宴
隆志の結婚披露宴は、旧華族の邸宅で執り行われた。
花嫁でもないのに、私は早朝から髪を結われたり、振袖を着せられたりと
大忙しだった。
私の名前と季節に合わせてしつらえられた、淡いピンクのしだれ桜の振りそでは、青白い私の顔に紅をさしたかのように、ほんのりと色をつけた。
義父はそんな私を連れ回しては、だれかれなく紹介するのだった。
(顔見せ…というより、お見合いのようなものか。)
養女になって以来人形と化していた私は、ぼんやりとそんな事を思っていた。
どうやら義父の事業は、暗礁に乗り上げているらしい。
隆志の政略結婚は、それを何とかすべく書かれた絵図だった。当面は、花嫁側の家の援助で事業は持つだろう。
が、それを更に軌道に戻すには、もうひとつ手を打たねばならないのだ。
それが私の政略結婚。
隆志が何と言おうが、止められるものではない。
事業がひっくり返れば、数百は居るであろう従業員の家族が路頭に迷う。
私としても、それは本意ではない。
「だれか、気に入った男は居たかい?」
突然の義父の言葉に首を振った。
政略結婚とは言え、ある程度相手を選ばせてくれる義父の気持ちは嬉しかった。
せめて義父の満足のいくような相手と一緒になろう。
愛情など無くて構わない。
ただ…隆志が見える所には居たくなかった。
ふと、誰かの強い視線を感じる。
(え?)
隆志ではない。新郎は花嫁と一緒に来客と歓談中だ。
(…あの人?)
視線の先には、40に手が届きそうな男がステッキにすがるようにして立っていた。
視線があっても、外そうともしない。
まっすぐに私を見ている。
「あの…あちらの方は?」思わず義父に問うた。
「ああ、神戸で海運業を手広くやっている人だが、年が離れすぎているだろ う」
話している間も、二人の視線はつながったままだった。
「あの方…あの方を紹介してください」
夢の中の言葉のように、自分の声が響いた。
「美しい娘さんですね」
「いやいや、なかなかのはねっかえりでしてね」
「10歳若かったら、妻に頂きたかった」
顔合わせからしばらくは二人の話を聞いていたが、
我慢できず、会話に割り込んだ。
「貰って下さいませんか?」
一瞬二人が失笑する。
それまでとは打って変わって、笑顔が若く見えた。
「これは嬉しい申し出ですが、私の年をご存知ですか?」
「あなたの事は何も存じません。でも、先ほどの貴方の目が、全てを語 っ て下さいました。…幸せになれると思います。」
「いやーこれは…どうしたものか」
「桜子がそう言うのなら、私に異存はありませんが…」
「後悔しませんか?こんな年の離れた偏屈な男の妻になって」
「しません」
隆志の強い視線を感じながら、私はそう答えた。
これでいいんだ。
行ってしまおう。遠くへ。
隆志の家庭の見えない位遠くへ。
出来る限り、早いうちに…