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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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彼女がコロナで亡くなった

作者: ニワトリ
掲載日:2026/08/18

墓地は、静かだった。

思っていたよりも、ずっと。


優しいわけじゃない。


風が木々を揺らす。

鳥が鳴く。


……それだけだ。


彼女は、もう笑わない。


『また明日ね』





あれが、()()だった。






夕暮れの校門。

何気ない帰り道。


彼女はいつも、少しだけ前を歩いて――ふと振り返る。


『大丈夫、大丈夫』


根拠もないのに、そう言って二人で笑いあった。





イヤホンを片方、無理やり押しつけられる。


『これ、絶対好きだと思う』


『いや、どうせまたしっとり系だろ』


『いいから』


少しだけ距離が近くなる。

肩が触れそうで、触れないまま。


流れてきたのは、静かな曲だった。


春の終わりみたいな、

少しだけ寂しくて、でもあたたかい――そんな曲。


『ほらね、合うでしょ』


『……まあ、悪くない』


『”好き”って言えばいいのに』


『言わねえよ』


彼女は笑う。


『じゃあさ、今度フルでちゃんと聴こ。ちゃんと並んで』


――その”今度”は、来なかった。


画面越しでも、ちゃんと生きていた。

声も、表情も、その笑い方も。


たしかに、そこにいたのに――。







『新型コロナ』で、世界は止まった。






「会えない」が当たり前になって。


……それでも、思っていた。

そのうち戻るって。


『落ち着いたら会おうね』


軽くて、あたたかくて。

だから疑わなかった。


返信が来なくなった日も。


『ちょっと遅いな』って、それだけで。


既読はついたまま。

最後の『うん、またね』が残っている。


何度も開いて、何度も閉じる。


通知なんて来ないのに、指だけが動く。


『忙しいだけだろ』

『疲れてるだけだろ』

『すぐ返ってくるだろ』


その『だろう』で、

未来を繋いでいた。


――なのに、もうどこにもいない。




今、彼は墓の前にいる。




風が強い。


なのに、涙だけが静かに落ちる。


桜が散る。

ひとひら、またひとひら。


「……遅いよ」


声が、かすれる。


「ほんとに……遅いよ……」


膝が折れる。

地面が冷たい。


彼女が好きだった飲み物を、そっと置く。

コンビニで、いつも選んでいたものだ。

『またそれ?』って笑いあったやつ。


「一回くらいさ……」


言葉が詰まる。


「一回くらい……会えたって、よかったじゃん……」


そこで、壊れる。

声が出ない。


泣いているのに、音にならない。


名前だけが、何度も崩れる。


額を墓石に押しつける。


冷たいのに、少しだけあたたかい気がした。


『今度さ、映画行こ』


彼女の声が、蘇る。


『泣けるやつが見たい。 めちゃくちゃ泣くやつ』


『どうせお前、途中で寝るだろ』


『寝ないって。たぶん』


『信用できねえ』


『じゃあ寝たらジュース奢る』




――二人で一緒に聴くはずだった曲。


――並んで観るはずだった映画。


――どうでもいい約束。




その全部が、未完成のまま。


終わっていないから、終われない。


涙が落ちるたび、桜が揺れる。


――ふいに、風が止んだ。

――音が消える。


その静寂の中で。


確かに、聞こえた。


——『また明日ね』


声じゃない。

記憶だ。


それでも、そこにいるみたいで、優しくて、

――どうしようもなく残酷だった。


消えないまま、残り続ける温度。


『来ない明日』じゃない。

『終わらない今日』だ。


彼は、泣いたまま笑う。


「……なんでだよ」


答えなんて、どこにもないのに。

桜が、落ちる。


彼の手の中には、一通の()()があった。


少しだけ皺が寄っている。

何度も開いて、何度も閉じた跡。


白い封筒。

見慣れた、丸い字。


震える指で、もう一度だけ開く。



――――――――――


ねえ。


これを読んでるってことは、たぶん私、ちゃんと渡せなかったんだと思う。


ごめんね。


本当は、直接言いたかったんだけど……ちょっと、うまくいかなかったみたい。



まずは――ありがとう。



一緒に帰ったことも、

どうでもいいことで笑ったことも、

イヤホン半分こしたことも。


全部、ちゃんと覚えてる。

全部、ちゃんと楽しかった。


あの曲、覚えてる?


「春の終わりみたいだね」って言ったやつ。


私はあれ、好きだったな。


君と並んで聴いたから、たぶん余計に。


あとさ、映画行けなかったね。


絶対泣くやつ選ぼうって言ってたのに。


……まあ、たぶん私、途中で寝るけど。


でもね、そういう「どうでもいい約束」が、すごく好きだった。


「また明日ね」って言える毎日が、

ずっと続くって、思ってたから。


……ねえ。


もし、少しだけでもいいから……私のこと、覚えててくれたら嬉しい。


無理に忘れなくていいし、

無理に覚えてなくてもいいから。


ふとしたときに、ちょっと思い出すくらいで、ちょうどいい。


それでね。


もし、またあの曲をどこかで聴いたら――

そのときは、少しだけ笑ってほしい。


私はきっと、そのくらいの距離で、ずっとそこにいるから。


だから――


ちゃんと、生きてね。


さようなら。











追伸

あなたのことが()()()でした。



――――――――――


手紙が、震えていた。


いや、震えているのは自分の手だと気づくのに、少し時間がかかった。


「……無理だよ」


声が漏れる。


「そんなの……無理だろ……」


――笑えなんて。

――生きろなんて。


「簡単に……言うなよ……」


手紙を、胸に押しつける。

まるで――そこにまだ温度が残っているみたいに。


ここまでのご読了に感謝。

楽しんでいただけたなら、ブクマや感想、評価をいただけると大きな励みです。

それでは、また。

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― 新着の感想 ―
「また明日ね」が当たり前だった日々が、もう戻らないことが切なかったです。最後の手紙も、二人の何気ない約束が重なっていて、読み終わったあともしばらく胸に残りました。
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