闇鍋
イベント参加させて頂きます。
よろしければ読んでみてください。
「おーい、拓斗! 来たぞぉ」
「入るからなー」
俊と一緒に拓斗の部屋へと入ってゆく。
大学の同級生である拓斗の家で、前からやりたかった闇鍋をするのだ。
拓斗の部屋は狭いが、学生の割には片付いている。
前に来た時と変わりはないようだった。
娯楽と言えるのはノートパソコンと本棚くらいだろうか。
部屋の真ん中にはテーブルが置いてある。
「……信弘は?」
拓斗が俺たち二人を見て首を傾げた。
「知らねーよ。今朝から連絡が取れないんだよ」
「ま、仕方ないだろ。俺たちだけで始めて良いんじゃない?」
すでに拓斗は準備していたようで、テーブルには鍋が用意してあった。
俺たちは自分たちが用意した食材を脇に置いて席に着く。
「じゃあ、早速始めるか」
そう言って、拓斗は部屋の明かりを消す。
途端に部屋の中は真っ暗になった。
鍋の下にあるガスコンロの火だけが俺たちの手元を照らしている。
これなら食材の投入と実食は可能だろう。
「……ルールは覚えてるな?」
「ははは! 『食えるもの』だろ? ルールって言えるレベルじゃねーよ」
拓斗の言葉を俊が笑い飛ばした。
要は食べられるものなら何でもありだった。
「俊、お前が一番心配なんだよ!」
「うるせーぞ、健一! お前だって人のこと言えないだろ」
俺は俊の席をちらりと見た。
俊は悪い奴ではないが、控え目に言って大雑把だった。
「おいこら、ちゃんと完食するんだからな?
あまり酷い食材を持ってきたら自分が苦しむだけだぞ?」
拓斗が呆れた声を出す。
もう一つのルールが『完食』だった。
「よし、始めよう」
全員がごそごそと荷物を探る。
各自が三種類の食材を持ち寄ることになっていた。
ぽちゃぽちゃと水の跳ねる音が聞こえてくる。俺も続いた。
ちなみに俺が投入した食材は『エビフライ』『チーズ入りちくわ』『蕎麦』だ。
「……実食いくぞ」
少しだけ待ってから、全員に鍋の中身が取り分けられた。
暗くて中身が見えない。箸で突きながらどうにか口に運ぶ。
「なんだこれ!? 酸っぱい? いや、甘い?」
「ははは!」
俊が笑っている。
間違いなく犯人はこいつだ。
「何を入れた?」
「パイナップル」
「酢豚かよ」
「いや、酢豚にパイナップルはなしだろ」
「そういう話じゃねーよ! 鍋にパイナップルもなしだよ!」
初っ端から中々に酷い。
「お? 肉だ! 肉が入ってるぞ!」
「おぉ……まともな食材だ」
俺が叫ぶと俊も気づいたようだった。
こんなまともな食材を入れるとしたら拓斗くらいだろう。
「一つくらいは鍋らしい食材もないと」
「ありがとうございます!」
パイナップルと比べれば雲泥の差である。
鶏肉かな? 豚っぽい気もするけど。暗いと分からないもんだな。
「上等な肉じゃないけどね。腐ってたらごめん」
「腐ってるのは駄目だろ」
拓斗は俺たちの中ではまともな部類だ。
俺と俊だけでは食べられたもんじゃないだろうな。
……まぁ、おかげで好き放題できるのだが。
「ん? 麺か?」
俊が麺をすする音が聞こえてくる。
「蕎麦じゃねーか! 鍋なんだからうどんにしとけよ」
「蕎麦派なんだ」
「その派閥は鍋と仲が悪いんだよ……ん? 海老か?」
パリッという衣の音が聞こえてくる。
「エビフライじゃねーか! 蕎麦なんだから天ぷらにしとけよ」
「お子様ランチ派なんだ」
「蕎麦とも鍋とも相容れねえんだわ」
俊の言葉へと適当に返しつつ、自分の鍋を突く。
これは……。
「ハンバーグ? 何だお子様ランチ派がいるじゃねーか」
「ちくしょう、俺のハンバーグが流れでお子様ランチ派にされた……」
俊が頭を抱えたのが分かった。
そんな感じで意外と早く闇鍋を完食することが出来たのだった。
食べ終わってから、俺たちは明かりも点けずに駄弁っている。
「信弘……最後まで来なかったな」
「また女と一緒にいるんじゃないか?」
俺が呟くと、俊は軽い調子で応じる。
内心で俺は冷や汗をかいていた。
とにかく信弘は女癖が悪い。
加えて、それを拓斗の前で言うのは避けたかった。
拓斗は知らないはずだが、信弘は拓斗の妹にも手を出していたらしい。
それも手酷く振ったみたいで、妹は自殺未遂。今も病院で昏睡状態だとか。
拓斗はよくお見舞いに行くらしいが、信弘が原因だとは気づいていない。
正直、信弘のことは俺もあまり好きではない。
それでも俺と俊は信弘に押し切られて、拓斗には秘密にしている。
俊は深く考えずに話すから、こういう話が出るとうっかり話してしまうのではないかと俺は緊張してしまう。
「……実はね」
