に起きている症状が確信となって聞いている様子だった。てっきり、ミレイの不調に対して解決できるかと思っていたら、俺の方にも何かしらの理由が有るみたいだった。
「ちょっと待って、クリスの言う祝福って、もしかして神痣の事なのか?」
「そうね。でも、神痣と呼ぶのは人間達だけね。そもそも、人が神と呼ぶ存在は人間地域でのみ崇拝している地域宗教よ。私達エルフは、万物の自然の摂理や思想で考えるのよ。そこには、地域や種族に限らない普遍的宗教かしら。だから、私達は祝福・贈り物としてギフトって言うのよ」
クリスは簡単にだが、地域の宗教について補足して説明してくれる。俺が来たキイア村は水、首都キアーデから見て、北部の火山地帯は炎。西の霊峰は土。その霊峰の向こうにあるというエルフの里には、風と言うふうに地域ごとに分かれている見方らしい。
ちなみに、光は隣国のラソルと言う国、闇はさらにその向こうにあるブルーブと言う国らしい。
「わかったよ。バオやエカードさんには伝えた事だから話すけれど、俺はとある理由から神痣を、クリスから言わせれば祝福をもらったんだ」
「サージェン先生ならまだしも、なんでバオが知ってて私に隠したのよ……」
黙っていた秘密への驚きよりも、神痣の事をバオが知っていた事実の方が驚きだったらしい。
「バオから、特に首都では神痣を持っている事を秘密にしろと言われてたから」
「あいつめ、余計な事を……。まあ、そう言いたい理由も分からなくは無いけれど」
「そう、そこなんだよ。何故なのか理由を聞けなくて不思議に思ってたんだ」
「教えてあげても良いけど、詳しく教える気は無いわよ?それに、貴方の体に起こってる事を突き詰める事も残っているんだからね?」
「ああ、何が起きているのか知る方が大事だって理解している」
すでに、クリスとの話の中にほとんどの答えがある可能性に俺も気付いていた。それが、答えでなくても何かのヒントになるだろうと思い、今晩は長くなりそうだと覚悟したのだ。
まず説明されたのは、バオが何故神痣を黙っていた方が良いと助言したかについては、クリスが言うには聖アブロニアス国の建国との関係が関わっていた。
国を建国した神痣を授かった120年前の故王(現国王の曾爺にあたる)は絶対的な力の保有者として称えられた。それは、それまで以前あった悪政を強いた体制を破壊し、新しい国として聖アブロニアスを建国した事に他ならない。
しかし、神々が互いの争いが人間や種族同士の争いへと波及しその結果にこの世界を去ってしまった事。そして、神痣を授けなくなったと言われた今日。新しい力を持つ者の存在は、味方であれば強力な戦力であり、また、敵勢力と見られれば国を脅かす脅威と捉えられるかもしれないという理由だった。
「でも、クリスみたいに気付く人も多いのかな?」
「いくつかの情報があれば、気付く人も居るんじゃないかしら。だからだと思うわ、秘密にしておいた方が良い理由はね」
「蛾は、火に炙られて死ねばいいのに」
「えっ?おにぃちゃん火に炙られちゃうの?ミレイも!?どうしよう!」
シャーリーは何だかんだと、再度眠りもせずミレイとソファーで話を聞きながら漫才をしている。「大丈夫、私が助ける」とか何とかミレイに言っているが、せめて蛾ではなく蝶になって皆に愛でられたいと願ってしまう。
「まあ、そういう事よ。炙られないと良いわね」
シャーリーの表現を真似てクリスが苦笑した表情がやけに印象的だった。
「そうだな……」
そういう説明を聞くと、早く何事もなくキイア村へ戻りたい思いが強くなってくる。もう、予定として考えていた首都キアーデのギルドへ顔を見せなくても良いんじゃないかとさえ思ってしまう。キイア村への支援の話もエカードさんへお願いすれば何とかしてくれそうだったからだ。
とにかく、後は体に起きているという現象とミレイの体調不良さえ解決すれば元通りになる。
「わかったよ。今後も気を付けるとするよ」
「その方が良いわね」
「それで、俺の体とミレイについてなんだけれど、何が起きてるか分かるのかな?」
「私にはミレイちゃんに起きている事は分からないわ。貴方の体から魔力が微量に漏れている事くらい。何か引っかかってるんだれど、うまく言えないのよ。だから、もっと教えて頂戴」
クリスは結論を言うには、情報が不足していると言う。答えを聞かれているのに、公式を思い出せず回答できないもどかしさを感じているみたいだった。
「蛾が華に悪さをしている……から」
シャーリーがクリスの悩む様子を見ながら呟く。蛾って俺だよな。華って確か、ミレイだったか?
「え?俺ミレイをこき使ったり悪さをしたことは無いけれど」
ミレイには確かに幾つか頼る場面はあったが、直接的に害を加えたことは思い出せる範囲では無かった。それを聞いたクリスも、悩む表情をしつつも額に手を当て、考えるのを止めようとはしなかった。
「シャーリー、もういい加減彼を許してあげたら?」
「フン……、悪い事をしたら、謝らなきゃダメ……」
あぁ、シャーリーが何故しつこく俺の事を虫だと言い、死ねだのと言っていたのかを理解する事が出来た。もしかして、間違って座ってしまったのを謝って欲しかったのだろうか?
それにしては、かなり極端な意思表現で理解し難い少女である。
「遅くなったけれど、暗かったとはいえ間違って腰かけて申し訳なかった。ごめん」
俺は誠意を見せるため、椅子から立ち上がると腰を折り少女へ頭を下げた。
「……もう、……良い」
俺が頭を上げた時には、横に顔を向け照れ恥ずかしそうにする少女が居た。




