10
「シス姉?」
どの位寝たのか分からなかったが、テントの外は暗く夜中であることだけは分かった。何?起こされて文句も言えないような真面目な顔で、私が起きた事に一瞬だけホッとした表情を見せる。
何かに襲われてるの?それにしては、静かだけど。いや、数人テントの外を走っていく音だけは聞こえていた。
「詳しくは後で、良いから来て」
「う、うん」
促されるままテントを出ると、やはり何かに襲撃されている訳ではなさそうだった。しかし、すぐに隣に停まっている馬車に数人の人が集まっているのが見えた。
急いでシス姉に付いて行くと、やはりその人だかりの中へ入っていく様子だった。
「ねえ、何かあったの?」
「・・・・・・」
私が尋ねても、シス姉は無言のままで馬車の幌を捲くり中へと入る。確か中には、左右の座席を寝台代わりにマリーナ様達が休んでいるはずだけど。
「マリーナ様、容態はどうでしょう?」
「アリシア、大丈夫?聞こえる?」
「ふう、ぅう。お姉ぇさま・・・・・・だぃじょうぶ、です」
それほど広くはない馬車の荷台に、マリーナ様、アリシアちゃん、レーネちゃんと私達二人が乗っている中で、シス姉の脇から先を眺めると、横たわったアリシアちゃんの姿を皆が覗き込んでいた。
「アリシアちゃん!」
アリシアの額に浮かぶ玉の汗と浅い呼吸が、尋常では無い何かが起きている事を教えていた。
「レーネ様、どうですか?」
「駄目・・・・・・治癒の魔陣では、苦痛は和らげてもまた強くなる」
レーネちゃんの言うとおり、彼女の両手から魔陣がかざされてはいるが苦痛の表情は和らいでも、そこから先は変化が無いように見えた。
何なの?風邪?いや痛いって事だし何か悪いものでも食べた?って私達も同じのを食べてるし。
「どうだ?」
「お父さん」
後ろから声をかけられ、お父さんが幌を捲くって覗き込んでいた。
「団長、やはり急いだほうが良いかもしれません」
「そうか、薬は飲ませたのか?」
「それが、吐いてしまい受け付けないので、まだ」
たぶん、私が起きる前に一座で常備していた薬を飲ませていたのだと気付く。シス姉がお父さんと話すため馬車を降りると、アリシアちゃんの容態がよく見れるようになった。
凄い汗、それをマリーナ様が拭ってくれている。マリーナ様も今にも泣き出しそうな表情をされていた。
「アリシアちゃん!大丈夫?」
「・・・・・・ぅん」
あーもう!私って、こんな事しか言えないの!絶対大丈夫じゃないじゃない。
「キア、ちょっと良いか?」
再び幌を捲くってお父さんが呼ぶ。アリシアちゃんが苦しんでいる中に話すのもどうかと思い、一度馬車を降りる。
「何?お父さん」
「シスから状況は聞いた。お前も大体は分かっただろう?」
「うん・・・・・・」
「薬も飲めず、状況は厳しい。そして、来た道を引き返す事もアリシア様の体力と治療法があるかどうか、レーネ様の治癒の魔法が効果があれば良いのだが」
確かに、2日掛けてきた道を引き返せるだろうか?もたもたしている間にもアリシアちゃんの体力は削られていっている事だけは分かる。
お父さんは、どんな判断をしたのだろうと黙って次の言葉を待った。
「キア、飛竜でアブロニアス王国まで向かい、医者を連れてきてくれ」
「医者を?」
「王国もハントが事情を説明し協力を惜しまないはずだ」
「キア、今ここにいる中で一番早いのは貴方と飛竜だけなの」
「シス姉・・・・・・」
お父さんが言うには、一座はこのままアブロニアスの国境を目指すという。このままの予定では、明日には国境とその近くにある村に泊まる予定だった。
しかし、アリシアの容態が悪化したことで、一座を二つに分け、アリシア達を先行して出発させ。本隊を後から来させると言う。
「医者を連れてこなくても、私とアリシアちゃんを乗せて向かえば?」
「病人に無理をさせられない。アブロニアスの首都までの時間をキアはアリシア様に我慢してもらうのか?」
一番早い方法は、確かに一緒に乗せて首都へ向かう事だっただろう。しかし、今の状況を思い出すとそれ以上の言葉は出てこなかった。
「それに、一座にいる軍医にも相談したが薬を飲めなければお手上げだそうだ」
そんな!てっきり、普通の医者さえ連れてくれば良いだろうと聞いて思っていた。薬も飲めない状況で、医者を連れてきたとして本当に治るのだろうか。
「とにかくだ、最善を尽くすしかない。我々は、姫様方をお守りする役目がある!それが、例え何であろうともだ」
「う、うん」
「キア、良いか!?いつ、どんな状況でも、お前にできる最善をやるんだ!」
「う・・・・・・はい!」
もう、迷っている暇は無かった。重大な責任を負うことになって泣きそうになっても、今は泣いている暇さえ無いのだと気付いた。
お父さんから、ガシガシと頭を撫でられいつもなら恥ずかしいと思う状況でも、今は何故か一歩前に進めたような気がしていた。
「キア、飛べるわね?」
「やってみる・・・・・・いや、絶対に連れて来る」
明かりの無い山林を夜中に飛ぶ怖さや、首都まで何時間飛ぶだろうと言う不安さえ飲み込むしかなかった。自分しかやれない事だと分かったからだった。
それを聞いたシス姉は、周囲の団員に飛竜の準備を整えるように指示を出す。
私の準備は、最小限防寒とちょっとの準備で済むだろう。後、大事なのは、覚悟を決めるだけだった。
「キア?」
シス姉が聞くのにも振り返らず、私の足はもう一度馬車の中へと進んでいった。
馬車の中は、先ほどと変わらない。アリシアちゃんの細い息の音と、涙をためたマリーナ様の表情がそこにあった。
「アリシアちゃん、お医者さん連れてくるからね?頑張って待ってて」
「・・・・・・・きぁ、ちゃん?」
「行って来るね?」
「ぅん?」
レーネちゃんの魔陣で少し苦痛が和らいでいるのかもしれない。アリシアちゃんの手を両手で少しだけキュッと握り締める。
絶対に連れて来るから。
「ありがとう、キアさん」
マリーナ様は詳しい事情は知らなくても、薄々は気付いていたのかもしれない。私はそれに頷いて返事をすると、そっと握っていた手を離し馬車を出て行く。
「キア?大丈夫?」
「大丈夫・・・・・・約束したから」
シス姉も何をとは言わない。私は荷物を積んでいる馬車へと向かうと、私の防寒着を出してくれている衣装係りの団員が待っていた。
この渡してくれた人が、いつも私の衣装を作ってくれている人だった。この防寒着も可愛くして欲しいと言ったら苦笑いされたのを覚えている。
でも、今はこの無骨な皮の胸当てや肘当ての付いている防寒着がカッコよく見えた。
「頑張れよ」
「はい!」
服装の準備を終える頃には、アルクの方も準備を終えており。夜中でも不機嫌な感じの声はあげていなかった。ほんと、良い竜だ。
「じゃあ、行こうかアルク!」
キュィイ!
私は一人、いや飛竜と一緒に飛び立つ。
私はこの夜を忘れることは無い。小さな姫を守る小さな騎士として、そして、一人の友達を助けるために。私にできる事は、まだこれしかないのだ。