唐突に拓斗が切り出した。その声音に何故かぞっとした。
拓斗の席を見るが、暗闇でその表情は窺えない。
「最近、妹が目を覚ましたんだ」
「おお! 良かったじゃねーか!」
拓斗の言葉に俊が嬉しそうな声を出す。
俺は少しだけ黙ってしまう。拓斗の様子には嫌な雰囲気があった。
「なぁ、お前ら。
妹を捨てた男が信弘だって知ってただろ」
俊が息を呑んだ。俺も咄嗟に言葉が出ない。
妹から話を聞いたということか。
「……分かってはいたけど、やっぱり知ってたんだな。
俺がそいつを恨んでるって分かってたはずだよな」
俺と俊は何も言えずにいた。
信弘が悪いのは間違いないが、見て見ぬ振りをしてしまった。
「友達だと思ってたのに」
拓斗の冷たい声が響いた。
聞き慣れた声なのに、まるで別人のような声だった。
「おい! 言いたいことがあるなら、もっとはっきりと――!」
耐え切れないと言わんばかりに俊が立ち上がる音がした。
そのまま壁を叩きつけるように部屋の明かりを点ける。
「……え?」
思わず呆けた声が出る。
部屋の中には俺と俊の二人しかいなかった。
拓斗の姿は――どこにもない。
「おい、拓斗? 悪戯なら笑えないからやめろよ」
俊が引き攣った笑みを浮かべた。
気持ちは良く分かる。俺だって不気味で仕方ない。
俊は悪戯を疑っているが、隠れる時間があったようには思えなかった。
それに先ほどの恨みが籠もった声は脳裏に残ったままだ。
冷汗が背中を伝わって、秋にしては肌寒く感じた。
「そ、そうだ、電話!」
俺は急いでスマホを取り出すと、拓斗に通話をかけた。
着信音が聞こえるかも知れない。それに何より拓斗の声が聞きたかった。
しかし部屋の中は静かで物音一つしない。
スマホには『呼出中』の表示が続いている。
「あ」
不意に表示が『通話中』に変わった。
俺は急いでスマホを耳に当てる。
「た、拓斗?」
震えた声で名前を呼ぶ。冗談だと笑い飛ばして欲しかった。
横目で見れば俊も不安そうに俺のスマホを睨んでいた。
「あの……」
――拓斗じゃない?
聞こえてきたのは年配の女性の声だった。
何も言えずにいると、女性は続ける。
「拓斗のお友達ですか?」
「……はい」
「ごめんなさいね、驚かせちゃって……拓斗の母です」
「いえ……あの、拓斗は?」
拓斗のお母さんが息を呑む。
さらに小さく深呼吸をした。
「昨日の夜、拓斗は亡くなりました」
頭が真っ白になった。
拓斗のお母さんは続けている。
酷く疲れた声だと気が付いた。
恐らく誰かに話したかったのだろう。
俺はぼんやりと聞いているだけだった。
「友達の車に乗っていて事故に遭ったらしいんだけどね。
車には拓斗しか乗ってなかったの。しかも助手席よ?
あの子、教習中だから免許も持ってない。一人でなんて乗るわけないのに。
だって言うのに事故かどうかも怪しいって、まるで自分から突っ込んだみたいだって、警察からは言われてて……あと、何故かハンドルを握ってたって」
車を持っている拓斗の友達と言えば、信弘が真っ先に頭に浮かんだ。
助手席に座っていたのは何故だろう。拓斗が運転していたんじゃないのか?
「それと三日前だったかしら。
萌が――あ、拓斗の妹なんだけど――萌が目を覚ましたのよ。
だけどすぐに自殺しちゃって、今度は助からなくてね。
拓斗は萌と話をしてたみたいだけど……」
拓斗の妹が目を覚ましたとは聞いていたけど……その後、自殺した?
後を追って拓斗も自殺したのか?
「あの……拓斗から何か聞いてないかしら?」
拓斗のお母さんが探るように訊いた。
無理もない。息子が変死した翌日に掛かってきた電話だ。
怪しいと思うだろう。だが正直に話すわけにもいかない。
俺は「い、いえ……」と曖昧に返すことしか出来なかった。
そのまま逃げるように通話を終える。
「…………」
「おい、拓斗は?」
放心状態の俺に、俊が事情を説明しろと詰め寄った。
だが、俺も余裕がない。整理する時間が欲しかった。
拓斗が乗っていた車が信弘のものだとしたら、信弘も乗っていたのではないか?
そして、拓斗が助手席からハンドルに手を出した?
いや待て、全部推測に過ぎない。
それより問題なのは……。
拓斗がすでに死んでいた?
さっきまで一緒に鍋を囲んでいたはずなのに。
鍋へと目を向ける。
すっかり空になった闇鍋――そういえば。
拓斗は肉を入れていた。
……結局、あれは何の肉だったんだろう。
「そもそも信弘はどこに行ったんだよ!?
あいつが全ての元凶だろうが!」
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