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恋人  作者: 森田 恭
3/3

隆志の結婚披露宴は、旧華族の邸宅で執り行われた。


花嫁でもないのに、私は早朝から髪を結われたり、振袖を着せられたりと

大忙しだった。

私の名前と季節に合わせてしつらえられた、淡いピンクのしだれ桜の振りそでは、青白い私の顔に紅をさしたかのように、ほんのりと色をつけた。

義父はそんな私を連れ回しては、だれかれなく紹介するのだった。

(顔見せ…というより、お見合いのようなものか。)

養女になって以来人形と化していた私は、ぼんやりとそんな事を思っていた。


どうやら義父の事業は、暗礁に乗り上げているらしい。

隆志の政略結婚は、それを何とかすべく書かれた絵図だった。当面は、花嫁側の家の援助で事業は持つだろう。

が、それを更に軌道に戻すには、もうひとつ手を打たねばならないのだ。

それが私の政略結婚。

隆志が何と言おうが、止められるものではない。

事業がひっくり返れば、数百は居るであろう従業員の家族が路頭に迷う。

私としても、それは本意ではない。

「だれか、気に入った男は居たかい?」

突然の義父の言葉に首を振った。

政略結婚とは言え、ある程度相手を選ばせてくれる義父の気持ちは嬉しかった。

せめて義父の満足のいくような相手と一緒になろう。

愛情など無くて構わない。

ただ…隆志が見える所には居たくなかった。


ふと、誰かの強い視線を感じる。

(え?)

隆志ではない。新郎は花嫁と一緒に来客と歓談中だ。

(…あの人?)

視線の先には、40に手が届きそうな男がステッキにすがるようにして立っていた。

視線があっても、外そうともしない。

まっすぐに私を見ている。

「あの…あちらの方は?」思わず義父に問うた。

「ああ、神戸で海運業を手広くやっている人だが、年が離れすぎているだろ う」

話している間も、二人の視線はつながったままだった。

「あの方…あの方を紹介してください」

夢の中の言葉のように、自分の声が響いた。



「美しい娘さんですね」

「いやいや、なかなかのはねっかえりでしてね」

「10歳若かったら、妻に頂きたかった」

顔合わせからしばらくは二人の話を聞いていたが、

我慢できず、会話に割り込んだ。

「貰って下さいませんか?」

一瞬二人が失笑する。

それまでとは打って変わって、笑顔が若く見えた。

「これは嬉しい申し出ですが、私の年をご存知ですか?」

「あなたの事は何も存じません。でも、先ほどの貴方の目が、全てを語 っ て下さいました。…幸せになれると思います。」

「いやーこれは…どうしたものか」

「桜子がそう言うのなら、私に異存はありませんが…」

「後悔しませんか?こんな年の離れた偏屈な男の妻になって」

「しません」

隆志の強い視線を感じながら、私はそう答えた。


これでいいんだ。

行ってしまおう。遠くへ。

隆志の家庭の見えない位遠くへ。

出来る限り、早いうちに…


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